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第05話 実幻影

 ルバルドが野次馬をかき分けて中心に来た時には、既にパリスの幻影がソラに向かって行くところだった。それを見たルバルドはそれを止めに入る。ルバルドはパリスのスキルを知っていた。スキル『実幻影』。幻影を作り出し、さらにそれを実在のものとすることが出来るスキル。だがそれを行うのは難しく、今のパリスには剣程の大きさのモノを実在のものとすることが限界だった。それに、幻影には細かい動きは指定できない。幻影はあくまで操り人形に過ぎない。それはルバルドやスフレアなら対応できるレベルのモノ。だが、ソラは違う。まだそんなことは出来ない。だからルバルドは止めに入ろうとした。もし仮に剣が幻影でなければ、怪我程度では済まないことを察して。だが次の瞬間、ルバルド含め周りで見ていた者は一斉に動きを止めた。



(これでカリア姫は――)



 パリスはそんなことを考えながら、ソラの真後ろの幻影に成りすまし、走っていた。他の方向からの攻撃を避けられたとしても、後ろからなら追撃できる。そう考えていた。そして、他の幻影と共に剣を真上に振り上げ、真っ直ぐに振り下ろした瞬間だった。ソラはパリスから見て左に避けた。幸運にも一番ダメージが入るパリス本人からの攻撃を躱した。それを見てパリスはニヤリと笑う。



(実影から攻撃されて終わり――なっ!)



 その時、パリスは気が付いた。他の幻影が全て消えていることに。

 そのことに驚く暇もなく、ソラは振り返りながら小太刀を振るい、それはパリスの喉の手前で止まった。そんなパリスにソラは笑顔で語り掛けた。



「初めて勝てましたね。ライムの事、よろしくお願いします」



 それの言葉がパリスの逆鱗に触れた。パリスはソラに対して常に自分の方が上だと思っていた。だが、ソラのその目はどこか見下したものだった。それもそのはず、ソラはパリスがライム対してしたことに少なからず怒っていた。そして、そんなことをさも当たり前のように話したパリスを人として見下していた。それがパリスの高いプライドを傷つけた。



「きっ――!」



 パリスはムキになって、振り下ろしていた剣を思い切りソラに向かって振り上げた。それにいち早く反応したルバルドは再び止めに入ろうとしたが、無駄に終わった。その剣はソラに当たることなく宙を切った。いや、振り上げた時には、パリスの手元の剣は無くなっていた。

 唖然とするパリスに、周りで口を開けたまま固まっている野次馬にも聞こえるようにソラは語り掛けた。



「もしかして、パリス様のスキルは幻影を作り出すことですか? さっき他の幻影が消えたのはまだ慣れていない。と、僕なら予測しますが……」



 ソラのその言葉に周りのものも反応する。



「幻影? じゃあ今剣が消えたのも――」


「じゃあ、パリス様の幻影が急に消えたのはまだスキルを使いこなせていないからか……」


「ソラがパリス様の攻撃を避けたのは……」


「どうせまぐれだろ」



 周りは勝手に推測し、話はいろんな方向へと広がっていった。パリスのように詳細の掴みにくいスキルを持つものが周りに気付かれないように振舞うのは珍しいことではない。ソラはここで訓練をしてそれを知っていた。だから、わざとパリスのスキルのヒントになるようなことを周りに聞こえるように話した。自分のスキルのせいではないと思わせるために。

 だが、パリスのスキルを知っている本人と、ルバルドの反応は違った。



(僕は今幻影を消していない……。それより、ソラのスキルは触れたものを消すんじゃなかったのか? 幻影だけを消したのは本体を感知していたから? 感知系のスキルも持っているのか? いや、生き物を消せないスキルなのかもしれない……。一体、ソラのスキルは……)


(パリスの攻撃をかわした時の動きとそのカウンター。あれは明らかに背後のパリスに気付いていたからこその動きだった。だが、ソラのスキルは一つしかないはずだ。何故それに気付けたんだ? それに、パリスが最後に振るった剣。俺はパリスがあれを手に取るところを見ていた。間違いなく幻影ではない。それに――)



 そんな風に考える周りを気にも留めず、ソラはライムに話しかける。



「さあ、今日はちゃんと戦ってよ。昨日まで見たいに他のこと考えながら戦ったりしたら僕が面白くないからさ」


「ソラ、ソラは――」


「?」



 ライムはソラに聞こうとした。本当にソラは何もしていないのか。ソラのスキルは本当は自分の聞いているものとは違うのではないか。今までは手加減をしていたのか。だが、ライムは聞くのをやめた。

 ソラはライムに何も聞かなかった。そして、助けられるタイミングで迷わず助けてくれた。だから、次ソラが困っている時には自分が逆に助けよう。そう心に誓って言葉を飲み込んだ。



「いや、何でもない。休まなくてもいいのか?」


「今の模擬戦で疲れる要素あった?」



 そう、よく考えてみればソラはライムにカウンターの一撃を決め、寸でのところで止めただけなのだ。疲れるような動きはしていない。



「確かにその通りだな。今日は負けないよ」


「それは楽しみだ」



 そう言って何事もなかったように、いつものように武器を構えるソラにライムは感謝していた。だが、それは口にはしなかった。ソラは自分がしたいからしただけと言った。だからライムは礼を言わなかった。そして何より、その感謝の気持ちはソラも分かっていると思ったから。





「くそっ!」



 パリスは人目のないところに移動してから、そう言って壁を思い切り叩いた。そんなパリスの元にルバルドが近づく。パリスの性格をよく知っていたからこそ、ルバルドはソラよりもパリスを優先した。



「パリス、俺以外に負けたのは初めてだったか?」


「ルバルド兵士長! ……そうですね、初めて負けました」



 パリスは悔しそうにそう呟く。そう、パリスは少なくとも訓練兵の中では負けなしだった。プライドの高いパリスにとって、急に現れたソラに、それも今まで圧倒していたはずの相手に負けるのは屈辱以外の何者でもなかった。



「あいつは……ソラは誰から剣術を習ったのですか?」


「ほぼ独学だ。俺も一度手合わせはしてやったがな。それに、まだ剣を取って一か月ぐらいのはずだ」



 その言葉にパリスは絶句した。パリスは幼いころから剣術を習っていた。だからこそ、スキル抜きの実力ならそこらの兵士が相手にならないほどであった。そしてスキルにおいても恵まれたパリスはそこから先、ほぼ負けることがなかった。パリスの高いプライドはそのことも多少関係している。

 ルバルドは、そんなパリスが負けたことをいいことだ捉えていた。パリスは上を見るばかりで、下を全く見ていなかった。他の訓練兵を見下し、そのせいで嫌われていた。パリスの周りにいたのはいつも下級貴族の子供だった。それは、パリスと仲良くなりたいという純粋な思いではなく、パリスに気に入られたいと言う思いからだった。パリス本人もそれには気が付いていたが、別にそれを嫌悪してはいなかった。自分に媚びる彼らを見ていると、パリス自身の力を自覚できたから。その力は才能であり、武力であり、権力であった。パリスは周りに認められているという事に満足していた。次第にパリスの努力する理由は、その立場を壊さないためと言う風に変化してしまった。だが、その絶対的な立場がソラによって――少なくとも武力については壊された。

 パリスは縋るようにルバルドに話しかける。



「僕は――なぜ負けたのですか?」


「さあな。だが、多分気持ちの上で負けた理由なら分かる。パリス、君は今なんのために戦っている?」


「それは――」



 パリスは言葉を紡げなかった。努力することが当たり前になり、才能が誰よりもあるのが当たり前になり、実力が認められることが当たり前になっていた。そんな風に恵まれたパリスは目的を完全に見失っていた。



「なら、初めて訓練場に来た時に君が俺に行った目標を覚えているか?」


「――っ!」



 パリスは思い出した。本来の自分の目的を。



”この国を貴族としても、兵士としても守れるような存在になりたいです!”



 確かにそう言ったのだ。初めて兵士としての訓練を受けるとき、ルバルドに対して。権力に、才能に、実力に溺れて完全に見失っていたパリス本来の望み。そんなパリスにルバルドはさらに声を掛ける。



「パリス、今の君はどんな思いで剣を振るっている。昔とはずいぶんと違ってしまっているんじゃないか?」



 そう、今のパリスが振るっているのは昔のような純粋に、目標のために突き進むような剣ではない。他者を見下し、ただ自分を周りに認めさせるための剣。

 ルバルドの言葉で怒りを忘れたパリスは、ルバルドに聞きたいことがあった。



「ソラは一体何を思って剣を振るっているのですか?」


「目的は簡単だ。自分の村を守るため。それだけだ。村が魔物に襲われて父親が亡くなったそうだ。その時、自分は何も出来なかったと後悔している。だからソラは今、懸命に頑張っている。だから、近いうちに王都を離れることになると思う。そうすれば、パリスが再び訓練場ではトップということになるな。だから、ソラに勝負を挑むのなら早いうちにな」



 それはかつてパリスが剣に込めていた想いと近い、純粋に何かのために努力するというもの。

 自分のことについて色々と考え直しているパリスに対して、ルバルドは質問をする。パリスの事ではなく、ソラの事を知るために。



「パリス、話は変わるが、ソラに攻撃する直前に幻影を消したのは君の意思か?」


「いえ、恐らくですがソラのスキルによるものだと思います。そちらを見るまで幻影が消えていることにさえ気づきませんでした」


「では、最後、君が振り上げた剣は幻影だったのか?」


「いえ、あれは正真正銘訓練用の木剣です」



 それを聞いてルバルドは腕を組んで考え込む。ルバルドの動体視力はパリスが振り上げた剣がソラに触れる前に消えるところを確かに捉えていた。それがパリスの作り出していた幻影と言うのならば納得できる。だが、それが実在している物というのならば、ソラがスキルの説明を偽装していることになる。ルバルドはソラのことを信用していた。だからこそ、ソラが嘘をついているのにも何か理由があると予想した。その上で、ソラからきちんと話を聞いておくかどうか迷っている。

 そんなルバルドにパリスが声を掛ける。



「ルバルド兵士長。ソラのスキルは一体……」


「さぁな。俺も聞いたことのないスキルだ。だから分からないと言うのが正直な感想だな。……そうだな、気になるのならパリスが直接聞けばいい。ソラはあんな目立ち方してるからあんまり仲がいい奴がいなくてな。仲良くしてもらえると助かるよ」



 ルバルドの言葉通り、ソラはいい意味でも悪い意味でも目立っていたのだ。だからこそ、貴族としての権力がさほどなく、実力もソラとそう変わらないライムをソラの相手として選んだ。以前のパリスならばソラと仲良くすることなんて勧めなかったし、パリス自身も賛成しなかっただろう。だが、今のパリスならソラと上手くやっていけるかもしれない。ルバルドはそう思い、パリスにそんな言葉を掛けた。

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