ユキノの母
実はサルベージを行っていたイタリアから帰国し、溜まっているレポートと自分の会社の書類を淡々とこなしていた。
山の様に積まれている書類を早く片付けてユキノの実家に行かなくてはいけない。
「あーあ、エディの世界なら魔法でなんとか処理したり出来るんだろうけど、この暑い中、デスクワークなんてやってられないよ」
季節は9月。過ごし易い地中海の気候とは異なり日本のジメジメとする残暑の残る気候は不快指数が比較にならない。
実はエアコンが苦手なので部屋の温度は比較的高めに設定している。少しでも涼しくなるためにグラスにキンキンに冷えた清涼飲料水を喉に流し込んだ。
「この書類の山を片付けるのも大変だけど、ユキノさんの実家で親御さんに説明するのも億劫なんだよね。頭の固い人でなければいいんだけど・・・」
今回の出来事への探究心から実はユキノの実家に足を運んだりというのは苦にならない。財力もあるし、時間も都合がつきやすいのでそれらは全く気にしていない。
だが、異世界に転移したという話を理解してもらえるというのは常識的な人間に対しては無理がある。真実を理解してもらえない事ほど歯痒いものはない。
この状況説明をどう切り出していこうか実は脳内シュミレーションを何度も繰り返していた。
朝早く自宅を出た実は新幹線と在来線を乗り継いでユキノの実家のある地方都市へと赴いた。腕時計の時間を確認すると丁度自宅を出てから2時間経っていた。
駅からは徒歩10分くらいなので歩いていくことにした。これ以上遠かったらタクシーを使おうと思っていたのだが、駅のロータリーにあるタクシー乗り場には客待ちタクシーの待機は1台もなかった。
「この辺は思ったよりも暑くないね。家を出た時は茹だるような暑さでどうなるかと思ったけど、この辺は気温も少し低いみたいだ。恐らく標高も想像していたよりも高いに違いない」
山間部という程の山奥ではないにせよ標高差としては実の住む街よりも500m程差があるので3度は低いことになる。
たかが3度、されど3度なんだなと実は思った。
そうこう思いながら歩きながらスマホのナビを確認するとどうやら目の前の家屋がユキノの実家の様だ。
ユキノの実家は周りの雰囲気からも旧家なのだろうが建物はそれ程古くはなかった。恐らく老朽化したので建て替えたのだろう。日本家屋の多くの家は老朽化したまま維持していくのは経済的にも快適性にも厳しいので文化財などに指定されない限りは建替えるのが殆どだ。
実は10畳くらいの和室に案内された。いかにもという感じの掛け軸が飾られた床の間と畳のい草と柱の檜の香りが漂ってくる。
「こちらにどうぞ」
座卓の前に置かれた厚めの座布団を案内され実はそこに座った。
「どうぞお構いなく」
すぐに部屋をでてお茶を用意しようとしたユキノの母親に気遣い声を掛けると軽く会釈をして部屋を出ていった。母親が戻ってくるのにはそう時間は掛からずお茶を出しながら語りかけてきた。
「お待たせしました。主人も会いたいって言っていたのだけど、秋祭りの準備で忙しくて。主人は秋祭りの役員をしているのですよ」
「そうなんですね。有名なお祭りなのですか?」
「地元では有名ですよ。伝統のあるお祭りで400年以上続いているらしいから」
「そうなんですか、それは見てみたかったな」
「こんな辺鄙なところ滅多に来る機会ないでしょうしね。それで、今日訪問されたのは事前に伺っていた通り、娘のユキノに関してですよね?」
「はい、娘さんのお話です。先ずは状況を順序だてて整理したいので当時の事を教えてもらえませんか?」
「”空の失踪事件”当時は新聞やテレビでも話題になったと思うけど、ご存知かしら?」
「はい、その事件なら記憶に残っています」
「突然、フランスの日本大使館から娘が行方不明って聞いてすごく驚いたわ。出国記録も残っているし、防犯カメラにも映っていたし。キャビンアテンダントもパリに到着する数時間前には座席で寝ている娘を確認していたのよ」
「でもパリに到着した時には消えていたと」
「神隠しっていうのが実際にあったとしたらこんな感じなのでしょうね」
「その神隠しで娘さんが別の世界に飛ばされたと言ったらどう思います?」
「バミューダトライアングルって知っているかしら?」
「ええ。バミューダ諸島とフロリダ半島、プエルトリコの3つの地点を結んだ海域ですね」
「その海域で航空機や船舶が突然行方不明になってしまうと言われているけど、乗員だけが消え去ったという件もあるらしいわ。私自身そういった体験をしたことがないので数多くある行方不明事件が全て嘘とは思わないわ」
「ですが、娘さんの場合は機内でただ一人だけ失踪するというのは同じ原因とはあてはまり難いですね。僕は原因についてはよくわかりませんが、娘さんが今何をしているのかは知っています」
「教えてちょうだい。娘は今どこに居て何をしてるの?」
「信じてもらえないでしょうが、娘さんは今異世界にいます。文明は遅れていますが魔法のある世界です」
「何それ?定番じゃない?娘は異世界に召還されたの?犯人はきっと国の王女ね。それじゃあ今娘は勇者として魔王と戦っているのかしら?」
実は母親の言葉に違和感を覚えた。何がかというと妙に詳しいからだ。もちろん今のユキノの状況にではない。ライトノベルでよくある異世界召還物のテンプレ的なストーリーにだ。
「娘さんは残念ながら勇者ではありませんよ。転移されてしばらくは酷い扱いを受けていたみたいですが、僕の知り合いと出会ってから今は家族として生活しています。魔法は使えないみたいですが少しなら特別な能力は使えるみたいです」
「異世界で無双できないなんて向こうに居る意味ないじゃない?神様から特殊な能力は貰えなかったのかしら? やはりこれは特殊な例よね。
ところで、どうして貴方と向こうの人は知り合いなの?そこが全く判らないわ」
「これは冗談ではなく本当の話なのですが、僕と向こうの彼、名前をエディと言いますが、エディと僕は夢でつながりお互いが会う事が出来るんです。最初は僕とエディだけだったんですが、エディが異世界人と思われる人を助けたと聞いて詳しく話を聞いたら日本人だったという感じです。こんな話はお疑いかもしれませんが・・・」
「夢で繋がるねえ・・・その手があったなんて思いつかなかったわ。今度の新作に取り入れてみましょうか。なかなか参考になるわ」
「小母さん?何の話をしているのですか?新作って何ですか?」
「ああ、ごめんなさい。最近行き詰っていてね。私小説を書いているのよ。貴方の話がヒントで作品のストーリー、いいのが思いつきそうだわ」
「え?小説って?」
「ライトノベルなんだけど、これでもプロなんだから」
「道理で話がラノベっぽいと思いました。で、どんな作品があるのですか?」
「代表的なのでは「僕・俺」とか「君・恋」とかかな。年に一本くらいはアニメ化してるわよ」
「えええ!!僕のバイブルじゃないですか!?「僕がいて俺もいる」「君との恋物語」小説、コミック、円盤、全巻持ってます!っていうことは先生は白玉餡子先生ですか!?」
「ええ、そうよ。私の作品を知ってくれていたのは嬉しいわ」
「いやあ、作品を手掛けるご本人にお会い出来て光栄です。最初はタイトルで微妙かと思わせておいてストーリでぐっとハマってしまうんですよね。先生の作品は。絶対オタ研の皆が羨ましがるぞ」
「ふふふ、あなたも相当ハマってそうね。それにしても私の娘がまさかの異世界転移してたなんてね。いまだに信じられないわ」
「僕の友人のエディはまだ13歳なんですが、僕の話をヒントに向こうで成功して庶民だった彼が今は准子爵までになっています。娘さんも領主の姉ということで幸せに暮らしていますよ」
「その話、すごく興味があるわ。詳しく聞かせて!」
真剣な眼差しで実の手を握って迫ってくる熟女に圧倒されていた。
一旦部屋から消えたユキノの母はメモとボイスレコーダーを持っていた。どうやら取材を兼ねているらしく一言一句逃さない気だ。
それから実はユキノの母に根堀り葉堀り聞かれた。尋問の様な取材の様な感じだった。
「良いお話が聞かせてもらったわ。私からユキノに伝えて欲しいのはこれよ」
母親から渡させたメモを見た。
「なんですか?コレ? 我は以下の写メを所望する。1、金髪イケメン王子の写メ。2、金髪縦ドリル美少女貴族。3、ドラゴンって」
「実車版の異世界の情報よ、見たいに決まっているじゃないの」
「写メってなんですか、異世界にそんなのないの知ってるでしょう?」
「何を言っているの!異世界といえば魔法でしょ?何でも魔法で解決する世界よ」
「確かに、現代文明を魔法で実現させてしまう安直設定はありますけど・・・ 判りました。一応伝えるだけ伝えます」
実はユキノの母に対する当初の落ち着いた女性というイメージは消え去っている。尊敬する作家に出会えた事自体はものすごく嬉しいのだが、それがユキノの母親だったことが非常に複雑だった。
その後も実はユキノの母に向こうの世界の事を根堀り葉堀り、細々としたところまで状況把握という名目の取材を受け続けた。




