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チート

 冷たい床の感触ではなく土の感触に苛つきながら俺は立ち上がり服についた砂を払う。確かカタストロフィ・メサイアのスタート地点は長崎県の田舎にやってきたアメリカ人とイギリス人の青年が天草四郎時貞を目撃したという心霊スポットへやってきた事から惨劇が始まるというストーリーだったか。


「退路は絶たれたか」


 小声でボソッと呟く。ルームの立体映像でこの様子も観られているかもしれないので不用意な事は言えない。字幕が出てたらこの呟きもバレるかもしれないが──


「そんな所で寝るなんて正気かい?」


 英語じゃなくて日本語で男の声がした。

 辺りを見渡すと空は夕暮れ時で眼の前には廃村が見える。隣ではイギリス人で幽霊マニアのジャックが嬉しそうに眼下の廃村を指さす。後ろには俺たち乗ってきたレンタカーがあった。


 洋ゲー特有の特殊エンディングであの車に乗って一人で帰るエンディングもあるがそれはクリアとはみなされない可能性も考慮して俺は言われるままに廃村へと歩きだす。


 何故かだと、そんなの車に乗って逃げるエンディングではスタッフロール後に一人廃村へ行ったジャックが狂信徒に変異して夜中に襲ってくるバッドエンドとなるからだ。

 配信者の癖で思わずそんな事を口にしそうになるが見てる奴が知らない可能性もあるのでそんな事を教えてやる義理はない。速攻でバッドエンドでゲームの世界から追い出されてくれた方が得だからだ。


 しかし俺の態度からあのクソメガネ女が邪魔してくる可能性はある。気がついた他の連中も。ならこの一回で勝負を決める必要があった。

 とりあえず装備をチェックする。主人公であるアメリカ人のスティーブンではなく俺の名前である八月朔日祐(ほずみゆう)の名がステータス欄に記載されていた。


 ファイルを読んでみるが操作方法など基本的な事が書かれているが今の俺には意味がない。当然だ。ボタンを押してスキルが発動する訳じゃないのだから。

 やはり体力ゲージと共にスタミナゲージがある。カタストロフィ・メサイアはこれが面倒なんだ。できれば他のゲームで行きたかったが馬鹿がGMに反論したせいで出遅れてしまった。


 さっき例に出したミトコンドリア・ブレインズよりは時間が掛からないはずだが──難易度がNIGHTMAREでなければ。

 見慣れないファイルがあったので開いてみる。と思ったが赤文字の注意書きを見て歩みと手を止めた。【裏マニュアルと固有スキルについて】と書かれていた。


 個人が持つ固有スキルは外で見ている者にバレますがこの裏マニュアルに書かれている部分は実際にゲームの中へ入らないと読めません。俺は固有スキルの項目を開きたくなったが今は操作のチュートリアルの最中なのでそれを行っているように見せかけて裏マニュアルを読む。外の声が聞こえる方法と意識の集中の仕方が書かれている。


 他にはゲーム内でプレイヤーと出会った時に外へ会話が漏れないようにする方法などだ。

 クソぉ。このゲームを作った自称神様は本当に性格が悪いようだ。多分、30分程度のロスで済んだがこれが2時間半くらいになっていたらルームはクリア間際の奴がこのゲームがデスゲームで先にプレイした人間が有利な事に気がついてルームの待機組に殺し合うようにもしくは潰し合うように漏らしたとしたらかなりエグい事になっていただろう。


 或いは集団で徒党を組んで自分たちにしかゲームをクリアする順番が回ってこないように細工するかもしれない。ルールにはルームで殺し合うなとは書かれていなかったのだから。

 とりあえず外の声の聞き方を試す。先程、俺に突っかかってきた委員長クソメガネの女が何やら喚いている。


(僕、大丈夫? なんて人なの! 彼に順番を回さないようにしましょう)

(そうですね。どこかに縛り付けておけばいいかもしれませんね)


 30代くらいの男性の声が響いてくる。神経質そうな眼鏡のインテリだったか。

 恐らく俺の真意に気付いた奴の一人だろう。否が応でもコンティニューしないという選択肢はなくなった。恐怖に押しつぶされようとも無様でもエンディングにたどり着いてみせる。でなければ俺は終わりだ。ゲームの中に入れずに1日の制限時間に引っかかって脱落する。


「やってられないな」


 俺とスティーブンの台詞が被る。外の連中に見られるの覚悟で固有スキルの欄を見る。無限弾薬かライフ&スタミナ系のチート来い。【ポーカーフェイス】このスキルを持つ者はピンチの時に叫んだり表情に出したりしない。なお、身体の硬直もない。


 失望感と共に俺はジャックに続いて朱色の塗料が剥げた鳥居をくぐる。

 ざまぁ!などの嘲笑の言葉と笑い声が聞こえる。


(こいつ、聞いた事ある声だと思ったらビビリまくりの実況者の天幻(テンゲン)じゃん。良かったな。お前に相応しいチートで)


 ムカついて言い返そうと思ったが声が聞こえてる事を教えてやる義理はない。デメリットだ。それにこれはプレイヤーキャラクターを動かすゲームではない。自分の肉体と精神でホラーゲームをクリアしないといけないのだ。ただのゲームでは無用のスキルかもしれない。


 当然だがホラーゲームには音でプレイヤーを感知して襲ってくるクリーチャーや敵は多い。このカタストロフィ・メサイアは特に──考えようによっては無限弾薬などよりも使えるスキルかもしれない。

 俺は見ている馬鹿どもに気取られないように歩きだす。そろそろジャックの説明というか前置きが終わる。この後はホラーゲームのテンプレ展開の通りに敵に襲われてジャックとは分断されてしまうのだが──


「行こうぜ。スティーブン。まずはこの建物からだ」


 朽ちた日本家屋の前でジャックがはしゃぐ。こいつはどのエンディングでも生きては帰れない運命なのだからそれを思うと外の連中よりも同情する気になれる。

 そしてチャプター1の開始を告げる助けを求める女の声が廃村に響く。公式には言われてないが考察ではこれは罠だった筈だ。


「ぎゃぁぁぁぁぁっぁぁ! 助けてくれ! 誰か居ないのか!」


 ジャックは引き戸を開けて家屋の中へと入っていく。武器もない状況で飛び込んでいく気にはなれないがここで3分以上入らないと発狂エンドなので懐中電灯を取り出しながら俺はジャックの後を追った。

 そして和室に入ったところで殴られた。


 殴ったのはこのゲームのボスの一人である天草四郎時貞と共に反乱を起こした農民だ。くそ。展開は分かってるが痛てぇ。ここから本格的なゲームスタートだ。

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