横歩取り(3三角型)
「横歩で16手目に3三角と上がるのが、現在主流の3三角型だ」
【横歩取り3三角戦法】
角で受けるんだ……。
「3三桂のときも思ったけど、歩は打たないんだね」
「横歩では、歩打ちをなるべく省略するな。理由は単純で、2筋や3筋に歩を打つと、攻めが成立しなくなるからだ。打つのは、『そうしないと絶対に受からない』ときに限られる」
ふんふん、よく分からないけど、歩のストックが重要なんだね。
「この形は、いきなり角交換する?」
「いいセンスしてるが、ちょいと危ないな。同桂の瞬間、飛車が宙に浮いてる。まずは3六飛と引いて、7六の歩を防御しながら、位置を安定させるぜ」
なるほどね、これはいい手っぽいよ。
7六飛とできないから、先手の歩得が一時的に確定だね。
「後手はどうするの?」
「後手も飛車の位置を安定させたいんだが、先に2二銀が定跡だ」
これは……よく分からないね。
3筋を受けてるのかな?
「6二銀とかじゃダメなの?」
角換わりや矢倉だと、先に右銀を上がってた気がするよね。
「それは2六飛で困るぜ。以下、2二銀、3三角成、同桂、2一角」
「馬を作られるか、飛車を成り込まれるかで、終わりだ。3一金なら4三角成。そこで8九飛成と飛び込むと、2二飛成が詰めろで、同金とできない。4二銀の一手詰めだからな。4一玉なら3二角成、同玉、4二金、同玉、2二飛成」
私は順番に、筋を追った。……どちらも、後手敗勢っぽいね。
ただ……。
「2六飛に2三歩で良くない?」
「それは2筋からの攻めがなくなって、後手不満だ」
なるほどね、2五歩とか2八歩とか、全部なくなるもんね。
「了解。先に2二銀だね。先手は?」
「ここからは、かなり分かれるぜ。昔多かったのは、8七歩だな。後手の対応も2通りで、ひとつは8四飛」
【3三角戦法8四飛型】
「これは昔からある形で、今でも指されてるな。飛車で3四を守る意味もあるし、いざとなれば2四飛と回って攻めることもできる。但し、角打ちには注意だ」
だね。飛車に紐がついてないから、うっかりすると危ないよ。
「もうひとつは?」
「もうひとつは、90年代に中座真プロが開発した、8五飛」
【3三角戦法8五飛型】
「一時猛威を振るった形だが、最近はそうでもないな。8四飛が見直されてるぜ」
……違いが分からないかな。
「なんか違いがあるの?」
「8四飛で3筋を守ると、7四歩と突きにくいだろ?」
「……ごめん、その理由も詳しく」
「7四歩が、8四飛の横利きを消してるからだ」
横利き……あ、そっか。
7四歩と突いた瞬間は、3筋の防御が解除されてるね。っていうか、6四歩、5四歩、全部そうなるよ。後手は、歩を突けない形になっちゃう。
「でもさ、8五飛だと、3筋をそもそも防御できてないよね?」
「いや、そんなことはないぜ。3筋を攻めるってことは、3六歩〜3五歩〜3四歩って突くわけだろ?」
「うん」
「8五飛なら、3五歩の瞬間に、同飛と取れるからな」
……そっか。単純だね。五段目でも、3筋の防御には、なってるんだ。
「だったらさ、もっと昔からあっても、よくない?」
私が尋ねると、円ちゃんはニヤリと笑った。
「そう簡単じゃないんだ。以下、2六飛、4一玉、3三角成、同桂、9六角」
「この角打ちで、後手が凌ぎきれるか、が焦点だ」
うわ……これは厳しそう……。
「角が成れちゃわない?」
「ああ、成れるな。以下、6五飛、6六歩、6四飛、6五歩、8四飛と追っ払って、6三角成と成り込める」
ダメじゃん。これはもう、形勢を損ねてないかな。
でも、これでダメなら、8五飛戦法自体が、ないことになっちゃうから……。
「何か凌ぐ方法があるの?」
「そこが、中座プロの閃きなんだな。まず5二金と受けて2七馬と引かせ、そこで4四角と飛車香両取りを掛けるんだ」
8八銀なら2六角で、飛車をゲットだね。
「……これで後手優勢?」
「いや、2四飛があるぜ」
「2四飛? 9九角成で?」
「それは飛車を抜いて勝ち」
あ……こんな手が……。
横歩って、なんだか凄い空中戦。アクロバティックだよ。
「じゃあ、先手もまだ頑張れるね」
「ああ、だけど2三銀として、以下4四飛、同歩とした局面は、後手有利だな」
「少なくとも、悪くはない。これで、8五飛は成立することが証明されたわけだ」
なるほどね、これぞコロンブスの卵だよ。
みんなが無理だと思ってても、やればできるってやつだね。
「8五飛に、先手はどうするの? 3筋を攻撃できないんだよね?」
「次に2五飛とされると困るから、2六飛が多い。以下、4一玉、5八玉、6二銀、3八金に、5一金と組んだ形が、かつての主流だな。4八銀、7四歩、3六歩、7三桂、3七桂が進行の一例だ」
「ちなみに、先手の囲いを中住まい、後手の囲いを中原囲いと言う。中原囲いは、中原誠十六世名人の発案だな。戦後に作られた囲いの中では、一番優秀とも言われてる」
「あれ? 穴熊は?」
これ、穴熊より堅いようには、見えないよね。
「穴熊は、戦前からあるぜ。体系化されたのが、戦後ってだけだ」
へぇ、そうなんだ。
江戸時代からあるゲームに、新しい囲いを追加するって、何か凄いね。
「ただ最近では、後手が中原囲いを放棄して、5二玉と上がる将棋もあるぜ。これは江戸時代にあった形なんだが、また見直されてきてる。8四飛型でも8五飛型でも出てくるな」
「なんで?」
「5二玉〜6二銀〜7二金型だと、飛車を動かし易いんだ。8二角がないからな」
8二角……あ、なるほどね。
中原囲いだと、飛車を8筋から動かした瞬間に、8二角があるよ。
「今度は、先手が中原囲いなんだね」
「お、よく気付いたな。後手が中住まい模様だから、先手は中原囲いにして、堅さを主張するわけだな」
面白いね。先後逆みたいな形になってるよ。
ちがうのは、飛車の位置と手番くらいかな。
「まあ、囲いの話はこれくらいにして、本題に戻るぜ。8七歩、8五飛に対しては、以下、2六飛、4一玉で、5八玉型をさっき説明したな。これ以外にも、6八玉型がある。3八銀+4九金型によくある指し方で、6二銀、3八銀、5一金、3六歩、7四歩、3七桂、7三桂、4六歩」
【6八玉型】
「これが一例だな。後手は7五歩とすぐ仕掛けるか、あるいは5五飛と回る」
「5五飛? ……角筋に出てるよ?」
「同角と取ったら、同角、8八銀、4四角打」
「次に8八角成、同金、同角成か、あるいは2六の飛車取りってわけだ」
あらら、ほんとだ。同時には受けられないよ。
ということは、5五飛に同角は成立しない、と。
「さて、もうひとつ別の指し方がある。山崎プロが考案した、山崎流だ。狙いは単純で、そもそも8五飛とさせない方針だな。3三角戦法で、3六飛、2二銀とされた瞬間、5八玉と上がる。8七歩は打たない。以下、4一玉、3八金、6二銀、4八銀、5一金に、3三角成と交換して、同桂、8八銀」
【山崎流】
「これで、後手は8五飛にできない」
「え? 何で?」
「8五飛なら7七桂と跳ねて、手得だからだ」
7七桂……そっか、桂馬が飛車当たりなんだ。
これがあるなら、最初から8四に引いた方がいいね。
「この戦法は、プロではもう見ないが、アマではよく見るから、覚えといた方がいいぜ。ちなみに、山崎流3八金のところで8七歩、8五飛と引かせて、2六飛、6二銀、3三角成、同桂、7七桂とする、佐藤流もある」
【佐藤流】
「これは山崎流の応用みたいなもんで、8五飛とわざわざ引かせてから7七桂ってわけだ。以下、8四飛に7五歩と突いて、5一金、6八銀、9四歩、8六歩と、左辺を圧迫する」
発想の転換だね。山崎流は「8五飛と引かせない」戦法だけど、佐藤流は「8五飛と引かせて、7七桂とぶつける」作戦。
「この佐藤流が流行ってるの?」
「プロで流行ってるのは、新山崎流の方だ。新山崎流は、すぐに8七歩と打つパターンで、以下、8五飛、2六飛、4一玉、4八銀、6二銀、3六歩、5一金、3七桂」
【新山崎流】
「速攻かな?」
「そうだな。後手が7四歩なら、3三角成、同桂に3五歩と突く」
「3五歩? ……同飛で?」
「同飛は4六角だ」
あ、飛車香両取り……。
「3五歩と伸ばせるなら、8五飛の意味がなくない?」
8五飛戦法って、3五同飛で3筋を守るんだもんね。
「いや、3五歩に4四角と打つのが好手で、難解だな。そう簡単には崩れないぜ。他には、3五歩に代えて、7七桂、8四飛、2三歩、同銀、2四歩、1四銀、1六歩もある」
「次に1五歩で銀が死ぬから、攻め合いになるな」
激しいね。1二銀と引かないのは、銀が完全に隠居しちゃうからかな。
「おっと、忘れるとこだったぜ。8四飛型にも山崎流ってのがあって、それは後手番の戦法だ。8四飛以下、2六飛、5二玉、4八銀、2四飛」
「……同飛?」
「いや、3三角成、同銀、2四飛、同銀、2二歩、同金、2三歩って感じか」
「以下、同金、3一飛、2二金と、かなり激しくなるぜ」
うーん……頭がこんがらがってきたよ。
変化が多いし、どれも即死しちゃう可能性があるから、気を抜けないね。
フローチャートを見てるみたいで、混乱しそう。
「ま、最初はそこまで悩まなくてもいいぜ。山崎流だって、アマチュアの間では、未だに指されてるんだ。プロの最先端を追う必要は、まったくねえよ。気楽に指せや」
「了解」
個人的な感想だけど、横歩が一番覚えゲーに近いかな。少なくとも、一手一手の意味が、他の戦法よりも濃そう。
「横歩は大雑把に見えるが、一手の意味や攻守の方針を把握しておかないと、感覚で指してもどうにもならないことが多い。そのへんも注意だな。初見でいきなり攻めてみろって言われても、どこから攻めていいのか、さっぱり分からないからな」
だね。それは同意。
未だに先手と後手がどう攻め合うのか、見えてこないもん。ムリヤリ矢倉とか先手番一手損戦法を習ったけど、あれをやる人の気持ちが、ちょっとだけ分かったかも。
ただ、面白そうではあるよね。爽快感があるよ。
「で、結局、居飛車党になるのか?」
「……もう少し考える」
私がそう答えると、円ちゃんはハハッと笑った。
「ま、転向は自由だからな。途中から変えられるし、適当に選んだらどうだ」
……かな。少し悩み過ぎたね。
ネット将棋の環境も整ってきたし、そろそろ始めよう、と。
「円ちゃん、ありがとね」
「おう、いつでも訊けよ」
【今日の宿題】
次回は、相振り飛車を扱います。最後の戦法です。
○先手向かい飛車vs後手三間飛車
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=496
※もっともオーソドックスな形。
○先手中飛車vs後手三間飛車
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=13931
※相振りでは中飛車が不利な点を突いた作戦。
○東大流左穴熊
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=75845
※後手が三間飛車なのを見て、居飛車もどきに組み替える作戦。
《将棋用語講座》
○8五飛戦法
横歩で、後手が8五に飛車を引く戦法を、8五飛戦法と言う。かつては、開発者の中座プロにちなんで、中座飛車と呼ばれていたが、なぜかこの呼称は消えた(中座プロは1号局を指しただけで、実質的な改良と普及は、野月プロ、井上プロあたりがやっていたからかもしれない)。非常に猛威を振るった戦法であり、先手で1六歩と突いて、先に8六歩と突かせる先手番2五飛戦法も登場したほど。現在では、先手中原囲いに対して苦戦しており、8四飛型が増えつつある。




