馬車を使う
<入学試験当日の朝>
「エディ、今日は学院の入学試験の日ね。服装もバッチシ決まっているわよ」
「ありがとう、お姉さん。国立学院は由緒正しい学校らしいからね。ちゃんとした格好で行かないとね」
「ところでエディ。なんで貴方と私の距離が微妙に開いているのかしら?」
「だって、姉さんすぐにハグするから。というか、あれはハグじゃなくて力が強すぎるんだよ。何度死にそうになったか」
「何言ってるのよ、大袈裟ねえ。そりゃあ、可愛い弟には普通するでしょ?恥ずかしがらなくていいのよ」
エディは過去何度かユキノの強烈な抱擁によって窒息死しかけるという体験をしている。そのため自然と警戒する様になって姉との位置に距離を置いていた。
だが、当の姉は自分のせいでエディが避けているという事を微塵も気づいた様子はなかった。
一見して世の中の男性からは羨ましすぎる悩みに聞こえるかも知れないが、エディからすれば実際に体験してみれば判ると言うはずだ。
ユキノが褒めた通り、今のエディの服装は仕立てのカッチリした素材の服で貴族でも高貴な者しか着れない様なものだ。
お金を積めば買えるというものではなく、希少性という意味でこの国ではない素材で外国から少量しか入ってこないのだが、エディの開いた運河により他国からも船が行き来する様になったことで外国商人が感謝の気持ちとしてエディに贈ったものだった。
エディは元廃村を中心とした工業都市セレオンの領主で領域は広くはないのだがセレオンの人口は既に一万人を越えており、人口では領都カーソンに次ぐ人口だ。
ちなみにカーソンの人口は10万人でこちらも人口は増えつつあった。
共にエディの影響であることは確かだ。
セレオン男爵となったエディは立ち振る舞いもそれに相応しくなければならず毎日貴族たるべきものの教育を受けている。
これは領主のセレスから派遣された教育係である貴族の子女に任されていた。
彼女の名前はカターシャ。王都に近い領地にある伯爵家の次女でセレス辺境伯のところへメイドとして奉公していた。
貴族でも跡継ぎ以外は爵位がもらえないため武勲や貢献を上げるか政略結婚するしか貴族として存続できない。
特に女性の場合、いかに名誉ある男性に嫁ぐかでメイドなどで奉公し見初められる機会を窺っているというのも良くある話だ。
このカターシャがどういう経緯でセレス辺境伯のもとに来たのかは判らないが教育係としてエディのもとへ寄越すくらいなのである程度の信頼関係はあるのだろう。
女性に年齢を聞く訳にはいかないので見た目なのだが二十代前半、背は女性の平均くらいでスラとした体型でメイド服を完璧に着こなしている。
常に背筋がピンとしており動作も淑やかでエディから見れば非の打ちどころがない完璧さだった。
「セレオン様、背筋を伸ばして下さい。曲がっておられますよ。それと顎を引いた方が凛々しく見えます」
「あ、はい。・・・こうですね」
エディはカターシャから事あるごとに注意を受けている。彼女はエディの屋敷にメイド兼教育係として役割を果たしている。
なのでエディとしては息抜く暇がない感じで以前の様な気楽な生活が懐かしいと感じていた。
最初に建てたエディの家は既に取り壊されており、工業都市の開拓と同時に丘陵地の上に屋敷を建てたのだ。平均的な貴族の屋敷というのを事前に見ておき、それより少し大きめのものを分解と合成を使って築いた。
建てた後で気付いたのだが何せ部屋数が多い。姉のユキノと二人暮らしでは掃除だけでも大変だ。領主代行のトーマスが増えたのでカターシャを入れて4人で暮らしている。
カターシャはこの程度の人数なら自分だけで面倒を見れると言っていたのだが、流石に屋敷の広さからすると使用人は早く雇った方が良いと思われた。
「それではお時間です。表に馬車を用意しておりますのでお乗り下さい」
「エディ、頑張ってね!」
ユキノのホッとする声を聞いてエディは屋敷を出た。
ユキノは一緒に生活しているが貴族ではないので立ち振る舞いに関しては特に何も言われることがない。
それとカターシャと年齢が近いこともあってエディの居ない時は二人はよく一緒に話をしたりしている様だった。貴族となり出掛ける機会も多くなったエディはユキノに寂しい思いをさせることを心配していたが杞憂に終わったようだ。
そして今は馬車の中だ。今までは歩いて2時間を掛けてカーソンまで移動をしていたが貴族である今は馬車での移動が基本となっている。
安全のためでもあるが馬車で領地内を行き来することで領民に存在をアピールすることも重要らしい。
そう言われてみれば自分の領主が歩きで移動しているなって見られたら格好悪いなとエディは想像して納得した。
カーソンまでなら河川の旅客船を使うという手段もあるのだが、船着き場はカーソンの外れにあり、そこからは結局馬車での移動になってしまうのでセレオンから馬車で移動する方が手間が掛からないのだ。
移動の馬車なのだが初めて乗った時は衝撃的だった。何がというと振動がすごいのだ。実君に話をすると昔の馬車はリジットマウントという車体に車輪を直付けしていて路面の凹凸などの振動が車内に響くらしく、その後板バネというものやコイルバネという弾力性のある鉄を使って衝撃を吸収していたそうだ。
それを参考にしてエディは自分の所有する馬車を改造してみた。
鉄の棒を螺旋状に巻いたコイルバネというのを作り車軸と車体の間に噛ませてみた。
少し振動はマシになった。試しに棒を少し細くしてバネを動く様にしてみると更に振動がなくなった。実君の話ではこのバネの移動により衝撃を吸収しているのだそうだ。
ついでに 実が試したかったことをいくつか取り入れた。
馬車の車輪は木製に周囲を鉄を巻いたものを使うのが通常なのだが、この車輪自体も衝撃を伝える原因となっているらしい。
領内の樹木を分析し実君の言う素材がないか確かめるとようやく見つかった木があった。
その木から出る汁を固めると柔らかいけど元に復元する不思議な塊になった。ゴムというそうだ。
本来なら熱帯性の気候に育つらしいけどそれ以外にでも使える樹木はあるらしいのだが分析で詳しく調べなければ到底判らなかっただろう。
今の分析は既にマスターとなっているのでこちらの思惑を検索できるまでに至っている。
簡単に言うとサーチ機能というものだ。
車輪の外周を鉄からゴムに変えた。ゴムは合成で摩耗の少ない耐久性のあるものに変化させている。外周を巻くのも合成だ。
これらの改造を盛り込んだ馬車は衝撃的だった。今までの不快な振動が嘘の様に減った。
ついでにドアの縁ににもゴムを付けて車内の防音性や防水性を高めた。窓も単に開くだけでなくガラス板を嵌め込んでいる。
これを見た貴族達は金に糸目をつけず譲ってくれと五月蠅かった。遂には王族の耳にも入り製作を依頼された。
断るわけにもいかないのでコーチビルダーを立ち上げ馬車の製作もセレオンの産業の一つとなった。
そんなこともあったなあと懐かしく思っているとカーソンに到着した。国立学院は北の門から馬車で5分程度のところに位置してる。街中の道路も既に舗装をされて通り易くなっている。
程なく学院前の馬車の待機所に着くことが出来た。




