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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(相居飛車)
49/60

角換わり(序盤と種類)

「ハハッ、それで宿題が増えたってわけかッ!」

 (まどか)ちゃんはそう言って、大笑いする。

 笑い事じゃないよね。宿題が増えるとか、ありえないよ。

「まあ、矢倉急戦を教えてもらった対価とすりゃ、安いもんよ」

「高いよ」

 私はぶつくさ言いながら、教科書を開いていた。

 問題は……うわ、数列だよ。

 数列は、嫌いなんだよね。わけがわかんないから。

 えーと、次の数列の和を……。

 私が悪戦苦闘していると、歩美(あゆみ)ちゃんがやって来た。

「こんにちは」

 挨拶を終えた歩美ちゃんは、鞄を置きながら、私のノートを見やる。

「部室は、勉強する場所じゃないわよ」

 ど、どういう理屈……まあ、好きでやってるわけじゃないんだけどね。

 歩美ちゃんはつまらなさそうな顔で、教科書を覗き込んでくる。

「和を求めよか……」

 歩美ちゃんは人差し指を顎に当てて、10秒ほど天井を見上げた。

「256じゃない?」

「適当なこと言わないで」

「適当じゃないわ。ちゃんと計算したわよ」

 ……え?

 私は顔を上げて、歩美ちゃんと目を合わせる。

「ほんと?」

「ほんとよ」

「じゃあ、この問題は?」

 私が順番に問題を指し示すと、歩美ちゃんはどれも30秒くらいで答えてくれた。

 ……けど、信用できないね。鉛筆も使わずに、暗算できるのかな?

 半信半疑になっている私に、円ちゃんが声を掛けてくる。

駒込(こまごめ)の計算は、信じていいと思うぞ」

「マジ?」

「ああ、数学だけは信じていい」

 ……そういうタイプか。

 私はちょっとだけ嫉妬しつつ、ノートに解答を丸写しした。

「ところで、何で部室で勉強してるの?」

「実はね……」

 私が事情を説明すると、歩美ちゃんは納得したような顔をする。

 そして、一言。

「無視すればいいじゃない」

 ……その考えは、どうかな。

 歩美ちゃんとは違うのだよ。うん。

「矢倉急戦が終わったなら、次の戦法に移れるわね。何がいい?」

 将棋の話になったね。私も、そっちの方がいいかな。

「うーん……何がいいって言われても……」

 私は文房具を片付けながら、『羽生の頭脳』を思い出す。

 次は……角換(かくか)わりだっけ? ちゃんと覚えてないんだよね、順番。

「角換わりって戦法、ある?」

「あるわよ」

 歩美ちゃんはそう言って、盤駒を用意してくれた。

「基本図は、初手から7六歩、8四歩、7八金、3二金、2六歩、8五歩、7七角と飛車先を決めて、3四歩、8八銀、7七角成、同銀、4二銀」


【基本図】

挿絵(By みてみん)


「え? 後手から角交換するの? 手損じゃない?」

「手損じゃないわよ。先手は8五歩に7七角と上がってて、これを7七角成で無駄にしてるから、おあいこ。手損になるのは、8八に角がいる状態で交換した場合」

 ふーん……いまいちピンと来ないけど、そうなのかな。

「矢倉と同じで、2手目は8四歩限定? ムリヤリ角換わりとかある?」

「普通の角換わりでは、ほぼ限定ね。お互いが変な組み方をしない限り、3四歩から角換わりにはならないわ。但し、一手損角換わりは別よ」

 いってぞん? ……一手損かな?

「どんな戦法?」

「初手から7六歩、3四歩、2六歩、3二金、2五歩、8八角成」


【一手損角換わり】

挿絵(By みてみん)


「8八に角がいる状態で交換するから、後手が一手損なのよね」

 なるほどね、これでさっきの説明と繋がるわけか。

 7七で交換は手損なし。8八で交換は手損、と。

「手損してるから、あんまりいい戦法じゃないよね?」

「一見そう思えるんだけど、実は逆。一手損角換わりは、通常の角換わりよりもあとに開発された戦法で、そこそこ優秀よ。一時期は、こっちの方が主流だったくらい」

「手損するのが主流なの?」

「話せば長くなるけど、『手損は悪い』っていうのは、必ずしも全ての形には当てはまらないのよ。プロがこのことに気付いたのは、平成に入ってからだと思う。今じゃ、『手損の善し悪しは状況に依って決まる』と考えられてるわ」

 へぇ、プロでも先入観に囚われちゃうんだね。

 面白いかな。

「序盤に角交換するから、角換わりなんだよね?」

「そうよ。序盤に角交換する相居飛車は、角換わりでひとくくりにされるわ。最近の人は、角換わりって聞くと、次の局面を想定するんじゃないかしら」


挿絵(By みてみん)


 お互い、銀が中央に繰り出してるね。

「正式名称は『角換わり腰掛け銀』よ。本当は角換わりの一部なんだけど、他の形が廃れ過ぎて、今じゃほとんどのケースがこれね」

「こしかけ?」

「銀が5筋の歩の上に腰掛けてるでしょ?」

 ……ああ、そういう。見た目でつけました系のネーミングだね。

「他って言うのは?」

「角換わり棒銀と早繰り銀」


【角換わり棒銀】

挿絵(By みてみん)


【早繰り銀】

挿絵(By みてみん)


※後手番でも可。


「棒銀は、知ってるわよね?」

「3七銀〜2六銀で、銀がニョキニョキする戦法だよね?」

「正解。早繰り銀は、3七銀〜4六銀と出て、すぐに3五歩と突くの」

 なるほどね。

「でもさ、何で流行らなくなったの?」

「まあ、流行らなくなったのは、プロの間での話。角換わり棒銀は、最初、青野(あおの)照市(てるいち)プロの青野流が普及したんだけど、向かい飛車に振り直す対策が確立されてからは、下火になったわ。青野流は、基本図から3八銀、7二銀、2五歩、3三銀、2七銀、7四歩、2六銀、7三銀と、棒銀vs早繰り銀の形にするわ」


【青野流角換わり棒銀】

挿絵(By みてみん)


「ここから1五銀、5四角、3八角の交換を入れて、4四歩、2四歩、同歩、同銀、同銀、同飛、3三金に、2五飛が青野プロの研究手よ」


挿絵(By みてみん)


 ごめん、いろいろと意味が分かんないんだけど。

「5四角、3八角の交換って何?」

「5四角は、飛車先を止める準備。4四歩と突けば、2一桂に紐が付くでしょ。先手が3八角とせずに、いきなり2四歩だと、同歩、同銀のところで2七歩の返し技が利くわ」


挿絵(By みてみん)


「1八飛と逃げたら、2四銀と手を戻して、棒銀失敗ね」

 へぇ、こんな裏技があるんだ。

 3八角なら、2七歩、同角、2四銀、5四角、同歩、2四飛とできるね。

「最後の2五飛って何?」

「いきなり2八飛と深く引くと、やっぱり2七歩があるのよ。2五飛は途中下車して、これを避けた手」

 なるほどね、教えてもらわないと、思いつかないかな。

 青野さんも、かなりの研究家みたい。

「これで攻めが成功するなら、棒銀でも良くない?」

「残念ながら、小野(おの)新手(しんて)と言うのがあるのよ。2五飛と引かれた瞬間に、2四歩」


挿絵(By みてみん)


「え? これって当たり前じゃない?」

「当たり前じゃないわ。歩は2七に打ちたいの。そのための5四角だから」

 あ、そっか。2四歩って打つと、次に2七歩とはできないね。二歩だよ。

「先手は2七歩がなくなったら、2八飛と引くんだけど、そこで2二飛が好手」


挿絵(By みてみん)


「向かい飛車にされて、2筋が受からなくなるわ」

 ……っぽいね。角も利いてるし、さすがにガード不能かな。

「というわけで、青野流は指されなくなって、代わりに田中(たなか)寅彦(とらひこ)プロの田中流が登場するわ」

 あ、この人は知ってるね。序盤のエジソンでしょ。

 穴熊を整備した人だよ。

「田中流は、4四歩まで青野流と同じよ。そこで攻めずに、6八玉」


【田中流角換わり棒銀】

挿絵(By みてみん)


 ほえ? 何が違うんだろ?

 王様を上がってるだけだけど……。

「どんどん王様を囲うとか?」

 穴熊のプロだから、何だかそれっぽいよね。第一印象大事。

「いいえ、すぐに仕掛けるわよ。後手は1四歩として、銀を追い返そうとするけど、構わず2四歩と突いて、同歩、同銀、同銀、同飛、3三金、2五飛」


挿絵(By みてみん)


 ……同じじゃん。

「で? 2四歩なんでしょ?」

「それには5五飛とするわ」

「5五飛? ……2二飛で?」

「8五飛」


挿絵(By みてみん)


 あ……飛車が動いたから、8筋が……。

「2四歩以外の手として、1三桂、2六飛、2五歩、5六飛としてから、2二飛も考えられるわよね。8筋に回らせない指し方。だけどこれには、2七角の鬼手(きしゅ)があるわ」


挿絵(By みてみん)


 ふえ? 何これ?

「同角成で?」

「5三飛成、5二金、3三龍」


挿絵(By みてみん)


 あらら、これは終了だよ。どうにもならないね。

「でもさ、これなら6八玉要らなくない?」

「今のは、角を取るからダメなのよ。取らない場合は、居玉にしないで6八玉の方が、安全でしょ」

 なるほどね、そういう配慮なんだ。

 王様を囲うの大事。

「了解。だったら、やっぱり棒銀で良くない?」

「残念ながら、1990年代に、プロの間で決定版が出ちゃうのよ。それが、1四歩〜7三銀型。先手が2六銀と出た瞬間に、後手は1四歩と突いて、1六歩、7三銀」


挿絵(By みてみん)


「意味は?」

「1五銀と出られなくするため。無理して1五歩からの攻めには、角を持ってるから反撃が簡単っていう仕組みなのよ」

「5四角は打たないの?」

「打たないわ。それに代わる対策だから」

 なるほどね、要するに5四角型が、万能に見えてそうでもないってことか。

 将棋は難しいな。

「これ以降、プロは角換わり棒銀をほとんど指さなくなるわ。ほぼ死滅に近い状態。ただ、それはプロの話であって、アマチュアはまた別」

 だね。これもいつも通り。

 プロがやらない≠アマチュアでやって勝てない、だもん。

 そもそも、5四角〜2四歩〜2二飛とか、気付かないよ。

 腰掛け銀ばっかりやってる人にぶつけたら、勝てるんじゃないかな。

「最後に、ひとつだけいいかな? 早繰り銀は、なんで衰退したの?」

「腰掛け銀に弱いから」

 ……そっか、主流戦法に弱いのは、ダメだよね。致命的。

「但し、ここまでの説明は、普通の角換わりに限定して考えてちょうだい。一手損角換わりの場合には、また違うことが言えるから」

 ふんふん、どうやら一手損することで、作戦が変わってくるみたいだね。

 とりあえず今日は、普通の角換わり棒銀が衰退した理由だけ、覚えとこうか。

「ありがとね、歩美ちゃん、宿題も手伝ってくれて」

「さっきの宿題、答えだけ持って行ってオッケーなの?」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「途中式も教えてくれない?」

 歩美ちゃんは、人差し指を立てて一言。

「お断りします」

【今日の宿題】

次回は普通の腰掛け銀を中心に解説します。


・丸山流55手目1一角

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=3958


・佐藤新手

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=1182

※これに羽生新手2四金を加えたものが、丸山流対策の決定版。


・堀口(弘)流2六飛

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=13136


・渡辺新手

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=67810

※堀口(弘)流はこれにより消滅。


・富岡流55手目3四歩+61手目4四角成

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=63927



《将棋用語講座》

○角換わり

相居飛車で序盤に角交換を行う戦法の総称。力戦型をこれに含めるかどうかは、若干意見の分かれるところであろう。通常は、角換わり腰掛け銀を意味する。矢倉と同様、先手の勝率が高過ぎて、一時期廃れたこともあるが、一手損などの流行で、再び盛り返した。定跡が非常に整備されており、木村定跡のような「先手必勝」の局面も存在する。

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