ちょっと寝てろ
瓦礫が動いたので俺は警戒しながら覗き込んだ。最悪な事に奴は生きていた。それでも身体の半分を失い、今はマトモに動けるような状態ではなかったがどうやっているのか分からないがゆっくりと再生が始まっている。
「残念だったな! 俺のチートは──」
「You asshole!」
奴が喋ろうとした瞬間にキャスリーンが駆け寄ってきて顔面に斧を振り下ろした。奴の身体を縫い止めるのには役に立ったがキャスリーンのしまったと言う表情からどうやら抜けないようだ。
「Oh! 下品。So Sorry」
キャスリーンが詫びてくるが別に言葉使いに関してショックなどない。このルートでも耐久性無限の斧がここでお別れなのが悲しい。だが凹んでる場合ではない奴が言ったように不死のチートは効力を発揮して顔が再生し始めている。
俺は近くにあった杭のようになった木の破片を掴んで地面から引き抜く。
「鬱陶しいから寝てろ」
俺は全体重をかけて杭を武士の胸に打ち込んだ。肋骨とかが折れる感触が伝わってくるが無視して地面に突き刺さるまで押し込んだ。
『これが本当のNosferatuですね』
キャスリーンが呟く。一休みしたい所だがさっさとアイテムを回収して次のチャプター5へ向かうのが正解だろう。日本版と同じなら次は港町だ。
『無事に倒せたようだが聞いていたか?』
クロユリが関所の門の上に着地する。
俺は辺りのアイテムを回収しながら耳を済ませる。
(聞いたか? サユリは英語で喋ったけ?)
(吹替版じゃないのか? それに北米仕様ならありうるか。でも訳出てないな)
外野の声が聞こえてきた。よく考えたらとっさに口に出る言葉は普通のセリフと違い、隠せないのか。NPCに人類が紛れ込んでるの隠しておきたい。余計な情報は漏らしたくない上にパニックが起きても面倒だ。あのクソGMが言っていた言葉が蘇る。
逆に撃てないとか言い出して殺される奴がいるのか人を非難するだけの奴も出てきそうだが──面倒なので伏せておいた方がいいだろう。キャスリーンは撃てないとかなさそうだが──
状況を察したのかキャスリーンが申し訳なさそうにしていた。
『気にするなよ。とっさの言葉なんて母国語以外の何が出てくるんだ』
俺はアイテムを整理しながら関所の上に建つクロユリを見た。現代人にしては古風な言葉を使い、こういう殺伐とした状況に慣れてる彼女を見て本当に現代の日本人なのかと疑問に感じる。だが今はそんな場合じゃないだろう。
『あとはTrap。触らない方がいい。No,Explosion』
他に何かないか調べていた俺にトラバサミの辺りに居たキャスリーンが首を横に振った。土砂崩れが起きるのなら爆発のせいだろう。さっきの爆発から近くの崖の状況が良いようには感じない。ゲームオーバーにする為のブービートラップでも不思議ではない。
つーかこのゲームの制作陣なら普通にある。
「違いない」
この武士の【使徒】が復活する前に逃げよう。キャスリーンが日本刀を片手にこっちへと歩いてくる。
『日本刀は武器として使えたけ?』
『Noです。これで関所のカンヌキ、Destroy』
返ってきた答えに悲しみを覚えながらも俺は彼女から日本刀を受け取って関所前のカンヌキを見た。釘を打ち付けられて普通には動かせそうにない。
要するにこれを壊すのと引き換えに日本刀は壊れるかなくなると言う事だ。嘆いても仕方がない。モタモタして奥の小屋の【フラワー】が来ても面倒だ。
俺はカンヌキに日本刀を振り下ろした。カンヌキは紙のように切り裂かれたが同時に日本刀はポキっと半ばから折れる。刃はそのまま向こう側の地面へと落ちた。
「行こう」
俺はキャスリーンと共に関所の門を押す。二人がかりで押しているのにも関わらず重い。
『ようやく関所の向こう側か。難儀じゃのう』
同感だった。同時にチャプター4が終わりリザルト画面が出て来る。
(……天幻がクリアするかもしれないな。なら別のゲームに挑戦すべきか)
あの冷静なゲーマーの声が聞こえた。こいつが出てきたら面倒な事になるかもな。そんな事を考えつつ、御汁を使い、手ぶれなどを軽減しスニークキルに関連する能力を上げる。
すべて切り替えた後、画面を飛ばすとムービーが入る。がけ崩れが起きてそれに飲み込まれる関所を背に俺たちは近くにあった川の小舟に乗り込んで下流へと下って行った。
ムービーでは俺が漕いでいる事になっているが手を離してみても小舟は勝手に動いていた。
『なあ、キャス』
クロユリは小舟の先に立ちながら前を向いている。キャスリーンは話しかけられると思っていなかったのか黙って顔を上げた。どうかしたと言わんがばかりに──
『次のチャプターは港。シスターいやマザーが出て来る』
キャスリーンが若干嫌そうに口を開く。カタストロフィ・メサイアで一番キツイ描写があるチャプターだからだ。
『鬼子母神か。いい気分じゃないな』
【使徒】がまだ【使徒】じゃない人間を食ってる描写があるのでリアルで見たいとは思わない。川の流れは激しそうに見えるのだが小舟は一定の速度で動いている。映像で見るのと違って実際に見ると奇妙な光景だがツッコミを入れても仕方ないので黙っておく。
『それより港に着いたらどのあたりに出るんだ?』
廃鉱ルートだと北の海岸沿いに出てそこから港に潜入して船に乗り込むルートだがこのルートは当然ながらやった事ないので俺には分からない。
キャスリーンは辺りをキョロキョロと見渡している。俺も周囲を警戒しているが【使徒】の姿は見えない。もっとも【使徒】は視力が利かないので俺たちの方が発見は早い筈だがこんな状況では身動きが取れないので早く目的地へと辿り着きたい。
『えーと水路に出て港のWestern側の船着き場から潜入して城行きのShipに乗り込みます』
『……広場が近いから聖母が出て来るのが早くなるんだな』
俺は通常のルートから考えてため息を吐く。聖母と呼ばれる女はある意味で天草四郎時貞よりも厄介なボスでNIGHTMAREなら強化されている可能性がある。
『その代わりにギミックが増えてる。雑魚を倒すのは楽。聖母のChildrenも大砲を使えばKillイージー。Butだから評判悪い。慣れたらイージーモードだと』
その言葉に火を着けられないと苦しくなのかと考える。火打ち石をリアルで使えるかね。
『……松明ある。All right。大丈夫』
キャスリーンがちょっと引きつった笑みを浮かべる。徐々に街と港が見えてきた。江戸時代の街と港という感じだが当然ながら死人と【使徒】で溢れかえっている。
『大丈夫か?』
『船酔いなのだろう? 違うか』
俺の言葉にキャスリーンじゃなくてクロユリが答えた。そしてその言葉にキャスリーンは頷いた。
『今のうちに吐いておけ。港では音を立てられないからな』
その言葉にキャスリーンが川に吐く。俺はその背中を擦る。ホラーゲームのお約束だが美少女に癒やされるのはお約束だがキャスリーンが吐いてるシーンに癒やされるような心境ではなかった。
やっぱりゲームだと他人事で目の前で起こると他人事じゃないよな。
『手があればよかったのじゃが不便じゃのう』
クロユリがそんなやり取りを見ながらため息を吐いた。




