飛、角
やっほー、今日も将棋部に行くよ。
「こんにちは」
あれ? 誰も……いた。
うわ、何か怖そうな男子だよ。学ラン着てるし、なかなかイケメンだね。
4月なのに日焼けしてるところを見ると、運動部かな?
椅子を傾けてぶらぶらしていたその男子は、いきなり私の方を振り向いた。
「お、来たか」
うわ、話し掛けられちゃったよ。ただ、高校生にしては、ちょっと声が高いね。
「こ、こんにちは」
「駒込から話は聞いてるぞ。おまえが木原か?」
「そ、そうです。木原数江です」
「オレは冴島だ。1年C組。よろしくな」
1年生なんだ。でも、見たことないね。クラスが違うからかな?
「宿題はちゃんとやってきたか?」
うん、やってきたよ。
「全部解けたよ」
「じゃ、並べてみな」
私は冴島くんの前に座ると、箱から駒を取り出した。
「まずは、銀と香車からだね」
《銀香》
「次は香車と歩だよ」
《香歩》
銀を歩に置き換えるだけだね。
「で、最後が一番難しかったんだけど……多分、こう」
《銀歩》
私が並べ終えると、冴島くんはふんと鼻を鳴らした。
「正解だ。じゃあ、今日の分、行くぞ」
「あれ? 歩美ちゃんは?」
「駒込は、大会の練習で来れねえとよ」
そうなんだ。強い人は強い人で大変だね。
さて、冴島くんは、何を教えてくれるのかな?
「今日は、大駒の動き方を勉強するぞ」
「おおごま?」
「ああ、飛車と角のことなんだがな……ま、百聞は一見に如かずよ」
そう言って冴島くんは、駒箱からちょっとだけ大きな駒を取り出した。
「これが飛車だ」
「他の駒より、おっきいね」
「そうだ。大きいから大駒なわけだが、動きも半端無く広いぜ。……見てな」
冴島くんは飛車を盤の中央に置いて、それからおはじきを並べ始めた。
1、2、3、4、5……ん? もっと?
「ええッ!? こんなに動けるのッ!?」
「飛車は、『前後左右に好きな数だけ』動ける」
それって凄いよッ!
こういう駒があるなら、もっと早く教えて欲しかったな。
「これなら、王様も一発で捕まるね」
私がうきうきしながらそう言うと、冴島くんは眉をひそめた。
「ん……そいつは無理だな。飛車1枚じゃ、王様は捕まらねえぞ」
「え? 前後左右、好きなだけ動けるんでしょ? 最強じゃん」
「飛車が最強なのは認めるが……ちょっとやってみるか?」
冴島くんは王様を取り出して、盤の上に置いた。私は飛車を置く。
よーし、はりきって捕まえちゃうよ。
「このままじゃオレの負けだからな、先に動かすぜ」
「いいよー」
……あれ? 逆にこっちが苛められてない?
「どうだ? 捕まりそうか?」
「……ダメみたいだね」
そっか。飛車は斜めに移動できないから、斜めに接近されると困るんだね。
理解したよ。
「あんまり打ち合わせしてないんだが、『駒は原則的に飛び越せない』って習ったか?」
「うん、それは香車のときに習ったよ」
「じゃあ、話が早いな。飛車も同じで、駒は飛び越せねえ。だから……」
「こんな風になると、全く動けなくなるぜ」
そこも、香車と同じだね。味方の駒が邪魔になってるよ。
「よし、それじゃあ次の駒だ」
冴島くんは飛車を仕舞って、別の大きな駒を取り出す。
「これが角だ」
「ツノって書いてカクって読むんだぞ」
これも強そうだね。どういう動きをするのかな?
私が期待の眼差しで見守る中、冴島くんはおはじきを並べ始めた。
ん……これは……。
「斜めにずっと?」
「そうだ。理屈は単純だが、初めの頃はなかなか認識に困る動きだぜ」
カクカク動くからカクって言うのかな? 関係ない?
どっちにしても、これも強そうだね。
私がそんなことを考えていると、冴島くんは早速駒を追加した。
「香車や飛車と同じで、角も他の駒は飛び越せないからな。例えば……」
「こいつは、もう身動きが取れないだろ?」
うんうん、これも忘れないようにしないとね。
他の駒は飛び越せない、と。
例外がひとつだけあるって、歩美ちゃんが言ってたけど、いつ出るのかな?
まだ出てないよね?
「さてと、これで大駒の説明は終わりだ。次、行くか?」
んー、どうしようかなあ。
このまま進めてもいいけど……。
「できれば、大駒のパズルを解きたいかな」
私の提案に、冴島くんもにやりと笑う。
「そうだな。その方が、記憶も定着しそうだな」
冴島くんは鼻の下を人差し指で擦った後、角2枚と飛車2枚を盤の上に放った。
「この4枚の中から2枚を自由に使って、王様が詰んでる状態を5通り作りな。王様の初期位置も、自由に決めていいぜ」
前回の宿題と似てるけど、今回は強そうな駒ばっかりだね。
5通りくらい、簡単にできそうだよ。
「飛車は、香車と同じ動きができるから、まずはこうだね」
「よし、出だし順調だな。次はどうだ?」
次はねえ……。あれ? 意外と難しいかな?
……あ、いいこと思いついたよ。
「香車の横バージョンをやるよ」
「これも詰んでるな。2つ目だ。おまえ、結構やるな」
やったね。褒められたよ。
どんどんいこーッ!
「……」
私は飛車2枚を持って、しばらく考えた。
……出て来ないね、アイデアが。飛車2枚は、もう終わりかな?
私は飛車1枚を、角と交換した。
「ん、もう諦めるのか?」
「え、飛車2枚で、まだできるの?」
「……いや、好きにやりな」
そうだね。思いつかないときは、無理に粘ってもダメだよね。
気分転換に、飛車と角で考えるよ。
……………………
……………………
…………………
………………
あッ! 分かったッ!
「こうすれば詰むよ」
「よーし、3つ目だな。他には?」
他にはねえ……
……………………
……………………
…………………
………………
「これだけかな?」
「んー、もう1通りあるぜ」
あるんだ。何だろ?
……………………
……………………
…………………
………………
私が押し黙っていると、冴島くんが助け舟を出してきた。
「なあ、木原、どういう風に考えてる? 直感か?」
うん、もちろん。
「そうだね、全部勘だよ」
「勘も悪くないが……もう少し理詰めに考えてみようぜ。いいか」
冴島くんは王様を隅に置き、それからおはじきを並べた。
「この赤いのが、王様の移動範囲だよな?」
「うん、そうだね」
「で、詰みってのは、とりあえず、『次に相手の王様を絶対取れる状態』だろ」
うんうん。私は頷き返す。
「ってことはだ……これを言い換えると、『王様の移動範囲の全部に、味方の駒の移動範囲が重なっている状態』とも言えるんじゃないか?」
王様の移動範囲の全部に、味方の駒の移動範囲が重なってる状態……。
あ、そうだね。確かに、そうなるね。次のターンに王様を絶対取れるってことは、王様の移動先に、味方の駒も絶対移動できるってことだもん。
「冴島くん、頭いいね」
私がそう言うと、冴島くんは眉間に皺を寄せた。
「冴島くん? ……まあ、いいや。で、このヒントを頼りに考えると、どうなる?」
えーとね……王様の移動先を、味方の駒の移動先で潰せばいいわけだから……。
「青いおはじき、借りてもいいかな?」
私が頼むと、冴島くんはすぐに青いおはじきを出してくれた。
まずは、飛車をここに置いて……。
で、飛車の移動先と、王様の移動先が被ってる箇所を、青いおはじきに替えるよ。
この青い部分は、飛車が担当してくれてるんだね。
残ってる赤は、ひとつだけだから……ここに角を置いて……。
これで、全部青に変わったよ。王様は、次にどこへ行っても取られちゃうね。
「おっし、正解だ。4つ目クリア。あとひとつだぞ」
やったね。冴島くんのアドバイスが良かったよ。
これを利用すれば、もっとできるんじゃないかな。
「じゃあ、角2枚でやるよ」
残りは1パターンだから、簡単に見つかりそうだね。
どれどれ……
……………………
……………………
…………………
………………
あれれ? 捕まらないよ?
「どうだ? 詰みそうか?」
「うーん……詰まない……」
冴島くんは「へへ」と笑って、意地悪そうな笑みを浮かべた。
あ、これって、もしかして……。
「角2枚は無理とか?」
「……正解。さっきの理屈で考えてみな。角2枚じゃ、どうやっても3ヶ所を同時に押さえられないだろ?」
ほんとに? 例えば……。
これは、1ヶ所防げてないね。でも、他に並べ方がなさそう。
じゃあ、冴島くんの言ってることが正しいんだね。納得。
「……飛車2枚の方がいいかな?」
「試してみな」
気付いたけど、詰ませるだけなら、飛車>角みたいだね。
角はサイドがスカスカだから、銀みたいに簡単に逃げられちゃう。
だったら、飛車2枚の方が……。
私は3分ほど考えたけど、今まで考えたパターンがぐるぐるするだけだった。
冴島くんも暇そうにしてるし、ヒントを貰おうかな。
「ねえ、ヒントくれない?」
あくびをしかけていた冴島くんは、ぐっとそれを堪える。
「ん、ヒントか……王様は……」
冴島くんは、ボードの上に手を伸ばす。
「ここで詰むぜ」
「え?」
……隅っこじゃないの?
「逃げられ易くなってるよ?」
「ああ、それでも詰むんだ」
私は腕組みをして、大きく息を吸い込む。
この状態で詰むのは……あ、これかな?
「こうじゃない?」
私が自信満々に並べると、冴島くんは「うーん」と唸った。
「それは結局、2番目のパターンと一緒だから、変えて欲しいな」
そっか、確かに、2番目のパターンの王様をずらしただけだもんね。
他には……。
「これじゃ、ダメなんだよね……」
私は飛車を揃えて、王様の前に置く。
「それは、こうだよな」
……だね。でもさ、飛車をどんどん右にずらして、端っこで反転して戻ったら、王様は取れるんじゃないかな? こうやって、こうやって……。
私の作業を、冴島くんはじっと見守っていた。
「……あッ」
飛車の追いかけっこでできた図に、私は声を失う。
これって、かなりいい形じゃないかな?
右の飛車を取られたら、左の飛車で取り返して、左の飛車を取られたら、右の飛車で取り返せるよね。今は自分のターンだからダメだけど、最初からこうしておけば……。
「ねえ、これが正解じゃない?」
私は盤を見つめたまま、冴島くんにそう尋ねた。
「おっと、気付いたか。正解だ。コンプリートだぜ」
そっかあ、これは気付かなかったよ。
飛車と飛車が、鎖みたいに繋がって、お互いを護衛してるんだね。
私が内心小躍りする中、冴島くんは席を立った。
「じゃ、オレは行くぜ。部活があるからな」
「あれ? 将棋部じゃないの?」
「掛け持ちだよ。応援部にも入ってるんだ」
あ、それで学ラン着てるんだね。
変だと思ったよ。だって、うちの男子はブレザーだし。
先生の許可、ちゃんと取ってるのかな? 不思議。
「じゃあな」
「あ、ちょっと待って」
私は、冴島くんを引き止める。冴島くんは、出口のところで立ち止まった。
「何だ?」
「宿題出してよ」
一瞬、冴島くんは何のことか分からなかったみたい。
でも、すぐに真面目な顔付きになる。そして、こう答えた。
「よし、じゃあ問題だ。角プラス1枚の駒を好きに配置して、詰みの状態を作れ。王様も自由に配置できるぜ。但し、どの駒でもできるとは限らないから、注意しな」
えーと、つまり……。
「例えば、角金とか角銀とか、そういうこと?」
「そうだ。全部で……6通りだな。ただ、角飛はやったし、角角が詰まないのは確認済みだから、残りの4通りを調べればいいぜ」
「了解だよ」
私が元気良く答えると、冴島くんは頬を掻いた。
「それにしても、今年の女子将棋部は盛況だな。現時点で新入部員3人だぜ」
女子将棋部? ……あ、そう言えば、女子将棋部なんだよね、ここ。
「男子は、どこで練習してるの?」
私が尋ねると、冴島くんはぽかんと口を開けた。
「男子? ……男子将棋部はないぜ。不祥事で廃部になったからな」
「あれ? じゃあ、冴島くんは、何でここにいるの?」
「何でって……そりゃ……」
冴島くんは、親指で自分を指し示す。
「オレが女だからだろ?」
【今日の宿題】
以下の3つのルール、
(1)敵の王様と、味方の駒2枚(角+α)を、盤の上へ好きに配置する。
(2)もう1枚の味方の駒は、飛金銀香歩の中から選ぶ。
(3)敵の王様が先に動く。
を前提として、王様が詰んでいる状態を作りなさい。
但し、全ての組み合わせが可能とは限らない。
〔既解〕
飛角
〔未解〕
角金、角銀、角香、角歩
〔無解〕
角角
《将棋用語講座》
○大駒
飛車と角のこと。
大駒+王様以外の駒を、小駒と言う。
駒の大きさもその通りに作られているが、引き分けルールのポイント計算のときに、
扱いが異なるのも特徴(大駒は5点、小駒は1点で換算する)。