第五話
ひと騒動終えて、つかの間の平穏な日々を過ごす『推研』にまた出会いと別れの季節がやってくる。
「えーそれではー部長、副部長。先輩二方の追い出しりんちについてですがー」
自由時間ともいえる部活動の時間を使い、卒業する先輩達の為に計画をねる。
「そうゆうのは俺達のいないところでやって欲しいな」
「陽介!! そこじゃない! 新谷君“リンチ”とか危ないこと言ってるんだよ!」
「あれ? 卒業する先輩を祝い、追い込みをするのが高校生の習わしだと風の便りで聞いたのですが」
「やだよそんなの! 全国規模で卒業式の惨劇を伝統しちゃいかんよ!」
卒業という別れの言葉であっても最後まで笑って送り出そうとするシンヤ君の心意気。多分……面白がっているだけかな。
別れ。今の僕にとっては、卒業する先輩達だけの事ではなかった。その事を先に相談してあった部長がいいタイミングだと合図を送ってくれた。確かに言うなら今がいいかもしれない。
「ごめん、皆ちょっといいかな」
皆といっても、卒業する部長達はもう知っていることであるからこれは同級生あり、これから推研の中心となっていく二人に話すことなのだ。“親友”である二人には一番先に話しておくべきなのはわかってる。でも、“親友”だからこそ話しづらいのだ。
父の転勤が決まり、僕はまた転校することとなった。この学校に入れるのは三月まで。先輩達と一緒に僕もこの学校を去ることになっている。こんな僕でもシンヤ君は明るく見送ってくれる。泣いたりはしない。でも僕は辛いよ。
今までも多くの別れをしてきたけど、今回のは特別だ。なにより特別なんだ。
「伊達ちゃん…………じゃあ、伊達ちゃんもりんちの対象にー」
「新谷君の人でなし!! って、まだリンチの計画は消えてないの!!?」
みんなと出会ってから、一年。いろんな表情を見てきた、喜怒哀楽。その中で、シンヤ君の“哀”の顔は見たことがなかった。いつも明るく楽しく、ふざけている。シンヤ君のイメージはそんな感じ、いつだってそうだ、今だって。何事も楽しくなるようにすればいい、そう言って無茶して叱られて、それでも楽しそうにしていた。
見習いたいけど、僕にはできそうもないよ。一人じゃ楽しくなんて……。
先輩達の卒業式が終わり、まもなく終業式。僕がこの制服を着る最後となる日。
結局、シンヤ君達に引越しの日を教えることができなかった。みんなに見送られたら、僕はきっと泣いてしまうから。
色んな所を転々として、何度となく経験してきた“別れ”。別れがこれほど辛いものだと思ったのは初めてだった。次の行き先でも同じような出会いがあるだろうか? 皆との日々を思い出して泣いてしまわないよう、思考を目先の事へと向けながら最後の荷物をまとめていった。
荷物を積み終わると、引越し業者のトラックが白煙を上げ走り出していく。トラックを見送り、佇む僕とその隣に父。あとは僕達が移動すれば終わりなのだが、父はしきりに時間を気にしている。少しの間があり、父は諦めたように車に向かった。
父の車が僕の前で止まる。残った手荷物を積み、僕も車に乗ろうとした時僕の背に聞き覚えのある声が届いた。
「――がモタモタしてるから遅れたんでしょ!」
「――の足が短いのが原因だな」
「二人共、危ないから前見て走ってっていってるだろ」
僕は、引越しの日を伝えなかった。伝えられなかった。だから変な期待はしないほうがいい、いいのに……どうしても気になり、僕は声の主を確認するために振り返った。
どうして……?
三人がいた。見間違えることはない、僕の大切な友達だ。
「みんな……」
「水くさいぜ! 伊達ちゃん!!」
驚きや嬉しさでうまく声が出なかった。
「伊達ちゃんのね、お父さんから連絡もらったの昨日。急だから焦っちゃったよ」
ミカちゃんは額の汗を拭いながら答えてくれた、僕が聞こうとしていることの答えを。
「俺たちが来たからって泣くなよ」
「まだ、泣いてないよ」
これから泣く宣言かよ! 四人の輪の中に笑いが起きる。いつもの感じ。僕がずっと求めていた大切なモノがここにはある。
笑って、笑って、泣いて。
涙が溢れてきた。止まらない。
「だから泣くなって! それが嫌だから俺達を呼ばなかったんだろ?」
「ごめん、ほんと……、ほんとうに、ありがとう」
うまく話せない僕を、みんなが優しい笑顔でなぐさめてくれる。この涙は、別れを惜しむ涙とちゃんと伝えなかった自分への後悔の涙。だけど、誰も僕をせめたりはしない。こんな自分がとても恥ずかしい、全部が僕の頬をつたって流れていく。
コウヘイ君から受け取った大きい封筒には写真が入っていた。これは、僕への餞別だといって皆で撮った写真。教室で四人で撮ったものや、クラスメート達との集合写真。そして、『推理小説研究会』メンバーで撮った大切な思い出の結晶。ミカちゃんからは、硝子製の写真立て。包装してる時間がなかったと謝っている。写真立てには赤いリボンだけが結ばれていた。
「伊達ちゃん、“サヨナラ”じゃない。“また”だ。だから泣く必要なんてない」
約束だ、また帰ってこい。そう言って僕の背中を押した。
車が走り出す。二人は手を振ってくれている。シンヤ君は腕組をしてこちらを見つめているだけ、でもその瞳は……。
「父さん、ありがとう」
父は何も言わなかった。でも、それが何より僕のことを思ってのことなのだと分かる、だからそれでいいんだ。
ゆるやかに揺れる車の助手席で、もらった写真を一つ、一つ眺めていく。その中の二枚の写真を選び、写真立てに飾っていく。一つは四人で撮ったもの。もう一つは五人で撮ったもの。一番大切な思い出。また、涙が溢れてきた。僕は、壊れないように優しく写真立てを抱きしめ、泣いた。
窓から見える風景が見慣れない景色へと変わっていく。
心残りはない、残す必要はない。また、戻ってくるのだから、約束したのだから。
後ろは見ない、視線を前に向ける。
車がトンネルに入り、周りが暗転する。視線の先に光が見える。トンネルを抜ければまた、新しい光に包まれる。
人の出会いと別れに似てる。僕は、そう思った。
――四月。僕の知らない場所。
でも、今までとは違う。今ままでの僕とは。
大切な人たちとの“思い出”と“約束”を胸に刻み、僕は新しい生活をスタートさせた。
短い間ですがお付き合いありがとうございました。これにて終わりとさせていただきます。本編のオマケくらいの気持ちでつくったのであんまり長くしても…ということです! この話を含め次に、と考えております。ではでは、またよろしくです。