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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(相居飛車)
51/60

角換わり(一手損)

 というわけで、今日は一手損しちゃう角換わりだね。

 早速、部室に行こうか。

「頼もうッ!」

 私が元気良く挨拶すると……歩美(あゆみ)ちゃん発見。

 安定の出席率だよ。

「歩美ちゃん、こんにちは」

「あら、もう来たの?」

 別に早くはないよ。出社時間なんてないんだし。

「今日は、一手損だよね?」

「そうね……」

 歩美ちゃんは詰め将棋の本を閉じると、駒を並べ始めた。

 向かい側に座って……と。

「一手損っていうのは、正式には角換わり後手番一手損戦法の略称よ。普通は、一手損で通じるから、これからそう呼ぶわね」

 了解。短い方が助かるよ。

「序盤で8八角成とするのが、一手損の骨子よ。普通の角換わりと違うのは、後手が2手目に3四歩と、角道を開ける点ね。以下、2六歩、3二金、2五歩と伸ばされたタイミングで8八角成。あるいは、7八金、8四歩も入れてから、2五歩、8八角成もあるわ」


【5手目2五歩型】

挿絵(By みてみん)


7六歩、3四歩、2六歩、3二金、2五歩、8八角成


【7手目2五歩型】

挿絵(By みてみん)


7六歩、3四歩、2六歩、3二金、7八金、8四歩、2五歩、8八角成


 いきなり、2パターン出て来たね。

「何か違いはある?」

「8四歩と突いてるかどうか、ね」

 8四歩……なるほどね、5手目に2五歩の場合は、8四歩と突いてないね。

「でもさ、どうせ8四歩って突くんでしょ?」

「そういう展開になることも、多いわね。8四歩不突きでしかできない戦法は、例えばここから振り飛車にするとか、そういう変則形だと思う。初心者のうちは、あんまり気にしなくていいんじゃないかしら」

 了解。思考経済だよ。

「で、この一手損する指し方は、何か意味あるの?」

「それは単純。明白な狙いがあるわ。例えば7手目2五歩型から、以下、同銀、2二銀、7七銀、3三銀、3八銀、6二銀、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩、4六歩、6四歩、4七銀、6三銀、5八金、5二金、6八玉、4二玉、5六銀、5四銀。こう進んだと仮定するわよね」


挿絵(By みてみん)


 これは……普通の角換わりじゃないかな?

 腰掛け銀だよね。王様の位置とか、微妙に違うけど。

「これって、ただの腰掛け銀じゃない?」

「じゃないのよね。もう少し進めてみましょう。以下、7九玉、3一玉、3六歩、4四歩、3七桂、7四歩、6六歩、7三桂」


挿絵(By みてみん)


「さて、何が違うでしょう?」

 ……何も違わないんじゃないかな?

 先手は4五歩から、当然仕掛けるよね。それが定跡だし。

「同じじゃない?」

「じゃないのよね。後手は先手の攻めに対して、8五桂とできるのよ」


挿絵(By みてみん)


 え……桂跳ね……あ、そっか。

「分かったよ。8五歩を入れてないから、桂馬を跳ねる余地があるんだね」

「正解。これが、一手損の基本思想よ。簡単にまとめると……」


〔従来の角換わり〕

 手損するくらいなら、8五歩と形を決めた方がマシ


〔一手損角換わり〕

 8五歩と形を決めるくらいなら、手損した方がマシ

 

「こういうことね」

 へぇ、面白いね。従来の考え方と、まったく逆なんだ。

「どっちが正しいの?」

「その結論は、まだ出てないわね。どちらにもメリットとデメリットがあるわ。まず、一手損の主張は、『8五歩を決めなければ、8五桂と跳ねれる』なんだけど、手損していること自体は事実だから、先手棒銀や先手早繰り銀が復活しちゃうの」

「なんで?」

「受けが一手ずつ遅くなるからよ。8五歩と突いていない状態で速攻されると、8六歩からの反撃ができないし、7四歩〜7三桂とする暇もないわ」


【先手棒銀vs後手一手損】

挿絵(By みてみん)


【先手早繰り銀vs後手一手損】

挿絵(By みてみん)


「昨日、先手棒銀に対しては、後手早繰り銀って説明したけど、一手損の場合は、8五歩と突いてないから、6四銀〜7五歩の攻めが、イマイチなのよね」

 なるほどね、手損だから、迎撃態勢が一歩遅れるんだ。

「じゃあ、棒銀で良くない?」

「んー、そう簡単な話じゃないのよね。理論的には、普通の棒銀よりも一手早く攻撃してるんだから、潰せるとしたもんだけど、実戦的には難しいわよ。結局、棒銀って攻め自体が単調だから、対応し易いんでしょうね」

 まあ、銀をニョッキニョッキさせる戦法だもんね。

 最近の本だと、対抗型とかでもあんまり説明されてないっぽいし。

「ちょっと、駆け足になったわね。話を腰掛け銀に戻しましょう。数江(かずえ)ちゃん、腰掛け銀同型で、先手が歩を突き捨てる順番、覚えてる?」

「覚えてるよ。4−2−1−7−3でしょ」

 さすがに、昨日の今日だからね。忘れてないよ。

 歩美ちゃんも満足げに頷いて、先を続ける。

「一手損腰掛け銀では、4五歩、同歩、3五歩が普通かな」


挿絵(By みてみん)


 ……全然順番が違うね。

 最初と最後の歩しか突いてないよ。

「2−1−7は、どこ行ったの?」

「変化は多いけど、一例だけ挙げときましょうか。4−2−1−7−3と、全部突いてみるわね」


挿絵(By みてみん)


「以下、4四銀、2四飛、2三歩、2九飛」

 うん、これが見慣れた局面だね。昨日やったばかりだけど。

「で、6三金でしょ」

「残念……一手損の場合は、8五桂が利くから、6三金の防御不要よ」


挿絵(By みてみん)


 あ……そっか……。

 7四歩と打っても、桂当たりになってないね。

 でもでも、次に7三歩成とできちゃうよ。

「8五桂、7四歩は?」

「それは無視して7七桂成かしら。以下、同金に8五角なんかどう?」


挿絵(By みてみん)


 これは……金取りだね。かつ、6七銀なら、7四角もあるよ。

「7三歩成も飛車当たりだよ?」

「その場合は、飛車を見捨てて5八角成、8二と、6八銀と攻めるわ」


挿絵(By みてみん)


「後手必勝ってわけじゃないけど、これは攻めが止まらないと思う」

 ……かな。8八玉、7七銀成、同桂、7六歩……ダメっぽいね。そこで7一飛としても、2二玉に7六飛成とはできないよ。馬の紐がついてるもん。

「了解。7四歩はダメだね」

「要するに、7筋の突き捨ては、後手の方が得ってことね。7四歩と打てないなら、7筋の歩を突き捨てる意味ないから」

 ふんふん、理解したよ。

 でもまだ、2筋と1筋が残ってるね。

 7筋だけ飛ばして、4−2−1−3じゃダメなのかな。

「1筋と2筋を突かない理由は?」

「それもやってみましょうか。4五歩、同歩以下、2四歩、同歩、1五歩、同歩、3五歩の順に突き捨てて、後手は定跡通りの4四銀。先手が2四飛、2三歩、2九飛と引いた瞬間、6五歩があるかも」


挿絵(By みてみん)


 え? 6五歩? ……狙いが見えないかな。

「同歩だと?」

「6二飛から右四間が面白いと思うわ」

 6二飛……右四間……。

 あれれ? 何でこんなことになっちゃうの?

「ねえ、普通の腰掛け銀から、大幅に外れてない?」

「その理由は、簡単。後手は6三金を省略してるから、先手が1二歩と叩いたり3四歩と取り込む暇がないのよ。そしてこれが、1筋と2筋を突き捨てない理由ね。要するに、意味がないってこと。後手に歩を渡すだけだから」

 そっか……3四歩〜1一角の富岡流は、成立しないんだね。

 だったら一手損って、相当優秀なんじゃないかな。

「ちなみに、6五歩を同歩と取らずに6四角なら、冷静に6三金と対応して、8六角、8五歩、9七角、9五歩」


挿絵(By みてみん)


「こんな感じで押していけばいいわ。後手が先攻してる形ね」

 遅ればせながらの6三金が、大活躍してるね。

「というわけで先手は、4五歩〜3五歩という、必要最小限の突き捨てで攻めるわ」

「でもさ……攻めが細くない?」

「細いわよ」

「じゃあ、一手損は、後手有利?」

「後手有利とは言いきれないけど、普通の腰掛け銀よりは、一手損腰掛け銀の方が、かなり指し易いわ。普通の腰掛け銀なら、先手が先に攻めるわけだけど、一手損の場合は、後手からの先攻も可能。だからこそ、先手棒銀とか先手早繰り銀が、再検討されるの。どっちかって言うと、早繰り銀の方が多いかな」

 なるほどね、相手の土俵で戦う必要性は、ないもんね。

「少し分岐にも触れておきましょうか。4五歩〜3五歩の攻めが細いと見るなら、8八玉と王様を囲っておく方法もあるわ」

「8八玉? それって……えーと……6五歩とか無かったっけ?」

「よく覚えてるわね」

 えっへん。記憶力はいいのだよ。社会科の暗記が得意だもんね。

「それは升田定跡のことだけど、この場合は8五歩と伸ばしてないから、必ずしも後手有利とは限らないわ。むしろ、先に6二飛と回る方が多いわね」


挿絵(By みてみん)


「ここでも右四間なんだね」

「そうね。以下、4五歩、6五歩と攻め合うか、あるいは4五歩に一回同歩として、再度守勢に入る順もあるわ。先手が3五歩と攻めて来ても、4四銀、2四歩、同歩、同飛、2三歩で、2八飛と定位置に押し返してから、8五桂、8六銀、8二角」


挿絵(By みてみん)


「この自陣角は、脅威よ。次に6五歩が桂当たりだから」

 桂当たり……そっか、3七角成を狙えるんだね。怖い角だよ。

 あと、ひとつだけ気になったのは……。

「2九飛じゃない理由は?」

「この局面で2九飛は、3八角、3九飛、2七角成に2五桂と跳ねたとき、3四歩と取り込んでないから、攻めが繋がらないわ。これも、一手損の効果ね」

 そっか、3八角があるんだね。

 普通の腰掛け銀だと、3四歩と取り込んであるから、2五桂〜3三歩成。だけどこの局面では、それができないんだ。

「了解。いろいろと難しいね」

「やっぱり、定跡を丸暗記するんじゃなくて、一手一手の意味を考えるのが、いい勉強法だと思うわ。今の2八飛のところでも、丸暗記なら2九飛としちゃいそうだし」

 だね。考えること重要。

「ところで、これって後手番限定の戦法なの?」

「『8五歩を決めない』という意味では、後手番専用。だけど、『角換わりで一手損する』というだけなら、先手でもできるわよ。例えば、7六歩、3四歩、2六歩、3二金、7八金の出だしから、8四歩に2二角成」


【先手番一手損角換わり】

挿絵(By みてみん)


 なるほどね、これは盤が逆さまなだけで、先手が一手損してるね。

「意味は?」

「んー、先手で一手損するのは、多くの場合、『横歩が嫌だから』だと思うわ。もちろん、もっと深く研究してる人もいるんでしょうけど、プロはまず指さないし、消極的な戦法だと思う」

「横歩が嫌? ……どういうこと?」

「仮に2二角成のところで2五歩として、8五歩と伸ばされたら?」


挿絵(By みてみん)


 これは……横歩だね。『羽生の頭脳』で読んだよ。

「一手損角換わりにするか横歩取りにするかは、後手の選択権なのよ。その選択権をムリヤリ奪って、横歩にはさせないのが、先手番一手損の多用される局面かしら」

「居飛車党で、横歩を指さない人、いるの?」

 私の質問に、歩美ちゃんはきょとんとなる。

「たくさんいるわよ。っていうか、居飛車党でも、『矢倉、角換わり、横歩、相掛かり、全部できます』って人は、そんなに多くないと思う。そもそも、アマチュア同士の対戦なら、対抗型の方が圧倒的に多いもの」

 ふーん……ってことは、みんな得手不得手があるんだね。

 ちょっと安心したかな。

「逆に、角換わりが嫌いで矢倉が好きな人は、7六歩、3四歩、2六歩、3二金に、6六歩からムリヤリ矢倉にする手もあるわ。このへんは、手の善し悪しより、駆け引きね」

 うーん、難しいな。

 初手から10手以内にごちゃごちゃすると、神経を使うんだよね。

 疲れたし、今日はここまでにしようか。

「一手損の趣旨は、だいたい分かったかな。ありがとうね、歩美ちゃん」

「どういたしまして」

【今日の宿題】

次回から相掛かり・横歩編に入ります。


・駅馬車定跡

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=11043


・塚田スペシャル

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=9957

※本譜は、塚田スペシャル対策の決定版。


・浮き飛車3七銀戦法

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=9660


・浮き飛車3七桂戦法

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=4834


・先手棒銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=33441


・先手腰掛け銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=19751

※4七銀〜5六銀


・UFO銀

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=6208

※2七銀〜3六銀〜4五銀〜5六銀



《将棋用語講座》

○後手番一手損角換わり

後手が手損して角交換する角換わりは、古くからある。そのうち、淡路仁成プロがとりわけ整備し、プロの間で確立させたものを、後手番一手損角換わりと呼ぶ。狙いは、8五歩を保留して、8五桂と跳ねる余地を残すこと。これは、森内流矢倉に通じるものがある。但し、手損するデメリットも存在し、先手が棒銀や早繰り銀を選択すると、反撃が一手遅れてしまう。一時期は後手有利の評もあったが、研究が進んだ現在では、プロ間で後手の勝率が5割を切るようになった。

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