銀髪の吸血鬼 その3
今回から詰め込むのをやめました。
冷静に考えて右端のスクロールバーがあれだけ小さいと読む以前の問題よね。
リーダビリティも大事にしていきたい
ラインハルトの街並みは、最後に見た時と良くも悪くも変わっていなかった。
「ここが……あのラインハルト……これが堕とし子の侵略、ですか……」
ミーリアの声が、震えている。
(……襲撃はなかったようですが、復興はまだ遅れているようですね……)
ヘルメスの声に、心の中で頷いた。
街の西部に落ちた滅びの大樹の排除には時間が掛かりすぎた。
建物の被害は目も当てられない。……瓦礫の下には、命を落とした人もいただろう。
もしかしたら俺は、自分が守れなかったものを見たくなくて……逃げるために、この国を離れたのかもしれない。
(ソーマ……)
「とりあえず、クロエは城に用がある……んだな?」
「そうじゃ。特別にソーマ達も妾の晴れ姿を見ていくとよいぞ!」
「晴れ姿……ねえ……」
異端審問という奴がどういうものなのかは、結局よく分かっていない。
「ま、私達もお城に用があるのに間違いはないんだし、付き合ってあげよ」
「だな。ミーリアも、それでいいか?」
「私は、相馬についていくだけです。どこまでも。どこへでも」
「……さんきゅ」
「お礼には及びません。……ええと、今のはお礼でいいんですよね?」
「合ってるよ」
小声で心配そうに問いかけてくるミーリアに、俺は笑って頷いた。
「すいません、馴染みのない言葉で……ちゃんと扱えているかどうかの自信がなくて」
「……あのさあ、魔術の秘密特訓してんじゃなかったの?」
葛葉が三白眼で俺を睨んでいる。
「いやあ、色々あって」
結局、吸血鬼の能力についてはクロエのいる手前なかなか切り出す機会が持てず、何が起こったかを葛葉はまだ知らない。
「ま~た~そ~れ~……?」
「時間ができたらちゃんと話すってば。――とりあえず、野宿続きで肩腰がガタガタだよ。街の中に入ろう」
一応国境だというのに、門衛の姿はない。そんなところに人手を割いている余裕もないということだろうか……。
ラインハルトの街中には、人っ子一人いなかった。不気味なほどに静かな瓦礫だらけの街を進んでいく。
「な、なあソーマ……ここ、生きているものはおるのか……?」
「いる……はず」
「はずってなんじゃ! 怖すぎるじゃろ!」
「ていうか、いなかったら困るよ。私達がどれだけ苦労して――」
「……葛葉」
「おっと、お口チャック」
クロエは未だに俺達のことを分かっていない。いつかはバレることというか、もはやバレるのは秒読み段階だが、秒読みだったらその時まで黙っておいた方がいいだろう――などと、セコく考えている。
(実際、どうなるんでしょう……?)
悪いようにはならないだろ。夜のトイレにも付き合ってあげた仲だし。
(そうですね……ソーマの言う通りだといいんですが……)
ぴったりくっついているクロエの髪を撫でながら、面倒なことにならないのを願う。
何より……もう一人の馬鹿真面目な弟子に、師匠が面倒事を持ち込むわけにはいかない。
「むむ……?」
葛葉が何やら耳を澄ましている。
聴覚に少し魔力を回すと……足音が聞こえてきた。数は、三人くらい?
向こうから、人影が走ってきているのが見える。
どうやら、国の人間が全滅した鬱展開はなさそうだ。
「宮廷魔術師さまあああああああっ!」
「ソーマさまあああああああああっ!」
「よくぞご無事でえええええええっ!」
「は?」
と、不思議そうな声を漏らしたのは傍らのクロエ。
「……宮廷魔術師?」
「いやー、あははは……」
ま、多少の想定外は付きものだ。
(腕の見せ所というやつですね)
おや、ヘルメスも言うようになったじゃない。
(ソーマや皆さんとの付き合いも長くなってきましたから! にしても……アルさんは大丈夫なんでしょうか……)
ま、心配なのはそこよな。
(我々の状況も心配ですけどね)
いやはや、全くもって。
頭の上に「?」マークが大量に浮かんでいるクロエを連れて、俺達は城の近衛兵を名乗る三人組の後をついて行っていた。
「あのあとは大丈夫だったの?」
聞き取り調査はひとまず葛葉に任せている。
「ええ、まあ……おおかた瓦礫の下の捜索も終わって、今は陛下が復興計画を立てています」
「……ごめんね、嫌なことを任せちゃって」
「いいえ、それこそ我々の仕事です。……我々は、堕とし子とは戦えませんから」
「そう言ってもらえると、ちょっと気が楽かな。ね、相馬」
「……そうだな」
「そうですよね……普通の人は堕とし子と戦えない……」
「それに、宮廷魔術師様がお忙しいのはよく存じ上げていますから。陛下も、皆様には皆様のするべきことがあると仰っていましたし」
子供に気を遣わせちゃって……情けない。
「ただ……皆様はほんと良い時に戻ってきてくださいました……!」
「なんか問題?」
「……はい。ただ、最高機密ですので、我々の口からは」
「最高機密…………」
不穏な響きに、俺達は顔を見合わせた。
――視界に、大きな城の姿が見えてきた。高く伸びる二つの塔の姿は、最後に見た時のまま。自分の世界の城しか見たことがない俺からしたら大層立派なものだ。
城の主は小さいといった。ただ、小さいけれど偉大な城だと――この城の小さな城主は胸を張って言っていた。
「……結局、どういうことなのかの……? ソーマは宮廷魔術師? 頭がこんがらがってきたというかこんがらがりっぱなしなのじゃ……で、でもここの城主は異端じゃから……」
「クロエ、そういうのはもうちょっと小さな声で言うもんだ」
俺の言葉と視線に、クロエは少し脅えたような表情を見せた。
「……怖いか?」
「……異端は、よくないものなのじゃ……」
伏せた目に、俺はなんと声をかければいいか分からなかった。
クロエが言う異端は、俺にとってあまりにも当たり前すぎた。
そりゃあ、最初に魔術を見せられた時は忌避感みたいなものもあったけど――。
「俺は、クロエの邪魔はしない。お前がやらなきゃならないことをやるといい」
「……う、うむ。妾が来ることは、ここの城主も知っておるはずじゃし……。妾は、妾の仕事をするのじゃ……それか、イゼイルへの手向けにもなるじゃろうし……」
クロエは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
俺と葛葉はともかく、クロエとミーリアには休息と時間が必要だろう。
「――こっちもちょっと長旅で疲れてる。仲間に部屋をとってやってくれないか。俺と葛葉が、アルと話をしよう」
「いいえ、私も同席させてください。並の人間よりは丈夫ということは、ご存知でしょう?」
「……ミーリア」
俺がちらりと視線をやると、少し不満そうではあったが、ミーリアは首を横に振った。
「――わかりました、無茶はしません」
「わ、妾は……あ、後で会ってやるのじゃ! 覚悟せいと伝えておいてくれたも!」
「はいはい。んじゃ、俺と葛葉は行こう。二人は任せていいか?」
「はい、お任せください! 謁見の間は以前と変わっておりませんので……!」
俺と葛葉は兵達に礼を言い、城の奥を目指した。
この城は、見た目の大きさとは裏腹に使われている部屋は少ない。ベルトランに吸収された影響で必要以上の人員を動員することは禁じられている。
それが先日の襲撃の城下町西部の壊滅に繋がってしまった。それを踏まえて、人員の増強を要望するとも言っていたが……。
「よ。ゴタゴタしてる?」
謁見の間には人影が二つ。俺の声に反応して、人影は揃って顔を上げ――笑った。
「ええ、とても。……お久しぶりです」
十五歳の幼い王は、少しやつれているようには見えたが、まだ笑顔を作る余裕はあるようだ。
アルバーン・ラインハルト――この世界で初めて出会った、魔術を振るうことができるもの。俺の、最初の弟子だ。
「そりゃ大変だ。……大変な中、元気そうで何より」
「気張らないと、やっていられません。大変ですからね。どっかの誰かさんがいないせいで」
少女は腰に手を当て、ムッとしながら言った。
「まあまあ……。こうしてまたお会いできたんだ。喜ぼうよ。ハリエットとは初対面でしたね。哨戒します。彼女はハリエット・ベルベティ。今回の市街の捜索で偶然見つかった、僕の異母妹です。今は、僕の秘書のようなことをやってもらっています」
「どーも」
ハリエットちゃんは嫌々そうに、小さく頭を下げた。確かに、ショートカットの髪色は兄とよく似ている。
「人手が足りなくて……。でも、とても助かっています。僕なんかよりもずっと優秀で」
「陛下がまだまだ未熟なだけです」
この秘書はなかなか手厳しそうだ。ばっさりな物言いに、思わず俺も葛葉も苦笑する。
「……精進します。っと、それよりもソーマさん。色々お話したいことは山ほどあるんですが」
「山ほど……」
俺と葛葉はたまらず顔を見合わせる。いいことばかりなんて美味い話はあるまい。
「悪いことばかりじゃありません。……ただ、一刻も早く、ご意見を伺いたいことが」
ハリエットちゃんとアルは外に出るよう促した。
「わかった。聞かせてもらおうじゃないか」
「こちとら悪い話には慣れてるしね。何が来ても驚かないよ」
葛葉の言葉は全くもってその通りだ。
世界を救うには問題が山積みなのはよくよく知っている。
短くすると更新ペースも上げられると思います、どうぞよろしく。