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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(相居飛車)
52/60

相掛かり

「一手損をやったのですか?」

 日替わりランチを食べる私の前で、八千代(やちよ)ちゃんはそう尋ねた。

「うん、やったよ」

「ということは、角換わりも卒業ですね」

 ……かな。よく分からないけど。

 角換わりは変化が多かったし、マスターしてるわけじゃないんだよね。

 卒業って言うよりは、入学できたって感じ。

「次は、何をやればいいかな?」

「残ってるのは、相掛かりと横歩取りだけですか」

「え? ……それで相居飛車の戦法って、全部なの?」

「全部ではありませんが、基本的なものは、それで全部です」

 そっか……変化は多いけど、基本的な作戦自体は、あんまりないんだね。

 矢倉、角換わり、相掛かり、横歩で終わりってことは、4パターンだもん。対抗型の方が多かったかも。振り飛車だけでも、中飛車、四間飛車、三間飛車、向かい飛車で4パターンあるし、それに居飛車側の作戦を掛けるから、10以上になるよ。

「相居飛車の方が、覚え易そうだね」

 私がそう言うと、八千代ちゃんはびっくりしたような顔をする。

 ん? 何か変なこと言った?

「逆です。相居飛車の方が、覚えにくいです」

「でも、4つしかないんでしょ?」

「ひとつひとつの戦法の濃さが違います。例えば、矢倉を本当にマスターしようと思えば、本を何冊も読まないといけません。対抗型のように、良書を1冊読んであとは実戦、とは、なかなかいかないと思います」

 えぇ……それは……困るかも。

 漫画なら1日で読めるけど、将棋の本は無理だよ。

 1週間以上かかっちゃう。

「相掛かりも、そう?」

「……どうでしょうか。そもそも相掛かりは最近、ほとんど指されないですからね。プロはたまに指しますが、アマチュアでは、100局に1回以下だと思います」

「100局に1回以下?……それって、1%以下ってこと?」

「私の観戦歴からして、そうですね」

 ……人気がないのかな?

 あるいは、どっちかが必ず良くなるとか?

 私はヒレカツを頬張りながら、将棋盤を取り出す。

「相掛かりって、こういう出だしの将棋だよね?」

 私は見よう見まねで、駒を並べた。


挿絵(By みてみん)


「そうです」

 多分、お互いに攻撃的な形にしてるから、相掛かりなんだろうね。

 ただの予想だけど。

「ちなみに、金を上がらない形の定跡は、ご存知ですか?」

「知らない」

 私もちょっとだけ、疑問に思ったんだよね。

 どの将棋の本を見ても、金は絶対に上がってるんだよ。

「金を上がらずに2四歩は、比較的有名な定跡です。以下、同歩、同飛、8六歩、2三歩、8七歩成、2二歩成、同銀」


挿絵(By みてみん)


「2八飛、8八と、同銀なら、持ち駒は先手が角と歩1枚、後手は角と歩3枚。後手の方が駒得をしている形になります」

 ……ほんとだ。後手が駒得してるね。不思議。

 先手が先に攻めたはずなのに、手品みたい。

「というわけで、先手は2四歩の前に、7八金と上がります。ここで後手が8六歩なら、同歩、同飛、2四歩、8七歩、2三歩成、8八歩成、同銀」


挿絵(By みてみん)


「さきほどと逆の現象が起こります。以下、8二飛なら、2二と、同銀で、先手が角と歩3枚、後手が角と歩1枚で、後手の駒損です」

 ふえぇ……これも不思議だね。

 先に攻めてる方が悪くなるよ。

「ってことは、先攻しちゃダメなの?」

「いえ、そういうわけではありません。後手が3二金としたところで、2四歩」


挿絵(By みてみん)


「これは成立しています」

 ……だよね。だって、本に載ってるのは、この形だもん。

「どういう原理なの? 何でお互いに金を上がると、攻守逆転するの?」

「それは単純で、以下、2四歩、同歩、同飛、8六歩なら、同歩と取れるからです。このとき、8七歩と打たれても同金とできるのが、金上がりの意味ですね。上がっていない状況では、同歩、8七歩で、角が死にますので」

 ……なるほどね、何となく、分かったかな。

「というわけで、2四歩、同歩、同飛、2三歩と受けるのが定跡です。ここで先手は、2六飛の浮き飛車か、2八飛の引き飛車を選択することができます」


【浮き飛車】

挿絵(By みてみん)


【引き飛車】

挿絵(By みてみん)


「どっちがいいの?」

「どっちもありですよ。最近のプロでは、引き飛車の方が多いですね。浮き飛車は、攻撃を重視した手で、昔はこちらの方が多かったと思います。ただ、2六の飛車が不安定なので、最近のプロは、それを嫌っているのではないでしょうか」

 確かに、3五角とか、いろいろありそうだよね、将来的に。

「浮き飛車の場合は、その攻撃的な陣形を利用して、すぐに仕掛けるものが多いです。例えば、3六歩〜3七銀とする中原流、3六歩〜3七桂として、3五歩から一気に仕掛ける3七桂戦法、7六歩〜7五歩〜7六飛あるいは8六飛と回るひねり飛車などです」


【中原流相掛かり】

挿絵(By みてみん)


【3七桂戦法】

挿絵(By みてみん)


【ひねり飛車】

挿絵(By みてみん)


「中原流の攻めは、4六銀〜3五歩なので、原理は早繰り銀と似ています。ひねり飛車は、石田流の変化と似ていますが、2筋の歩を切っているので、必ずしも石田流と同じではありません」

 矢倉とかより、攻めが早いんだね。

 もっとごちゃごちゃ駒組みするかと思ったけど。

「王様を囲わないの?」

「あ、これはですね、既に囲ってあるのですよ」

「え? 囲ってある?」

 私は盤面を、もう一度見直した。

 ……囲ってないよね。移動はしてるけど。

 私の疑問が顔に出たのか、八千代ちゃんは先を続けた。

「相掛かりの場合は、2筋と8筋の両方が戦場になるので、『なるべくどちらにも移動しない』が正解なのです。これは、相掛かりおよび横歩の特徴のひとつです」

 2筋と8筋が戦場になる……あ、そっか、分かったよ。

 お互いに2筋と8筋でガンガン攻め合うから、そっちに行っちゃいけないってことだね。だったら、4〜6筋あたりに最初から待機してる方が、安全。

「ただ、居玉はダメです。3三桂〜4五桂〜5七桂成などとされたとき、逃げ場がなくなりますので。むしろ王様を5八や6八に上がって、防御に使うわけですね。そのあたりは、横歩で勉強することにしましょう」

 最前線に立つ王様も、かっこいいよ。危ないけど。

「引き飛車の場合は?」

「もっと穏やかな変化になります。一番多いのは、3八銀〜2七銀〜3六銀です」


挿絵(By みてみん)


 これは……棒銀かな?

 でも、棒銀の場合は、2六銀だった気がするね。これは1コずれてるよ。

「ここからどうするの?」

「後手はこの戦法に備えて、あらかじめ8四飛と浮いてあります。ですから、いきなり2五銀と攻め込むのは、あまりうまくいきません。ただ、3六に銀がいると、後手もすぐに4四歩などとはできないので、駒組みが制約されます」

 4四歩? ……あ、4四歩なら、2五銀だね。飛車の横利きが消えちゃうから。

「銀は、ずっとそこにいるの?」

「いえ、4五銀とさらに圧迫して、頃合いを見てから5六銀と撤退します」


挿絵(By みてみん)


「腰掛け銀だね」

 私はサラダをつつきながら、そう答えた。

「その通りです。この一連の手順を、UFO銀と呼びます」

「ゆーふぉー銀? ……未確認飛行物体じゃないよね?」

「そのUFOです。銀がふらふら動くので、そういう名前なのです」

 また見た目系の命名だね。

 将棋は、ほんとにこういうのが多いよ。

「4六歩と突いた形で3六銀と出るのは、本来、鎖鎌(くさりがま)(ぎん)と言う形で、角換わりでも極稀に登場します。状況に応じて、2五銀、4五銀、4七銀と、臨機応変に動かせるのが特徴です。他には、一時的に最大瞬間風速を出した塚田スペシャルという戦法があります」


【塚田スペシャル】

挿絵(By みてみん)


「初手から2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金、2四歩、同歩、同飛、2三歩、2六飛と浮き飛車に構え、7二銀、1六歩、1四歩、3八銀、6四歩、7六歩と角道を開けます。飛車の横利きが消えたので、後手は8六歩、同歩、同飛とし、そこで2四歩」


挿絵(By みてみん)


「再度歩を合わせて、同歩、同飛とすれば、これが2筋の攻めと6四歩のかすめ取りを同時に見ているという寸法です」

 なるほどね、攻撃しながら、歩得を狙ってるんだね。

「これは、成立してるの?」

「残念ながら、成立していません。以下、8二飛と引いて、6四歩をわざと取らせてから、3四歩と突きます」


挿絵(By みてみん)


「え? これって、また同飛と取るよね?」

「それは8八角成、同銀、4五角、2四飛、6七角成、同金、8八飛成です」


挿絵(By みてみん)


「飛車を成り込まれて、一気に終わります。かと言って、3四歩を放置すると、8八角成、同銀、8六角が王手飛車。つまり、6四飛の位置が悪過ぎて、角交換を挑まれると、どうにもならないのですね」

 じゃあ、無理攻めってことだね。

 今では、誰も指さないかな、多分。

「ところで、さっき、相掛かりはほとんど出現しないって言ってたけど、何で?」

「理由は、相掛かりの出だしが、2六歩、8四歩、2五歩、8五歩、7八金、3二金だからです。まず、初手に2六歩と突く人自体が少ないですし、さらに8四歩と歩調を合わせてくれる人は、ほとんどいません。要するに、両者が合意しないと、相掛かりにはならず、その合意が稀にしか成立しないということですね。そもそも、相手が振り飛車党なら、相掛かりにはなりませんので」

 そっか、そう言えば、アマチュアは振り飛車党が多いんだよね。

 どれくらいいるのかは知らないけど、その時点で相居飛車の出現率自体が限定されちゃうし、その中でもオープニングが特殊な相掛かりは、さらに限られそう。

「了解。私は初手7六歩のつもりだし、相掛かりはあんまりやらないかな」

「そうですか。ただ、相掛かりは、攻め合いが面白いですし、横歩に繋がるところもあるので、やっておいて損はないですよ」

 なるほどね、好き嫌いしない方が、いいってことだね。

 私はニンジンを食べながら、そんなことを考えていた。

【今日の宿題】

次回から、横歩取りを扱います。


・横歩取り4五角

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=26046


・相横歩(7七銀型)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=30533


・相横歩(7七桂型)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=34994


・横歩取り3三桂

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=6386



《将棋用語講座》

○相掛かり

江戸時代に開発された戦法で、2六歩、8四歩の出だしから、飛車先を伸ばし合い、早々に交換を行う形を、相掛かりと言う。江戸時代後期には、相掛かりが将棋の主流戦法のような状態になった。その理由として、振り飛車の採用が激減したこと、横歩取りが「悪手」と考えられていたこと、角換わりが整備されていなかったことが挙げられる。しかし、横歩取りが肯定され、振り飛車が復活し、角換わりが整備され始めると、「先手が有利過ぎる」という理由で、逆に相掛かりの方が衰退した。とはいえ、死滅したわけではなく、現在でもプロの間では指されている。アマチュア同士の対決では、滅多にお目にかからない。

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