エリクサー
メロはもう虫の息だった。
はぁはぁと浅い息をはいて高熱をだし、爛れてしまった全身に滝のような汗をかいている。
意識も朦朧としているみたいだ。
「メロ!
しっかりするんだ。
目を開けてくれ!」
「……ユ、ウ……さ、ま」
うわ言のように俺の名前をつぶやく。
名前を呼んだ俺が目の前にいるというのに、彼女はもう、目の焦点すら合っていない。
「しっかりしてくれ!」
「はぁ……はぁ……」
「ほら、これ!
エリクサーだ!
学園トーナメントで優勝してきた!
メロのために頑張って戦ったんだぞ!」
彼女は反応しない。
ただ褐色の小さな身体から伝わってくる高熱が、俺をひどく狼狽させる。
「頼む……。
頼むよメロ!
お願いだから、口を開けて薬を飲んでくれ!」
メロが虚ろな瞳で虚空を見つめている。
完全に病の進行しきった彼女にはもう、薬を飲む力さえも残されていなかった。
「お願い……だ。
頼むから…………ッ」
これさえ飲めば助かるのに!
祈るような気持ちで、細い肩を掴んで揺さぶる。
「……ぁ……ぅぁ。
……ユ……さ……」
メロが薄く目を開いた。
目の焦点があい、俺に気付いたようだ。
メロはぶつぶつとなにかを呟いている。
でもその声が小さ過ぎて、内容が聞き取れない。
「ど、どうしたメロ!
なんて言ってるんだ?」
耳を近づける。
まるで独白するような小さな声。
掠れたその声が俺に届いた。
「……ゎた……し。
しぁ、わ……でし……た……」
「そんな!
そんな終わりみたいに言ないでくれ!」
「……ふ、ふ。
……なか、な……い、で……」
いつのまにか、俺は泣いていた。
メロが爛れた震える指先で、ボロボロとこぼれ落ちる俺の涙を拭おうとする。
けれども彼女の力ない指は、すぐそばまで近づけた俺の目元にすら届かない。
「あり……が……、ユ、ウ……さ、ま。
……だい、……す……き……」
「あぁ、メロ……。
メロ……。
いやだ。
逝かないでくれ……」
歯をくいしばる。
彼女にあと少し力があれば……。
この霊薬を飲む力さえ、残されていれば……!
「そ、そうだ……」
ふと思いついた。
こうすればいいんだ。
すぐさまメロの小さな身体を、ベッドから抱き起す。
彼女の熱くなった身体を片手で支えながら、もう片方の手でエリクサーの瓶を開け、中身を口に含んだ。
お願いだ……。
飲んでくれ!
俺はメロの爛れた唇に、そっと自分の唇を重ね合わせた。
◇
メロを優しく抱いたまま、エリクサーを口移しで彼女の口内に流し込んでいく。
「……んん⁉︎
けほっ。
……んく、……けほっ」
メロが小さく喉を鳴らした。
けれどもやはりむせて、エリクサーを吐き出してしまう。
俺は根気強く口移しを続けた。
「ん、んん……。
……⁉︎
ふ、ふぁ⁉︎」
俺と唇を重ねていることに気が付いたメロは、瞳を見開き、驚いて離れようとした。
けれども俺は、しっかり彼女の身体を抱いて離さない。
この愛おしい小さな身体を離すわけがない。
「んん……⁉︎
ん、んんッ⁉︎」
メロの顔が真っ赤になった。
だがしかし、メロは瞳に涙を浮かべて、徐々に幸せそうな微笑みを浮かべ始める。
やがてメロは全身の力を抜き、瞳を閉じて俺の口づけを受け入れた。
◇
ごくり。
か細い喉が鳴った。
最初の一口を皮切りにして、ごくりごくりとメロの褐色の喉が動いていく。
やった。
ついにメロが薬を飲んでくれた。
「ん……。
んく……、んく……」
メロが残りすべてのエリクサーを飲み干した。
もう瓶は空っぽだ。
俺は彼女から唇を離そうとする。
「……ん?
メロ?」
メロが俺の身体に腕を回していた。
背中を撫でるように両手を添えて、俺のことを捕まえて離さない。
「……ん、んはぁ……。
ユウ、……さまぁ……」
ふたたひ口付けてきたメロの舌先が、唇を割って俺の口内に入ってきた。
メロの舌はまるで蛇みたいに蠢いて、俺の舌を絡めとる。
「んふ⁉︎
ぷはぁ!
メ、メロ?
いったいなにをしてるんだ⁉︎」
俺はびっくりして身を引いてしまう。
けれどもそんなことはお構いなしに、メロは積極的に俺にのし掛かってきて、口内をむさぼろうとする。
「ん、んんん……。
ぷはぁ!」
息が続かなくなって、ようやくメロは唇を離した。
「……はぁ、……はぁ。
……ユウ、さ、まぁ……♡」
すぐにまた唇を塞がれた。
心なしかさっきまでよりメロの顔色が良くなってきている気がする。
爛れも少し治ってきているような……。
エリクサーが効いてきたんだろうか。
だとしたら嬉しい。
「は、はぁ……。
もっとぉ♡
もっと、くだ……さぃ……」
何度も唇を重ね合わせる。
最後に、絡み合わせた舌と舌の間に、つぅっと唾液の糸を繋がせて、ようやく俺たちは離れた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
翌朝。
窓の外からチュンチュンと、小鳥のさえずりが聞こえてくる。
俺はメロのことが心配で、一晩泊まっていくことにしていた。
もちろん一緒のベッドには寝ていない。
俺は椅子で寝たのだ。
「……おはよ、ございます。
……ユウさま」
ベッドから上体を起こしたメロが、背に朝陽を浴びながら朗らかに笑う。
彼女はすっかり回復していた。
もう身体のどこにも爛れなんて見当たらない。
「……おはよう、メロ」
俺は起き抜けの判然としない頭で、ぼうっとメロの顔を眺めてしまう。
病気が治って元の姿に戻った彼女は、それはもう可憐だった。
ダークエルフには美形が多いらしいが、きっとメロはそのなかでも特別だ。
「どうしたの、ですか?
ユウさま?」
窓からキラキラと輝く朝陽が、彼女に降り注ぐ。
綺麗な白髪がまるで透けて見えるみたいだ。
まん丸な瞳に、小振りで形のよい鼻。
ふっくらとした頬っぺたと唇を眺めていると、突っつきたいといういたずら心がむくむくと湧いてくる。
すっかり全快した褐色の肌が、健康的だ。
「……天使……みたいだなぁ」
「ユウ、さま?」
「い、いや、なんでもないんだ!
あんまりメロが可愛いもんだから、見惚れてしまって」
「……ぅ、ぅあ」
メロが赤くなって俯いた。
そんな仕草もとても可憐で可愛い。
「あの……。
ユウ、さま……」
彼女が姿勢を正して、真っ直ぐに俺を見つめてきた。
「ありがと、ございます。
……わたし。
もう助からない、思ってました」
なんとなく舌足らずな話し方だ。
そんなところも可愛い。
「ユウさま。
お慕いして、ます」
少しはにかみながらも、メロはそう言ってとびきり可愛い笑顔をみせてくれた。
これにて第1章完結です。
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