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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
対局してみよう!
59/60

ネットで対局してみよう

「うわ、凄いッ!」

 それが、私の第一声だった。

「新しい部屋が手に入ったからね。姫野(ひめの)様々だよ」

 私の後ろで、甘田(かんだ)さんがイヒヒと笑った。

 その笑い方は、男子への好感度が下がるよ……まあ、ここは女子高なんだけど。

 そう、私は藤花(ふじはな)女学園の将棋部に、お邪魔しているのだ。うちと違って、エアコンにパソコン完備の、凄いところだよ。さすがは、お嬢様学校だね。

「お気に召して、いただけましたかしら?」

「うにゅ?」

 知らない女性の声に、私は振り向いた。

 ……あれ? 胸しか見えないね。私は顔を上げる。

「あなたが、駒桜(こまざくら)市立(いちりつ)の、木原(きはら)数江(かずえ)さんですわね?」

 うわぁ……奇麗な人。

 ザ・大和撫子みたいな感じだね。黒髪で細身。

 170センチ以上ありそうだから、3年生かな?

「こ、こんにちは」

「彼女が姫野(ひめの)咲耶(さくや)ちゃんね。1年生だよ」

 甘田さんはそう言って、目の前の女性を紹介した。

 え? ……1年生なの?

 そうは見えないけど……。

「新人戦の会場で、お見かけ致しましたわ」

「私を?」

 姫野さんは、こくりと頷き返す。

駒込(こまごめ)さんの後ろに、立っていらっしゃったので……」

歩美(あゆみ)ちゃんの?」

 ……あ、思い出したよ。

 2回戦で、歩美ちゃんと指してた人だ。

 あのときは将棋に集中してて、あんまりインパクトがなかったんだね。

 私がそんなことを考えていると、姫野さんは甘田さんに向き直った。

「わたくしは用事がございますので、戸締まりをよろしくお願い致します」

「今日は猿渡(さわたり)さん来るし、彼女に任せていいんじゃない?」

「先輩を使うのは、あまり感心致しませんが……」

「大丈夫だって」

 姫野さんは軽く首を捻り、それから部室を出て行った。

 甘田さんと、ふたりきりになる。

「将棋指す?」

「そうだね」

 ふたりで遊べるゲームだもんね。っていうか、ここ将棋部だし。

 私たちは盤を用意して……。

「失礼します」

 いざ勝負というところで、誰かが扉を開けた。

 振り返ると、眼鏡を掛けた、気難しそうな女の子が立っていた。

 ……八千代(やちよ)ちゃんタイプかな?

 女の子は私に、不審な眼差しを投げ掛ける。

「どなたですか? 制服からして、市立(いちりつ)のようですが……」

「あ、この子はね……」

「木原数江って言います。はじめまして」

 私が挨拶すると、女の子は少し目を瞑り、眼鏡を上げ下げした。

「甘田さん、他校の生徒を勝手に入れるのは、どうかと思います」

 えぇ……厳しいな、この人。上級生かな?

「猿渡先輩、そんなこと言わないでよ。少しくらい、いいじゃん」

「甘田さん、入学時から注意しているのですが、なぜタメ口なのですか? 私は2年生なのですよ? それどころか、3年生の方々にも、失礼が多く……」

「高校生なんて、お互いに1つ、2つしか違わないし、オッケー」

 よ、よくないと思うな……。

 そういうアメリカンな感覚は、日本だと通じないよ……。

 猿渡さんは、半分諦めているのか、軽く溜め息を吐いた。

「……ところで、部誌の『藤花(とうか)』の編集は、終わったのですか?」

「まだだよ」

「まだ? ……締め切りは、今月末なのですよ。今すぐやってください。私は用事があるので留守にしますが、サボらないようにお願いします」

「はーい」

 猿渡さんは、部室から出て行った。

 甘田さんはちぇっと言って、席を立った。

 この様子だと、対局はナシかな?

「パパッとやるから、パソコンで遊んでてよ」

「了解」

 私は、パソコンに座り直す。

 どうしようかな……さすがに、動画とかはちょっと観れないね。

 履歴に残ると面倒だし、履歴を消すと、逆に怪しまれちゃうかも。

「これ、24(にーよん)に入れる?」

「入れるよ」

 私が尋ねると、甘田さんはそう返してきた。

「っていうか、そのためのパソコンだしね」

 あ、そうなんだ……ブックマークに入ってるね、将棋倶楽部24が。

 じゃあ、私がネット将棋指しても、文句は言われないね。

 早速、ログインするよ。

 私は24にログインして、15分将棋にセットした。

 24は、早指し将棋もあるけど、短過ぎて、ついていけないんだよね。

 クリックミスも怖いし。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ピロン

 あ、対戦相手が来たね。

 私が承諾ボタンを押すと、早速対局が始まった。


挿絵(By みてみん)


 私が先手だね。

 相手は……A.Mizuho@Uさんか。

 この人、対局したことがあるよ。いい勝負なんだよね、15級同士。

 じゃ、序盤はポンポン指そうか。

 7六歩、3四歩、6六歩、8四歩、6八飛、8五歩、7七角。


挿絵(By みてみん)


 見事な対抗型だね。

 6二銀、7八銀、4二玉、6七銀、3二玉、1六歩。端を打診するよ。

 Mizuhoさんは1四歩と突き返して来た。急戦かな?

 4八玉、5四歩、3八銀、5二金右、5八金左、7四歩。


挿絵(By みてみん)


 うん、やっぱり急戦っぽいね。3九玉と引いて……4二銀だね。2八玉、5三銀左、5六歩、4二金直、4六歩……んー、難しいな。いろいろ変化があったんだよね、このへん。5六歩とか4六歩は、突かない方がいいこともあるし……。

 Mizuhoさんは6四歩。


挿絵(By みてみん)

 

 うわ、4五歩早仕掛け(後手だから6五歩かな)だよ。嫌なの来たね。

 私は9八香と上がって、手待ちしてみた。4七金の高美濃は、横からの攻撃に弱くなるからね。普通の美濃の方が、いいと思う。本だと4七金を推奨してるけど、私じゃ支えきれないんだよね。勝率が悪いよ。

 Mizuhoさんは当然の6五歩。同歩は7七角成、同桂、7九角で、いきなり悪くなるから、取らずに3六歩かな? 9六歩でも、良さそうだけど……3六歩にしよ。

 Mizuhoさんは、7三桂。4五歩早仕掛けの常套手段だね。9六歩と手待ちして……むむ、9四歩と突かれちゃったよ。手番が戻ってきたけど……3七桂かな?


挿絵(By みてみん)


 この交換は、私が得した気がするね。あとで4五桂跳ねが成立しそうだし。

 Mizuhoさんもついに開戦で、8六歩、同歩、6六歩と取り込んできた。

 同銀、6五歩に、強く同銀と取って、同桂、同飛、7七角成、同桂。


挿絵(By みてみん)


 激しくなってきたね。

 Mizuhoさんは、1分ほど考えて、8七角。

 私は長考に入った。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 どうするんだっけ?

 8五飛のぶつけでいいのかな?


挿絵(By みてみん)


 (※図は数江ちゃんの脳内イメージです。)

 

 同飛、同桂、8九飛(9九飛は6六角があるよ)、8一飛、7六角成、6七歩、7五馬だと……次に3九銀があるね。菅原くんに教えてもらった筋。同金は同馬、1八玉、1七金で即死だよ。

 ただ、6六角と打てば、それが1一角成を狙ってるから、同馬、同歩と消せるね。

 ……これで、いいかな。定跡から外れてる気もするけど。6三歩と叩いて、同銀から何かする展開も、あるんだよね、確か。っていうか、そっちが定跡だったかな? 6三歩、同銀に7三角、8一飛……ダメだね。7三角に代えて8五桂は、7六角成、7三桂成、6五馬、8二成桂、8九飛、6七歩、7五馬……やっぱり後手の方が速いかも。うにゅにゅ。

 私はさらに1分考えて、6三歩の順を深く読んだ。そして、諦めた。

 複雑な定跡よりも、マイペースが大事。8五飛ッ!

 私が飛車をぶつけると、Mizuhoさんの指した手は……。


挿絵(By みてみん)


 えぇ!? そこに銀を打つの?

 Mizuhoさん、持ち駒がなくなってるよ。

 6五飛くらいで……あれ? そこで7六角成だと……。


挿絵(By みてみん)


 (※図は数江ちゃんの脳内イメージです。)

 

 ……手がないね。桂馬を逃げられないし……。

 あうあう、8四銀は好手かも。

 私は1分ほど考えて、2五飛と逃げた。

 

挿絵(By みてみん)


 ここに飛車を逃げる手が、本に載ってた気がする……ただ、これと同じ局面じゃ、ないと思うんだよね。どうしよう。

 Mizuhoさんは、普通に7六角成。私は4五桂と跳ねた。

 4四銀に2六桂と繋げる。

 次に7七馬〜3三桂打で、飛車が死んじゃうからね。急がないと。

 Mizuhoさんは、悠々7七馬。私は6四角と打った。


挿絵(By みてみん)


 めちゃくちゃな攻めだけど、頑張るしかないよ。

 多分、7三銀引だと思う。飛車先が通るからね。

 ……うん、やっぱりそうしてきた。

 私は4二角成と切った。

 相手はびっくりしたのか、しばらく指し手が止まった。同玉は、2三飛成だよ。さらに3四桂と畳み掛けて、何とかなるんじゃないかな。入玉が怖いけど……。

 Mizuhoさんは、同金と取って来た。3四桂ッ!


挿絵(By みてみん)


 攻めが通り始めてないかな、これ?

 放置なら4二桂成、同玉、2三飛成だし、うっかり4一金は2二金の一手詰め。3三歩の場合を考えてるけど……ん? 5二金?

 ……あ、そっか、これなら2二金でも詰まないね。

 でも、私はそこに金を打つしかないかな。2二金。

 4一玉、2三飛成、8六飛。


挿絵(By みてみん)


 面白くなってきたよ。

 私は腕組みをして、パソコンのモニターを睨む。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 あれ? これ、私が勝ってない?

 こうして……。

 

挿絵(By みてみん)


 相手はノータイムで、5一玉と逃げた。

 私は2一龍と入る。

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 ピロン

 

《負けました》


 だよね。詰んでるもん。

 8六飛がうっかりだったね。先に5一玉の早逃げだったよ。

 まだ続くと思ってたから、お互いに時間を余してるね。

 私が5分で、Mizuhoさんが6分。


《詰むと思ってませんでした》


 あ、感想戦だね。

 私はチャットを始める。

 

《8四銀と打たれたときは、悪いかなと思ったんですけど》

《でも、2五飛から攻められちゃったんで、そうでもないんじゃないですか?》

《3七桂〜4五桂と跳ねれたのが、大きかったです》

《こっちは9四歩が要らなかったですね》


 うんうん、9四歩は要らなかったよね。

 端歩を突かれたから、手拍子で突き返したんだろうけど。

 矢倉とか角換わりだと、「突かれたら突き返す」みたいな条件反射だし。

 Mizuhoさんは居飛車党だから、その癖が出たんじゃないかな、と妄想。


《終盤は、どっちが良かったんでしょうか? 僕は入玉できそうですけど》


 そんなこと訊かれてもね……15級だし……。

 ん? 「僕」って書いたね。……男性かな?

 ま、どうでもいっか。私はチャットを返す。


《左が広いから、難しいかもしれないです》

《ですね。ただ、そちらも入玉できそうですが》


 どうなんだろ。1七玉〜2六玉と、出て行くのかな?

 大変そうに見えるよ。

 5一玉と適切に対処されてたら、こっちの負けだったかも。


《定跡を覚えてないんで、途中からよく分からなくなってました》


 うん、それはあるね。私も、よく分からなくなってたし。

 この3七桂を跳ねた形は、あんまり見ない気がするよ。

 やっぱり、3七桂〜4五桂が、居飛車に不利なんじゃないかな。

 ただ、そういう脇道を考えること自体が、練習になるよね、きっと。

 

《ありがとうございました》

《ありがとうございました。また指しましょう》


 私は対局者リストの画面に戻って、一息吐いた。

 結構、疲れるね。私は椅子を動かして、甘田さんに向き直る。

「どう? 順調?」

「順調、順調」

 甘田さんは、いつものニヤニヤ笑いで、スマホをタッチしていた。

 スマホで記事を書いてるのかな?

「ちょっと見てもいい?」

「いいよん」

 私は席を立って、スマホを覗き込む。

「『将棋部部長、他校のサッカー部員と衝撃の異性交際』……? 何これ?」

「何って、そのまんまだよ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

 え? 将棋部の部誌を作ってるんじゃないのかな?

「校内新聞か何か?」

 あるいは、自分のブログを書いてるのかな?

 それでも、あんまり褒められた内容じゃないけど……。

「違うよ。部誌だよ」

「ぶ、部誌にそんなこと書いて、大丈夫なの?」

「へーき、へーき。事実だし。これに姫ちゃんの生着替え写真をつければ、1冊1万円でも売れるよ。繁盛間違いなしッ!」

 甘田さんはそう言って、親指を立ててみせた。

 私は一歩退いて、帰り支度を始める。

「帰っちゃうの? もうすぐ書き終わるから、一局……ん?」

 入り口の人影に、甘田さんはようやく気付いたみたい。

 振り返って、スマホを膝の上に落とした。

「ふ、ふたりとも、用事があったんじゃ……」

「用事というのは、猿渡部長との会議です。……それより、幸子(さちこ)さん、この前、体育の時間に、何かしてらっしゃいませんでしたか?」

 姫野さんは、もの凄く怖い顔で、甘田さんを睨んだ。

「き、気のせいかな?」

「では、その携帯の画像フォルダを、少し確認させていただけませんこと?」

 甘田さんは、スマホをポケットに隠そうとする。

 猿渡さんが、素早くそれを取り上げた。

「証拠品として没収します」

「プライバシー! プライバシー!」

「他人の恋愛記事を書いて、何がプライバシーですか」

幸子(さちこ)さん、この件は、じっくりと……」

 さ、さようならッ!

 私は鞄を持って、部室を飛び出した。

《将棋用語講座》

○ネット将棋

ネットを通じて対戦する将棋のこと。将棋を指せる有料・無料サイトは複数ある。対局相手を簡単に見つけられるという利便性の他に、レーティングを用いた実力判定が売り。ただ、マナーに関してはいろいろと問題が多く、暴言、途中切断(負けそうになったら、中断して逃げること)、ソフト指し(本人は指さずに、コンピューターに対局させる不正行為)などが挙げられる。基本的には、あまり気にしないのが吉であろう(サイトによっては、通報窓口が存在し、アクセス禁止処分になるところもある)。



場所:藤花女学園愛棋会の会室

先手:木原 数江

後手:匿名さん

戦型:6五歩早仕掛け


▲7六歩 △3四歩 ▲6六歩 △8四歩 ▲6八飛 △8五歩

▲7七角 △6二銀 ▲7八銀 △4二玉 ▲6七銀 △3二玉

▲1六歩 △1四歩 ▲4八玉 △5四歩 ▲3八銀 △5二金右

▲5八金左 △7四歩 ▲3九玉 △4二銀 ▲2八玉 △5三銀左

▲5六歩 △4二金上 ▲4六歩 △6四歩 ▲9八香 △6五歩

▲3六歩 △7三桂 ▲9六歩 △9四歩 ▲3七桂 △8六歩

▲同 歩 △6六歩 ▲同 銀 △6五歩 ▲同 銀 △同 桂

▲同 飛 △7七角成 ▲同 桂 △8七角 ▲8五飛 △8四銀

▲2五飛 △7六角成 ▲4五桂 △4四銀 ▲2六桂 △7七馬

▲6四角 △7三銀引 ▲4二角成 △同 金 ▲3四桂 △5二金

▲2二金 △4一玉 ▲2三飛成 △8六飛 ▲3二金 △5一玉

▲2一龍


まで67手で木原の勝ち



《補足》

現在主流の形は、5六歩を突かずに5六銀と覗く、藤井新手だと思います。ただ、それで居飛車必敗というわけでもありません。持久戦全盛の今では、急戦にお目にかかること自体、少ないかもしれません。ちなみに、8六歩に同角と取る形は、1五歩、同歩の交換からムリヤリ一歩入手する郷田新手があるため、現在ではほぼ死滅しています。

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