迫りくる危機
一応当面のユキノの目標が出来た。本人に説明すると是非ともやりたいと前向きだったのが意外だった。
食欲も戻ったユキノは二日後には出歩いても問題ないレベルにまで回復した。
そろそろ頃合いだと思いユキノと一緒に治癒ポーションの材料を採集することにした。
採集のポイントは慣れないうちは近場の比較的安全なとこを中心に周ることにする。
治癒ポーションは分析で調べたところ数種類の材料の組み合わせパターンから出来るらしい。
その中でこの辺で採集出来る材料のレシピを選らぶ。
白キノコ×ベラドンナ×紫草 の3つを組み合わせると治癒ポーションとなる。
ちなみにこの3つを調合する順番も実は重要だったりする。
白キノコは粉末状にして乾燥させ二晩寝かして置くこと、ベラドンナは磨り潰して少量の冷水で溶かし紫草の根の部分だけ先に混ぜ合わせた後に葉と茎を追加し、最後に白キノコの粉末を加えたものを煮込んで蒸留させたもの。
この手順で行えば治癒ポーションの上位ポーションであるハイポーションが出来る。
エディはハイレベルな分析の能力を使ったからこそ価値の高いポーションを作る事ができるが普通の薬師にはとうてい思い付かない製法だろう。
そしてこのハイポーションに聖なるヨモギを加えるとエリクサーになるのだ。
エリクサーは死んで間もない死者を蘇らせることも出来るらしい。
残念ながらこの辺では聖なるヨモギが生えていないので試したことはないのだが。
ユキノは山歩きに慣れていないため一時間置きに休憩を挟んでいる。
山中で倒れていた時はボロボロの服に裸足という恰好だったので街で彼女用の服と履物も購入しておいた。一応下着とかも含めてなのだが男が女性ものを買うのには勇気がいるものだ。
しかも不審に思われることもあるのだがエディのブロンズというギルドランクが信頼の証となり疑われることはなかった。
エディだけだと二時間程度で集め終わる採集を丸一日かけて半分の量を集めた。
別に急いでいる訳ではないので彼女にとってはこれで十分だ。
翌日は集めた材料でポーションの調合だ。もちろんハイポーションではなく通常の治癒ポーションだ。
最初の頃は調合分量の間違えやタイミングを外して失敗も多かったが回数を重ねるごとに上手く調合する事が出来るようになった。
元の世界での化学知識などもあり薬学を学んでいたユキノなので飲み込みが非常に早かった。
調合に関して言えば道具などはこういうものがあった方がいいと逆にユキノから提案があがる程だ。
「どうせすか?ユキノさん。ポーション作りは楽しいですか?」
「はい。毎日が充実していて楽しいです。私の作ったポーションがどこかでお役に立てているかと考えると作り甲斐がありますよね」
「そうですね、自分で採集して作れる様になるまでは本当ならもっと時間が掛かるはずなんですが、ユキノさんは要領がいいから覚えるのも早くて驚きました。この調子なら僕が側に付いていなくても何とかいけそうですね」
「はい、迷子にならない程度にこの周辺で集められるものだったら大丈夫だと思います」
採集の方もユキノ一人で行える様になった。もちろん獣除け剤は常に携帯してもらっている。
ある程度任せられる様になってからエディは付き添わず単独での反復作業を続けてもらっているがユキノは文句も言わず淡々とこなしていた。食事の際に聞いたら無心でやれるので苦にはならないらしい。やはり自分の作るポーションが誰かのためになるというのが張り合いになるらしい。この気持ちで続ければ才がレベルアップするのも近いかも知れない。
毎日ユキノが作るポーションもかなりの数が溜まってきたので街に売りに行くことにした。
調合して同じ様に見えるポーションでも一つ一つに微妙なバラツキが出るがこれは手作業で行うため仕方のないことだ。
だが、売る場合にはある程度品質は揃いておいた方が良いので極端に出来の良いものや悪いものは納品物から外している。
最近は定期的にギルドの買取窓口に通っている。
「エディさん、今日もポーションですね。納品される物は質が良いと評判高いですよ。意外と鮮度が要求されたりするのでギルドとしても非常に助かります」
「そうですね。最近助手というか手伝ってくれる人が出来たのでこうやってまとめて持って来れる様になったんですよ。僕一人だと他にも納品しないといけない依頼品もあったりするのでなかなか出来ませんからね」
「そうなんですか?それは良かったですね。この調子でこれからもお願いしますね」
買取担当の窓口の女性は二人ほどいるのだが今では顔見知りとなっている。
エディのポーションが品質が良いため他の納品物と混ざらない様に保管されている。
品質が良い分通常のポーションよりも買い取り額が先日から上乗せされることになった。
これはエディというよりもユキノのお手柄なので帰りに何か手土産でも買って帰ることにした。
今回は納品だけでなく布染め用の反物も頼んでおいた分を引きっとって持ってかえる。
10本ほどあるので紐で縛って背中に担ぐ様な形で運んだ。
最初の頃は街の今住んでいる元廃村までの距離の歩いて二時間は結構キツかったが二年も通っていたら慣れてきた。まだ街道なので歩きやすい。山奥の採集では崖の上とかに登ることもあるので危険が伴う。
ユキノにはそういう場所を教えず安全な場所だけで採集する様に言ってある。
もうすぐ家が見えてくる頃だ。今夜の食事は何を作ってくれるのだろうと考えながら歩いていると家の方角から女性の悲鳴が聞こえてきた。
「キャーーー!! 放してーーー!!」
声はユキノのものだった。エディは背負っていた反物を放り出して急いで家まで走った。
そこで見たのは家から髪の毛を引っ張って引きずり出されるユキノと10人程の男達、見た感じですぐに盗賊だと判った。
村人と盗賊や山賊では着ている物は大差ないが帯刀していたり毛皮を羽織っていたりするので違いは誰にでもわかる。見た目もそうだが悪党独特の雰囲気というのが漂っていた。
「お前ら!何してる!姉ちゃんを放せ!!」
エディは形振り構わず盗賊に吐いた。
「おうおう、威勢のいいガキがお出ましだ。でも残念だな。おめえの姉ちゃんは俺たちがよろしくいただいちまうからな。死にたくなかったらとっとと引っ込んでろ!」
「エディさん、来ちゃ駄目!!私はどうなっても構わないから!早く逃げて!!」
必死でエディだけでも逃がそうとしたユキノの顔を男は殴り飛ばした。
大きな男に力任せに殴られたユキノは地面に叩きつけられた。
エディはその瞬間理性が吹き飛んだ。
男達がユキノを取り囲もうと近づいた時、エディは男達にスキルを放った。
ドサッ!!
ユキノの周りには4人の男達が居たがその4人全てが糸の切れたあやつり人形の様にその場に倒れて動かなくなった。
それは動かなくなったというより生命として維持できなくなったといった方が正しかった。
エディが分解で男達の内臓を分解したからだ。
どこの部位とか具体的ではない。とにかく消滅させた。
「このガキ!!何しやがった!!」
盗賊の頭と思われる男は何が起こったか判らないがエディの仕業と判断しエディに向かって湾曲刀を振りかぶった。
当然エディは黙って切られるはずもなく盗賊頭も先の4人と同じ運命を辿ることとなりその場で倒れた。
残るはあと5人。目の前に4人はいる。あと一人はどこに居る?
エディは周りに気配を探すと同時に背中に激しい痛みが走った。
「よくも仲間をやってくれたな!これでお前もあの世行きだ!!」
見失った盗賊の一人に背中を斜めに袈裟懸けに切られたのだ。
痛みと出血で徐々に気が遠くなり意識を失いつつあるエディはこのままではユキノが危険だと思いユキノを除く全員を分解することにした。
何故か身体が思う様に動かない。意識も朦朧となりつつあるのを必死でこらえた。
5人に狙を定めて意識は分解に集中させ5人は断末魔を叫ぶことなく全身が粉末となり衣服だけが地面に残っていた。
エディはその光景を確認したと同時に意識が途切れた。
何も出来ずただエディが切られるのを見ているしかなかったユキノは自分の力の無さを呪った。
エディは地面に倒れ背中から溢れ出る血で地面が真っ赤に染まっている。
「エディさん!!しっかり!!大丈夫だから!!死んじゃダメ!!私を一人にしないで!!」
動かなくなったエディを抱えたユキノは必死でエディの背中をさすった。医療現場で働いていた彼女にとって今のエディの状態は大きく切られた切傷から出る大量の血液は既に致死量を越えており、このままいけば心肺が停止する状態になりかけていることを理解をしていた。直ちに傷口を縫合して輸血と除細動器(AED)で心臓に刺激を与え続けなければと思ったがこの世界にはそのどれもが存在しない。
自分の行為が何の意味もなさないと判っていても無力な自分だとは理解していても神様がいるのであればこの傷を塞いで治して欲しいと祈りつつ手で傷口を塞ぐように当てていた。
既に体温を失いつつあるエディ。今まで何人もの患者を看取ってきたがこの少年だけは失いたくない。
せっかく生きる希望を掴んだのに少年がいなくなるなんて耐えられなかった。
ユキノは涙を流しながら神に唯々祈った。
どれくらい時間が経過しただろうか。奇跡は起こった。
ユキノの手の先が白く光ると同時にエディの背中の傷が徐々に塞がっていったのだ。
自分が起こしている奇跡をユキノ自身が信じられなかった。
「これは!傷が治っている・・・・」
それはまるで傷が最初から無かったかの様な完璧な修復だった。
そしてユキノは気付くのだった。才である”生”がレベル2にアップし”再生”というスキルが発動したことに。
エディの傷は完全に治ったが大量の出血だったためエディはまだ危険な状態にあると覚ったユキノは家に駆け込み自分の作ったポーションを持ってエディに飲ませた。
意識のないエディは自分では飲むことが出来ないためユキノは口に含んだポーションをエディに口付けで飲ませた。
どのくらいが飲めたか判らないがいくらかはエディの体内にポーションが取り込まれたのだろうエディの安定した呼吸を感じられる様になった。
「う・・ユキノさん、無事だったんですね?」
目が覚めたエディはすぐ目の前に泣きながら顔を寄せているユキノに驚きながらつぶやいた。
「もう、心配させないで下さい。本当に死ぬところだったんですよ?」
「いや、背中をばっさり切られたから本当に死んでた筈なのでは??」
エディは自分に何が起こったのか理解出来ていなかった。
「私、使える様になったんです!才がレベルアップしてスキルが使える様になりました。エディさんのお陰です」
「あはは、良かったですね。僕も助かりました」
力のない笑い声でエディは応えた。
「それと、これは頑張った勇者さんにご褒美です」
そう言ってユキノはエディに軽く口付けをした。
先程のポーション口移しの時には意識が無かったからいいものの今はバッチシ意識がある訳で突然のユキノの行動にエディは混乱した。
「ゆ・ユキノさん!これは!?」
「お姉ちゃんから弟へのご褒美です!」
と茶目っけのある仕草でウインクしながらユキノはエディを抱えて家の中に入っていった。
この日の出来事からユキノとエディは互いに姉弟として接する様になった。
今までの余所余所しさが嘘の様に仲の良い姉弟という感じに口調も変わった。
血は繋がっていないがそれ以上の絆で結ばれたこの世界で唯一の家族だった。