天草四郎時貞
チャプター11が始まった途端に前方から声が聞こえる。暗闇の向こうから現れた人影は一つ。
「異人よ、島原城へようこそと言うべきかな? 私の名は天草四郎時貞。私の仲間たちが世話になったそうだな」
教科書に乗ってるような格好の美丈夫。そう、これが天草四郎時貞だ。だがその髪は白髪に染まり右目と左腕からは花が咲いている。設定資料集には複数花が咲くのは最上位種らしい。
心なしかゲームの天草四郎時貞よりも美声で芝居がかっている気がする。反乱軍の指導者のカリスマとはそういう物ではあるが──中身に人が入っているのか? だとするなら攻略パターンが通じないかもしれない。
「何故に私たちの理想の邪魔をする。この世界には貧困、格差、戦争が満ちている。だが人類全てが【使徒】になれば全て解決するのだ」
天草四郎時貞は横に歩きながら天に向かって芝居がかった喋りを続ける。こちらを説得しようとするかのように。歩き方、歩調、仕草、それら全てを完璧に覚えている訳ではないが動いている姿は完璧に近い。多分、ゲームの天草四郎時貞よりも──
「あんたの理想が俺たちに取っては幸せではないんでね。【使徒】なんて存在に成り下がるのはゴメンだ」
俺はピースメーカーを天草四郎時貞に向けた。奴に引きずられたのか口に出して否定する。その姿を見て天草四郎時貞は口元に笑みを浮かべる。
(このゲームの天草四郎時貞ってこんなんだったけ? なんか妙に格好良くないか?)
外野の連中が騒ぐ。普段なら黙っていろと思わなくもないがやはりこの天草四郎時貞に違和感を感じているのは俺だけではないのか。
『クロユリ下がってろ』
『助けてやれなさそうですまぬ』
彼女は俺から距離を取る。
「最後に一つだけ聞いておくがお前は本物なんだろうな?」
俺は何故かそんな事を聞いてしまった。中身が人間だった時の反応を確かめる為と自分に言い訳しおく。だがこの質問だと蘇った天草四郎時貞に対する問いのように聞こえてしまうか。
「本物か……詮無き事を問う。少なくとも私の名は天草四郎時貞だ」
目の前の美丈夫は口元を笑いの形にして淡々と答える。俺はピースメーカーで撃つタイミングを見計らう。
「それが君の答え……やはり相容れないか。良かろう。ならば戦って我らの雌雄を決するのみ!」
天草四郎時貞は流れるような動作で日本刀を抜く。銃口を向けていたのにも関わらずそれを阻止できない。2発発砲するが1発は日本刀で弾かれ、もう1発は左肩の花にかすっただけだ。
一応、花は弱点でもあるので天草四郎時貞の動きが一瞬遅くなる。その場を転がって離れると同時に俺が居た位置を日本刀が切り裂く。
「鬱陶しい」
その隙にピースメーカーの弾丸を4発撃ち込む。頭部、胸部、大腿部、頭部と弾丸が命中したにも関わらず【使徒】である天草四郎時貞は苦痛を感じていても死んでは居ない。
空になったピースメーカーからライフルに持ち替えて天草四郎時貞の胸を狙い引き金を引く。硬直で動けない奴は胸から体液を吹き出すがそれで死んだ訳ではない。コマンド画面でピースメーカーの弾薬を装填させ、再び持ち替える。
「これで終わりではないぞ」
再び天草四郎時貞が日本刀を青眼に構える。この一撃を避けてその硬直を狙って撃たないと弾かれるんだよな。ゲームならいいがこうやって刃物を向けられるのは心理的によろしくない。銃よりも刃物を向けられる方が身体が竦むと言うが──だがポーカーフェイスのお陰でやれると確信する。
「それはこっちの台詞だ」
斬りかかってくる天草四郎時貞の一撃を避けて蹴りを入れて相手の姿勢を崩す。その隙に先程と同じくピースメーカーで銃弾を4発。ライフルに持ち替えて一発。アイテム画面でそれぞれ弾をリロードしておく。ゲーム内と同じかよ。最初に気がつけば楽だったのに。
三度同じ事を繰り返し天草四郎時貞の動きが止まる。日本刀を杖代わりにして自分を支える。
ゲームよりもワンパターンな気がするが俺には好都合なのでそれ以上は深く追求しないが──もしかして中身が人でわざと勝ちを譲っているのか? それとも第二形態で勝負を着けるつもりなのか──
天草四郎時貞は天を仰ぎ両手広げる。
「なるほど。確かに聖母たちでは手に負えないようだ。ではお見せしよう。この天草四郎時貞の真の姿を!」
俺は妙に気合の入った天草四郎時貞の叫びを聞きながらアイテム画面でピースメーカーとライフルの弾をリロードしておく。
天草四郎時貞の姿が闇に溶ける。そしてそのシルエットから破裂するように後ろの脚が突き出て、前には腕が伸びていく。そして最後に西洋風のドラゴンを思わせる頭部が突き出てきた。その全身を幾つもの花と茎と草が覆う。
これが天草四郎時貞の真の姿だ。弱点は三箇所に咲いた花とファイヤーブレスを吹こうとした時の喉。あるタイミングで喉を撃つことで自爆を誘う事ができる。
『たしかにこれは厳しかもしれぬのぅ』
傍観者に徹していたクロユリが口を挟む。
「それでは第二幕を始めるとしよう!」
天草四郎時貞の美声とドラゴンの咆哮のような叫びが入り交じる。多分、自動翻訳がなかったら聞き取れないぞ。
「俺は始めたくないけどな」
それが開始の合図となったのか天草四郎時貞のファイヤードラゴンが動きだす。いきなり口を開けてファイヤーブレスの予備動作。最初だけは撃っても攻撃が止まらないので逃げる必要がある。
勿論、逃げなきゃ一発で黒焦げになるだけだ。逃げるのは奴の死角となる右側。俺は左前方に走って視界にできるだけ入ろうとする。奴の左目と視線が合うが奴はそのままファイヤーブレスを吐く。俺の後ろにあった城壁が一瞬で燃え上がり溶けて燃えていく。クソ。やってられるか。
それと同時に夜の闇と雷鳴を呼びそうな暗雲に包まれていた島原城が火の粉と炎のせいで明るくなる。そのせいで肌を焼くような熱さをヒリヒリと感じる。
後ろをちらりと見る。クロユリは直線状から退避し無事だ。だが炎に近寄って羽根を乾かしている。ここに居ても熱いのによくやる。
ファイヤーブレスが終わり口を閉じようとした瞬間にライフルで喉の中のある器官を狙う。命中し、天草四郎時貞が悲鳴を上げた。
「やってくれるじゃないか!」
俺は素早くピースメーカーに持ち替えて天草ドラゴンの左目を狙い、引き金を引いて銃撃する。これでNIGHTMAREでも多少怯んでくれるのだが──
「好きなようにはさせん。私の後ろには世界があるのだ!」
騒ぎながら天草四郎時貞は頭部を振ってくる。直接打撃かよ。俺はその後に来るであろう。ファイヤーブレスに賭ける。避ける事も出来るし、相手が人間なら危険だが後ろにクロユリが居る可能性がある以上、ここは引き下がれない。シリンダー内の残りは5発。全弾ぶち込めばいけるか。
天草ドラゴンが噛み付くように口を開く。裏をかかれたか。だが今更避けられない。俺のピースメーカーが火を噴く。放たれた銃弾は奴の舌と喉の奥にある口蓋垂に命中した。
吐かれた血が俺にかかるがそれを無視して奴の死角になる右横腹に回りながら背中にある花を銃撃する。天草ドラゴンが絶叫し、大地を震わせる。そのせいで俺の動きが阻害され動きが止まった。
「拙僧に任されよ」
声と共に本丸の現れたのは宣教師のイオアンだ。連れている【使徒】は火縄銃を持っている。クソこっちもNPCじゃなくて人間か? よく見れば連れている【使徒】はキャスリーンだ。
その左目には【使徒】の証である花が咲いていた。クソ。万事休すか。
そろそろ第一のゲーム終わりですね




