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イッカク

 空模様が悪化していく中で俺たちを乗せた弁才船は南へと向かっていた。これから薩摩藩いや鹿児島へ向かい、そこから江戸、つまり東京へ向かうのだが当然襲われるので一時の安息に過ぎない。

 船室で責任者に書状を渡した後、俺達は甲板に出やすい船室で寛ぐいや弾薬と矢と火打ち石を回収していた。


『それで次の出し物はいつになるのじゃ?』


 俺の大事な密偵役として通ったクロユリがため息を吐く。

 ゲームでは時間を飛ばしてすぐに襲われたがここでは少し時間が掛かるようだ。もっとも襲われるまで1時間も掛からないだろうが──


『でかいから見て驚くなよ』

『Pretty big!』


 俺の言葉にキャスリーンが合わせるように両手を広げてみせる。それじゃあ全然足りないがな。


『それでは楽しみにさせてもらおうかのう』


 クロユリは孫に付き合う婆さんのような達観したような表情をしていたように見えた。


『いや楽しみにするような物じゃないから』


『分かっておる。ただの皮肉じゃ。しかし、話が分からぬ。何故、この話の中の天草四郎時貞はこんな騒動を起こしたのじゃ? それに見た所この時代は江戸時代末期に近いのでは? 何故天草四郎時貞がおる?』


 クロユリが小首を傾げる。割といいカンしてる。ま、現代人にしてはなんか古風な喋りでゲームとかした事なさそうなのに──


『まあ、どっかの小説じゃないが【使徒】として蘇ったんだよ』


 実況配信者として癖でネタバレを伏せた発言をしてしまった。回りくどいな。


『なるほど。では奴以外に黒幕がもう一人おると言う事か』


 クロユリの言葉にキャスリーンがパチパチと拍手する。


『たわけめ。死者など勝手に蘇る訳もないし勝手に甦ったとするならこの【使徒】化は説明がつかぬ』


 どこか呆れたような様子でクロユリはため息を吐く。

 キャスリーンが何かを言おうとしてクロユリが羽根を縦に立てる。


『言うな。分かっておるよ。ただ、わっちは奇跡など起きぬと言っただけじゃ』


 どこか遠い物を見るような目でクロユリは否定する。


『ラスボスは宣教師の……なんだったけ?』


 天草四郎時貞のボス形態まで覚えているのにラスボスの名前が出てこない。偉そうにしてるだけで印象が薄いから仕方ない。首謀者が一番【使徒】として優れている訳でもないのだから。


『うーん、あいつ、名前……イオアン?』


 キャスリーンも腕を組んで首を傾げる。はっきりとは思い出せないようだ。

 ペテロの別名だったかなんだったか忘れてしまったが製作者がわざと名前負けするように作った筈。


『なんだか頼りないガイドじゃのう。しっかりしておくれよ』


 クロユリは近くにあったみかんを取り、器用に皮を剥いて頬張った。


黄泉戸喫(よもつへぐい)くらいは知ってるだろうに』


 俺は勢いよく2つ目のみかんを食べだしたクロユリに苦言を呈する。


『心配せずともわっち(・・・)は大丈夫じゃ。それにここはげーむの世界であって黄泉の国(・・・・・・・)ではないぞ』


 まるで黄泉の国でも見てきたかのような発言に俺は肩を竦める。

 キャスリーンは呆れたようにしつつ、その姿から視線を逸らす。クロユリが3つ目のみかんに手を伸ばそうとした瞬間、轟音と共に弁才船が激しく揺れる。


 俺はキャスリーンと目を見合わせる。答えなんか分かってる。(聖母)だ。


『ふむ。どうやら新しい出し物のようじゃな。そいつの面を拝みにゆこうか』


 蜜柑の皮で黄色く黄ばんだ羽根を振りながらドアの方を指差す。開けろと言う意味だろうか。グズグズして船と運命を共にするなんてゴメンだが。

 俺は船室の戸を蹴っ飛ばし甲板へと出た。今にも雨が落ちてきそうな空模様の中で得体の知れない触手が海から何本も突き出ていた。その姿は海の上を複数の人間が歩いているようにも見える。


「ここらへんに浅瀬はない筈だが」

「アレは何だ?」


 船乗りたちが漆黒が支配している海を指す。俺は答えを知っている。このチャプターのボスである聖母の真の姿だ。この弁才船を凌ぐほどの大きさを誇る。このカタストロフィ・メサイアでもっとも巨大な敵だ。


 プレイヤーや幕府に倒された【使徒】をその身に取り込んで巨大化したらしいが──ただの悪趣味としか言いようがない。


「なんだ。あれは! 女が海に立ってるぞ!」


 船乗りたちが叫ぶ。正確には立ってるのではなくて触手の先が聖母と呼ばれていた女の姿をした擬態なのだが。


「面妖じゃな。よくそれで聖母などと名乗れるわ」


 クロユリが呆れたように呟く。程度の差はあれどクロユリも喋る鳥と言うNPCのアバターを借りてる時点で奇異な物ではあるのだが聖母と呼ばれる女は常識の範疇を逸脱している。


『それで弱点はどこか分かっておるのか?』


 どんどん迫ってくる聖母を横目にクロユリが問う。


『顔と言いたいが触手についてる顔じゃない。あれの本数を減らして本体が出てきた所に攻撃を集中する』

『ふむ。楽しそうじゃな。退屈はしないようじゃ』


 軽口を叩きながらクロユリは甲板を見渡す。左右に3つずつ大砲が置かれているのが見えてるだろう。


『さっさとAttack! 出来れるだけ早く倒せば……』


 キャスリーンが言葉を続けようとした瞬間、弁才船が激しく揺れる。説明するまでもない聖母がこの船を沈めようとしているのだ。


『取り付かれる前に倒すぞ。上手くやれば船を壊されずに済むかもしれない』

『難儀な話じゃのう』


 クロユリが愚痴った瞬間、巨大なイッカクがイルカのようにジャンプして弁才船の上を舞う。俺は着水地点を砲撃できそうな左舷一番手前の大砲の前に立って導火線に火打ち石で火をつける。

 体ごと持っていかれそうな爆音と同時にイッカクに砲弾が放たれ、その白い胴体に直撃し、奴が悲鳴を上げる。体中から生えた触手に尼僧姿の人物を擬態した口が多数。説明するまでもない。奴が聖母だ。


「な、なんじゃありゃ。まるで山のようではないか?」


 ゲーム内のNPC一同が思ったであろう感想をクロユリが呟く。初めてみたら驚くわな。俺も実際にリアルな世界で遭遇したら動けない自信がある。動けたのは固有スキルのポーカーフェイスのお陰だ。


「だからPretty big」


 キャスリーンが言いながら俺とは反対側の右舷大砲前に付いて松明を取り出す。触手が見えた瞬間に大砲の導火線に火を着けて砲弾を放つ。狙わなくても当たるだろうが一応な。


「おのれ! 四郎様の大望を邪魔する幕府の犬め!」


 船全体を揺らすような大音響で聖母が叫ぶ。

 その一言に聖母は誰かが演じているような気配は感じない。クリーチャーのNPCと同化して正気を保てる人間は少なくはないだろうがこいつは元々のカニバリズムなイベントから精神が耐えられない気がする。


 関所の奴もただの敵でしか過ぎなかっただろうし。


「速度を上げろ! 追いつかれるぞ!」


 船長らしき男が叫ぶ。先に出た筈なのに聖母に追いつかれている時点で速度は向こうの方が上だろう。


『二人共、奴が飛び上がった瞬間が狙い目だ』


 キャスリーンは船尾側の大砲に移動している。こいつ出現パターンがランダムで左右どちらかの上に船首側、真ん中、船尾側の3パターン計6パターンあるのでNIGHTMAREの難所なんだよな。

 俺も右舷船首側の大砲に移動する。根拠などないただのヤマ勘だ。固まっていたNPCたちが大砲に砲弾を込める。このラグがある為に出来るだけ当てて早期に決着を着けたい。


『なら囮でもかってでるか』


 羽根を羽ばたかせて上空に舞い上がろうとしているクロユリを見る。


「死ぬなよ。相棒」


 本来、クロユリのキャラクターはこんな所で死んだりはしないが万が一と言う事もある。油断はしない方がいいだろう。


『たわけ。そんなに迂闊ではないわ』


 笑いながらクロユリは大空へ舞い上がった。さあ、チャプター8の始まりだ。

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