召喚術師イーリィ
学園トーナメントの代理選手を探すことになった。
オゥグスが戦えなくなったのだ。
彼は先の1年生代表選抜トーナメントの決勝戦で、対戦相手のキィヅカにあっという間にやられてしまった。
そのときに手酷い怪我を負ってしまったのである。
いまもオゥグスは実家のラアキヒ伯爵家のベッドで、うんうんと唸っていることだろう。
可哀想ではあるが、自業自得だとも思う。
それよりいまは、代理選手のことだ。
「……ふむ。
どうしたものかなぁ」
トーナメントのパートナーが出場出来なくなった場合、残った出場選手が、自力でパートナーを探すルールになっている。
もし見つからなければ、不戦敗だ。
俺は必ずパートナーを見つけるつもりだった。
なにせトーナメントには、メロの命がかかっているのだ。
「……ど、ぅ、したの……です、か?
ユウ、様……」
メロがベッドの上で身体を起こした。
心配そうに俺のことをみている。
「心配……ごと、です……か?」
メロの言葉は途切れ途切れだ。
病気が進行して、もう口の中まで爛れてしまっているらしい。
いや、口の中だけじゃない。
彼女はすでに、全身が爛れ始めていた。
「……」
キュッと下唇を噛んで、酷い有様になってしまったメロを見つめる。
なんとかしてやりたい。
でもいまは、まだなにも彼女にしてあげられない。
……俺は無力だ。
「……ユ、ウ……さま……?」
「……ああ。
なんでもないんだよ?」
手を伸ばして、メロの流れるように美しい白髪を撫でてやる。
彼女を安心させようと、精一杯の笑顔を送る。
「……ッ⁉︎
い、いけませ……!
移った、ら……⁉︎」
メロが慌てだした。
頭に置かれた俺の手から逃れるように、身をよじる。
でも俺は彼女の小さくて細い肩を抱き寄せ、離さない。
「はは。
なにを言ってるんだよ、メロ」
冷たく突き放して、メロを哀しませたりはしたくない。
「移らない病気だって知ってるぞ?」
「で、も……。
爛れ、てて、きた……ないで、す」
なんて悲しいことを言うんだろう。
俺はたまらなくなって、彼女の小さな身体を抱きしめた。
「汚いなんて言うな……!
そんなわけ、ないだろ!」
「……ぁ。
……ぅ、ぁあ…………」
メロは瞳を潤ませて、声を震わせている。
たったこれだけのことで感極まってしまったのだ。
この小さな少女は、これまでどれだけ辛い想いを我慢してきたのだろう。
胸が苦しい。
「……わ、……ゎ、た……し……」
メロが途切れ途切れに呟く。
俺はメロを蝕む病魔を許さない。
もうこれ以上、この小さな少女に辛い想いなんてさせない。
必ず俺がメロを救う――
絶対にトーナメントを優勝して、エリクサーを手に入れてやると、密かに決意をあらためた。
「……それより、もう泣き止め。
ほら、このスープ好きだったろ?
あーん」
スープを掬って匙を差し出した。
ゆっくりと傾けて、メロにスープを飲ませてやる。
「……ぐす。
……ぁ、り、がと……ござ、……ます」
鼻をすすってスープを飲む。
泣き止むように言ったのに、メロはスープを飲んでいる間、ずっとポロポロと涙をこぼしたままだった。
◇
スープを飲み終えたメロは、泣き疲れたのか眠ってしまった。
寝息をを立てる少女を眺めながら、俺は思い悩む。
パートナーが見つからない。
俺は試しに、クラスの男子たちに声を掛けてまわってみた。
でもことごとく断られてしまった。
こういうとき、友だちが少ないと不便だ。
そうそう。
俺はオゥグスの取り巻きで、商人の息子であるネマムにも誘いの声を掛けてみた。
そのときの事を思い出す。
「なぁ、ネマム。
お前はオゥグスの友人だろう?
怪我をしたあいつの代わりに、トーナメントに出る気はないか?」
「え、え⁉︎
お、俺がぁ⁉︎」
「ああ。
オゥグスと仲が良いんだろう?」
「む、無理っすよ、ユウさん!
それに別に俺は、オゥグスのやつと仲がいいわけじゃないんで!」
こんな具合だ。
いつも一緒にいたあいつらだけれど、ふたりの友情は所詮まやかしだったんだろう。
あいつらを反面教師にしながら、思う。
メロを救うためにも、できるだけ信頼できるパートナーが欲しい。
◇
「じゃあ、ちょっと買い物してくる。
安静にしてるんだぞ?」
「は、い。
……ぉ気をつけて、いって、らっしゃぃ」
メロのために取ってある宿屋をでた。
うんうんと唸りながら、夕陽に赤く染まる街を頭を抱えたまま歩く。
だがいくら唸っても、パートナーの心当たりが思い浮かばない。
「……はぁ。
これは参ったなあ」
思わずため息がこぼれた。
「なにが参ったのかしら、ユウ?」
「あ、イーリィ」
「ご機嫌よう。
それよりユウ。
ため息なんてついて、あなたらしくないわよ?
どうしたの?」
「いや、それが……」
俺は事の次第を彼女に説明した。
「なんだ、そんなことなの?」
イーリィが明るく微笑む。
「そんなことって……。
これはメロの命がかかった、大切なことだぞ?」
「ええ、分かってるわ。
だから、ねえユウ。
それなら私にも手伝わせてちょうだいよ!」
彼女がとんでもないことを言い出した。
「は、はぁ⁉︎
それって、イーリィが俺のパートナーになるってことか⁉︎」
「そうよ!
ダメかしら?」
「だ、だってイーリィは侯爵家のご令嬢だろ。
それになにより、女じゃないか⁉︎」
「あら?
侯爵家の子女がパートナーになっちゃいけないなんて、そんな決まりはあったかしら?
それに女だって選抜選に出ている子もいたじゃない」
たしかにそれはそうだ。
でも危ないし、そもそもイーリィは戦えるんだろうか。
彼女にそれとなく聞いてみた。
「あら、侮られたものね?
このイーリアス・エーイティ。
そんじょそこらの男の子にだって負けないわよ!」
イーリィが男勝りな笑みを浮かべる。
夕焼けに赤く染まった金糸のような髪が眩しい。
「ね、決まりよ!
私だって、メロのために戦いたいんだから!」
意外な一面に驚いてしまったが、やっぱりイーリィは根っこの部分が優しい。
彼女は朗らかに笑いながら、腕まくりをして力こぶを作ってみせた。




