神託
『やあ、僕は神様だよ。聞こえるかい。人類よ』
自分の部屋でマイク付きヘッドホンを被って定例の実況配信の準備をしていた俺の耳に響いてきたのはクソ怪しい声だった。
それだけなら俺の空耳と片付けられたのだが丁度時計代わりにつけていたテレビには自称神様が映し出されていた。
そいつは定番の神みたいな衣服をきた中年くらいの人の良さそうな顔の人物だったが俺にはそれが老人とかを騙してそうなセールスマン風の胡散臭い奴にしか見えない。
街中で背広でも着てたらうだつの上がらない中年オヤジにしか見えなかっただろう。だが着ているのは古代ギリシアとかで着られていたキトンとかいう物だった。
「なんじゃこりゃ? TV番組のドッキリ企画か?」
俺は右手でテレビのリモコンを掴んで番組表を出そうとするが出ない。ボタンが反応しないのだ。
『どうやら突然の事に状況が飲み込めない人が居るみたいだね。残念ながら幻聴でも幻でも集団催眠でもないよ。僕は正真正銘の神様だよ』
テレビに映る自称神様が穏やかな声で言う。
俺はこの男の声に腹がたったので立ち上がってテレビの後ろに回ってコンセントから電源コードを引き抜いた。
それでそのウザい声と胡散臭い男の映像は途切れる筈だった。
「嘘だろう」
そのクソ胡散臭い詐欺師を横目に俺は窓を開け放つ。夜の闇の中で近所の住宅から同じ声がハモって聞こえてくる。
道を歩くOLらしき女性が見ていたスマホも同じ画面が映っていたのか彼女はスマホを落としてビックリしている。ディスプレイが割れて破片が飛び散っている。
「ら、ラグもないのかよ」
『どうやら信じていただけたようですね。では本題に入りましょう』
自称神様な詐欺師は優しい声で語りかけるが俺はその声の中にどす黒い悪意の塊が見え隠れするのを感じた。ゲーム製作者がプレイヤーを罠にかけようとするシチュエーションみたいに。
これは良い異世界転移とかじゃないな。と確信に変わる。絶対にろくな事じゃない。
取り敢えず俺はこいつの声が聞こえない場所に移動しようと窓を開けたままで部屋から出ようと右足を踏み出そうとするが動かない。
『駄目だよ。僕は神様だと言ってるじゃないか。諦めて大人しく人の話を聞き給え。それがあらゆる人種、世代問わず居るとは悲しいよ』
テレビの中の奴は大げさに頭を振る。心底悲しげにだ。やはり神よりは詐欺師と呼ぶ方が相応しいか。
『取り敢えず静聴して僕の話を聞く気になったかな? 念の為に雑音も封じさせていただくよ』
自称神がTV画面の向こうで指を鳴らすと同時に声が出なくなった。
恐らく俺だけじゃない筈だ。
『聞き給え。君たち人類は危機に瀕している。人類はこの楽園を汚しすぎたのだ』
俺は黙示録かよと呆れ返る。神自らハルマゲドンでも起こすのかと心の中で愚痴る。それすらも気がついているのか神とやらの視線は冷たい。
『君たちに罰を与えるのは簡単だ。そして地上を洗い流すのも僕にとって赤子の手を捻るようなものだ。だがチャンスを与えよう』
チャンスを与えるフリをしているようにしか見えないが周囲からは歓喜の混じった声が上がる。
こんな奴に騙されるなんてどうかしている。やらないのはノアの大洪水なんて起こせないだけだろう?
『これから君たちには試練を乗り越えてもらう。今風に言い換えればゲームとでも言えばいいのかな。ゲームの内容は七つの大罪にまつわる事だ。クリアできた者は生きるチャンスを与えよう。さあ、挑み給え。君たちの全てを賭けて』
奴の忌々しい言葉が終わると共に視界がぼやけ始めてノイズが走って意識を失った。ブラック・アウトしたテレビの画面には黒髪で黒瞳の典型的な日本人の顔が映り込む。勿論、俺の顔だ。
俺の名前は八月朔日祐。このクソッタレなゲームに参加させられた人類の一人だ。
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