思惑
遅くなってすいません
祐がチャプター2をクリアするとあとから来てカタストロフィ・メサイア待ちをしていた者の何人かが別のゲームへと移動する。三つ編みの中学生である鞠子栗栖も眼鏡の委員長みたいな女に引き止められたが別のゲームへ移るとだけ告げた。
天幻のプレイでカタストロフィ・メサイアの難易度がNIGHTMAREである事に気がついたからだ。あと眼鏡の馬鹿と付き合ってると死ぬと確信したのも大きい。天幻のプレイは危なげない。確か彼は絶叫動画よりも苛ついた時の罵り合いが秀逸だった。制作陣に対して思ってる事を言ってくれるのが共感できた。そんな彼を貶めようとは思わない。
それにこれは生き残りゲームなのだ。彼を見て気がついたのは運がいい。
私より後から来た眼鏡リーマンが先へ行ってしまった。それは構わない。自分の腕では難易度NIGHTMAREでは苦しいのは分かってるしこいつは多分わざと長引いてプレイするだろう。
それではチャンスがなくなる。それなら別のゲームへ行った方がいい。来栖が気になってるのは時間制限だ。24時間プレイしないプレイヤーがいると言う事はこの部屋ごと全員が消える可能性がある。あの陰険ならやってきてもおかしくない。
栗栖にとって嫌な学年主任を連想する。あの手の人間は蛇のようにネチネチを他人の希望を潰すのだ。高校生もなってそういう事に気が付かない眼鏡委員長には同じ女として苛つきを感じる。そしてもう一つ。
先程から散々に天幻の事をこき下ろしているが恐らくゲームの中にいる彼に全部聞こえている。彼も引き伸ばす気はないだろうが安全マージンをたっぷりと取ったプレイをしてくるから通常よりもクリアはかなり遅れるだろう。
恐らく9時間前後。生身でやらされているだろう事を考えても十分速いと言える。だが自分の番を考えると遅い。ギリギリ入りたくない。余裕を持っていたい。
この部屋で開いているのは──日本のPCゲームであるエビルタウンくらいしかない。幸いな事が2つ。1つ目は最高難易度でもクリアした事がある。2つ目は待ってるのは戸惑ってるおじさん二人だけだ。
「すいません。24時間制限に引っかかりたくないんで順番を譲っていただけますか?」
やった事ないがとびっきりの笑顔で栗栖はおじさん2人に話しかけた。
「どうぞ、どうぞ。おじさん分からないんだ」
「タイム制限に引っかかるのやだよね。先どうぞ」
一人目は本当に何も分かってないようで二人目は軽く馬鹿にした感じだった。これならいける。
「じゃあ、先にプレイさせていただきますね」
栗栖はコントローラーを握り、エビルタウンの世界へと入った。クリアするまでこの部屋に戻ってくる事はないだろう。
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俺は門番を倒して城下町を出て南の森へ入っていく。クロユリも上からではよく見えないので木から木へと飛び移るように飛びながら辺りを警戒してくれている。
チャプター3と4は森や山道が入り混じった面倒なステージだ。もっともそのお陰で敵を避けにくい。
俺が嫌いな場所の一つでもある。
最初の頃に遭遇戦で酷い目にあったのを思い出す。あとここから狼型のクリーチャー【フラワー】が出て来る。
所謂、これからが本当の地獄だ。と言わんがばかりの場所と言える。
『これからどうするのだ?』
『ゲームでは長崎の島原半島を参考にしてる。だからこの森を東に抜けて海に出て船着き場に行く。そこから船で移動だ』
『海か……こんな形で拝む事になると因果なものじゃな』
クロユリが自嘲気味に呟くが何も言わずに今はその辺りに触れずに放置しておこう。このチャプター3の敵は透明系だったか。襲ってくる場所を把握する&木や枝が動くのを把握しないとすぐに捕まって死ぬんだよな。
勿論、対処法はある。ブラックリリィとの視界リンクだ。だがこれも確実な方法ではあるのだがこのチャプターは時間制限があり、ゲームオーバーにはならないが一定の時間が経過すると増援がくるのだ。【フラワー】が。全く至れり尽くせりである。
本当にこのゲームの制作陣はドSだと思う。
『とりあえず当てはあるのか? このげーむについて知っておるのだろう?』
『山小屋を中継して港へ行く予定なんだが……』
俺は耳とクロユリとの視界リンクを駆使しながら木に隠れつつ辺りの様子を伺う。近付いてきた透明の【使徒】の肩を掴み、下から顎を包丁で突き刺し葬り去る。包丁が折れたので透明が持っていたナタを回収する。
襲撃ポイント知らないと普通に死ねる相手だよな。つーかナタ持ってるのになんで見ないのか──
『なんだが? 歯切れが悪い回答じゃ』
クロユリは人間には見えない事を感じ取ったのか辺りを見渡すように警戒してくれている。これは助かる。
『途中で追い込まれて廃鉱に落ちる』
俺は二体目の透明【使徒】を葬り去りながら答える。勿論、草木の茂る森の中だ。近くに見える山道を通らないのはイベントが発生して【フラワー】が背後から襲ってくるので罠と言える。難易度がノーマルなら【フラワー】で御汁稼ぎ出来るんだが愚痴っても仕方ないので先を急ごう。
『笑えぬ話じゃな。避けられぬのか?』
『無理だろう。その前にここの広場で聖母に囚われたNPCを助けないといけないがな』
俺はスニークキルで三体目の【使徒】を葬りながら辺りを見渡す。
『……』
生き残った者以外は誰か一人しか連れていけないと言う条件でクロユリが不安になるのは分かる。
『安心しろ。クロユリ、あんたはとびっきり運がいい』
『どういう意味じゃ?』
『俺がクリアすればあんたは無条件でゲームから抜けられる』
少なくとも嘘ではない。ブラックリリィはラスボスに攻撃されて地面に叩きつけられるが公式によると生きて元の姿に戻ってエンドロールに映る袴を履いた女性が彼女らしい。
『それは幸運じゃな』
念話から聞こえるクロユリの言葉は別に皮肉ではないだろうが喜んでいるようには思えない。
『なんか嬉しそうじゃないな』
俺は森の中を隠れながら目の前に見える集落へと向かう。イベント戦闘なのでスルーできないのが辛い。NPCが人間で使える奴である事を祈ろう。
『お主のいた部屋には複数のゲームがあったのだろう? げーむはやった事がない』
なるほど。またNPCにさせられるとクリアを待つ身になるのか。それは耐え難い不安だろう。
『それは難儀な話だな』
『であろう? だからしっかり頼むぞ』
クロユリは現実世界への帰還に対して興味がないように思えるのは気のせいだろうか。そんな事を意識しながら俺は森を抜けて集落の中へと入っていく。
奥には丸太小屋のような粗末な小屋の奥に高く積まれた焚き木と巨人のような巨大で人形が複数融合したような男【パペット】に掴まれた金髪の少女が見える。その近くには宣教師姿の中年が立っていた。
【パペット】とは複数の人間の手足や頭を組み合わせたクリーチャーで敵に恐怖を与える為に作られたらしい。
近くには狩猟用の中折式ライフルが落ちている。これを拾って巨人を狙撃し少女を助ける。本来は黒髪の日本人の女の子サユリだが人類の誰かが成り代わっているのか容姿が違う。染めてるのか気にしないでおこう。
そして俺が広場に入るのと同時にムービーが流れてイベント戦闘に入る。ライフルを構えて巨人を──結論から言おう。俺はゲームオーバーになった。




