第三話
友達と過ごす時間。これがどれだけかけがいのない時間か、僕は十六歳になって初めて知った。
朝の登校途中に示しあって集まり、他愛のない話をしながら学校へ向かう。話の内容はもっぱら昨日のテレビの話か、昨日家であった出来事とかだ。
授業と授業の間の短い休み時間。次の授業の準備をしながら、授業中に思いついた面白い話を教える。シンヤ君の話は、なんだか妙にリアルなのにふざけているのでちょっと……そう、ちょっとだけ反応に困ることがある。
昼休み。机を四人で合わして、持ってきたお弁当や購買のパンを広げて食べる。シンヤ君がミカちゃんやコウヘイ君のおかずを奪って逃げ回る。ちょっとした戦争の時間でもある。
そして、放課後。
『推理小説研究会』本日の活動場所も、安定の3-B教室。
特定の活動はしていないが、いつも元気な部長とシンヤ君。いつもの変わらぬ風景。
「よーし! 今年の推研の目標は、『部室確保』に決定だ」
僕たちがここに入って数ヶ月が経っている。なぜ今更、今年の目標が決まったのであろうか? 決めるなら普通新学期が始まってすぐに、ではないのであろうか。
目標が決まり盛り上がっているのは、部長とシンヤ君だけ。僕とミカちゃんはついていけず呆けている。
「三年間ずっと同じ事を言っているけど、そういうのは何か行動を起こしてから決めてくれないかな」
副部長の冷めた意見、すごく最もだ。活動内容に乏しい我がクラブが、どう功績を残し学校側に認めてもらうのか? 謎である。
「部長、ここは文芸部あたりに部室共有を求め、隙をみて奪取するのが一番手っ取り早いかと思います」
いつも的確な状況判断ができるシンヤ君だからこその意見、悪いノリに他ならない。
「残念だが、あそこには代々“何故か”敵視されているから準備段階で無理な話だ!」
胸を張る部長。誇らしいことは特にないように思うけど。シンヤ君の意見を鵜呑みにしなかったことだけは良かった。まぁ、実行以前にミカちゃんのキツイ一撃でシンヤ君が倒れ、部長萎縮する流れで全てが収まる訳なんだけどね。
「部長、宣言するのはいいですけど僕たち何か行動してきましたか?」
「毎日イソシンデイルヨ。」
「ナニイッテイルンダイ、伊達チャン。ワレラモガンバッテルンダヨ」
二人共、そんな変な連携プレイはいらないですよ。
「文句ばかり言ってないで、伊達ちゃんも意見を出してくれ!」
僕は文句を言った覚えはないんだけど……。
「学校に認めてもらえるよう、普通に功績を残すことを考えればいいんじゃないの?」
『推理小説研究会』にとっての功績って何すればいいかはわかんないけど。
「普通……か。伊達ちゃん、“普通”って意外と難しいんだぜ。それぞれの人の考え、主観によっての線引きって意味じゃなくて、『“普通”であること』がどれだけのことか? 伊達ちゃん、君はそれを理解して使っているかい?」
時々現れる真面目なシンヤ君。普段はふざけてばかりのシンヤ君が、時々見せる顔。表と裏で表すなら裏の顔とでもいうのだろうか、全体の二割くらいの頻度で登場することがあるシンヤ君の暗い部分。僕の個人的な見解で表裏を決めてしまったが、本来は逆なのかもしれない。
僕は、急に現れた難題に驚き狼狽える。
「自分でも処理しきれない問いを人に押しつけるんじゃない!」
チャンピオンミカ選手、ボディへの鋭い一撃が決まる。シンヤ選手、たまらずリングに倒れ込んだ。シンヤ選手のセコンドが駆け寄る。これで試合終了であります。といった感じの寸劇が今日の演目であるようだ。それを、冷たい眼差しで見守る副部長。僕は見てるだけの観客役といったところか。それでも、自分も劇の登場人物の一人である。そんなことが嬉しい。
それが友達であり、仲間であると感じさせてくれる。僕は、ただただ嬉しい。日常。
夕闇迫るオレンジの空。三人、並んで帰る。
くだらない話に花が咲く。途中で二人とは別れてしまうが、そんな短い時間も僕にとっては大切な時間だ。
「あっ、本屋に寄っていこうと思ってたんだ」
両手を広げて大きさの説明をしていたシンヤ君を遮るように、僕は声を発した。何かを察したのか、シンヤ君は不敵な笑みを浮かべ僕の肩を抱えた。
「伊達ちゃん、制服じゃあ~アレは買えないぜ!」
「伊達ちゃんをアンタと一緒にしないの」
最初は何の話かわからなかったが、二人の会話から推測するかぎりどうやらアレのことらしい。
『いつものこと』な二人。そんな二人を見ていると安心する。変な感情だけど、僕もこの輪の中にいるということが嬉しんだ。二人はありのまま、素の姿を見せてくれる僕の前で。
「じゃあな~伊達ちゃん。車には気をつけるんだぞー、一度私服に着替えてから行くんだぞ~、駅裏が穴場だ!」
声は聞こえないが、ミカちゃんが「やめなさい」って言っていることが表情で読み取れる。どうやらシンヤ君の中では、もう僕はアレを買いに行くということで決定してしまったらしい。
構わないけど、ミカちゃんの前では言って欲しくなかったな。ちょっとヘコむ。
二人に背を向け、本屋に向かって来た道を少し戻って、角を曲がる。
一度、家に戻って自転車で来た方が早い気がしたけど……まぁ、いいか。
住宅街から商店街へと抜ける。目的地はもうすぐそこ、あの角を曲がったらすぐだ。ほら、見えて来た。本屋の看板が見えてきた。その時、僕の耳に鈍い音が届いた。音のする方に目を向ける。何かが倒れる音とうめき声。そっと、音のする所を覗いてみた。
金髪の青年と眼鏡の青年。金髪の人が一方的に眼鏡の人に攻撃を加えている様子が伺える。
――止めに入る? いや、無理だろ。スポーツすらまともにやってこなかった僕には。
その時、頭に浮かんだのはシンヤ君の顔だった。彼ならどうする? 彼なら間違いなく「気に入らない」と言って止めに入るだろう。彼なら、シンヤ君ならそれだけの力があるからできるだろう。でも、僕は、僕には無理だ。彼のようなことができるはずがない。
ポケット入っている携帯を握りしめた。握った手から汗が滲み出てくる。握る手に力が込もり、緊張に似たようなものが手を震わせる。
――警察に。それとも誰か呼んでくるか……。
鼓動が早くなる、しかし、足は動かない。
また、シンヤ君の顔が浮かぶ。
何がそうさせるのか、自分でもわからない。ただ、僕でもなにかできるのではないか? 一人逃がすくらいの時間は稼げるのでは? 甘い考えかもしれないが、人が集まってくると逃げてくれるかもしれない。
面倒くさがりなのに、正義感が強くて困っている人は放っておけなくて、でも少し無鉄砲で、ちょっといい加減で、だけどいつだって真剣なシンヤ君に僕は憧れている。そんな人に少しでも近づきたくて、少しでも自分を変えたくて。
それだけだったのかもしれない。
胸が苦しくてうまく息が吸えない、だから短く深呼吸。
携帯を握りしめていた手をポケットから出し、拳を握る。
僕は、その一歩を踏み出した。
素早く終わらして次に行きたい感が出ている? 気のせいですよ(*´∀`)フフフ