序章3
いつの間にか雨は止んでいて、視界が広がったように思える。周囲の建物やネオンサイン・道路を走る車・周囲を歩く人達が、浮かび上がるようだ。私は、先ほど別れたばかりの加嶋の面影や声が、浮かんでは消えるのをぼんやりと感じてた。そして、それは心地よいものだった。
加嶋が笑顔を見せているとき、子供に見るものと共通する性質があると思う。その笑顔によって、もっと話をしてみたい気がしてくるのである。
最初に2人で話をしていた時にも、どう言っていいのか分からないながら、そのことを感じていた。はじめは、まったく付き合う気が無かったのに、加嶋から次の誘いがあった時に断らなかったのはその為だと思う。
その後しばらくは、加嶋とはメールなどのやり取りをしながら過ごしていたのだが、それがこれまでの私のの仕事やプライベートな時間に何も支障をもたらさないことに気づいていた。加嶋から2度目のデートの誘いがあった時にも、特に迷うようなこともなく承諾していた。
都会の夜は、様々なことを思い浮かばせることがある。周囲にあるいろんなものが、何かを語らせようとしているように思えることがある。様々な形をした建物・色々な匂い・様々な物音・人や動物の声などが、一斉に浮かび上がるように感じられる。
しばらく歩道を歩いていくと、信号機のある広い交差点に出た。信号待ちをしている車のテールランプが赤く点灯しているのが見える。同じく横断歩道では、人々が立ち止まり信号が青に変わるのを待っている。
ふと腕時計を見ると、8時を少し過ぎていることに気付いた。私は、急ぎ足になった。そして、信号待ちをしていた人たちと一緒に歩道を渡ると、そのまま駅の構内に入っていった。