そのうち私の本気を見せてあげるわ。待ってて頂戴。
無言で突き出した刀は、体に触れる寸前で止められていた。
束ねた髪が斬れて足元に転がる。そして、私が落とした刀も。
ひざまづく男は頭が軽くなっても目の前に転がった白刃のきらめきが目を射ても微動だにしない。
「父様、重くて疲れてしまいましたわ」
肩を回し、手をぷらぷらと振ってみせる。遊びにあきた子供の様な声音で。
実際、重さに手はしびれている。手元が狂わないよう細心の注意を払って緊張もしていた。
自分で罰する役目を奪っておいて、随分な言いぐさだと思わないではない。
――まあ! 私、人を刺した事はないの。代わって下さいな。刀を触るのも初めて! 手元が狂ってしまったらごめんなさいね?
実に頭の悪そうな、何とも香ばしいセリフに密かに我ながら鳥肌が立ったが、どうやら皆には気付かれていなかったようだ。
でも許される。どんなわがままも。たとえば、そう、こんな勝手ですら。
「この男は今死にました。だから、私に下さいな」
拾った髪束を父の膝に載せて、無邪気を装って「ねえ、いいでしょう?」と私は笑ってねだる。犬猫の子を欲しがる様に。
仏頂面の父親としばしにらみ合った。私は笑っていたけれど。
「……いいだろう。島田はてめぇにやる」
深い溜め息を吐いた父親が席を立って出て行けば、部下達もそれぞれ庭から屋敷に上がって居なくなる。
「顔をお上げなさいな」
ざんばらになった頭が動き、ゆるりと顔が上がる。たれ目で無害そうなかおだ。でも強情で、そうとは見えないが気が強くて。ああ、そう、そうやって決して誰にも屈しない目が好きよ。
「髪というのは案外硬いの。長く伸ばしておいて正確だったでしょう?」
にっこり笑えばかおをしかめられた。
「お嬢様、」
私は言葉を遮る。
「また伸ばしなさいな。父様はお前を許した訳ではないわ。私におもちゃとして下げ与えはしたけれど」
喉仏のあたりに指で横線をスイと引く。
男は押し黙った。
「取り敢えず美容室に行きましょうね。そんな有様ではお前を連れ歩けないもの。お前も困るでしょう?」
喉元をくすぐるとムッとしたかおで手を払われた。そう、それでいいわ。殊勝なんてらしくない。お前を飼い慣らす事なんて望んでないのよ。
「早く用意なさいな」
「わかりました、お嬢様」
「初めてのデートね。楽しみだわ」
男はからかわれているとでも思ったのだろう、苦虫を噛み潰したかおをして、そうですねと答えた。