みんなで棋譜並べ
「ということがあったのだよ、円ちゃん」
私はケーキを頬張りながら、藤女での出来事を話した。
円ちゃんは、眉間に皺を寄せる。
「ほんとくだらねえな……」
「甘田さんは、高校生になっても、あいかわらずのようですね」
八千代ちゃんも、呆れ気味にそう言った。
ここのケーキは、いつ食べても美味しいね、もぐもぐ。
「それにしても、木原さんは、いいお店を知っているのですね。昼間からケーキ食べ放題とは、知りませんでした」
「駒桜市の飲食店なら、何でも訊いてよ」
食べ歩きには、自信があるんだよね。
焼き肉からスイーツまで、何でもござれだよ。
「で、最近、将棋の調子はどうなんだ?」
「まあまあ、かな」
ネットでは、勝ったり負けたり。
リアルだと、負け越しかな。周りが強いからね。
本を読んだりしてるけど、なかなか難しいよ。
「将棋って、定跡書通りには、いかないんだね」
「そりゃそうだ。ツアー旅行じゃねえんだからな」
円ちゃんはそう言って、コーヒーを飲む。
さっきから、全然食べてないね。ダイエット中かな?
お金がもったいないよ。
「実戦感覚を身につけるには、たくさん指すしかないのかな?」
「棋譜並べという手もあるわよ」
チョコレートケーキを突つきながら、歩美ちゃんはそう答えた。
今日は、1年生会なんだよ。
「きふならべって、何?」
「読んで字のごとし、よ。棋譜を並べること」
「……他人の将棋を再現するってこと?」
「そうよ」
……何か意味あるのかな?
そんなことした経験が……あるね。
「藤井システムのときやったの、あれも棋譜並べ?」
「あれは典型的な棋譜並べね。最初から最後まで、手の意味を考えるわけだし」
ふーん……そっか……。
確かに、ああいうのは、勉強になる気がするね。
「でも、私ひとりじゃ、できないかな」
「そうですね。初心者がひとりで棋譜並べをするのは、少々骨が折れます」
「手の意味が、分かんないんだよな」
だね。解説が必要。
「ひとつ、今から並べてみますか?」
「お、いいな」
え? ……今からやるの?
食べるの優先だと思うんだけど……ま、いっか。
4人いれば、私は傍観できるし。
「何を並べる?」
歩美ちゃんは、ごそごそと携帯を取り出した。
「棋譜は一杯あるけど」
さすが歩美ちゃん、携帯で棋譜を検索する女子高生なんて、滅多にいないよ。
「最近、角道開け四間が流行ってるからな。それにしようぜ」
「冴島さんは純粋居飛車党ですし、面倒でしょうね」
あ、それいいね。
振り飛車党の私も、芸の幅が広がるよ。
「それにしよう」
私は紅茶を飲みながら、盤を取り出す。
最近、ビニール盤を買ったんだよね。これ、丸められるから便利だよ。
「角交換型四間と言えば、やっぱりあの一局でしょ」
歩美ちゃんは携帯をぽちぽちしながら、そう呟いた。
「2010年度王座戦の羽生vs藤井ですか?」
「さすがは八千代ちゃん……あったわ」
「じゃ、俺が先手持つぜ」
「では、私が後手を」
先手が円ちゃん、後手が八千代ちゃんだね。
歩美ちゃんは、棋譜の読み上げかな。
「初手から、7六歩、3四歩、2六歩、4二飛」
「新式角交換型四間ね」
「4八銀か?」
「ま、そう慌てないで……ええ、4八銀だわ。6二玉、6八玉、8八角成」
このタイミングだよね。同銀とさせて、穴熊を阻止。
「同銀、7二玉、7八玉、2二銀」
「7八玉に代えて2五歩だと?」
私はプチシュークリームを食べながら、そう尋ねた。
「そこで2二銀でしょうね」
「2四歩で?」
「同歩、同飛、3三角」
【参考図】
あうあう……飛車と銀の両取りだね。
「7八玉のあとなら、3三角が両取りにならないんだね」
「そういうことね。だから後手も、7八玉には2二銀と上がるわ」
「先手は7七銀だろ?」
円ちゃんの確認に、歩美ちゃんは頷き返す。
「7七銀、3五歩」
「そこを伸ばすか……」
この手の意味は、ちょっと難しいな。
私じゃ分かんないかも。
「急戦調なら3六歩が急所だし、そこを押さえ込む方針でしょうね」
と歩美ちゃん。
なるほどね。それに、3六歩、同歩で、飛車のこびんが開くよ。
「一回2五歩と伸ばすか、あるいは4六歩〜4七銀って感じかね」
円ちゃんは、読みが早いね。指し慣れてるのかな?
「本譜は、その中間。4六歩、4四歩、2五歩」
うわぁ……複雑になってきたよ……。
普通の四間飛車じゃ、見ない形だね。
「4七銀としないのか? 4五歩でどうするんだ?」
「少し考えてみますか?」
八千代ちゃんはそう言って、眼鏡を直した。
私も考えよう、と。もぐもぐ。
……………………
……………………
…………………
………………
「4五歩と突かれたら、同歩と取るわよね」
歩美ちゃんが、第一声を発した。
「そうですね。4六歩と取り込まれては、大損です」
「しかし、同飛のあとで、巧い手があるようにも見えねえが……」
「2四歩と仕掛けますか?」
八千代ちゃんの案に、他のふたりも頷き返す。
私だけ取り残されてるね。勉強、勉強。
「2四同歩、同飛、2三歩、2八飛、3六歩が怖くない?」
歩美ちゃんの読み筋を、円ちゃんたちは再現する。
【参考図】
「なるほどな……同歩は4六角、1八飛、5七角成で、ほぼ終わりか……」
「これがあるなら、2六飛としますか?」
「2六飛ね……」
八千代ちゃんの案に、歩美ちゃんは腕組みをした。
間違って、携帯のボタンを押さないようにね。
「3六歩、同飛、2七角は?」
【参考図】
「うッ……厳しいですね……」
八千代ちゃんは、フレームのつなぎ目を、人差し指で持ち上げた。
「やっぱ2八飛と引いて、3六歩、5六角、3七歩成、同桂じゃねえか?」
【参考図】
「んー、パッと見、良さげだけど、4二飛と引いたら?」
歩美ちゃんの指摘に対して、円ちゃんは眉間に皺を寄せた。
「2三角成だろ?」
「同銀、同飛成、3六歩がキツくない?」
【参考図】
「……その手があったか」
「2五桂なら、3七歩成ですか」
「以下、3三桂成、同桂、同龍、4八とで、先手は駒損が酷いことになるわ」
「だな……じゃあ、2四歩は不成立……」
「待って」
歩美ちゃんは、急にストップをかけた。
みんな、一斉に彼女の方を見やる。
このモンブランも美味しいね。
「何かあったか?」
歩美ちゃんは、顎に手を当てて、盤面を睨んだ。
「……なんだ、簡単じゃない」
「受かりましたか?」
「多分ね。さっきの手順を、組み合わせればいいのよ。2三歩に2六飛と引いて、3六歩、5六角、3七歩成。このとき、3七のと金が飛車に当たってないから、4五角と取れるわ」
【参考図】
「なるほどな……これがあるなら、2四歩は成立してるくせえぞ。本譜は?」
歩美ちゃんは腕組みを止めて、携帯を見直す。
「2四歩、同歩、同飛、3二金。2三歩じゃないわ」
「金で受けるのか?」
「綱渡りですね」
だね。その感覚は、私にも分かるよ。
ちょっと危なっかしいかな。
「いきなり5六角がないか?」
円ちゃんはそう言って、前のめりになる。
タンクトップだから、ブラジャー見えてるよ。危険、危険。
「5六角は4二飛で、まだ何ともないのでは?」
「……そうか。そこで3四飛と回ると、2七角があるのか」
【参考図】
「正解。というわけで、本譜は5八金右と上がるわ。後手は6二金」
変わった囲いだね。美濃でも何でもないよ。
金銀が連結してないから、あんまり堅くなさそう。
「3六歩、同歩、1五角は、2八飛で耐えているということですか」
「そうみたいね。ただ、羽生さんの次の一手は、1六歩だけど」
1五角の防止に見えるけど、歩美ちゃんが正しいなら、必要ないんだよね。
別の狙いがあるのかな?
「ここからの手順は面白いわ。3三桂と左桂を活用したのに対して、5六角。以下、4二飛の引きに、2三歩と打つの」
「機敏だな……3三銀と上がれないタイミングを突いたのか」
円ちゃんは、感心したように頷く。
「さすがは羽生先生、と言ったところですか」
羽生さんって、めちゃくちゃ強いんだよね。
最近、そういうマニアックな情報を耳にするようになったよ。
「当然の3一銀に、1五歩」
「1五歩? ……塚田スペシャルみたいな攻めだな」
「そうね。2四飛型で、端攻めを見せてるわ」
「1四歩からの攻めを喰らっては終わり……後手は攻めるしかありませんね」
だね。1四歩、同歩、同香、同香、同飛は、もうどうしようもないよ。
「パッと見、3六歩だよな」
「2四に飛車がいるので、同歩と取れませんね」
え? 何で?
……あ、4六角だね。
【参考図】
先に両取りが掛かっちゃう。
「そのまま攻め合うのは無理だな……4七歩か?」
「正解。4七歩、4五桂」
「さて、先手は何を指すでしょう?」
歩美ちゃんのクイズに、みんな考え込んだ。
私は紅茶のお代わりを注文する。あと、ミルフィーユ食べよっと。
「1四歩は、手抜いて5五角、1三歩成、3七歩成、同桂、同桂成、同銀、同角成ですか」
「あるいは、1四歩、同歩、同香、同香、同飛、5五角だな。1三にと金を作られると、次に2二とか2二歩成があって、若干怖いぜ」
ふんふん、いろいろ考えられるね。
「これはちょっと、難しいわね。答えは、2五飛よ」
飛車を引くんだ……1四歩からの攻めは、放棄かな?
「放置なら、4五角で桂損か……」
円ちゃんはコーヒーを一口啜る。
「かと言って、3七歩成は、同桂、同桂成、同銀で、局面が完全に収まります」
「なんとなくだけど、これもう、後手が困ってるんじゃないかしら?」
歩美ちゃんはそう言いながら、チョコレートケーキの残りを食べた。
「後手の指し手が分かんねえな。本譜は?」
「本譜は2八歩よ」
へぇ、そこに歩を打つんだ。
同飛なら、4五角がなくなるね。
「同飛は6四角がうざいか……4五角か?」
「そうね。4五角、2九歩成、3六角、1九と」
後手が、香車を先に拾えたね。
歩美ちゃんは後手が困ってるって言ったけど、そうでもないんじゃないかな。
素人の勘だけど。
私がそう思った矢先、歩美ちゃんは次の手を読み上げた。
「ここから、猛烈に厳しい手があるのよね……2二歩成よ」
「歩成り……あッ」
「なるほど、その手がありましたか」
……どこが厳しいのかな? 歩を捨ててるようにしか見えないけど……。
「同銀、3四桂、5二飛、2二桂成、同金は、陣形に差があり過ぎますね」
3四桂……そっか、両取りが掛かるんだね。
「同金、3四桂、3二飛、同桂成、同金か?」
「うーん、惜しい。最後は同飛よ」
「同飛? ……同飛成、同銀、3二飛で?」
「2九飛と紐をつけるわ」
これは、私でも形勢が分かるね。後手が悪いよ。
2二の銀が遊んでるし、王様の堅さも、先手>後手だもん。
あと、ひとつ気付いたのは、6二金が王手銀取りを防止してるんだね。6二金がないと、3二飛、6二銀、2二飛成で、後手劣勢になっちゃう。
「しかし、これ、5二金がめちゃくちゃ厳しいぞ。同金なら、同飛成、6二金、6三角成、8二玉、6二龍で、詰みだ」
【参考図】
ん? 詰んでるのかな?
「7二合駒だと?」
「それは7一龍、同玉、6二金、8二玉、7二金、9二玉、8二金打までだ」
……なるほどね。端歩を突いてないから、逃げ道がないんだね。
「6二金合じゃなくて、6二香合だと?」
私は、別の案を出す。
金を渡すから、いけないんじゃないかな。
「確かに、それなら詰まないわね。ただ、7二金で終わってるけど」
【参考図】
「同銀で?」
「同馬、9二玉、8二銀で必至よ」
【参考図】
9四歩は8一馬。8四歩は8一銀不成。
7一金は同馬で無駄だし……ダメみたいだね。
「だから、7二金に9二玉だけど、7一金と取って終わりね」
うーん、そっか、これも、端からの逃げ道がないパターン。
やっぱり端歩は重要だよ。
「というわけで、5二同金とは取れないから、本譜は8五桂よ」
「6二金から詰まないのですか?」
八千代ちゃんは、訝しげにそう尋ねた。
確かに、詰みそうだよね。
6二金、同銀、8二金、同玉、6二龍、7二合駒、7一銀で。
「同銀、8二金に、6一玉でギリギリ耐えてるわ」
【参考図】
あ……そっちに逃げるんだ……。
「ふむ……それがありましたか」
「先手は、逆に危ないな。7七桂成に同桂は、8九角、8八玉、7八金、同金、同角成、同玉、7九金以下、詰むぜ。かと言って、7七桂成に同玉は、6九飛成だ」
「ま、受けるわよね。6八金寄よ。後手も6一香と補強するわ」
混戦になってきたね。
後手が瀕死に見えたけど、息を吹き返してきた感じ。
このへんは、さすがプロかな。
「どうすっかな……2二の銀は拾えねえし……」
「6六銀と逃げておくのが、冷静では?」
「八千代ちゃん、惜しい……8六銀よ」
これも、指されて納得な手だね。
わざわざ桂馬と交換する必要ないし。
「そちらでしたか。8四歩と突かれて、お手伝いかと思いましたが……」
「難しいわよね。本譜は桂馬を受けずに、3五歩と打ってるわ」
「同飛成は5二金ですか……そうなると、先手おかしいですね」
「4五角で、いいんじゃないか?」
円ちゃんはそう言って、角を上がった。
「2三角が気になるわね」
歩美ちゃんの指摘に従って、八千代ちゃんは2三角と打つ。
「ふん……同角成、同銀、4二飛成は、5二金、同龍、6二金か」
【参考図】
「手番が後手に移ってしまいますね」
だね。5五角の返し技とか、いろいろありそう。
「うーん……分かんねえな。羽生さんだから、何かあるんだろうが……」
「本譜を進めてみましょうか……4五角、2三角、6二金、同銀、3五飛成」
「ん? 3五飛成? 撤退するのか?」
「放置だと2三角成、同銀、8五龍の狙いではありませんか?」
「あ……そういう……」
八千代ちゃんの指摘に、円ちゃんは納得顔で頷き返した。
観る専パワーが炸裂してるね。
「八千代ちゃん、それだけ強いなら、指せばいいのに」
私は紅茶を飲みながら、八千代ちゃんに話し掛けた。
「いえ、私は強くないですよ」
「でも、手を当ててるよね?」
「それは、プロの棋譜だからです。プロの一手一手には、よほどのポカでない限り、『必ず意味がある』のですよ。そういう信頼のもとで考えれば、自然と手が浮かんでくるのです。もし同じ棋譜を『アマチュアの将棋だ』と紹介されたら、私も、3五龍を単なる撤退と見た可能性が高いですね」
ふーん……そういうことか……。
教科書を読むのと一緒だね。分からなくても、ちゃんと意味があるんだよ。
「このままだと八千代ちゃんの言った通りになるから、後手は4五角と取ったわね。同龍、3三角の打ち直しに、4四金」
「露骨に止めたわね」
「5四金は大丈夫なのか? 俺が10秒将棋なら、そう打つぜ?」
「それは同金、同歩、4四金と打ち直して、5五金に3五龍じゃない?」
【参考図】
「後手は肝心の角筋が止まっちゃってるし、ダメだと思うわ」
「なるほどな」
円ちゃんはコーヒーを飲んで、盤面を戻した。
「じゃあ、5四金じゃないのか?」
「本譜は……あ、ごめんなさい、5四金だわ。ただ、同金に9九角成」
金を取らずに、馬を作るんだね。
「これは、詰めろ?」
私はミルフィーユを切り取りながら、そう尋ねた。
「パッと見、違うよな」
そっか、円ちゃんは、読むのが早いね。
「詰めろじゃないなら、8五銀と取っちゃう? あるいは4四金と逃げる?」
私は、ふたつのアイデアを出した。
他の3人は、じっと考え込む。
「8五銀は、5四歩が詰めろかもしれないわね。いきなり8八金は詰まないけど、7七香、同金とさせて、8九馬、同玉、6九飛成、7九合駒、9九金、8八玉、9八金打……っと、勝手読みだったわ。8九馬に6八玉ね」
【参考図】
これは……詰んでないけど……。
「先手が悪い?」
私の質問に対して、みんなすぐには答えなかった。
「どうだろうな……駒割りが複雑なんだよな……」
「金と桂2枚の交換じゃない?」
「金と桂2枚……そっか、そういうことになるな」
「後手は6五桂の狙いがありますし、先手が若干不利だと思います」
「だが、受け切られたら、後手は即潰れるぜ?」
「受けきれますか? 7八金引なら、7七桂打がありますよ?」
「そもそも、途中の4二龍が正しいの? 適当に選んだ感じだけど」
難しいね。形勢判断が分かれてるかな。
「……この順は嫌だな。5四歩に4四角と、反撃すればいいんじゃないか?」
円ちゃんはそう言って、角を打ち据えた。
【参考図】
「同馬、同龍、5五角が、詰めろ龍取りですよ?」
「おっと、そうか。やばいな。じゃあ、8五銀は却下だ」
あらら、却下されちゃった。悲しいなあ。
「かと言って、4四金の逃げは、全然冴えないわよね」
私たちは、もう一度、長考に入る。
……………………
……………………
…………………
………………
「さっきの手順を、組み合わせてみる? 最初から4四角と打って、同馬、同金。これなら馬を消せて、先手いいように思うけど」
【参考図】
「なるほどな、9九角には、今度こそ8五銀があるぜ」
「4二香が、若干気になりませんか?」
【参考図】
「ぐッ……串刺しか……」
歩美ちゃんも、再び腕を組み直す。
「8五龍、4四香、7五桂、8二金、5六角、7四角……ぎりぎり耐えてるわね」
「両取り逃げるべからず、だ。放置して8五銀は、どうだ?」
「9九角なら、6六角の合わせですか」
【参考図】
「同角成、同歩、9九角、7七角、同角成、同桂は、捕まりそうにないわね」
「ええ、6七〜5六の脱出口ができましたので」
速い、速い。もっとゆっくり考えようよ。
頭が混乱してきたよ。
感想戦で、いつも思うけど、終盤はほんとに手が多いから。
「で、本譜は?」
円ちゃんが尋ねると、歩美ちゃんは携帯を見直した。
「4四角、7七桂打」
「ん? ……寄るのか?」
「あ、思い出しました。これは……」
八千代ちゃんは、目を閉じた。
「疑問手っぽいわよね。同桂、4二香に、8五龍、4四香、7五桂……」
「投了」
歩美ちゃんは最後に、そう付け加えた。
「え? 投了なの?」
私はフォークを止めた。
「ほぼ必至寸前よね。放置は8三龍、7一玉、8二金まで。7四角は、9五桂と追加して、8五角、8三桂左成、7一玉、8二金まで。7一銀と6筋を開けても、8三龍、6二玉、6三桂成、5一玉、5二金まで。全部詰みよ」
「回避するには、6九飛成、同玉、8二金しかねえが、それは後手負けだな」
そっか……飛車を捨てないといけないんだね……。
後手は攻めがなくなって、先手にゆっくり指されて終わりかな。
「7七桂打がポカだった可能性もありますね」
「藤井先生の狙いは多分、同桂、4二香、5三金、同銀、同角成に、8八金の詰みを用意したんじゃないかしら。ただ、桂馬を渡しちゃったから、先に詰む順が発生しちゃったわけね」
「あるいは、この時点で諦めてた可能性もあるわな」
だね。そのへんは、本人のみぞ知る、ってやつかな。
負けと分かってて、詰み寸前まで進めるのを、形作りって言うんだよね。
将棋の雑誌に書いてあったよ。
「面白かったね」
私はそう言って、ミルフィーユを頬張る。
「棋譜並べというのは、面白いものですよ」
八千代ちゃんはそう言って、ケーキの残りを食べ始めた。
「指し将棋、詰め将棋、観戦、棋譜並べ……他にも、将棋の駒を使った遊びは、たくさんあるわ。将棋を楽しむのに、必ずしも指す必要は、ないのよね。私は指し将棋が好きだけど、いろんな遊び方があると思う」
だね。
4月から3ヶ月間続けてきて、そのことはよーく分かったよ。
結論、将棋は楽しい! これからも続けていこうね。バイバイ。
《棋譜》
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=72522
《将棋用語講座》
○棋譜並べ
他人の指した棋譜を、自分で再現してみること。プロの棋譜だけでなく、アマチュア高段の棋譜も、大変参考になることが多い。プロの棋譜は、『将棋年鑑』という棋譜データベースで公開されている(紙媒体と電子媒体の両方がある)。高価なので、将棋部単位で購入することが多い。目的は、「何が流行っているかを知る」「中盤の手筋を学ぶ」「終盤の寄せを勉強する」など、多岐に渡る。将棋ソフトによる解析を併用するのも、有為であろう。
《作者からの挨拶》
『将棋入門一歩前!』は、以上にて完結です。ここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。本作を通じて、少しでも将棋に興味をもっていただけましたら、筆者冥利に尽きるところです。
文庫に換算して、まさかの2〜3冊というボリュームなのですが、それだけの内容は書けたと考えております。駒の動かし方から棋譜並べまで、単体で紹介した著作は、ほとんどないと思います(そもそも、入門書を分冊で出すという構想自体が、出版形態としてありえないので)。図面の量を気にせずに書けたのも、ネットならではですね。
将棋は、日々進化しています。速度計算のあたりは、ほぼ完成されていますが、戦法はこれからもどんどん、変わっていくのではないでしょうか。プロがどのような戦法を採用し、どのくらい勝ち星を上げているかは、『将棋世界』の「勝又教授の勝手に戦法ランキング」で紹介されています。最近は、横歩8四飛型が、相当盛り返しているようですね。ただ、本作で何度も強調したように、プロの将棋とアマの将棋は別、です。プロの真似をする必要は、ありません。ネット将棋は、プロの流行戦法を後追いすることも多いですが、結局は対抗型が花形だと思います。これは、昭和から変わっていない点のひとつですね。
最後に、風車氏から、メッセージなどで誤植を指摘していただけましたので、この場を借りて御礼申し上げます。読者の方々にも、感謝する次第です。宣伝になりますが、他にも将棋関連の作品を書いておりますので、興味がありましたら、ご一読ください。
『こちら、駒桜高校将棋部』
http://ncode.syosetu.com/n8275bv/
※女子将棋部の活躍と成長を描いた、青春小説です。
『古棋探訪』
http://ncode.syosetu.com/n7555cb/
※江戸時代の将棋を、エッセイ風に解説しています。
では、引き続き、将棋をお楽しみください^^




