炎と雨の中で
だがキャスリーンの動作は緩慢でライフルを操作する手は非常に遅い。慣れてる筈なのに。或いは【使徒】の身体に適応してないのか──いや多分、わざとやっているのだろうが天草ドラゴンの相手をしながらこれに対処するのは困難だ。
「イオアン! 余計な真似をするな! これは私と彼の信念を賭けた戦いだ」
天草四郎時貞が叫ぶ。その声はポーカーフェイスがある俺ですら身体が震えそうな憤怒の叫びだった。
『なら、わっちの出番だな』
クロユリが言うや否やキャスリーンに襲いかかり、火縄銃を奪おうとする。だが一回目は微妙な位置で避けられてしまった。キャスリーンも意志を乗っ取られているのだろうか。
「お前は!」
宣教師イオアンが叫ぶ。クロユリから何かを感じ取ったのか奴は憎悪に滾った赤い瞳を向ける。
「邪魔をするな!」
自分で対応する必要を感じ取ったのかキャスリーンから火縄銃を奪い、クロユリに向けて撃とうして構える。引き金を引いた瞬間、銃身が弾け暴発した。だからクロユリに取り上げさせなかったのか。
だが近くに居たせいでクロユリも巻き込まれた。彼女は気絶したのか錐揉み回転しながら城外へ落ちていく。
その衝撃でイオアンは転落しそうになる。近くにいたキャスリーンの腕を掴んで踏みとどまる。
「この程度で拙僧が……」
イオアンの言葉を遮って念話が聞こえてくる。
『マイキュート、このゲームで出来る最後の選別』
そう言うとキャスリーンはイオアンを道連れに本丸の最上階から飛び降りた。
「な、何故だ! どうして【使徒】が逆らう。こんな事が──」
イオアンは起こった事実が飲み込めないのか地面へと落下していく。そして鈍い音が響いた。二人共動かない。【使徒】である2人の体液が地面に広がっていく。
天草ドラゴンもそのやり取りを黙ってみていたがゆっくりとこちらへ向き直った。
「余計な横槍が入ってすまない。だが我らの決着をつけよう」
咆哮と共に敵意がこちらを向く。俺はイオアンに対抗する為にライフルを持っていたので不利だ。近寄ってきて右前足を振り下ろそうとする。ダメもとでライフルで右目の花を狙う。
銃弾が花を散らせ、天草ドラゴンの目に食い込み後頭部へと抜けた。痛みに耐えかねた天草四郎時貞が絶叫する。目の前まで迫っていた為に大轟音の叫び声で耳が聴覚が麻痺する。
天草ドラゴンはその場から動けない俺を狙って道連れにファイヤーブレスの動作に入る。
その口を開けた瞬間を逃さずピースメーカーで天草ドラゴンの喉を狙って引き金を引く。全弾撃ち尽くす勢いで放たれた弾丸は予備動作に入った天草ドラゴンを仰け反らし大ダメージを与える。
だが誘爆して俺までダメージを負ってしまう。奴から逃れられないのなら爆風で吹き飛ばされて距離を取る小技だがライフは瀕死にまで低下している。
とっさに目と口と鼻を覆ったが全身を炎に焼かれた為に地面に転がって火を消す。だがそんな程度では消えない。幸いな事に降り出した雨が服の一部で燃えていた火を消す。
なんとか立ち上がるが自分の皮膚と肉が焦げる異臭が鼻を襲う。とっさに回復アイテムを使って回復する。ライフは回復したが痛みは消えてない。
死んだ方がマシな痛みだがこれはゲームの中だと自分に無理やり言い聞かせる。
俺は天草四郎時貞のいや天草ドラゴンの姿を探す。俺から離れた位置で全身を炎に包まれ、息も絶え絶えの状態だった。奴はこちらをただじっと見ていた。
アイテム画面で全ての武器に弾を込めてはいたがどうやら必要なかったようだ。今、気がついた。こいつは、この天草四郎時貞のロールプレイングをしていた男は俺に倒されるのが目的だったのだ。
「見事だ! 少年よ。お前の勝ちだ! 私の理想の敗北だな」
まるで役者のように言い放つ。いや役者なのかもしれない。勇者に破れた魔王のように言い放つが天草四郎時貞だったドラゴンの目は満ち足りたような光を湛えている。
勿論、ゲームの天草四郎時貞は清廉潔白な奴ではあるがここまで潔い奴ではない。
「何故負けた? えぐくやれば勝てた筈だ。イオアンと組めばプレイヤーを倒して現実世界に戻れた筈だ」
敵とは念話では話せないので外野に聞こえるリスクを犯してでも話しかけた。
「悪役は悪として倒されるべき……いや、私、天草四郎時貞はイオアンの真意くらい気がついている。舐めないでくれ。なら、それが天草四郎時貞の理想に反するのであれば、その手段を選ぶ訳にはいかない。それが私のやくし……いや人としての美学だよ。これが、私の、最後の、役、めなんだ。全力を尽くすのは」
(この声、どこかで聞いた事があると思えば、咽頭がんで倒れた声優の……じゃないか?)
外野の声を全て聞き取れなかったが俺は真相に気がついた。天草四郎時貞の動きが鈍かったのはこいつ自身が死にかけてたからか。
「やれ、やれ。無粋な、外野だ。役者名じゃなく、キャラ名で、よべ」
天草四郎時貞を演じていた声優らしき男の地が見えた。
「演技で……」
俺はその言葉の続きを言おうとして陰険GMの言葉を思い出した。ゲームを始める前の傷は治せない。つまり彼の身体も治せない。誰かにゲーム内から拾ってもらっても彼は助からないのだ。
なら彼が最後にロールプレイングにいや天草四郎時貞を演じる事に拘ったのは──
「俺はあんたの最後の舞台に付き合わされた訳か」
その言葉に天草四郎時貞を演じていた男は笑った。
「思わぬ、客も、居たようだが、ね」
俺は最早動く事すら叶わなくなった天草四郎時貞いや天草ドラゴンを演じる男にとどめを刺そうと歩き出した瞬間、足を止めた。
「まだだ! まだ拙僧は終わっておらぬ! 世界を支配するのだ!」
イオアンの声が響いた。その姿は顔だけ人間のままで身体は虫状で幾つのもの触手が生えていた。ドラゴン化した天草四郎時貞は言うに及ばず、ジャイアントやイッカクを模した聖母の足元にも及ばない醜い姿だ。
悪魔に乗っ取られてるにしてもいやそれにしたらダサすぎるデザインに製作者のメッセージが込められているのだが──問題は触手の一つ。サユリが、いや恐らく死んでる【使徒】化したキャスリーンが同化されており、それを盾にするように俺に向けていた。
これを知ってたら相打ちに等しい飛び降りもやるか。問題はあの肉体に彼女の意志が残っているか。俺に銃口を向けられて納得するかどうか。クリア特典でこのゲームから脱出できたとしても精神的にマトモかどうか──それとも早く殺してこの状態から解放するのが慈悲なのか。
悩みながらも俺はボウガンに持ち替えてキャスリーンを狙う。そして同時に天草四郎時貞が暴れた時に周りの武器庫から転がりでた対戦車擲弾ことRPG-7をイオアンに気取られないように位置を確認する。
「どうした。小娘を盾に取られて手も足も出ないか?」
奴が挑発してくる。確か時間制限以内に撃たないと駄目だったか。俺はキャスリーンの頭部に狙いをつける。一息吐いて引き金を引いた。放たれた矢はイオアンを狙うがやはり盾にされたキャスリーンへと向かっていく。これ、ゲームオーバーだったか?
俺の顔が強張った瞬間に横から現れた何かがキャスリーンの遺体を同化させていた触手を噛みちぎった。天草四郎時貞の、いや天草ドラゴンが頭部だけで触手の半分を食いちぎった。
キャスリーンの遺体は地面に落ちて無残に体液を流す。勿論、御汁で赤い血ではない。矢は盾を失って原型を残すイオアンの頭部に突き刺さった。
奴は物凄い勢いで叫び苦しみだす。確か矢は使徒たちが祈りを捧げた聖水で清められた物だったか。使徒たちもイオアンが裏切っている事に気がついていたのだろう。
「さっさと失せろ。虫野郎」
俺はRPG-7に駆け寄りそれを担ぎ上げてイオアンに向け、発射する。放たれた先端の部分がイオアンの胴体に命中し、跡形もなく吹っ飛んだ。天草ドラゴンも首だけになって息絶えている。
ラスボスと言うイベント戦闘が終えたのを虚しい感情に襲われてイベントをスキップして俺は無造作にRPG-7を投げ捨てて【使徒】と化し、既に亡骸になったキャスリーンに駆け寄った。




