理不尽なチュートリアル
床と思しき所の冷たさに俺は上半身を起こす。忌々しい事に白い空間の部屋に閉じ込められていた。広さは体育館くらいあっただろうか。俺以外にも男女年齢問わず数百人くらいが集められていた。
まるでオンラインゲームのボス部屋前みたいだ。
「綺麗。ここは天国なのかしら」
20代くらいの頭のトロそうな女がそんな馬鹿げた事を言う。な訳ないだろう。俺には死刑台にしか見ない。そもそも心理学的に白で塗りつぶされた部屋は圧迫感を感じると言うがこれを作った奴はあの自称神様で間違いないだろう。
どこか隠された悪意を感じる。
「この展開ときたら異世界転生じゃないか。いざ異世界の美少女エルフと……グフフフ」
太った眼鏡のオタクらしき人物がブツブツと呟く。それを言うなら異世界転移だろう。転生したら死ぬわ。アホが。
「ここはどこだ? 誰か出てきやがれ!」
トラックの運転手みたいな風貌で髭面のオッサンが叫ぶ。
「言われなくても出てきますよ。私は説明を務めさせていただきます……」
出てきたのは天使──いやオールバックのサラリーマンみたいな腰の低い男が現れた。高いスーツなのか品がある。だがその人物が醸し出す雰囲気が聖なる存在には思えないどこか薄気味悪い印象を与える。
「ここはどこだ! ゲームなんぞに付き合うつもりはないぞ。俺を早く返しやがれ! 時間に間に合わないだろう」
オールバックのサラリーマンの胸ぐらをつかもうとした瞬間、見えない裁断機に飲み込まれたように髭面の男の右手が爆ぜた。予想もしていなかった自体に髭面の男は事態を飲み込むまでの間の数秒信じられない物をみたかのように押し黙る。
それは俺を含めた周りの連中も同じだった。それで目の前のサラリーマン風の男が慈悲のある人物ではないと分かったのか悲鳴も上げる事が出来ずに金魚のように口をパクパクさせている。
「……お、俺の、俺の手が!」
「一応、痛感は麻痺させておきましたよ。これよりゲームの説明を始めますので大人しくしておいて下さいね。貴方たちは運がいい人間なのですよ。まずこの空間に招かれる者の中に選ばれなければ生き残る事すら不可能なのですから」
そう笑ってみせた。一見普通の笑みに見えるが状況が状況だけに酷く邪悪な笑顔に見えた。自分たちが恵まれていると諭して黙らせるのはペテン師の手口に思える。
「そうそう。聞き分けが肝心ですよ。ルールの説明すら聞かないようではクリア出来ませんからね」
手を失った男も痛覚を麻痺させられた影響なのか地面にうずくまり黙って聞いている。
「貴方たちが行ってもらうゲームは神が言ったとおり七つの大罪などをテーマにしたゲームです。そう、ホラーゲームをプレイしていただきます。旅立つ先は異世界ではなくゲームの世界」
上司が上司なだけに胡散臭い説明だが俺を含めた全員が黙って聞いている。さっきのオッサンの二の舞いはごめんだ。
「それをクリアしたら元に戻れるのか?」
「|全てクリアできたのなら《・・・・・・・・・・・》」
最初から条件を出すだけマシか。
「この腕じゃコントローラーなんて握れないぞ」
「ご冗談をおっしゃっているのですか? 自分の肉体で戦っていただきます。身体を動かしてこそ達成感が得られるのではないのですか?」
その一言に全員が凍りついた。ホラーゲームの世界で生身で戦えだってそんなの生きてクリアするのは不可能だ。
「ちょ……ちょっと待て! そんなの無理に決まってるだろう!」
「出来るわけないわ」
「私たちを家に帰してよ」
よせばいいのに何十人かが抗議のように叫んだ。ゴネて助けてくれるような慈悲深い相手じゃない。
「分かりました。貴方たちを家にお帰しいたしましょう……ただし死体でね」
説明役が指を鳴らすと同時に抗議していた全員の頭が爆ぜた。そして血しぶきを撒き散らしながら頭を失った肉塊はその場に倒れ込んだ。周りの人間は血と肉を浴びて混乱している者も居たが恐怖の余り叫べないようだ。
俺にも血と肉が飛んできたが現実感のなさに声が出ない。ビビリの俺にしては上出来だ。叫べば奴らと同じようにゲームオーバーだろう。
「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。端的にGMとお呼び下さい。その方が覚えやすいでしょう?」
GMは穏やかな笑みを浮かべながら胸のポケットから取り出した白いハンカチで自分の頬に降り掛かった血を拭う。その白いハンカチはすぐに朱に染まった。
「あ、神様より貴方たちがクリアしやすいようにコンティニューがありますから。大丈夫ですよ。きっとクリアできますから」
文面上では安心させるための言葉なのだろうが誠意とかそういう物が欠けている。
「ま、待ってくれ。俺は、俺はさっきので腕をなくしてる。こんなんじゃクリアできない」
「コンティニューが出来ますのでなんとかなりますよ。ただし、ゲーム外での欠損や怪我はリスタートでは治りませんがね」
右手を失った髭面の男が口を開こうとした瞬間にGMは指を鳴らした。
「う、うわぁぁぁっぁぁぁっぁ、助けてくれ!」
髭面の男は空間に食われるように全身を穴だらけにして最後には血も肉も残さずに消えていった。この場でそれに付いて咎める者は居ない。みんな、GMを名乗る悪魔から逃れたいのだ。
「では詳しい説明に入りましょう。貴方たちは複数のゲームをクリアしていただきます。これから飛ばされる部屋によって複数のゲームが選べますのでクリアして下さい。そしたら次の部屋に行けます」
その言葉にこの場に居た人間に絶望が広がる。一つのホラーゲームをクリアするだけでも大変なのにそれを複数クリアしろと言うのは酷だが相手は反論するのを待っているのだ。蛇野郎め。
「ゲームが一つの部屋だったら一つのゲームをクリアしたらゲームクリアなのですか?」
「勿論ですよ」
若いOL風の女性の言葉にGMがそう答える。ゲームが一つの場合激むず難易度の死にゲーとかじゃないのか。
「ですがゲームが一つもない部屋へ送られてしまったらそこで詰みなので諦めて下さい」
にこやかにGMは告げる。やっぱり自称神様同様くそったれだ。
「では行ってらっしゃいませ」
その言葉と同時に床が消失し俺の意識は闇に飲み込まれた。