初戦闘
玄関の戸を開けてガタガタと慌ただしく【使徒】が入ってくる。しかも畳の上に土足で──それだけ人間性と理性が失われてると言う表現なのだろうがどうしても洋ゲーなので穿った見方をしてしまう。
視界リンクを行い、クロユリと視界をリンクさせる【使徒】が音を立てながら裏庭の方へとやってくる。よく見れば農家の女性のような格好をしている【使徒】だ。肌は血のように赤い。
「りんくを通して聞こえるか? ご丁寧に玄関の戸と門は締めてくれたぞ」
視界リンクの副次効果である念話を通してクロユリが話しかけてくる。念話とはトランシーバーみたいに離れたところで話が出来ると思えばいい。
「女か。厄介だな。知っておるだろうが叫んで仲間を呼び寄せる」
クロユリがぼやく。ゲーム内での名称はバンシー。通常の男の【使徒】とは体力も変わらないのにヒステリックな叫び声でこちらの動きを一瞬止めて仲間を呼び寄せる序盤では厄介な敵とプレイヤーに認識されている。
「普通の【使徒】じゃなくていきなりバンシーかよ。やっぱり難易度NIGHTMAREじゃないか」
俺は苛つきながら小声で呟く。そして包丁を構える。ただNIGHTMAREでもバンシーはスニークキルで一撃なので殺ればなんとかなる。本当は殺さないでも勧めるが奴が腰にぶら下げてる斧が欲しい。
(これで死んだな。ビビってノーコンティニューよ)
外でバカギャラリーがほざく。ムカつくが冷静に対処だ。バンシーが寄ってくるのを待ち構えて機会を伺う。クロユリの目を通してこっちに近付いてくるのが分かる。あと3歩。あと2歩。あと1歩。
そして奴が後ろを向いた隙に視界リンクを解除し逆手に持ち替えた包丁を首に振り下ろしてバンシーを絶命させる。何故かサバイバルナイフからじゃなくて持っている打撃武器から使って壊れる仕様なのがクソだ。威力が低いから仕方ないのだが──
『お見事。前の奴はちゅーとりあるでも手間取っておったぞ』
外と周囲を警戒しながらクロユリが労いの言葉をかけてくる。俺は手早く斧と持っていた草刈り用の鎌を奪う。こんなもんでもないよりマシだ。斧も3回ほど攻撃したら壊れるので基本使い捨てだ。
「俺はビビリだが叫ぶの担当じゃないんでね。叫ぶのはこいつの担当だ」
顎で倒れたバンシーを示すが既に奴の身体は消えかけていた。敵を倒すと流れ出た液がが俺の身体へと吸い込まれていく。名称はブレッシングウォーターで通称汁や御汁。これでダッシュやスタミナにスキルを強化するので回収しないといけない。
『なるほど。頼もしいな。目的地へと向かおう。奉行所だったか?』
クロユリは空に飛び上がって奉行所への道を見る。俺に確認しろと言わんばかりに。視界リンクをしながら一つ聞いておかなければならない。
「最初に聞いておくが俺がクリア出来たらお前もクリア出来るのか?」
奉行所まではやはり【使徒】がウロウロしているがまだ気がついた様子はない。
『クリアまで生きておるNPCなら無条件になってるな。少なくとも説明書にはそう書いてあった。勝ち馬に乗らぬとな。この姿もいつまで保てるか分からぬしな』
「じゃあ、クリアまでに死んでしまうキャラクターはどうなるんだ?」
『プレイヤーは死んだ人物の中から一人だけ選べるとなっておった。それを蘇生と言うか救出と言うべきなのか知らぬがな。当然選ばれたキャラを演じていた人間は脱出し次の人間が入れ替わる。正直いつのタイミングで入れ替わるかは保証できぬ。そなたが続ける以上変わらぬとは思うがな』
中身が入れ替わって使えないNPCなんぞになられたら堪ったもんじゃないな。幸いにもクロユリは使える方だ。彼女と組めるうちにクリアしておくべきか。
「なるほど、じゃあ、あんたはこのゲーム《カタストロフィ・メサイアについて知ってるか?》」
俺はそう問いかけた。答えは大体分かっているが──
『いや、残念ながら知らぬ。神様とやらの言葉が聞こえて巻き込まれたと思えばここにおった。気がついたら鳥よ。あ、言っておくがわっちは既婚者じゃ。言い寄ろうとするなよ』
冗談交じりにクロユリが言う。
『俺は学生なんだ。さすがに既婚者は口説かないよ。頼りにさせてもらうぞ、相棒』
『承った。では行こうか、すてぃーぶ』
堅苦しい返答に俺は苦笑いしながらこの武家屋敷を出た。