桂
今日は金曜日、週末だよ。
部室に誰かいるかな?
「こんにちは」
……あれ? 誰もいない。残念。
「いないなら、帰ろっかな……」
「おいーす、遅れちまったぜ」
うわッ! びっくりしたッ!
私が振り返ると、冴島ちゃんが入り口に立っていた。
あいかわらず、学ランを着ている。しかも、頭に「必勝」の鉢巻き。
応援部から直行して来たのかな?
「お、待たせたな」
「ううん、今来たばっかりだよ」
「そっか」
冴島ちゃんは何だか安心したような顔で、部室に上がり込む。
そして、どかりと椅子に座った。
「よーし、宿題はやって来たか?」
「うん、やってきたよ」
「じゃあ、解答を見せてみな」
「ばっちこーいッ!」
まずは、一番簡単な、角金からやるよ。
《角金》
「正解だぜ。ま、こりゃ楽勝だよな」
「そうだね。銀は、ちょっと難しかったかな」
私は金と銀を交換して、盤の上で並べ替える。
《角銀》
「だな。これも正解だ」
昨日、冴島ちゃんに教えてもらったヒントを使ったよ。
王様の移動先を、味方の駒の移動先で埋める、だね。
「香車は飛車と同じパターンだよね。だから……」
《角香》
こうだね。
「よし、じゃあ、角歩はどうだ?」
角と歩はねえ……。
「できないよ」
私は、自信たっぷりに答えた。
冴島ちゃんも、にやりと笑って頷き返す。
「正解だ。角と歩だけじゃ、詰まないからな」
冴島ちゃんはそう言って、箱へと手を伸ばした。
新しい駒かな? 今度は、何だろうね?
「次で、最後の駒だぞ」
「え? もう終わり?」
「8種類もありゃ、十分だろ。……これが、桂馬だ」
これは、全然予測がつかないね。どう動くんだろ……。
「この駒は、ちょっと取っ付きにくいかもな。動き方は、こうだ」
冴島ちゃんは、いつも通り、おはじきで移動場所を示してくれた。
「???」
何だか、変な動きだね。前にふたつ進んで……それから左右にひとつ。
「ハハ、そんな顔すんなって。まあ、最初はちょいとコツのいる駒だ。ところで、複数マス動ける駒の中に、他の駒を飛び越せる例外があるって、知ってるか?」
うん、それは知ってるよ。だって……。
「歩美ちゃんが、そう言ってたよ」
「じゃあ、話は早いな。……ずばり、こいつがそうだ」
へえ、桂馬のことだったんだ。
そう言えば、これが最後の駒なんだから、当たり前だよね。
「どうやって飛び越すの?」
「そりゃ簡単さ。見てろよ」
冴島ちゃんは、歩を3枚取り出して、盤の上に置いた。
これは、飛車とか香車だと、もう動けない状態だね。私でも分かるよ。
「さて、こう囲まれた状態から、桂馬は……」
冴島ちゃんは桂馬を持ち上げて、それを前に移動させた。
「こう動ける。反則なしで、だ」
なるほどね、歩を飛び越せるんだ。
「他の駒なら、何でも飛び越せるの?」
「ああ、王様だろうが角だろうが、何でもな。だから、桂馬を動かすときだけ、『跳ねる』って言うんだ。他は『進める』とか『寄る』とか『引く』なんだけどな。他の駒の上を、ぴょんと跳ねてるイメージだ。覚え易いだろ?」
へえ、この機能って、便利だね。要するに、閉じ込められないってことだから。
「これで、全部覚えたね、ありがとうッ!」
「まあ、そう焦るなって。実はちょっとした裏話もあるんだが……それは置いといて、今日は、これまで勉強した駒を使ったパズルを解いて行こうか」
裏話? 何だか気になるよ。
私は興味津々という顔をしたけど、冴島ちゃんは構わず先を続けた。
「問題だ。これまで勉強した王様以外の駒から任意に2枚選んで、それを使って王様を詰ませてくれ。王様の初期位置は自由。これまでと一緒だな」
うーん、裏話が気になるけど、今日はパズルに集中しようかな。
ただ、その前に……。
「えっと、大川先輩、歩美ちゃんと一緒に、結構やったんだけど」
それに、冴島ちゃんともやったよね。角と飛車を。
私がそう言うと、冴島ちゃんは残念そうに頭を掻いた。
「何だ、そうなのか。じゃあまずは、新しく桂馬のバージョンを潰すか」
「はーい」
桂馬の動きに注意しないとね。
私はもう一度確認して、それから金を持ち上げた。
「今回も、金から行くよ」
《桂金》
「うむ、金はいつも簡単だな。次は何だ?」
「……銀かな」
私は金と銀を持替える。だけど、金と同じ形じゃ詰まないね。
……あれ? 詰まないのかな?
「よーく思い出せよ。逃げ道封鎖の法則だ」
ん? ってことは、詰むのかな?
……………………
……………………
…………………
………………
あ、やっと分かったよ。こうだね。
《桂銀》
「正解だ。桂馬で、王様の右を封鎖だな。次は?」
「うーん……できそうにないのから言ってもいい?」
私の提案に、冴島ちゃんは当たり前と言った顔をする。
「ああ、いいぜ。できないのも、ひとつの答えだからな」
よし、じゃあねえ……。
「歩と桂馬は無理かな」
「だな。歩と桂馬だけじゃ、ちょいと詰まねえ」
「それに……桂馬と香車……桂馬と角も無理かな」
「ん、角は合ってるが……香車は詰むぜ」
え? ほんと?
香車じゃ詰まないと思うんだけど……だって……。
私はおはじきを駆使して、自分の思考を確認する。
「まず、こう置くよね?」
「王様の横ふたつを封鎖か……で?」
「で、残りの1ヶ所を封鎖したいんだけど……赤いところを封鎖するには、桂馬をここに置くしかないよね?」
私は、桂馬を置いた。
「だけど、今度は桂馬が香車を邪魔して、逃げ道が2つ空いちゃうよ?」
駒を飛び越せるのは、桂馬だけだもんね。香車は桂馬を飛び越せないよ。
「なるほど、そこまで分かってんのか。……じゃあ、宿題その1だな」
うわーん、宿題にされちゃったよ。
でも、どうやっても詰まないと思うんだよね。ほんとに正解があるのかな?
「さ、次へ行こうか。飛車はどうだ?」
飛車……飛車は香車より強いから、必ず詰むよね。
あ、でもこうしちゃうと……。
「それは、さっきと同じで詰まないよな」
「……だね」
うーん、何がダメなんだろ? 縦がダメなら……。
「そっか、横にすればいいんだね」
私は飛車の位置を変える。
《桂飛》
「よっしゃ、正解。残りは……桂馬2枚か?」
「そうだね……ただ、桂馬2枚は……」
詰む気がしないね。何か、だんだん感覚的に分かるようになってきたよ。
「ただ、何だ?」
「詰まないんじゃないかなあ?」
私がそう言うと、冴島ちゃんは目を閉じて、深く頷いた。
「それも正解だ。じゃ、桂香だけが宿題だな」
うわーん、ほんとに分かんないよ。何か盲点になってるのかな?
私が桂香のパターンを考え続ける間、冴島ちゃんは他の駒を取り出した。
「お次は、少し趣向を変えるぜ。王様以外の駒から、好きな駒を2枚選ぶ。それを配置して王様を詰ませるわけだが……但し、王様の位置は、オレが決めるぜ。先に動くのは、やっぱりオレの王様だ」
自由度が、ひとつ減ったね。でも、いろんな駒を使えるなら、大丈夫だと思う。
「まずは、これだ……」
ふえ……この位置は、初めてかも……。
「よし、駒を2枚選びな。できるだけ、パターンを多くしてくれよ」
「えっとね……」
私は、駒の山の上で、指をくるくるさせた。
金2枚が、いつも強かったけど……。
あ、今回もいけるね。
「金2枚から行くよ」
《金金》
やっぱり金は強いね。詰ますときは、一番頼りになるかも。
「正解だ。他には?」
「他には……」
そうだ、あの形もあるね。
私は、香車を2枚探して、それを下に並べた。
《香香》
「正解。早かったな」
「香車2枚の形は、歩美ちゃんのときに一回やったんだよね」
王様の位置は、微妙に違うけど、理屈は同じだよね。
「なるほどな……他には?」
他には……銀2枚かな? でも、銀を縦に並べても、詰まないよね?
もっと分かり易く……。
「飛車は香車の代わりになるから、香車と飛車、飛車2枚も詰みだね」
《飛香》
《飛飛》
「正解。……他には?」
え? まだあるの?
「ちょっと待ってね、組み合わせを考えるよ」
えーと、7種類から2枚……飛飛、飛角、飛金、飛銀、飛桂、飛香、飛歩、角角、角金、角銀、角桂、角香、角歩、金金、金銀、金桂、金香、金歩、銀銀、銀桂、銀香、銀歩、桂桂、桂香、桂歩、香香、香歩、歩歩……28パターンもあるッ!
頭がくらくらしそうだよ。でもね、このうち4パターンは調べたから、残りは24。まずは、できそうにないのから潰して行こうッと。
「この王様の位置だと、歩と何かじゃ詰まないと思うんだよね」
「お、そりゃいい発想だ。歩+αの形は、除外してもいいぜ」
だよね。だから残りは、飛角、飛金、飛銀、飛桂、角角、角金、角銀、角桂、角香、金銀、金桂、金香、銀銀、銀桂、銀香、桂桂、桂香の、17パターンだよ。
「できそうにないのを言うよ。えーと……角と角、桂馬と桂馬、桂馬と香車、角と香車は、パッと見た感じ、できないっぽいかな」
「角角、桂桂、桂香、角香……ああ、合ってるぜ」
「それから、飛と桂馬……っていうか、桂馬+αは、全部できないんじゃないかな?」
私の予想に、冴島先輩は大きく頷き返した。
やったね。これでかなりパターンが減ったよ。残りは、飛角、飛金、飛銀、角金、角銀、金銀、金香、銀銀、銀香の、9パターン。3分の1以下になったね。
こうなったら、後はシラミつぶしだよ。
「飛車と角は……無理かな」
「だな、この場合は無理だ。上下に2通りの逃げ方があるぜ」
「それに……銀銀もできないよ。サイドがスカスカだから」
「正解。そろそろ分かって来たんじゃないか?」
うーん……一番詰みそうなのは……。
あ、分かったよッ!
「飛車と金だね」
《飛金》
なんで気付かなかったんだろ。上下逆さまに考えてたからかな?
金と飛車の位置を交換すると、上に逃げられちゃうもんね。
「気付いたな、正解だ。他はどうだ?」
まだあるみたいだね。残りは、飛銀、角銀、金銀、金香、銀香。
「……金香と角銀は無理みたいだね。後は……銀香も無理かな?」
私の呟きに、冴島ちゃんはぴくりと眉を動かした。
「待て……銀香はできるぞ」
あれ? そうなの? じゃあ、銀香は詰むんだ……。
私は、じっとボードを睨む。
銀香……銀香……。
「おっし、残りは宿題その2にするか。何が残ってる?」
「えーと……金香、角銀は詰まないんだよね?」
「ああ、そいつは詰まねえ」
「じゃあ、飛銀、角金、金銀、銀香の4つだよ」
「ちょうどいいな。それぞれについて、できるかできないか考えてくれ。じゃ、王様の位置を変えるぜ」
冴島ちゃんは、王様を持ち上げて、今度は隅っこに置いた。
これは隅っこだけど……いつも私が置いてる場所と違うね。私はいつも、左奥だもん。
何か違うのかな? 一緒な気がするけど。
「よし、さっきと同じ要領だ。こいつを詰ませてみな」
「いいよ。やっぱり、金2枚からだよね」
《金金》
「同じ理屈で、金を使うパターンは全部詰むよ」
私の一言に、冴島ちゃんはしかめっつらをする。
「ブーッ、外れ……全部じゃないぜ」
あれ? 違った?
私はボードを見る。
えーと、飛車と金は、似た形で詰むよね。金と香車も詰むし、金と歩も……。
「あ、ごめん、金と桂馬は詰まないや」
私は確認のため、駒を並べた。
「だな、こいつは金を取りながら逃げられるぜ」
「ってことは、金と角もダメだね」
……あれれ? 冴島ちゃん、また渋い顔してるよ。
「それも間違いだな……確かに、その形では詰まねえが……」
つまり、この形以外で詰むんだね。考えるよ。
……あ、簡単だね。
「ほんとだ、詰むね」
《角金》
「言い直すよ。金を使うときは、パートナーが桂馬のときだけダメ、だね」
「よし、正解だ。他には?」
他には……。
だんだん、コツが分かってきたよ。強い駒から考えた方がいいんだよね。
だから次は……。
「飛車も結構詰むと思うよ。飛車と飛車、飛車と金、飛車と銀、飛車と香車、飛車と歩。これは全部詰むよね。金はさっき言ったし。で、飛車と桂馬は、やっぱりダメだよね」
「じゃ、飛車と角は?」
「金角と同じ形で詰むよ」
「ほんとか?」
冴島先輩は、にやりと白い歯を見せた。
うん、これは間違いだって言ってるね。ちょっと並べてみようか。
「……間違いだね。じゃあ、飛車と角は詰まな……」
「ほんとーにそう思うか?」
……え、詰むの? 形を変えれば詰むのかな?
考え中……考え中……。あ、発見。
「マスをひとつずらせばいいんだね」
《飛角》
「いいぞ、正解だ。……っと、時間もねえし、とりあえずできなさそうなのはどれだ?」
応援部に行くのかな。冴島ちゃんも、大変だね。
できなさそうなのは……。
「歩は、金と飛車以外はダメかな。香車も、金と飛車以外はダメそう。桂馬は……全部ダメっぽいね。それから……」
「それだけ除外できりゃ十分だ。残りは宿題その3にするぜ」
うわーん、宿題が3つも出ちゃったよ。
でも、明日は学校が休みだし、次は月曜日だね。ゆっくり考えるよ。
「じゃ、また月曜にな」
「冴島ちゃん、バイバーイ」
【今日の宿題】
〔1〕
上の図において、香車と桂馬をそれぞれ1枚ずつ配置し、王様を詰んだ状態にしなさい。
なお、王様が先に動くものとする。
〔2〕
上の図において、以下の駒の組み合わせで王様が詰んだ状態になるか、検討しなさい。
1、飛銀
2、角金
3、金銀
4、銀香
なお、王様が先に動くものとする。
〔3〕
上の図において、以下の駒の組み合わせで王様が詰んだ状態になるか、検討しなさい。
1、角角
2、角銀
3、銀銀
なお、王様が先に動くものとする。
《将棋用語講座》
○進む、寄る、跳ねるetc...
駒の動かし方の呼称には様々なものがあり、ルールで決められているものもあれば、
慣習的にそうなっているものもある。
「桂馬を跳ねる」は慣習的な用例であり、棋譜(ゲームの正式な記録)においては、
この用語を使うことはないものの、頻出単語であるから、覚えておいて損はない。
特定の駒とのみ結びつく動詞には、他に以下のものがある。
・歩を突く(歩が前に出るときのみ、「突く」と呼ぶ)
・香車or飛車を走る(おそらく、車のイメージから)
「金を突く」「歩を走る」などとは言わないので注意。