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第4話 仕方ないですね。

丘の上の屋敷の一角、レンガ造りの別館の前で一人の少女が笑顔で手を振っていた。

青年を乗せた車が遠ざかり、門の外に出たところでその手がぴしりと凍り付いたように動きが止まり――――

「何やってるのよ、私はぁっ!」

頭を抱えてうずくまった。

勧誘の勝負服にと高価な赤のドレスで決めたというのに、土で汚れるのも気にせず膝を突いて。

「あらあら~、落ち込んじゃいました~?でもぉ、そんなお嬢様も抱きしめたい愛らしさです~」

「…詩子うたこさん、楽しまないで」

音もなく扉の陰から現れた黒いロングスカートのエプロンドレスの女性にため息とともに言い返し、ぐったりと両腕を下げて立ち上がる。

諸外国との貿易で財をなした緋之坂家は西洋文化を積極的に取り入れているが、その中でも唯一プロを自称するメイドが彼女だ。

膝に付いた土を手で払いながら睨み返してみるものの、このメイドは頬を染めて心底楽しそうに笑顔を崩さないのだから非常にたちが悪い。

この小金井詩子こがねいうたこという名の女性は、父が懇意にしている外交官の娘と聞いているし、こずえ自身も初対面はご令嬢然とした装いの詩子とお茶会をした記憶がある。

3つ上の柔らかな空気をまとった、自分にはない包み込むような雰囲気のお姉さん。

始めの印象は間違いなくそうだった。

翌日にメイド服で突撃したことで即座にその認識を改めることになったけれど。

曰く―――


「小金井詩子、15歳です。私をこずえお嬢様付のメイドにしてください。専属で。他の方は邪魔ですので要りません。あの可愛らしさは国宝級です。誰にも触れさせません。本場英国仕込みの技術で完璧に遂行しますのでどうぞお任せください。あーあと私の仕事を『メイド』以外の呼称で呼んだら地獄に落とされる覚悟をしてくださいねっ」


そう早口でまくし立てていた。

笑顔なのに有無を言わさぬその圧力に、交渉で折れる父という初めての構図を見て衝撃を覚えたことを複雑な思いで振り返るこずえだった。

あれから6年、本来なら嫁ぎ先には困らないだろう器量と家柄なのに未だメイド業に、というよりこずえを愛情全開でお世話することにご執心というのは度が過ぎて怖いほどだった。

とはいえ、本人の言に違わず超が付くほど有能で万能な仕事ぶりは代えがたいのでいないと困るのだけれど。

「ところで、お嬢様は本気であんな方を引き入れるおつもりで?」

詩子が眉根を寄せる。

「どういう意味かしら?」

「それこそ、お嬢様自身が心配されるのを分かっていてなお、こだわっているのですから何を言いたいかはあえて口にするのも今更かと」

そう、たしかに文字さえ普及できていない農村出身で学を修めるのは不信と言わないまでもただの努力では説明が付かない。

ただそれは才能なのか幸運な巡り合わせの結果なのかということで、こずえにとっては興味の対象でもあった。

得体の知れない人間を緋之坂の敷居の中に招き入れてなおかつ若い男となれば、良い顔をされるはずもない。

分かっている。

けれども―――

「彼は必要な人材だわ。旧来の常識に固執しない柔軟な思考と知識、それを持ってないと私は組む気になれないし、今回の依頼は結果が大きく求められる。時間も無い」

それに、と付け加えてこずえは詩子ににこりと笑いかけた。

「あなたがいるんだもの。もしもの事態なんてあり得ないでしょ?」

「それはずるくありませんか?」

詩子は苦笑するしかなかった。

そう言われてしまえば、その信頼に掛けて大丈夫と答えざるをえないのだから。

後は森山清二郎という男がこずえの見立て通りであることを祈るだけ。

いや、恐らく人を見る目に長けた彼女の選択は間違っていないのだろう。

悪意を持った人間なら一目で冷徹に切り捨てて見向きもしない。

その才覚は緋之坂の血族故か、努力の賜物か。

いずれにせよ詩子にとってはこずえが一番で。

何を置いても最優先で。

ただただその笑顔が大好きで。

だからこう言うしかないのだ。

「仕方ないですね。お嬢様のためなら全力で協力しますよ~」

「うん、ありがとう。詩子さんならそう言ってくれると思っていたわ」

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