序章
序章
遠くから懐かしい声が聞こえる。
自分の名前を何度も叫んでる、何度も何度も親を呼ぶ子のように。
焦らなくても此処にいると伝えようとしても、その声は彼女に届かないみたいだ。
頭の中でその声が反射する度に自分が置かれている状況を忘れてしまいそうになる。
身体を覆っていた何かがゆっくりと解けていくと段々と神経が冴え、金縛りのような深い水の底に閉じ込められているような、そんな孤独感と焦燥感を感じとった身体は未知の恐怖に自然と小刻みに震えていた。
今自分の目は開いてるのだろうか、閉じているのだろうか。そんな当たり前の事ですらも、長年付き添いよく理解していたと思っていたはずの身体はその役目をとうの昔に忘れてしまったようだ。
『コールドシステム20%まで解除。容態良好。システム異常なし。バックアップ完了。70%までフルダウンします。』
無機質な声の主は心の悲痛な叫びなど気にも留めず、マニュアル通りに躊躇なく再生の魔術を淡々と唱え始めた。
死人に口なしか、と下らないジョークを考える余裕があるのを見抜かれたのだろう。
ああ、そうだった、もうそんなにも時間が経ってしまったのか。
細胞の一つ一つが呼吸を始め、口と鼻から強烈な冷気が肺に雪崩れ込み皮膚は脈打ち、血は全身を駆け巡り始めた。その血は真っ先に身体の中心めがけ走り抜けていくと、次第に鼓動が一回、二回と少しずつ速度を上げて高鳴る。働き詰めだった無数のシナプスは休暇が終わると面倒くさそうに仕事をし始め、五感とは何かを無意識のうちに理解した身体は次第に重さを増していく。
『産まれる意味とは、生きる意味とは、神にしか解けない問題であり人類が最も答えに恐れるべき問題である。』
まだ幼い自分に名も知らない偉そうな自称科学者は得意げにそう熱く語っていたのを思い出した。
しかし、その答えはきっと美しいものなのだろう。
理解せずとも本能だとしても、その美しさで人は命を繋いできたのだろうと思ってしまうほどに。