第03話 警戒
「なんで……」
ライムのその呟きに、隣にいたパリスが反応する。
「分からない。僕らには何も」
二人がいるのは普段魔族の軍勢と衝突する場所から少し人間側に下がった場所。
戸惑っているのはライムとパリスだけでなく、その周囲で共に魔族側の砦を睨みつけている者たちもだった。
パリスは続けて言った。
「でも、何も意図が無いなんてことは考えにくい。何かある、そう考えるのが普通だ。だから今はこうして警戒を続けるしかない」
彼らの少し先には力尽きた魔族の体が、時折差し込む月明かりから地面を隠していた。
きっと何かが起こる。そう思って飛び出した人間を待ち構えていたのは、普段と何ら変わらぬ敵勢だった。身体能力が飛躍している訳でも、特殊な攻撃方法をしてくるわけでも、人員を増やしてきた訳でもない。
「そう……だね……」
ライムは言葉に出来ない不安を抑えながら、そう答えた。
☆
砦の中にある一室に、人間側の指揮を担当する者たちが集まっていた。
「シーラ、お前はこの状況をどう思う?」
ガリアはシーラにそう問いかけた。
「いつもよりも異様に短い間隔で現れた敵の軍勢は、今までのそれと大差なかった。そして、私たちは大きな被害を受けていない。動揺を誘う分には有効でしたが、現状ではその先が何一つない。私には敵の意図が全く分かりません」
シーラが指揮した魔法を主に扱う部隊もさほど大きな変化はなかった。
飛行してくる魔族を狙いつつ、隙を見ては敵の歩兵が集中している場所へと魔法を飛ばす。
普段と違うことと言えば、夜で雲が出ていたために視界が悪かったぐらいである。いつもより命中率は下がったが、それでも大した影響は出なかった。
「……ただただ不気味だな」
少しの沈黙が降りた後、誰かが呟いた。
「もしかしたら、魔族を作り出す速度が単に上がっただけかも……」
しかし、ガリアは首を横に振った。
「それは考えにくい。奴らはいつだって何かしらの意味のある変化を付けてきた。三年前に魔族を捕らえた時に得た情報からしても、かなり綿密な計画を立てて実行しているはずだ。あの程度の数で押し切れないことぐらいは分かっているだろう」
現状、人間の戦力はかなり強い。それは作り出される魔族が少しずつ強くなるというのを利用して、個々人の能力を成長させたことが大きい。それによって才能を開花させた者も少なくない。
現在の創り出された魔族は前線に出ていない兵士程度の実力はある。それでも、今の前線にいる人間からすればそれほど厳しいものではない。
「ここで仕掛けてくるのなら、魔族の身体能力はあれで限界なのかもしれんな。スキルの所有者が手練れでない子供だったというのが幸いしたか……」
ガリアはそんな推測を口にした。
三年前に魔族を捕らえた時、件のスキルは使用者が知っている物しか作れないということを聞いた。だから、実際の戦闘経験のない者が創り出せる戦闘能力はこれが限界だとガリアは察せた。
ではやはり、数を増やすことに尽力したのではないか。誰かがそう呟いたが、ガリアは再び首を横に振った。
「尽力したとして、それをこんな形で俺らに教える意味が分からん。やるなら、俺たちが予期出来ない状況で唐突に実行した方がどう考えても効果的だろう。もっと別の意図があると俺は思う」
「私も同意見です。今までのやり方からすると、数を増やすよりも別の方法を――」
シーラはそこまで言って固まった。その表情は徐々に蒼ざめていく。
そんなシーラにガリアは声を掛けようとしたが、その前にシーラの口が開いた。
「ガリア隊長、今回の件で兵士たちをどう配置しましたか?」
「どうって、何かあるだろうと警戒して前線の魔族側に近い場所に配置したが……それがどうかしたのか?」
「この砦は魔族領側と王都がある方向、どちらから攻撃が来ても対応できる造りになっています。それは今まで何度も役に立ってきました」
「あぁ、常にどちらから来ても対応できるように人員配備している」
瞬間的に物体を移動させるエクトのスキルで、今まで何度か砦を越えた場所に魔族が現れたことがあった。しかし、そう言った事態に備えて王都まで一定間隔で人員を配備。さらに砦の王都側にも相応の人数を配備していた。
「もし仮にですが……。私たちが知らない内に魔族を生成する速度が飛躍的に上がっていて、人員を前線に向けることが目的だとしたら……」
果たして、想定の数倍の敵が手薄な場所に現れて対処しきれるだろうか。
やってみなければ結果は分からないが、かなり厳しい状況になることは間違いない。
ガリアは大声で周囲へと命令を下す。
「今すぐ前線に出ている人員を呼び戻――」
ガリアがそこまで言った時、砦内に警鐘が鳴り響いた。
それから数秒後にはガリア達のいる部屋の扉が大きな音を立てて開かれる。
「ガリア隊長、シーラ隊長! 敵勢力が前後から攻めてきています! どちらも想定の三倍以上の数です!」
☆
寝室へと向かっていたライリス王国の王妃ハリアは、その道中で既に眠っているはずの娘の部屋から明かりが漏れていることに気が付いた。
ハリアはそちらへと向かい、ノックの返事を待ってから扉を開けた。
「カリア、眠れないのですか?」
「はい。何か胸騒ぎが……」
そう言いながら窓から外を見ると、何かが空を飛んでこちらへと向かってきていた。
「あれは……?」
それはかなりの数で、左右に大きく広がっている。
それから兵士が二人に避難するように急かしに来るまで、さほど時間は掛からなかった。