素材の買い取り
俺はふらふらになりながら、ライトニングウルフの皮を剥いだ。
牙や爪なんかの素材のほかに、目玉や被毛なんかも丁寧に解体していく。
こういう解体や素材の採取なんかは、学園の授業で教わったばかりだ。
でもまだ慣れないからうまく出来なくて、苦労しながら作業を進めていく。
「……ふう。
こんなものでいいかな」
額の汗を拭いつつ、麻袋に素材を詰められるだけ押し込んでから背負った。
もう辺りはすっかり暗くなっている。
「うぅ……。
街はこっちであってたよな。
どうか、帰りは魔物に出会いませんように……」
痛む身体を引きずるようにして歩く。
祈りが通じたのか、その後は大した敵に遭遇することもなく、どうにか俺は無事に森を抜けることが出来た。
「はぁ、はぁ……。
やっと都市が見えてきた……」
遠くの学園都市ショウ・セッカを視界に収める。
ようやくひと安心した俺は、ほっと胸を撫で下ろした。
あそこに帰ったらまずは一休みをして、それから冒険者ギルドで素材を売却してしまおう。
こんなに珍しい素材なんだ。
きっといい小遣いになるに違いない。
俺は重たい身体とは裏腹に、気持ちだけはウキウキしながら都市への道を再び歩きだした。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「それではこちら、素材の買取代金となります」
ギルド嬢の美人のお姉さんが、布の袋を渡してきた。
ずしりとした重みが、受け取った手に伝わってくる。
ここは都市の冒険者ギルドだ。
酒場の併設された建物内は、酔客の賑やかな声で昼夜を問わずガヤガヤしている。
ちょうどいまも、ひと仕事を終えたと思わしき冒険者たちが帰ってきたところである。
くたくたな様子の彼らも、これから酒場で乾杯でもして、英気を養うのかもしれない。
「おーう!
こっちにエールを3杯追加だー!」
「はぁい!
ちょっとお待ちだよー!」
賑やさにつられて室内を見回す。
ヒューマンの熟練冒険者から、エルフや獣人、果てはリザードマンなんかの多種族の亜人たちが、楽しそうにジョッキを打ち鳴らし、杯を傾けていた。
「はぁー。
楽しそうだなぁ」
「ユウさん?
どうぞ袋を開いて、金額をご確認下さい」
「あ、そうだった。
では……」
ギルド嬢から促されるままに、布袋を開いてなかの金銭を数えていく。
「えっと……。
ひの、ふの、みの……」
指折りお金を数えていく。
「え、えぇ⁉︎
こんなに⁉︎」
受け取った硬貨はなんと、金貨20枚と銀貨3枚に、大銅貨5枚にもなっていた。
銅貨は10枚で大銅貨1枚分。
大銅貨10枚で銀貨1枚分。
銀貨は10枚で金貨1枚分。
硬貨の価値は、こうなっている。
そして駆け出し冒険者の1ヶ月の稼ぎは、だいたい銀貨8枚くらいだ。
それが素材の売却をしただけで金貨20枚。
つまり駆けだし冒険者の2年以上の稼ぎである。
いくらなんでもこれは破格すぎる。
俺が驚くのも無理がないだろう。
「え、えっと……。
なにかの間違いじゃないんですか?」
恐る恐るお姉さんに尋ねてみた。
でもお姉さんは、満面の笑みを浮かべたまま、左右に顔をゆるゆると振る。
「いいえ。
たしかに金貨20枚以上です」
「そ、そんなに⁉︎
たしかにあのライトニングウルフは、すっごく手強かったですけど……」
俺の言葉に驚いたのか。
お姉さんが素っ頓狂な声を上げた。
「まあっ⁉︎
買取に出された素材をみて、まさかとは思っておりましたが……。
あの危険なライトニングウルフを、あなたが狩られたのですか⁉︎」
騒がしかった室内が、シーンと静まりかえった。
さっきまでバカ騒ぎをしていた冒険者たちが、ぴたりと騒ぐのをやめている。
なにごとかと思って見回すと、彼らは一様に俺を凝視していた。
「え、ええ。
……まぁ、そうですけど」
なにか不味かっただろうか。
もしかしてあの金狼って、森の守り神とかで退治したらダメなヤツだったとか。
だって全身ピカピカに光っていて、なんだか見ようによっては荘厳な魔物だったもんなぁ。
これはまずいぞ……。
オロオロと焦っていたら、お姉さんがいきなり俺の手を握ってきた。
「ありがとうございます!」
「……はえ?」
「あれは森の魔物たちの主!
あの金狼のせいで低ランク冒険者が森に近づけなくて、困っていたのです!
討伐に向かわせたCランク冒険者パーティーも返り討ちにされちゃいましたし……」
「ええ⁉︎
Cランクって、ベテラン冒険者じゃないですか⁉︎
それが返り討ちに⁉︎」
冒険者にはランクがある。
Sを最上級にして、A〜F級までだ。
Fランク:
見習い冒険者、討伐クエスト受注不可。
Eランク:
駆け出し冒険者。
Dランク:
普通の冒険者。
Cランク:
ベテラン冒険者。
Bランク:
一流冒険者。
Aランク:
各ギルド支部のエース級冒険者。
各ランクは大まかにはこんな具合だ。
「もしかして、ひとりであのライトニングウルフを倒したのですか?」
「は、はぁ……。
まぁ、そうですけど」
「まあ⁉︎
その若さでなんと素晴らしい腕前でしょう!」
お姉さんは目をキラキラと輝かせている。
「う、嘘だろ……?」
「あんなガキがぁ?」
あたりの冒険者たちは呆気に取られた顔で俺を見ていた。
「ユウさん。
いえ、ユウさま!
たしか冒険者登録はまだでしたよね?
どうでしょう?
いますぐに登録してみては!
あなたさまならBランク……。
いえ!
Aランク冒険者だって、夢ではありませんよ!」
受付のお姉さんが、カウンターから身を乗り出して勧誘してきた。
でも俺はなんだかその必死さに気後れしてしまって、代金の入った布袋を掴んで後ずさった。
「と、登録はまた今度にします!
そ、それじゃあ、ありがとうございました!」
「あっ⁉︎
ユウさまぁ!」
背中を呼び止められる。
でも俺はその声を聞かずに、そそくさと冒険者ギルドを後にした。