死闘
あれからどのくらい経っただろうか。
森は徐々に暗くなってきていた。
一刻もはやく狼たちを倒して、この窮地を切り抜けなければならない。
なにせ夜の森は、彼らの独壇場なのだ。
「ガゥウウウウウウッ!」
また一頭の狼が飛び掛かってきた。
「や、やられて……、たまるか……ッ!」
ボロボロになりながらも、なんとか俺はファングウルフの攻撃をかわした。
すれ違いざまに一頭の首を剣で斬り落とす。
これまでの激闘ですでに何頭かのファングウルフを倒し、狼の群れは残りは12頭まで減っていた。
「はぁ、はぁ……。
ス、ステータス……」
"名前:ユウ
レベル:19
スキル:剣術、投擲、殴打、逃走、噛み付き、咆哮、爪撃、威圧、
ユニークスキル:女神の恩寵"
戦いの最中も、俺はレベルアップし続けていた。
絶望的かと思われたファングウルフの群れを相手に、なんとか立ち回ってこれたのもこのおかげだ。
戦闘にもようやく余裕が出てきた。
けれども今度こそ最後まで油断することなく、俺は一頭一頭しっかりとファングウルフを退治していく。
慌てずに、でも急がないといけない。
辺りが完全に暗くなる前に狼たちを倒しきる!
「ガウゥッ!」
ファングウルフが飛び掛かってきた。
「はぁ、はぁ……。
えいやぁあ!」
剣を突き刺して仕留める。
またひとつ俺のレベルが上がった。
これで残りの狼はあと11頭だ。
◇
「……ワオオオオォォーーンッ!」
どこからともなく、咆哮が聞こえてきた。
俺を取り囲んでいたファングウルフたちが、次々と後ろに退がっていく。
「な、なんだ?
どうしたんだ一体⁉︎」
戸惑っていると、森の奥から巨大な狼が姿を現した。
のしのしと重厚感のある足音を響かせ、木々や大木の枝を押し倒しながら、徐々に暗がりからその巨体を露わにしてくる。
ファングウルフを数倍するほども大きくした、立派な体躯。
金色に輝く被毛からは、バチバチと静電気のような光が発せられ、暗くなり出した森を明るく照らしている。
「な……。
なんだよ、この怪物は⁉︎」
戸惑う俺を高みから見下ろして、金狼が吠えた。
「グルルルゥガァオオオオーー!」
狼の巨躯を包む雷が、バチバチと激しく明滅した。
そのもの凄い迫力に、たまらず俺はすくみあがってしまう。
「ひ、ひぅぃ⁉︎」
この狼はファングウルフなんかとは格が違う!
「か、鑑定!」
"ライトニングウルフ
レベル:34
スキル:噛み付き、爪撃、咆哮、威圧、雷撃"
「――な⁉︎」
絶句した。
なんだろうこの狼は。
こんな怪物が、この森にいたなんて!
「も、もしかして。
……森の、主?」
「グルゥアアアアアアアアアアアッ!!!!」
及び腰になった俺に、牙を剥いたライトニングウルフが飛び掛かってくる。
いまここに、唐突に死闘の幕が開けた。
◇
雷を纏った狼の爪をなんとか躱す。
爪の先がかすっただけでも、俺はビリビリと痺れた。
「ぐはぁ……ッ」
でも俺だってやられてばかりじゃない。
剣を振り回して反撃する。
俺の剣がスパッとライトニングウルフの皮膚を斬り裂いた。
「ギャイン……!」
「はぁ、はぁ……。
ど、どうだ!」
思えば今日一日で、俺の剣はすごく強くなっていた。
昨日までの俺の剣だったら、たとえ直撃したとしても、この金狼の皮膚を切り裂くことは叶わなかっただろう。
でもいまは斬ることができる。
これはもしかすると『スキル:剣術』の熟練度に関係しているのだろうか?
不思議に思いながらも剣を振り回す。
検証は後回しだ。
とにかくいまは、目の前のこの化け物に集中しないと!
「ていやぁあ!」
俺の剣撃が、また狼の皮膚を斬り裂いた。
連続で攻撃を仕掛ける。
「いける!
俺は戦えている!」
ライトニングウルフが大きく飛び退いてから、その場に足を止めた。
「グルルルルルゥ……」
すごく苛立っているのがわかる。
簡単に仕留められるはずだった俺という獲物の思わぬ抵抗に、腹を立てているのだ。
でもこっちだって命がけなんだ。
そうやすやすと、やられてやるわけにはいかない。
金狼が俺を睨みつけながら、大きく口を開いた。
「……グルルルル。
ワオオオオオオオオオオオオンッ!!!!」
大気がビリビリと震える。
大音響の咆哮に、鼓膜が破れそうだ。
俺は耳を押さえてその質量すら伴った音の攻撃をこらえる。
「み、耳が!
なんて声なんだよ⁉︎」
これはもしかすると『咆哮』のスキル効果だろうか?
歯を食いしばって耐える俺の隙をついて、ライトニングウルフが今度は体当たりを仕掛けてきた。
巨躯に激しい稲妻を纏っての突進だ。
こんな攻撃を食らったらひとたまりもない。
でも咆哮に足を縫いとめられた俺は、回避行動に移れない
「ぐわああああああっ!!」
直撃を受けて吹き飛ばされた。
これまで経験したことのないような衝撃とともに、雷撃が全身をくまなく駆け抜けていく。
高く舞い上げれた身体が、どさりと地に落ちる。
「ぐぁっ」
電気を通された筋肉が、意思に反して勝手にピクピクと痙攣する。
身体中の骨がバラバラになったみたいになって、思うように動かない。
「……グルルルゥ」
狼が近づいてきた。
見せつけるように牙を剥き、俺に噛み付こうとする。
「いやだ!
し、死にたくない……ッ!」
必死になって逃げ回る。
不様でもいい!
生きて帰りたい!
血塗れになり、必死の形相で大地をゴロゴロと転がり回って、なんとか生きようと足掻き続ける。
「……はぁっ、はぁ……。
げほっ!
し、死にたく……ない……ッ!」
突然、タイミングよく突風が吹いた。
舞い上げられた木の葉が数枚、ライトニングウルフの目に貼り付く。
「グルフ⁉︎」
「は⁉︎」
いまだ。
チャンスはもう、いましかない。
俺は渾身の力をこめ、剣を突き出しながら、ライトニングウルフに全身で特攻を仕掛けた。
「うわああああああああああああッ!!!!」
首筋に切っ先を突き立てた。
ザシュ、ザシュ、と何度も剣を突き刺す。
「ギャイン!」
命がけだ。
殺す!
殺されるくらいなら、先に俺が殺してやる!
「ギャイイイイイイイイーーン!」
金狼が纏わりつく俺を振り払おうと、鳴き声を上げながら、巨躯に雷撃を纏わせる。
「あがぁ!
あ、あ、あ……」
視界が激しく明滅する。
いまにも意識が飛んでしまいそうだ。
「ぐぅぅぅ……!
死ね!
死ねよ!」
「ガ、ガゥゥ……ッ」
「ぜ、絶対に生き残る!
俺だって!
俺だって、やれば出来るんだ!」
俺と金狼の命をかけたせめぎ合いが続く。
気を抜けばすぐにやられてしまうだろう。
でも俺は絶対に殺されてなんかやらない!
力一杯剣を突き刺し続けた。
◇
「キャ、キャィィン……」
鳴き声がか細くなっていく。
やがてライトニングウルフは、諦めたように目を閉じて、その金色の巨躯を地面に横たえた。
纏っていた雷が収まっていく。
それを見たファングウルフたちが、尻尾を巻いて逃げていく。
「……は、はは……。
や、やった!
やったぞ!」
フラフラになって倒れた。
体が熱い。
「あ、これ……。
レベルアップ…………」
意識を集中した。
"名前:ユウ
レベル:37
スキル:剣術、投擲、殴打、逃走、噛み付き、咆哮、爪撃、威圧、雷撃
ユニークスキル:女神の恩寵"
「レ、レベ……37……。
は、はは……。
凄いな……」
呟きながら、俺の意識は闇に飲まれていった。