相棒
俺は塀や桶に身を隠しながら奉行所へと向かう。そこにジャックが連れて行かれたからだ。彼は首から十字架を下げていたせいで【転向】させられると踏んだのだろう。
【転向】とはこのゲームの重要人物である天草四郎時貞が魔力を使い、農民や村民たちを浄化して【使徒】に変えている。【使徒】になれば神の祝福を受け、苦しんだり悩んだりしなくなるらしい。
だが実際には人型の化物と化すだけで自分では破壊衝動や暴力に対する枷が外れてしまう。当然、次の段階になるまでは肉体が力に耐えきれないで異形の化け物やゾンビみたいなクリーチャーに変貌するのだ。
俺の周りを巡回していた農民たちは既に【使徒】と化している。頭を潰すか使徒として祝福された心臓を破壊すれば倒せるのだがナタでは時間が掛かってしまって1体倒してる間に別の奴が来てしまう。なので見つからないように移動して無視して目的地へと向かった方がいい。
俺は表通りを避けて武家屋敷の壁に空いた穴を通って屋敷の中を通っていく。普通はこんな風に通る事は出来ないだろうが島原の乱で廃村になったという設定らしい。
この時間は全員が奉行所とは反対側の広場に集まっているので巡回している【使徒】は少ない。今のうちに奉行所へ急ぐ。もっとも【使徒】は顔に花が咲いてるタイプは視界が悪いので音を立てたりしなければ簡単には見つからないのだが──イベントでちょくちょく邪魔が入る。そろそろ鳥に邪魔される頃だ。
主人公を助けるナビゲート役の黒い白鳥を鶏サイズに小さくした感じなのだが武家屋敷の一つの鳥かごに捕まっている。丁度、奉行所の近く武家屋敷の中に居たはずだが──俺が視線をさまよわせると縁側に鳥かごが置かれている。中に入っているのは例の鳥なのだが様子がおかしい。普通ならここで騒ぎ出して【使徒】がくるのだが騒ごうともしないでこっちを見ている。
「そなた、話せるか?」
黒百合を思わせる鳥は女の声で冷淡に問う。こいつ、こんなキャラだっただろうか? 俺は外の連中に聞こえないようにしつつ口を開く。
「お前は……確かブラックリリィだったか? どうして人間みたいに喋ってる? キャラが違うぞ。まて。質問に答える前に──」
「分かっておる。当然外の連中に聞こえるようなヘマはせぬ」
ゲームとは違うオリジナルの喋り方に戸惑いつつも頭を回転させる。
「お前は人間なのか? 自称神転送された人間はプレイヤーだけじゃないのか?」
「お前は止せ。わっちは……そうだな。そなたの言うゲームには疎い。右も左も分からぬ。だからNPCとか言うのにさせられているのだろう」
そういう可能性を失念していた。ならジャックもNPCではなく置き換えられた誰かなのだろうか。しかし随分と古風な喋り方だな。中身は婆さんなのか?
俺の目の前で黒い鳥は首をかしげるような仕草を取る。
「それで役目と言うか」
「理解しておる。もっとも先程きたプレイヤーはすぐにゲームから出て行ってしまったようだがな」
侮蔑と言うか呆れのこもった言葉を発する。彼女にとってはこんな異常な世界ですらも日常と変わらないのだろうか。現代人なんだろうか? ひょっとしたら日本人ですらないのだろうか?
「じゃあ、キャラ名で呼ぶ訳にはいかないな。なんて呼べばいい?」
「……ブラックリリィか。そうだな。クロユリと呼べばよい。そなたの本名はクリア後で構わぬ。すぐに逃げ出す奴の名前なんか一々覚えていられぬ」
「分かった。主人公名のスティーブでいい。あんたの期待に添えられるように張り切るか」
クロユリの言葉に答えながら俺は包丁で鳥かごの鍵を壊す。多分、鳴き声に置き換わりこの音で【使徒】が来る筈だ。
「前と同じパターンなら来るぞ。視界りんくのやり方は知っておるな?」
「勿論だ。ここで死んだりはしない。死んでもリスタートだからな」
クロユリは笑いながら羽ばたいて上空へ逃げる。勿論、俺を補佐する為だ。
表の扉が開く音が響く。足音から入ってきたのは1体。リボルバーを使えば敵を呼ぶだけなので包丁一本で対抗しなければ──俺は家の横手に周り背中を貼り付けて中の様子を伺う。
クロユリは塀の瓦の上に降りて部屋の中を見やすく向こうから見えない位置に移動した。さあ最初の戦闘だ。