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偽りの聖母

 チャプター6に入った。俺とキャスリーンは広場手前にある民家と民家の間に置かれた桶の陰に隠れる。木で作られた柵が広場を覆い、その周りを【使徒】が囲んでいる。


 俺たちの隠れている地点から少し離れた路地に馬を4頭繋いだ幌も何もない粗末な荷台の馬車がある。そして馬車は港の方へと向いている。──それを見ただけで察しの良い人間は簡単に展開が分かるのだろうが──


 視線を広場へと戻す。とても戦えるような数ではない。マトモに戦おうとしたら機関銃でも持ってきて撃ちまくるしかないだろう。


 勿論、そんな物はないので見つかる訳にはいかない。


 柵の内側には巨人、3mはありそうな大男即ちジャイアントとそのまんまの名称で呼ばれる【使徒】が尼僧姿の女の隣に立っていた。彼女が所謂聖母と呼ばれる女性だ。


 場は異様とも言える熱気と高揚感に包まれている。救世主でも現れたかのように。頭にそれぞれ花を咲かした異様な集団が熱狂的に叫んでいるのを見れば恐怖も覚えるだろう。 


 2人の前には【使徒】ではないこの時代の商人らしき人物が縄で縛られた状態で震えている。助けてくれ。何でもする。頼むから助けてくれ。と叫んでいる。


 結果を知っている俺からしたらその懇願はNGとしか言いようがない。彼らに、この場合は特に彼女に対してその懇願は違う意味で逆効果だからだ。


『俺はここ苦手だ』

『多分、好きな人、居ない。おぞましさを説いてるから』


 俺の言葉にキャスリーンが不快そうに呟く。多分俺よりも不快に感じているのだろう。

 何故なら彼らの救済とは──


「では助けてあげましょう。我らの教主様と共に戦える名誉と身体を与えましょう」


 聖母にとっての救いある姿が【使徒】という状態なので助けてくれと言えば当然【使徒】にされるのは間違いない。


「ま、待ってくれ。それは違う。救いじゃない。俺を離してくれ。解放してくれ!」


 だがその言葉も聖母と呼ばれている女には通じていない。そもそも設定資料集に【使徒】化する事が救いと思っていると書かれている女に何を離しても無駄なのだ。

 それこそが救いと思っているから─こいつらは善意でやっているのだ。だからこそタチが悪い。


『何度見ても吐きそう』


 キャスリーンが吐き捨てるように呟く。


『大なり小なり宗教とは熱狂を持って行わねば出来ぬからのぅ。正気では居られんよ。特に奇跡を起こそうと思えば、な』


 珍しくクロユリが感情的で感傷的な言葉を紡ぐ。

 巨人が聖母との意思を汲み取ったのかその大きな手で商人の胴体を抑え込んだ。

 聖母は大きく口を開け、乱ぐい歯を見せながらその舌には植物の種のような物が見える。そして商人の右顔、右目の辺りに噛み付いた。


「ギャァァァァァァァッァァッァァ!!!」


 魂の底から出て来るような世にもおぞましい叫び声を上げて商人が悶える。当然、北米版なので断面や筋肉がむき出しになるのだがそんな物を一々見てやる義理などないので俺は顔を背ける。

 筋肉とかリアルに描けば怖い訳じゃないのに──こういう所は理解できん。


 俺とキャスリーンが顔を背けたのを察してクロユリも直接それらを見ないようにしてくれた。だが広場の【使徒】たちは仲間が増える事への歓喜かそれとも奇跡(儀式)への高揚感か叫んでいた。


 ただし、耳を手で覆ってもクチャクチャと咀嚼音が聞こえてくる。そして咀嚼し終えた聖母はそれらを飲み込み、口を開ける。口の中を見せるためなのだが舌の上にあった植物の種はない。


 顔の右側、主に眼球の辺りを喰われた商人は地面に倒れたまま動かない。傷口には【使徒】化の種が植え付けられてるのだろうが見る気にはならない。地面には赤い血の色と体液らしき透明な液体が地面へと広がっていく。

 現代でも致命傷になりうる傷なのにこの時代で放置して生きていられる訳がない。


「受け入れなさい! 祝福を! 受け入れなさい! 新しい生を!」


 聖母は両手を天に掲げて広場全体、いやこの港全体に響き渡る声を上げる。今まで叫んでいた【使徒】たちはそれらを聖言のように黙して聞いている。


 そんな異様な光景の中で地面に伏していた商人の身体が微かに動く。そんな変化を示すように地面に流れ出していた赤い液体が緑へと変わっていく。

 人間の【使徒】への変異だ。カタストロフィ・メサイアで具体的な変異シーンはここで初めて描かれる。ここまで描かなかったのは得体の知れない存在(モノ)への恐怖を描くためらしい。


 聖母を含めた広場の【使徒】たちは変異の瞬間を雛が孵化する待っている親のように元商人の身体を見つめている。ただじっと。


 人間から見れば狂気の沙汰でしかない。だからといって邪魔しても意味はないし見つかるだけなので黙ってみている。ちなみにゲームではここで下手な行動を取るとゲームオーバーになる。それも決定ボタン連打で──


 本当にこのゲームのスタッフは性格が悪いとしか言いようがない。


『マイキュート。そろそろです』

『ん。そろそろこのクソ下らない陰惨極まりない悪趣味な儀式が終わるのか? しかしこれの首魁である天草四郎時貞はどう思っているのかわっちには分からぬ』


 キャスリーンの言葉に先にクロユリが反応した。目がよく見えるクロユリの方がうんざりしているらしい。気持ちは分かる。カタストロフィ・メサイアは熱狂に対するアンチテーゼ的な部分があるからどうしてもこういう描写が多くなる。


 そんな益体のない感想など言ってる場合ではない。そろそろお約束の時間だ。

 商人の手が動き、顔の右側を失ったにも関わらず彼は立った。そして目のあった部分から花が生えていく。水栽培されたように球根が見えていた。


 ムービー見る度に思うがグロい。だがこの広場を埋め尽くしている【使徒】たちの反応は違う。洗礼を終えた赤子を祝福するかの如く拍手喝采で広場は覆われる。中には泣いている【使徒】もいた。

 ゲームの主人公もこんな物をいつまでも見ていると頭がおかしくなりそうと思ったのが理解できる。


 キャスリーンは馬車を指差す。ゲームでは少女が見つけるので役割は変わってない。この場合は早く行こうと言う意味だが。


 今なら柵の周りの【使徒】たちは商人に気を取られているので動いてもゲームオーバーにはならない。俺とキャスリーンは腰を屈めて馬車へ向かってゆっくりと歩きだす。


 この状態なら聖母と巨人からは【使徒】と柵が邪魔になって見えにくい筈だ。……気休めだけどな。プロ級のゲーマーならこの状態になる前でも荷馬車へ見つからずに見つからずに行けるらしいが俺は攻略動画を見てもよく分からなかったのでそんな無茶はしない。

 低難易度やクリア特典のステルスマントでもあれば別だがNIGHTMAREもそんな周回アイテムもない。


『気でも引いておこうか?』

『いやいい監視だけ頼む。俺たちが荷馬車へ乗ったら急いで戻ってきてくれ』


 クロユリの言葉に俺は断っておく。成功して巨人が惑わされる事もあるが逆効果になる事が多い。これはゲームではなく命がかかっている以上、下手なギャンブルには出たくない。


 どっちにしろ見つかるのだがこのチャプターを抜けるまで見つからなければボーナスが入る。微々たる物だがな。


 聖母の隣りにいたジャイアントがクロユリを見た。彼女は左側に一歩動いて奴の気を逸らす。

 俺とキャスリーンは荷馬車へと辿り着いた。その瞬間ムービーが入る。もっとも俺たちは勝手に乗り込んでるのでそれは余り意味がないが──


 これ以降見つかってもボーナスが入るので問題ない。逆に言えばこの後強制的に見つかると言えるが。


「ぐわぁぁぁぁっぁ!!!」


 ジャイアントが俺たちを見つけたのか大地を揺らすような大声を上げる。最悪だ。できれば聖母の方から見つかるパターンの方が距離を稼げたのだがぼやいても仕方ない。

 キャスリーンが荷馬車の御者台へと座り込む。俺が馬なんて動かせる訳ないので牧場やって馬に慣れてそうな彼女に頼むしかない。


「Quickly! 乗って!」


 俺は遅れて荷台の方へ乗る。その荷台に据え付けられて居たのは銃座と言うか銃架と呼ばれる台に据えられたガトリングガンと大量の弾薬だった。どうやって載ってるのか馬で引けるのか知らないがこれで戦えと言う事なのは言うまでもない。

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