薄幸の少女メロ
街に宿をとり、ダークエルフの少女を連れ帰った。
イーリィもついてきている。
少女にはフード付きのマントを羽織らせている。
当然俺は平気だが、いまの彼女の爛れた顔をみたら宿のひとを驚かせてしまうかもしれないからだ。
「はい。
これ、スープだよ」
少女をベッドに寝かせて、温かい食事を与える。
「…………ぁ。
……ぅ、…………ぁ……」
女の子は戸惑っているみたいだ。
自分がこれからどうされるか、不安に思っているのかもしれない。
だから俺は、精一杯の気持ちを込めて、優しく微笑みかけた。
「安心していい。
ここにいれば、悪いことはもう起きないから」
一言一句を言い聞かせるようにゆっくりと伝える。
怯えていた彼女の雰囲気が、少し和らいだ。
「ぁり……がと、ござぃ……」
「いいから。
さぁ、食べるんだ。
暖まるし、体力がつく」
俺はスープを匙で掬って、彼女の口元まで運ぶ。
少女がコクリと頷いた。
匙に唇をそえて、ゆっくりと啜りはじめる。
温かなスープが、少女の全身に染み渡っていく。
「美味……しぃ……」
俺はゆっくりと、何度もスープを掬っては彼女の口に運ぶ。
「ホント……に。
美味……し、い……です。
……ぅ、ぁ……」
彼女が泣き出した。
ボロボロと大粒の涙が溢れだす。
きっとこのスープの優しい味に、張り詰めていた緊張の糸が緩んだんだろう。
「君の名前は?」
「……メ……ロ、です……」
「そうか。
良い名前だ」
メロの心はとても傷付いていた。
だから俺は、それを解きほぐすように優しく話しかける。
「どうして、奴隷市場になんて売られていたんだ?
もちろん辛ければ話さなくていい。
でも、話せるなら話してみてくれ」
「……は、は……ぃ……」
彼女は語った。
メロはダークエルフの小さな集落の生まれらしい。
ここから遥か遠く離れた場所にある、深い渓谷が自分の生まれ故郷だと。
両親にたっぷりの愛情を注がれて、メロは育った。
でもそんな幸せな日々は、ある日唐突に終わりを告げた。
ヒューマンの野盗が現れて故郷を襲ったのだ。
故郷は焼かれ、家族を守ろうと抵抗した父親は殺され、メロは母親と一緒にさらわれて奴隷商に売られた。
「……お母さんは、どうしたんだい?」
「ゎか、り……ません……。
途中、で、離ればなれに、……され、ました」
独りになった彼女は、この街へと搬送されている最中に、奇病に罹ってしまった。
そしてもう、自分の命もこれまでだと諦めていたところで、俺に買われたのだという。
「ぁりがと、ござい……ます。
……この、病気、治らないから、わたし、死ぬけど。
……最期は、ベッドで、死ねます……」
メロは爛れた顔で、それでも必死に笑顔を向けてきた。
救ってあげたい。
きっと彼女は、俺が学園で受けてきた扱いなんかより、遥かに辛い思いをしてきたんだろう。
そのことを思うと、胸が張り裂けそうになる。
なんとかしてこの子に、人並みの幸せを取り戻してやれないか。
強く、そう思った。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
メロを部屋に残して、俺は廊下に出た。
食事を終えた彼女はベッドで眠っている。
「ねぇ、ユウ。
……メロのこと、どうにか出来ないかしら?」
イーリィは心配そうにしている。
最初はメロの爛れた顔に怯えてしまっていた彼女だけど、もういまはそんな様子はない。
むしろ心からメロのことを心配している。
「優しいんだな、イーリィは」
「そんな、私なんて……。
本当に優しいのは、ユウ、あなたなんだと思う」
俺はゆっくりと首を振った。
「ねぇ、私、お屋敷のお医者さんをつれてくるわ。
ちゃんとした治療さえ受ければ、治るかもしれないし……」
「イーリィ……。
ありがとう。
お願いしてもいいかな?」
「ええ!
任せておいて!」
彼女は可愛らしく力こぶを作ってみせて、宿屋を後にした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌日、さっそくイーリィが医者を連れてきた。
メロは眠っている。
「……どうかしら?」
診察をしていた医者が目を伏せ、首を左右に振る。
「お嬢様。
これは不治の病です。
この少女が患っている病は、『コマサム病』という奇病。
エルフ族のみが罹患する病で、この病を患うと顔から全身に爛れが進行し、やがて死に至ります」
「そ、そんな……!」
「しかも、ここまで病に侵されているとなると、進行を遅らせることも出来ません……。
おおよそあと15日。
それが余命です。
その日数が過ぎれば、この少女は完全に病に蝕まれ、死亡するでしょう」
「ひどい……」
イーリィがふらふらと後ずさり、ぽすんと椅子に腰を落とした。
成り行きを見守っていた俺は、救いを求めるように医者に尋ねてみる。
「……先生。
どうにかならないんでしょうか?」
「……残念ながら、治療法はないんだよ。
それこそ万能の回復薬である、エリクサーでもあれば話は別なのだが……」
俺は頭を抱えた。
エリクサーはひと瓶で王都に家が一軒たつほどの、高価な幻の霊薬だ。
そんなもの早々売っていないし、よしんば売っていたとしても買えるわけがない。
「……そ、そんな。
じゃあ、メロは……」
悲壮な空気が流れる。
そのとき、うな垂れていたイーリィが、はっとしたように顔を上げた。
「……待って、ユウ。
ねぇ、お医者さま。
いまエリクサーと言ったわね?」
「は、はい」
「エリクサーなら心当たりがあるわ!」
「え⁉︎
ほ、本当か⁉︎
もしかして持ってたりするのか!」
思わずイーリィの肩を両手で掴んでしまう。
彼女が痛そうに顔をしかめた。
「ご、ごめん!!」
慌てて手を離す。
「ふふっ。
いいのよ?
そんなに必死になって、やっぱりユウは優しいのね」
俺は照れて赤くなった。
「でも残念ながら、屋敷にもエリクサーなんていうレアなアイテムはないわ。
本家の屋敷なら、まだ可能性はあるけど、取り寄せるのにも時間がかかる……。
だからユウ、よく聞いて?
エリクサーは、いま開催中の学園トーナメントの優勝者に与えられる優勝商品なのよ!」
エリクサー。
それさえあればメロが救える。
イーリィが教えてくれたその情報で、俺のやるべきことが定まった。