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別離

 チャプター9に入った。ここは会話だけの筈だ。


「はよ、起きぬか」


 脇を蹴られるような衝撃で俺は意識を取り戻した。目の前は真っ暗でよく見えないが黒髪の巫女装束を着た女性が俺を蹴っているように見えた。誰だよこいつ。

 上半身を起こして頭を振るとクロユリが近くにいた。


 勿論、その姿は鳥のままだ。辺りを見渡してみると浜辺に流れ着いたようだ。近くには船の残骸と戦闘中は姿が見えなかった幕府の役人らしい人物が横たわっており、森の向こうには天草四郎時貞とその配下の【使徒】が制圧した島原城が見える。


「何を惚けておる。さっさと起きぬか。わっちにお前を引きずってゆけとか無茶は言うなよ」


 蹴っていたのはお前かよと思わなくもないが敢えてそれを口にしてみる。


「嫌じゃ。羽根が傷んだら飛べぬではないか」


 当然な答えが返ってきた。そりゃそう思うわな。


「だんだん鳥になってきたな。人間の姿を忘れたんじゃないのか?」

『すてぃーぶよ、失礼じゃな。高貴なわっちが濡鼠じゃ。全く面白くないのぅ』


 定期的にクロユリは羽根をバタバタと振って水分を飛ばす。かくいう俺も濡鼠でどうにもならない状態だ。装備を確認すると落としては居ない。だがキャスリーンに渡してたライフルが戻ってきている。分かっていた事だが余りいい気分ではないな。


『しかし、何故、空を飛んでたわっちまで巻き込まれる?』


 気付いているのかクロユリが肩を竦める。


「そういうムービーだから仕方ない。それより……他のみんながどうなったか分かるか?」


 俺が切り出すとクロユリが一呼吸おいて喋り始めた。


『……きゃすりーんは見つからなかった。そこら辺に打ち上がっている奴は全員死んでおった』


 キャスリーンがどうなるかは知っている。だがそれをクロユリに話すかどうか躊躇いつつ他の事を聞く。


『飛んで確かめたのか?』

『この状態では飛べぬ。少し羽根を乾かさぬと。じゃが火を起こせば向こうの彼奴(きゃつ)らにバレるじゃろうな』


 クロユリは森の向こうにある島原城を見る。いや正確には見上げると言うべきか。やっぱり飛べないのか。ゲームでもクロユリいやブラックリリィだったか、彼女が飛べない為、次のチャプター10から苦戦を強いられる。


『それに早う移動すべきでは? 大砲の音など【使徒】の耳にも届いているかもしれぬ。ここもいつまでも安全ではなかろう』

「その通りだな。移動しよう」


 俺はピースメーカーのシリンダーを開いて弾倉に弾が入っている事を確認する。でも【使徒】はスニークキルで倒すのだから意味はないだが──


『すてぃーぶ、いや祐。きゃすりーんが死んでもゲームさえクリアすればなんとかなる。希望は捨てるではない。問題は彼女の……魂と言うか精神が持てばいいが……彼女はこの後の展開を知っておるのだろう?』


 キャスリーンとの会話を当然聞いているのでクロユリは俺を本名で呼んだ。そこにツッコんでもいいが先にクロユリに触れて御汁を回収しなければ──


『100%知ってるだろう。問題は俺が対処できるか、だな』


 俺はピースメーカーを握りしめながら歩きだす。クロユリの言っている通り動き出さなければゲームのシナリオにない所で襲撃されるのは拙い。


『なんとも頼りない相棒じゃのう。取り敢えず身を隠すぞ。らすぼすを倒せばこのゲームはクリアなのだろう?』

『ああ、それよりちょっと触るぞ』

『あー、この臭いのを取ってくれ。臭ってしまっていかん』


 俺はクロユリの肩に触れ、御汁を回収しようとする。触れた瞬間に映像が流れ込んでくる。こちらに背を向けた巫女が大小2つの布団の前で正座していた。2つの布団にはそれぞれ大人と子供が寝かされており顔には布がかけられていた。


『どうした』


 彼女が不思議そうに俺を見上げてくる。俺は何事もなかったかのように御汁を回収した。それと同時に臭いも消える。逆に言うと俺はとてつもなく臭っているのではないかと不安になるが今更考えても仕方ない。


『いや、なんでもない』

『ふむ。では身を隠そう。使えそうな物もなかったのでな』


 その言葉に俺は打撃武器を探す。ナイフしかないがスニークキルで使う分には十分だ。俺とクロユリ、1人と1羽は森へと入っていく。


『……やっぱり質問がある』


 俺は森に入った所で敵が居ないのを確認しつつ、口を開いた。


『なんじゃ。答えられる事なら答えてやるぞ』

『あんた、人間だったんだろう? 鳥に変えられてよく耐えられるな。あともう一つ。壊れた女と言ってたがそれはどういう意味だ?』


 その言葉にクロユリはため息を吐いて辺りを見渡してから口を開いた。


『さあ、人間だったかのぅ。……悪ふざけはさておき、別に珍しい事でもなかろう。いつの世も人の中身が壊れておる事くらい普通にある事よ。特に女はな。問題はどう隠して生きるか或いはこっそりと不満を解消するかであろう。もっともわっちはどれも器用ではなかったがな』


 彼女から妙に疲れたような印象を受ける。


『この世界では少なくともビビってたりするようには感じないな』


『それはそなたもであろう。それに逆じゃ。げーむ(・・・)に慣れ親しんでおるお前たちが震えたりするのに平然としておるわっちの方が奇異なのじゃよ。だから壊れておるのだ。ああ、鳥の姿は悪くはないぞ。少しは解放されたように感じるからのぅ。それではきゃすりーんを探しに行こうか。衝撃は受けぬように心構えはしておくが頑張らねばならぬのはそなただと言う事は忘れんでくれよ』


『善処するよ。でもこれから2人で城攻略なのは忘れないでくれよ』


 俺の言葉にクロユリは肩を竦めるような仕草をしてみせた。



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 地球いや現実世界の某国の執務室。

 神の声は各国の政府にも届いていた。ある者は他国の関与を疑い、ある国家はこれを好機と考えていたが神の行動はそれらの思惑を完膚なきまでに叩き潰した。


 地球上に存在した人類の9割が消失すれば当然国家の運営や物資の流通、保安に秩序に支障を来たす。他国への侵攻を考えていた某C国は自分の軍隊が消失し、残っていた将軍が軍を再編成し、クーデターを起こした。戦争を仕掛けるような状況ではない。


 北の大国では発電所を動かしていた人員が丸ごと消えた為に残された人類の中で凍死する者が現れたり抗議のデモが起きていた。そしてその最中に大統領が暗殺されたと言う噂が飛び交っている。


「それで某国の大統領暗殺は本当なのか?」


 この国で最も偉い人物である白人で年老いた男が机の引き出しからシガーレットケース出してそれから葉巻を取り出しながら大統領首席補佐官代理に話しかけた。


「現在、オンラインが不通を起こしていて事の真偽を確かめる事ができません。それに各国で消えた首相や大統領もおりますので世界中が混乱して今はどの国も動けるような状態ではないかと」


 消えてしまった大統領首席補佐官に変わって担当している代理である中年男性は額の汗をハンカチで拭きながら言った。


「なるほど。それで我が国の状況は?」


「極めて最悪の事態です。首都では抗議デモが起きて各都市で略奪が始まっております。特に高級住宅街では被害が酷く……」


 だが問題はそれではない。その事を首席補佐官代理は言いあぐねていた。


「それは問題ではない。原発が……核反応が、核分裂が起きないというのは本当か?」


 大統領が言いあぐねていた案件に踏み込んでくる。首席補佐官代理は覚悟したかのように頷いた。原子力発電所がなければこの合衆国で使用される電力を賄う事ができない。

 その上に核反応が起きないとなれば核の抑止力が無力化するという事だ。これを知られたら核戦争が起きる可能性がある。


「はい。只今、偵察衛星で地球に存在する各国を確認しておりますが正常に可動している原子力発電所が確認できません。恐らく──」


「地球上における全ての核反応及び核分裂が不可能になったと言う事か。我が国だけのではないのか。それとも……ともかくこの事は他国に漏れるのをできるだけ遅らせろ。我が合衆国の存続に関わる。あの神とか抜かすペテン師め。よくもやってくれたな。この借りは必ず返してやる」


 大統領はシガーカッターで吸い口を作り、それを口に咥えて机の上に置かれていたライターで火を着けた。


「しかし、神とやらに連れ去られた方が良かったのか残った方が良かったのか分かりませんね」


「ふん。そんな事は決まっておるよ。両方地獄さ」


 首席補佐官代理の言葉に大統領が呆れたように紫煙を吐き出した。

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