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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(相居飛車)
50/60

角換わり(腰掛け銀)

 結局、途中式を考えないといけないから、宿題は家でやるハメになったよ。

 歩美(あゆみ)ちゃんが言った答えは、全部正しかったっぽいね。びっくり。

 今日は怒られなかったし、早速部室に行こうかな。

「歩美ちゃん、来たよ」

 ……あ、いたいた。本を読んでるね。私に気付いてないみたい。

 私は歩美ちゃんの肩を突ついて、肩越しに覗き込んだ。

「何読んでるの?」

「将棋の本」

 それは分かってるよ。

 教科書や参考書を読んでるとは、思ってないから。

「タイトルは?」

「『矢倉3七銀分析』の上巻よ」

 上巻ってことは、下巻もあるんだね。

「上巻だけでも、かなり厚いね」

「下巻はないけどね」

「まだ発売されてないの?」

 新しい本なのかな? そうは見えないけど……。

「下巻は『矢倉の急所』って言う別の本になってるわ」

「え? 何それ?」

 大人の事情かな?

 私がきょとんとする中、歩美ちゃんは本を閉じた。

「で、今日は何するの?」

「角換わりの続きをお願い」

「……そう」

 はいはい、すぐに始めようね。

 私は歩美ちゃんの前に座って、駒を初期状態に戻す。

「昨日は棒銀と早繰り銀をやったから、今日は腰掛け銀かしらね」

 かな。よく分かんないけど。

「腰掛け銀は、かなり定跡が整備されてて、その中でも特に重要なのは、角換わり腰掛け銀同型と呼ばれている手順よ。ちょっと長いけど、順番に並べましょう。初手から7六歩、8四歩、2六歩、3二金、7八金、8五歩、7七角、3四歩、8八銀、7七角成、同銀、4二銀」


挿絵(By みてみん)


「ここまではいいわよね?」

 昨日勉強した、角換わりの出だしだね。

「いいよん」

「ここから3八銀、7二銀、9六歩、9四歩、1六歩、1四歩と端を突き合って、4六歩、6四歩と、それぞれ中央への道を作るわ」


挿絵(By みてみん)


「端歩の意味は?」

「端を絡めた攻めは、角換わりの肝よ。そこは後で触れましょう」

 藤井システムみたいな感じなのかな?

 でも、穴熊にするわけじゃないっぽいし、違うと予想するよ。

「以下、4七銀、6三銀、5八金、5二金、6八玉、4一玉、5六銀、5四銀」


挿絵(By みてみん)


「双方、腰掛け銀の形ね」

 歩の上に銀が腰掛けてるから、腰掛け銀なんだよね。

 それは昨日習ったよ。

「これってさ、囲いは矢倉なの?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは少しだけ考え込む。

「……難しい質問ね。確かに、6七金右を入れる角換わりもあるけど、最新形では、完全な矢倉は組まないのよ。6七金右にすると、角の打ち込み場所が増えちゃうし、5八金のままなら、桂頭を狙われたとき、4七金と受ける手もあるから」

「桂頭? 桂馬を跳ねるの?」

「そこまで進めましょうか。以下、7九玉、3一玉、3六歩、4四歩、3七桂、7四歩、6六歩、7三桂、2五歩、3三銀」


挿絵(By みてみん)


「これが、現在プロの間でもテーマになっている、角換わり腰掛け銀同型よ」

 長いね。ここまで定跡だと、かなり研究されてるみたい。

 まあ、私みたいな初心者なら、途中で間違えても問題なさそうだけど。

「確かに、桂馬の頭が弱そうだね」

「そうなの。そこを狙う手がいつでも生じるから、注意してちょうだい。うっかり3六歩〜3七歩成とされたら、その時点でほとんど敗勢だから」

 だね。と金が飛車に当たって、戦線が崩壊しそう。

「ふたつだけ注意事項。まず、ここから8八玉、2二玉としたら、先手必勝」

「先手必勝? ……どういうこと?」

「それについては、『先手勝ち』で結論が出てるの」

 えぇ? ってことは、王様が詰むまで研究されてるってことだよね?

 ありうるのかな?

「詰みまで一直線なの?」

「そうじゃないわ。ただ、終盤の寄せまで研究されてて、どれも先手勝勢になるの」

 びっくりした。さすがに、1通りじゃないんだね。

「この8八玉、2二玉型を、木村(きむら)義雄(よしお)十四世名人にちなんで、木村定跡と呼ぶわ」

 先手必勝定跡なんて、凄いね。

「いつ頃、開発されたの?」

「戦後すぐよ」

 うわ、また古いね。

 ということは、木村さんは多分、戦前世代だね。

「但し、8八玉には、6五歩があるのよ。これは升田(ますだ)幸三(こうぞう)プロの考案で、後手優勢。つまり、木村定跡には普通、ならないってことね。これが、ふたつめの注意事項」

 ふんふん、対策が出てるんだね。

 ってことは、先手も8八玉とは入れないよ。

「角換わりは、ここからの攻めも定跡になってるわ」

「え? まだ続くの?」

 っていうか、ここから攻めるんだね。

 8八玉とできないからかな?

「4五歩、同歩、2四歩、同歩、1五歩、同歩、7五歩、同歩、3五歩」


挿絵(By みてみん)


「4−2−1−7−3と連続で突き捨てるのが、先手番の仕掛け」

 凄い。5連続で歩を突いてるよ。

 大丈夫なのかな? 反撃がキツそうだけど。

「1手ずつ、説明してくれない?」

「まず、4五歩の攻めは、分かるわよね? 銀と桂馬の利き」

 銀と桂馬の利き……なるほどね、4五の地点に、2枚利いてるよ。

「同歩、同銀、同銀、同桂じゃダメなの?」

「それは攻めが細いわ。4四銀以下、ちょっと攻めきれないわね」


挿絵(By みてみん)


 そっか4四銀が、いきなり桂当たりなんだね。

 4六歩と打つと……3七角とか、いろいろありそう。

「次の2四歩も、分かるわよね?」

「飛車先の攻めでしょ?」

「正解。問題は、次の1五歩ね。これにはふたつ意味があって、まず『歩が必要なときに1五香と走って、歩を調達する』のがひとつ。もうひとつは、『1二歩と叩いて、同香と形を崩す』作戦」

「え? 1五香って、歩香交換だよね?」

 駒損だよ。

「角換わりでは、一歩千金の状態が、すごく多いの」

「いっぷせんきんって何?」

「一枚の歩に、もの凄く価値がある状態のこと」

 ふーん、漢字はイマイチ分かんないけど、そうなのかな。

 矢倉もそうだけど、相居飛車は攻めが難解だよ。

 対抗型の方が分かり易かったかな。

「7五歩は?」

「放置なら、そのうち7四歩」


挿絵(By みてみん)


 あいたた……これはマズいね。

「ただ、先手も7筋に傷を作ってるから、そこは注意ね」

 そうだね。7六桂とか7六香とか、いろいろ飛んで来そう。

「最後の3五歩は?」

「これは、同歩なら今度こそ4五銀とぶつけて、同銀、同桂、4四銀、3三歩」


挿絵(By みてみん)


「3筋を突き捨てた効果で、そのまま攻めを継続できるわ」

 へぇ、これは見事だね。

「順番は、どうでもいい? 最初に2四歩とか」

「4−2−1−7−3が一番合理的と言われてるわ。他の順番で突くと、取らない選択肢が発生するのよ。ただ、級位者レベルだと、そこまで差がないと思う」

 了解。

 一応、4−2−1−7−3と覚えておこうね。

 変化が増えると困るし。

「で、後手はどうするの? 3五歩と取るの?」

「それはさっき言ったように、4五銀から困るわよね。取らずに4四銀が正着」


挿絵(By みてみん)


「これは……4筋の防御?」

「正解。これで、すぐに4五銀とはできなくなったわ。先手もそこを見越して、まず2四飛と走り、歩を補充。以下、2三歩、2九飛、6三金が普通ね」


挿絵(By みてみん)


「……手の意味をよろ」

「2四飛は、『歩を補充して、7四歩と打ちますよ』という手。だから後手も2三歩、2九飛と追い返してから、6三金と桂頭を守るの」

 ふんふん、理解できたよ。

 一手一手、細かいやり取りが続いてるね。

「2九飛と引く意味は?」

 定位置の2八飛じゃないのかな?

「2八飛だと、桂馬を五段目に跳ねた瞬間、3七角があるのよ」

「でもさ、2九飛にも、3八角があるよね?」

 2八飛に、すぐ4九角成とできるよ。馬ができちゃう。

「馬の位置の問題ね。3七角〜5五角成と、3八角〜4九角成、どっちがいい?」

 馬の位置……あ、そっか。4九の馬は、別に何もしてないね。

 それに対して5五の馬は、自陣に利いてるよ。

「了解。3八角よりも、3七角の方が痛いね」

「そういうこと。ちなみに、昔は2六飛と引く堀口(ほりぐち)流もあったわ」


【堀口流】

挿絵(By みてみん)


「考案者は、サイボーグと呼ばれた堀口(ほりぐち)弘治(こうじ)プロよ」

「サイボーグ? 何それ? 渾名?」

「詰め将棋を解くのがメチャクチャ早かったから、そういう名前がついたみたいね」

 んー、もうちょっと捻って欲しいかな。

 人外じみてたらサイボーグってわけじゃ、ないと思うんだけど。

 ま、いっか。

「この2六飛でもいいの?」

「この形は、ダメなことが判明してるわ。渡辺(わたなべ)新手って言うのがあって、2六飛以下、3五銀、2八飛、3六銀、2五桂、6三銀」


挿絵(By みてみん)


「6三金の代わりに6三銀で桂頭を守るのが、渡辺新手の趣向よ」

「銀で守ったら、何かいいことあるの?」

「渡辺新手以前は、3五銀のところで6三金として、以下7四歩、同金、3四歩と、先手の攻めが続いちゃうの。金が7四にいるから、守りが薄過ぎて不利なのよね。そこで6三銀として、7四歩を無効化したのが、渡辺新手の手順よ」

 なるほどね、7四歩、同金と、吊り上げる手があるんだ。

 金は斜め後ろにバックできないから、効果は抜群だよ。

「というわけで、堀口流は廃れて、今は2九飛が主流。以下、6三金の受けに、1二歩、同香、3四歩と取り込むわ」


挿絵(By みてみん)


 むむ、また分かんない手が出たね。

 解説求む。

「1二歩の意味は?」

 叩く作戦自体は、さっき聞いたよね。

 でも、狙いが見えてこないかな。

「もう少し進めれば分かるわ。ここから、3八角、3九飛、2七角成、1一角」


挿絵(By みてみん)


「この1一角のスペース作りが、1二歩の意味よ」

 ふええ、こんな隅っこに、角を打つ手があるんだ。

 大丈夫かな? 窮屈に見えるけど。

「2二金で受かってない?」

「それには2五桂と増援して、2八馬なら3三歩成、同桂、同桂成からの猛攻があるわよ。以下、同銀、3四歩、3九馬、3三歩成、同金、同角成、3八飛に、3四桂の詰めろくらいで、潰れてるんじゃないかしら」


挿絵(By みてみん)


 潰れてる……のかな? ちょっと分かんないね。

 ひとつだけ気付いたのは、3三歩成、同桂、同桂成、同銀に3三飛成とすると、同金、3三角成、3九飛で、王手馬取りになっちゃうことだね。目から火が出るよ。

「だから、2二金とはせずに、すぐ2八馬と入るわ。そこで4四角成が定跡」


挿絵(By みてみん)


「これを、富岡(とみおか)流と呼ぶの。現在の最新形ね」

「え? 飛車はどうするの?」

「3九馬とされても、2二歩、同金、3三銀で、攻めが繋がるわ」


挿絵(By みてみん)


 繋がって……る?

 私じゃ分かんないね。

「どうしたの? 難しい顔して?」

「うーんと……形勢判断に、ついていけてないかな……」

「……そう」

 冷たいなあ。

 こういうのは、慣れるしかないよね。

 歩美ちゃんの態度に、じゃなくて、将棋に、だよ。

「まあ、プロの間で話題になってる局面なんだから、アマチュアに形勢判断をしろって言うのも、酷だと思うけど」

 そっか……それもそうだね。

 ちょっとは気分が晴れたかな。

「ちなみに、ひとつだけ予備知識。昔は、3四歩と取り込まずに、すぐ1一角と打つのが主流だったわ。丸山(まるやま)流って言うの」


【丸山流】

挿絵(By みてみん)


「これの改良版が、富岡流ね」

「丸山流の何が悪いの?」

「後手は角を手放してないから、以下3五銀、4五銀、2二角と合わせて、3三歩、同金、2二角成、同玉、5四銀、同歩、4五桂の突進に、2四金」


【佐藤新手(3五銀)+羽生新手(2四金)】

挿絵(By みてみん)


「これで、先手の攻めは途切れてるわ」

 うーん、それも分かんないね。

 ただ、上部が厚くて、入玉されちゃいそうってのは、分かるかな。

 1三玉とされたら、私じゃ捕まえられないよ。

「難しいね。長手順なのに、一手一手意味が深くて」

「そうね、それが角換わり腰掛け銀の特徴かしら。たったひとつの局面が、ここまで深く研究されてる戦法も、なかなかないわよ」

 何だか、自信がなくなってきちゃったね。

 でも、頑張ろうッと。

「今日もありがとね」

「どう致しまして」

【今日の宿題】

次回は一手損角換わりを扱います。


・後手番一手損角換わり

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=2258

※後手の淡路プロが整備して流行らせた戦法。


・後手番一手損角換わり(8五歩保留型右四間)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=76514


・後手番一手損角換わり(先手早繰り銀)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=74343


・後手番一手損角換わり(先手棒銀)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=76790


・後手番一手損角換わり(後手穴熊)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=73057


・先手番一手損角換わり(2二同金型)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=65392

※後手は3二金と戻らないといけないので、実質的には一手損ではない。


・先手番一手損角換わり(2二同銀型)

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=76413



《将棋用語講座》

○角換わり腰掛け銀

角換わり戦法のうち、銀が5六あるいは5四に居座るものを、腰掛け銀と言う。矢倉や相掛かりが江戸時代から存在するのに対して、こちらは比較的新しく、木村義雄、塚田正夫、升田幸三など、戦前生まれの棋士が研究し、その道を切り開いて来た。特に、本稿で紹介した角換わり腰掛け銀同型は、将棋界にとっての一大テーマ図である。一時期、先手の勝率があまりにも高くなったため、あまり指されなくなった。とりわけ、谷川(たにがわ)浩司(こうじ)プロは先手番で顕著な成績を収めた(ほぼ必勝であった)、「谷川の角換わりは伝家の宝刀」とも呼ばれた。現在では、再び盛り返している。

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