第04話 調達
扉が開かれるなり、ソラは家の中へ招き入れられた。
ソラの目の前には、ユーミアが差し出してくれた飲み物が入ったコップが置かれている。
「これ、前に言ってた物資です。すみません、本当はもっと早く来るつもりだったんですけど……」
そう言いながら、ソラは机の上に一つのマジックバッグを置いた。
「……もしかして、何か問題でもあったんですか?」
心配げな表情を浮かべるユーミアとミィナに、ソラは首を横に振って見せる。
「別にそう言う訳じゃありません。俺たちの所に知り合いが来てたので、こっちに来れなかったんです。見つかると面倒ごとに巻き込んでしまいそうですし」
「では、ミラさんとティアさんは……」
「誰かが来たと来た時のために留守番をしてもらってます。まあ、俺たちの所に来るのなんて限られてるんですけどね。そんな訳なので、俺たちの事は気にしなくても大丈夫です。それより、中身を確認しておいてもらえますか? 必要なものがあればまた持ってくるので」
「そういうことなら……」
そう言いながらユーミアはマジックバッグを開き、ミィナと共に確認した。中に入っていたのは先日話していた火打石から、衣類などまで幅広いものだった。
「何か足りないモノとかないですか?」
「これだけあれば十分です。すみません、こんなに沢山……」
「気にしないでください。その対価はユーミアさんたちのお陰で手に入ったようなものなので」
「……ユーミア、私たち何かしたっけ?」
首を傾げるミィナにソラが答える。
「そもそも、俺たちが魔族を捜索してたのが依頼だったんだ」
「魔族は見つからなかったと報告したんですよね? それだと、報酬はたかが知れているのでは……?」
「普段は少額の報酬しかもらっていない俺たちからしたら十分に余裕のある額だったんです」
「それだけの実力がありながら、ですか……?」
ソラとミラの実力は、ユーミアから見ても明らかに異常だった。少なくとも、それが小さい器に収まるようなものでない。ユーミアはそう思っていた。
「俺たちが依頼を受けるのは、今ユーミアさんに渡したような物資が欲しいからです。ミラのスキルは卓越していても、全てが手に入るほど万能ではありませんから」
そう聞いて、ミィナは一つの疑問を持った。
「……じゃあソラは、何のためにそこまで力を付けたの?」
本当にそれだけの目的なら、力を付ける必要はないはずだ。それを、力を恐れて使うことすら躊躇っているミィナはよく理解している。
「……保険みたいなものかな?」
「保険……?」
思いもよらぬソラの解答に、ミィナは首を傾げる。
「力は無くても生活は出来る。でも、それじゃ力による圧力を防げない。圧倒的な力の前には、力が無いと抵抗すらできない」
ソラのその言葉は、仲間の危機に何もできなかったミィナの胸をチクリと刺した。
「だから俺にとっては保険。俺が望む生活を、仲間を奪われないようにっていう。どんな綺麗ごとを言っても、結局のところ力で守れるモノは少ないくないから」
何かを考えるように俯くミィナに、ソラはさらに声をかける。
「力ってのはどんな形であろうとどう使うかはそれを持っている者に委ねられる。力を使って他者を貶め入れようが、邪魔者を排除しようが、弱者を助けようが自由だ。だからこそ使う理由は他人に任せるべきじゃない。自分で決めるべきだと俺は思う」
「自分で……」
「もっとも、それが正しいかなんて分からないけど。きっと誰もが自分が正しいと思うように振舞ってる」
「でも、私には何が正しいかなんて……」
「分からなくてもいいんじゃない?」
「え……?」
「初めから正しさを判断できる人なんていないし、正しさはその人が通ってきた道によって違う」
経験によって考え方が異なることを、他者の記憶を覗くことのできるソラはよく知っていた。
「もしそのスキルを使うか迷ってるのなら、自分なりの後悔をしない使い道を見つけてからでいいんじゃないかな」
「なんで私のスキルの事を――⁉」
ミィナは、唯一それを知っているはずのユーミアの方へと視線を向けた。
「恐らくですが、ソラさんかミラさんが持つスキルの仕業です。そうですよね?」
その問いかけに、ソラは首を縦に振る。
「ミィナが今どう考えてるかは知らないし、最終的に決めるのはミィナ自身じゃないといけないと思う。でも、相談ぐらいなら乗ってあげられる。俺も同じような経験はしてるから」
その言葉を聞いてようやく、ユーミアは自分たちを助けるときに「同情」と言われたのが自分に対してではなくミィナに対してだったことを理解した。
ミィナは俯いて考え、暫くしてその顔を上げた。
「私には……まだ分からない……」
「そっか」
それだけ言うと、ソラは立ち上がる。
「じゃあ、俺は戻るよ。あんまり皆を待たせるのもあれだし」
「うん、ありがとう。……何かあったら、話聞いてくれる?」
「俺なんかでよければ、だけどね。ミィナにはユーミアさんもいるから、別に俺にこだわる必要はないと思うけど……」
「私では役不足な気がしますが、ミィナ様が望むのならいくらでも」
「二人とも、ありがとう。そういえば、ソラは普段どこにいるの? いつも来てもらうのも悪いし……」
そう言われて、ソラは一つの方向を指さした。
「この方向にまっすぐ行けば着くよ。三日ぐらい歩き続ければ着くんじゃないかな?」
「案外近いのですね。てっきり、もっと離れた場所にいるものかと。この場所が人里から遠いという話でしたし」
「俺たちの住んでる場所も人が住んでいる場所から離れてますから。でも、あまり来ることはお勧め出来ませんよ?」
「何か危険な魔物がいるとか……?」
ミィナは不安げにそう問いかけた。
「いや、魔物は全くいない。いないんだけど……」
ソラの脳裏に、ハシクの姿がよぎる。ハシクから聞いた話によれば、神獣は魔族の上位にあたる存在である。それが魔族とどういったつながりなのかをソラは知らない。そして、ハシクは自らの存在の大きさ故に人間や魔族のいずれかに肩入れするようなことはするべきではないと言っていた。ソラの様に集団から孤立している訳ではないミィナやユーミアが接点を持つべきではないことは明白だ。
「何か事情があるようですね。分かりました、私もミィナ様も極力近づかないようにします」
何かを察したようなユーミアの言葉に、ソラは内心ほっとした。
「そう言ってもらえると助かります」
☆
ソラはミィナたちの家を出てから移動しようとしたところで、ユーミアが追いかけてきたことに気が付いた。
「ソラさん、今日はありがとうございました」
「あれのお礼ならティアにでもしてください。選んだのはティアですから」
「いえ、そちらではなくミィナ様の方です。ずっと一人で悩まれていたようでしたので……」
ミィナはミィナなりに、自分のスキルの使い方を悩んでいた。ユーミアはそれには気が付いていたが、ミィナのスキルの強力さからどうすればいいのか分からず、アドバイスも出来なかった。
「あれで役に立ててたら良いんですけどね」
「十分役に立ってます。少なくとも私よりは。私がミィナ様に出来ることなんて限られてますから」
「いいんですよ。ユーミアさんは傍にいるだけで」
ミィナにとってユーミアは、家族同然の存在だった。今のソラにはそんな存在が傍にいるだけでどれだけ報われるかが、痛い程に理解出来ていた。
「それはどういう……?」
「何でもないです。ではまた。気が向いた時にまた顔を出しに来ます」
それだけ言い残し、ソラはその場を去った。