セレオンへの疎開
生徒や職員達を乗せた三隻の船が出港した。幸い風向きがセレオン方向に吹いているので船の速度はかなり速く、川を昇る航路なのだがセレオンまでは30分かからなかった。
本来なら風を感じながらゆっくり景色を眺めての船旅となるはずだが、状況が状況だけに皆の顔は緊張して強張ったままだ。
この先、自分達や自分達の国はどうなってしまうのだろう?攻め落とされて蹂躙されたら自分達の命はここまでなのかと誰もが思い浮かべるのは悲惨な結末だった。
そんな深刻な顔をした者たちもセレオンに到着した途端、その光景に驚く事となる。
カーソンもここ数年でかなりの発展を遂げたのだが、セレオンはかつて見た事のない立派な建物が並んでおり別世界と思わせる様な光景だった。岸壁から見えるだけなのでまだ街の全容は見えていないのだが、それでもそこから見えるだけでも判る程に街並みが広がっている。
セレオンは丘陵地に建てられているので街に入るには長い階段を登っていかなくてはいけない。どれくらいの段数があるのだろうか?5百段?千段?ひょっとするとそれ以上あるかも知れないくらいに遠く上の方まで階段が続いている。
生徒や教師は今からこの長い階段を登るのかと思うとゲンナリしてしまう。
「それじゃ、いきましょうか」
エディが皆を先導し階段へ向かった。そしてエディが階段の上に乗ると立ち止まった。
「この階段は自動的に動くので階段の上で止まって下さい。危ないので手すりに掴まってくださいね」
エディは使用上の注意をした。この動く階段は所謂エスカレータだ。
動力ポンプと魔道石で駆動制御がされている。
エディがどんどん上に登っているのを唖然として見続けている。
一人の生徒が勇気を出してステップに乗った。スルスルと上に上がっていくのを見て一人また一人と挑戦する者が続いた。
「この階段すごい!どういう仕組みになってるの!?」
「これなら疲れることなく上にいける」
「セレオンの技術はこれほどまでなのか?」
エスカレータの技術の受け取り方は人それぞれだった。
長い列を作りながら上へと登り、全ての生徒と教師が登り切るのに10分程の時間が掛かったのだが、これが足で階段を登ったとすれば途中休憩を入れて数時間は掛かったに違いない。
上に登ったところで見えたセレオンの全貌は下で見たものよりも遥かにすごく圧倒されていた。
そしてもう一つ驚かせるものがあった。それは大勢の出迎えの列だった。
「お帰りなさい。若様。皆様もお待ちしておりました」
出迎えたのは領主代行のトーマスと職員、メイド達だった。ここにいるだけで50名はいるだろう。最近、トーマスをはじめとしたセレオンの臣下や家人の間でエディを呼ぶのを若様で統一しようと決められていた。エディとしては爵位で呼ばれるよりも若輩者らしくて良いと気に入っていた。
「突然ですいません。1000名程いますが宜しくお願いします」
「はい、問題ありません。有事の際のマニュアル通りに進めさせていただきます」
皆、薄々気付きはじめている。学院長が言っていたセレオン卿と呼ばれていた人物と工業都市セレオンの領主セレオン准子爵が同一人物なのだと。
「皆さん、ようこそ。我がセレロンへ」
エディの一言でその疑問が正解なのだということを伝えていた。
生徒達が驚きと困惑を見せる中で送迎用の馬車がすでに待機しており、順次乗り込む様に誘導する。
「この馬車・・・馬がいない?」
「なんて静かな馬車なの!?」
驚きの声も仕方ない。馬車で馬がいなくてどうやって動くのかと思ってしまうのは当然の事。これはエディの開発した魔道馬車で動力源は魔石となっている。エンジンの様な原動機ではないので音もせず、ゴムで巻かれた車輪は非常に静かに回るので従来の馬車の騒音しか知らない人々驚くのは当然だった。
セレオンの街中は区画整理がされており、歩道と車道が分離されている。工房は工場と呼ばれる大きな建物が立ち並んでいる。
皆、移動しながら見える景色を右に左に首を回しながら眺めている。普段セレオンに訪れるのは商人や職人が主で観光に来る人は滅多にいないので生徒や教師もほぼ初めて目にする光景なはずだ。
一行を乗せた馬なし馬車は大きな建物の前で止まった。
「着きましたよ。ここが皆さんに宿泊してもらう施設です」
エディが紹介したその建物は地上10階建ての大きなビルだった。ここは全国からセレオンに商談や取引など仕事で来る人が宿泊する施設。ひとつの建物での収容人員は3000人。同様の施設が3棟並んでおり、一行が宿泊してもキャパシティとしては全然問題ない。
「セレオン卿、この施設は?」
学院長が代表で質問した。
「ここは外から来られた方の宿泊する施設です。収容人員は1万人ほどです。皆さんが宿泊されてもまだまだ余裕があるので安全が確認されるまでここに滞在してもらって構いません」
「これ程の施設があるなんてセレオンとは聞いていた以上ですね。それに千人が滞在すれば費用もそうですが、食べ物やいろいろな物も必要でしょうに」
「大丈夫ですよ。この施設にはちゃんと従業員がいますから。食材も備蓄があるので1年くらいは篭城しても耐えられますから。費用は気にしないでください。僕のポケットマネーで処理しますので」
滞在費用は一人一日当たり5000Gといったところなので1000人いれば500万Gとなる。500万Gといえば、教師の年収とほぼ同額だ。1日の費用なのでこの先何日か何十日、酷ければ何ヶ月も滞在する事となる。それをポケットマネーと呼べるのは一体どれくらいの財力があるのだろうと思ってしまう。
実際のエディの収入は数多くの考案品のライセンス費用だけで一日に億単位の収入があるので生徒達の宿泊費などは取るに足らないものだった。
「セレオン卿、改めてご好意に感謝致します」
「あのう・・・」
エディと学院長が話している後ろから声を掛けられた。女性の声だ。
「先ほどはすいませんでした。この様な場所を提供していただけると思ってもいませんでした。それと失礼な言葉遣いにもお詫びいたします」
声の主は生徒会長だった。
「礼には及びませんよ。それに学院に滞在している間は僕も生徒の一人です。言葉遣いなんて気にする必要はありませんよ。それよりも生徒会長にはやってもらいたいことがあります」
「ありがとうございます。それて、やってもらいたい事とはなんでしょうか?」
「難しい事ではないですよ。学院の生徒をまとめて欲しいだけです」
「はい、それは私の生徒会長としての役目ですから」
「これはここだけの話なのですが、恐らく敵であるザリウス帝国とウルセア聖国はカーソンではなくここセレオンを合同で落としにくるでしょう。カーソンにも兵を派兵するでしょうが、それはセレオンに援軍を送らないための足止め程度になるはずです」
「それは本当ですか?ではなぜわざわざ危険なセレオンに皆を移したのですか?」
「危険度で言えばセレオンもカーソンもそれほど変わらないでしょう。これは仮定の話ですが、セレオンを落とされたとすれば敵はセレオンを軍事拠点としてカーソンやこの国全土に侵攻を進めるでしょう。そうなるとこのナルタニア王国は戦火の渦に巻き込まれてしまいます」
「どうして急に二国が攻めてきたんでしょうか?」
「この国の領土は隣接するどの国も欲しがっています。それは豊富な水と豊かな資源があるからです。そしてその攻防も長い歴史の中で何度も繰り返してきました。つい先日、ザリウス帝国は特殊工作部隊を使ってセレオンを侵攻しようとして失敗しています。本来ならもうしばらく時間を置いての攻撃となる筈なのですが、ウルセア聖国との共闘が実現したので決断したのでしょう」
「なるほど。でもよろしいのですか?私にそんな軍事機密の様な話をして」
「まあ、この場程度の話なら問題ないでしょう。話は戻りますが、僕が皆さんをこの場所に呼んだのには理由があります。ひとつはカーソンの防衛を充実させたかったからで、二つ目が皆さんに生き証人になってもらうためです」
「生き証人とはどういう意味でしょう?」
「これからザリウス帝国とウルセア聖国の二国軍がセレオンに攻めてきます。その数は恐らく10万人以上でしょう」
「「10万人!!」」
これまで黙って傍で聞いていた学院長も生徒会長と同様に声を上げた。




