第08話 仮名
囚われていた子供たちが戻ってきた日の夜、集落は大きな焚火を中心にお祭り騒ぎになっていた。あの後、ソラ達が本来の依頼通りに狩ってきた魔物が料理としてふるまわれている。ルークは集まってきた子供たちの相手として一緒に遊んでいた。ソラはと言うと、コートで顔が認識できないことや、異質なスキルを持っているが故に人が寄って来る事は無かった。集落の人間は恐れているわけではなく寧ろ感謝していたのだが、自分から近づく勇気のあるものはほとんどいなかった。ソラはそれを気にも留めず、笑顔に包まれ、騒いでるその様子を微笑まし気に少し離れた所から見守っていた。
そんなソラに一人の男が近づく。
「すまぬな、皆感謝はしておるのじゃが……」
「構いませんよ。見返りが欲しかった訳でもないですから」
「じゃが本当にいいのか? お主が儂たちに差し出したものは、ギルドで売ればそれなりの金額になると思うが……」
「それはこれからのために使って下さい。見た所、育てていた作物も粗方盗られたんでしょう?」
「よくそんな事まで見ておるな。ギルドの人間は目的さえ果たせば後は何もしてくれぬと聞いたことがあったのじゃが……」
「俺はギルドに所属しているわけじゃないんですよ。だからあなた方の依頼を受けたのはあそこにいるルークと言う少年です。それに、俺は元々ここより小さな村が出身ですから、そう言った事情も多少は知っているんですよ」
「そうじゃったか。その村と言うのはどこら辺に――」
「すみません、今はもう無いんです」
その返答に長老は申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「……すまなかった、余計なことを聞いたようだ」
「いえ、もう過ぎたことですし、忘れるつもりは無くても気にするつもりはありませんから」
「……魔物か?」
「人間です」
その言葉を聞いて、長老は初めてソラが山賊に向かって集落を守る理由を同情だと言った理由を悟った。ソラの村が自分たちと似た状況で助からなかった。だから、そうならないように自分たちを守ってくれたのだと。
「本当にありがとう。お主には感謝してもしきれぬ」
「俺がしたかったからそうしただけです。だから気にしないで下さい」
そんな二人の会話が途切れるのを少し離れた所で待っていた少女が、ようやくひと段落付いたのを察して口を開いた。それはソラに自分の死を懇願し、条件を突き付けられた少女。
「あの……」
「何か用?」
「助けてもらった時に出された条件なのですけど……すみません、満たせそうにないのです……」
「そっか」
そっけないそんな返事だったが、少女はソラの浮かべた笑みを見て元よりソラがその選択を望んでいたことを察した。そのことに驚き、唖然として動かない少女にソラは声を掛ける。
「その話はもういいから、料理を食べておいで。ほら、あそこでお母さんも待ってるよ」
そういってソラが向けた視線の先には、ソラと会話している少女を見つめる母親らしき人物の姿があった。少女が一人でソラの元へ来たのが不安なのか、心配そうに見つめている。
「はい。ありがとうございました」
そういってぺこりと頭を下げると、少女は母親の元へと駆けだした。辿り着くと振り向いて、母親と共にソラに一度頭を下げた。それを終えるとすぐに集落の仲間の元へと戻っていった。
「条件というのは何のことじゃ?」
「それはあの子に直接聞いてください。本人が拒否するようなら、聞かないであげた方がいいと思いますけど」
「お主がそう言うのならそうしよう」
そんな長老の言葉を聞くと、ソラは何かを思い出したように口を開いた。
「今回の件、本来の目的で依頼を出しても人は来てくれたと思いますよ」
「……気が付いておったのか」
「まあ、一応。これまでは知りませんけど、少なくとも今のギルドマスターは同じ報酬で山賊討伐の依頼を出しても人は派遣してくれると思います。寧ろ今回のように伏せたままにしておいた方が実力不相応の人間が来る可能性が上がります。それを察していたから俺たちが隠れていた時、集落の人間が殺されそうになっても助けを求めなかったんでしょう?」
「全てお見通しと言う訳か……。そう言えばギルドには依頼相手を指名できる仕組みがあったな。お主、名は何という?」
そう言われてソラは少し考えた。断ってルークの名前を出すことも考えはしたものの、今回の一件の様な危険な依頼がルークやフェミの元に、それも優先的に行ってしまう可能性を考えればあまり得策ではない。それに加え、今回のクラン『ロート』との一件はルークを介さずに自分が依頼を受けられるようにという目的もある。
「……俺に依頼を出したいときは『ネロ』という名前宛てにしておいて下さい。ギルドの方にもその名前で依頼が来た時は俺に回してもらえるように交渉しておきます」
「その言い方からすると、別に本名と言う訳ではなさそうじゃな。……あぁ、心配するな。助けてもらっておいて余計な詮索をするつもりは無い。お主にはお主の事情があるのじゃろう。きっと助かった儂らにはわからぬ事情がな」
その言葉にソラは答えなかった。暫くの沈黙の後、長老は周囲から視線を送られていることに気が付いてソラの背中を押した。
「礼をしたいのは儂だけではない。こんな離れたところで儂と二人でおっては他の者は近づきにくかろう。別に親しくしろとは言わぬ。じゃから、少しは向こうにも参加してやってくれんか?」
そう言われてソラが皆がいる方へと視線を向けてよく見ると、チラチラとだが確かにこちらへと視線を送っている者も少なくなかった。
「そういうことなら、少し楽しませてもらってきます」
「そうするがよい。皆自分や集落の事で盛り上がっておるが、本来ならお主が主役になるべき騒ぎじゃからな」
長老の言葉に軽く会釈を返しつつ、ソラは皆が食事を、仲間との再会を楽しんでいる場へと向かって行った。それに気が付いたルークがそちらへと向かい、それに伴ってルークと共に遊んでいた子供たちもソラの元へと集まり始めた。
そんな中、一人の少女が長老の元へと向かって行った。
「儂に何か用か?」
「その……。あの人の名前聞くの忘れていたので……」
「本当の名は知らぬ」
「本当の?」
「あぁ。じゃが、ギルドではネロと言う名前で通っておるそうじゃよ」
「ネロ……」
少女はそう呟くと、長老に一度頭を下げてから皆の元へと戻っていった。




