10万の敵兵
エディから聞かされた10万人という兵士の数に学院長や生徒会長をはじめ、その場に居合わせた一同が腰を抜かしかけた。むしろこれは正常な反応と言っても良い。
カーソンの人口が5万人、セレオンが2万人なので合算しても7万人でしかない。一方、攻め入る敵は兵士の数が10万人なのだ。通常で考えれば攻め入る側の圧倒的に勝利になるという予想を否定する者などいないだろう。
「心配しなくて大丈夫です。10万人はただの頭数です。皆さんにはこのセレオンが味方の誰も傷つくことなくこの10万の敵兵を撃退するのを見てもらいたいのです」
「相手は10万もの兵ですよ?それが頭数だなんて・・・本当に撃退させることが可能なのでしょうか?」
「僕はこの国の歴史を勉強しました。過去にどの様な戦いがあってどこで何が起こったか。その原因、勝敗を決した後の出来事。それらを情報としてセレオン建造の際に役立てています。もちろんそれだけではないのですけどね。僕はこの国を侵略しようと試みる敵国が二度と標的としない様に徹底的に撃退するつもりです」
「セレオン准子爵のお考えはわかりました。私は生徒たちを先導してその戦いを見守れば良いのですね」
「そういう事です。高みの見物といきましょう」
一応言葉では納得したのだが、実際に10万の兵を無傷で撃退するなど不可能に近いことだと学院長と生徒会長は思っていた。
何故ザリウス帝国とウルセア聖国は共闘することとなったのか。ウルセア聖国はエディ達の住むナルタニア王国の南に位置する宗教国家だ。
この国の信仰はウルセア教が全てで他の宗教や無信仰は穢れた者として扱われている。自国ではほぼウルセア教の信者なのだが、異教徒を浄化することが徳とされている。ウルセア聖国は異教徒弾圧の対象としてナルタニア王国をターゲットに選んだ。
そしてその侵攻のタイミングを伺っていたのだが、ナルタニア王国の貴族の息子と名乗る男が接触を図ってきた。自分は子爵の息子で不当な扱いを受けて家から勘当されてしまった。不当な扱いをしてきた奴等に仕返しがしたいので協力すると申し入れてきた。当然見返りも求めて。成功の暁には自分をウルセア聖国の貴族として受け入れて欲しいというもの。最初は門前払いをさせていたのだが、あまりにしつこいので一応教皇の耳に入れることにした。その話を聞いた教皇のカエザムはこれは使えると思った。この男を利用して被害を少なく侵攻できると考える。もちろんその場しのぎでしかない。用が済んだら処分する気でいるが今は口にすることはない。
教皇の思惑など知る由のないコルソン子爵の息子エドワードは子爵間の機密となっている防衛網の情報をウルセア聖国へと渡した。この防衛網には防衛にあたる人員、配置、物資の量。有事の際の援軍について等詳しく記されている。連携を行うために細かく取り決めをしていたのだが今回はそれが仇となった。
カエザム教皇は更なる一手を打った。自分たちだけで戦うのではなくザリウス帝国との共闘でいけば負けることはない。確実な勝利で領土配分はあとで相談すれば良いこと。占領後の隣国として貸しを作っておくのも悪くはない。そう考えてザリウス帝国の皇帝へ信書を密使に届けさせた。ザリウス帝国の皇帝ダスカスも先日の侵攻作戦の失敗の影響もあり攻め入るのはしばらく先と考えていたのだが、ウルセア聖国からの助け舟があればそれを待たずして動く事ができる。そして数こそ全てのこの戦いでは負ける要素がない。乗らない手はなかった。
そうしたそれぞれの思惑が重なり二国のカーソン領侵攻となったのだ。
教皇は更にエドワードに指示を与えた。エドワードの寝返りが知られていないため敵の情報収集と撹乱にまだ使えると判断したのだ。
ここは宿泊施設最上階の展望ラウンジ。セレオンの街とその遥か先まで見渡す事ができる。フロアは千人収容しても余裕がかなりあるくらい広い。全方位ガラス張りとなっているので360°見渡す事が可能だ。
展望ラウンジからは西南の方向を中心として黒い影が遠方に広がっている。この影こそ敵軍の集団だ。
最初は西南付近だけであったが次第に広がりをみせ全方位への包囲網が敷かれた。セレオンから逃げ出すのを防ぐのと援軍が近寄れない様にするためだ。
展望で眺めを楽しんでいた生徒達は敵軍に囲まれていると知って動揺している。
その中にはキャセリーヌの姿があった。
「キャシー、大丈夫かい?」
「エディ、この敵がセレオンを囲んでいるということは国境防衛にあたっていた家の軍は・・・」
「大丈夫だよ。問題ないから。こうなることはある程度判っていたからね。形だけの抵抗を見せた後ですぐに撤退しているはずだから。そのうちここに合流するから」
「でも、周りは敵だらけですよ?合流するにもどうやって・・・」
キャセリーヌは父や配下の騎士達の身を案じていた。
「国王軍の到着は二日後ですよね。この二日間あの軍勢をどうやって抑えるというの?私が敵の指揮官に交渉を申し入れます」
「王女様、それは無理だと思います。交渉の余地があれば敵も無血開城を選択するはず。それをしないということは殲滅の一択でしょう」
「「そんな!!」」
エディの無情な分析に声を同時に上げる王女とキャセリーヌだった。
「大丈夫ですよ。見ていて下さい」
エディが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろう。今まではそうだったが流石にこの状況は無理だという気持ちの方が強かった。
敵軍は前進を進め包囲網が狭まりつつある。その距離があと5kmというところで敵軍は奇妙な物を目にすることとなる。
”警告!不法にこの地に立ち入る者は厳重なる処断が下されます。速やかに立ち退きなさい”
無人の柱から声が聞こえてきた。柱に人が入るスペースがないのに声がするのが不思議だった。
「おい、なんだこの不気味な柱は?」
「なんだか判らないが叩き壊してしまえ!」
高さ10メートルくらいの不気味な柱が50メートル間隔で立ち並んでいた。破壊工作班が大きな木槌で柱の破壊にかかるのだがその柱はビクともしなかった。
「だ、駄目です。これは壊せません。折れるどころか傷すらつきません」
敵軍は破壊できないことに戸惑ったがそれもその筈だ。地中10メートル程に埋められたその柱は合金製なのだ。木槌程度でどうこうなるものではなかった。そしてどうにもならないと諦めた敵指揮官は柱を無視して前進する様に指示を行った。その時だ。
”ウーーーーーーーー”
あたり一面に突然鳴り響くサイレンの音。だがその様な音をこの世界の人間は聞いた事がない。不気味な大きな音は獣の叫び声の様に聞こえた。




