対抗型(振り飛車穴熊)
「角交換しない、普通の振り飛車穴熊は、こんな感じだ」
これは……。
「美濃を穴熊にしてるだけ?」
「そうとも言えるな。ただ、いくつか違いがあって、角のいる側に囲うのが居飛車、いない側に囲うのが振り飛車だ」
角のいる側……そっか、居飛車穴熊は、基本的に角とセットなんだよね。7七にいるのか6八にいるのかはともかく、3七や2六に展開するまでは、角が穴熊に組み込まれてるよ。
反対に振り飛車穴熊の場合は、角は3三にずっといるよ。
「振り飛車も穴熊に組めるなら、他の対策は要らなくない?」
私が尋ねると、円ちゃんは頭を掻く。
「一般的な認識として、振り穴は居飛穴より弱いぜ」
え? 両方穴熊なんだから、それはおかしくないかな?
「何で?」
「ポイントはいくつかあるな。まず、振り飛車は3三に角を固定しないといけないから、3四の地点が常に弱いんだ」
そう言って円ちゃんは、3四の地点を指す。
でって言う。
「銀で守れてるよ?」
「それが、2番目の問題。3四の防御に銀を使うと、4枚穴熊に組めないだろ。それに対して居飛車側には、松尾流がある。この局面でも、6八角〜3六歩〜3七桂と、攻撃態勢を整えられるからな。まあ、これは説明のための方便で、振り飛車もこんな無策に組ませたりはしねえけどよ」
……なるほどね、確かにこの局面でも、振り飛車の方が守りは薄いね。
やっぱり松尾流は優秀。
「左の銀を穴熊に近付けると、角の頭が守れない。角の頭を守ると、穴熊が弱くなる。このジレンマから、どうしても抜け出せないんだよな。まあ、それでも穴熊には違いねえから、アマチュアでは本当によく見る形だぜ」
プロとアマは違うパターンだね。
「これって、四間飛車じゃないと、できないの?」
「いや、三間飛車でも中飛車でも向かい飛車でも、どれでも構わねえぞ。ただ、向かい飛車穴熊は、あんまり見ねえか。それよりは、レグスペとかダイレクト向かい飛車の方が、多い印象だな。頻度で言うと、四間>ゴキゲン≧三間って感じじゃないかね。あくまでも、オレの印象になっちまうけどよ」
全部できるんだ。難しいね。
対応がそれぞれ違いそう。
「これって、居飛車も穴熊にしないと、振り飛車側はクマれないの?」
「そんなことはないぜ。振り飛車穴熊自体は、居飛車の陣形とは独立してるからな。今紹介してるのは、相穴熊ってやつだ。両方が穴熊って意味だな」
なるほどね、居飛車は必ずしも、穴熊にしなくてもいいんだね。
でもでも、勝ち易さのことを考えると……。
「でもさ、振り飛車が穴熊にしてきたら、居飛車も穴熊にしないと、勝てなくない?」
堅さで負けちゃいそうだよね。
他の振り穴対策が何なのか、知らないけどさ。
「うーん……難しい質問だな……そりゃ、居飛車穴熊が最善かもしれねえけど、対策としては他にもたくさんあるぜ。有名なのは、銀冠だよな」
ぎんかんむり? ……初めて聞いたよ。
「どんな戦法?」
「戦法って言うか、囲いだな。こんな形だ」
「王様の頭に銀が乗ってるから、銀冠な」
あ、銀の冠ってことなんだね。
将棋は、見た目で決めちゃってる名前が、ほんとに多いね。
カニ囲いもそうだし。
「これが優秀なの? 守りが薄くない?」
「優秀だぜ。対振り穴と言えば、居飛穴か銀冠か、ってくらい優秀だ」
「理由は?」
納得しない私は、円ちゃんを問いつめる。
「銀冠は、上からの攻撃に強いんだ。穴熊は反対に、横からの攻撃にはべらぼうに強いが、上からの攻撃にはそうでもない。要するに、自分の長所と相手の短所が、うまく噛み合ってるんだな」
「穴熊って、上からの攻撃に弱いの?」
「弱いって言うか、押し潰され易いんだよな」
うーん、いまいち分かんないかな。
「実戦例ある?」
「あるぜ。例えば……」
※2011年5月24日 広瀬vs佐藤(秀)
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=73637
「ここから5一角、5六歩、7三角、5五歩、同歩、6五歩、5四銀、6六銀、4二金右、5五銀、同銀、同金、8六歩と突かれて、崩壊してるだろ」
「こういう攻め合いになると、銀冠の方が、バランスがいいんだな」
なるほどね、中央からの縦の攻撃を、うまく防御できないんだね。
4五歩と位を取られても、居飛車の方は何ともなさそう。
「同じ理由で、矢倉に囲う戦い方もあるぜ」
【矢倉】
理屈は分かったけど、何か不思議じゃない?
振り飛車は居飛車穴熊に困ってるのに、居飛車は振り飛車穴熊に困らないなんて。
何だか不平等な気もするね。
「少しだけ振り穴の歴史を振り返ると、これって1970年代前半に、玉頭位取り対策で開発されたんだよな」
「ぎょくとうくらいどり?」
「王様の頭の位を取る戦法だ。要するに、こうだな」
【玉頭位取り】
「これで振り飛車の勝率が悪くなったから、美濃に代えて穴熊で戦ったのが、大内プロ。美濃は、3筋の位を押さえられると、囲いに発展性がなくなって困るんだが、穴熊には関係ないのな」
なるほどね、これは理解できるかな。確か、3六歩〜3七桂っていうのが多いんだよね、振り飛車は。だから、先に3五歩って突かれちゃうと、それができなくなって困るよ。反対に穴熊は、そこを突く必要性がないから、どうでもいいね。
「でもさ、玉頭の位なんか取らなくても、居飛車穴熊にすれば良くない?」
「田中寅彦プロが居飛車穴熊を整備したのは、1970年代後半だぜ。つまり、玉頭位取り→振り穴→居飛穴→藤井システム→松尾流と来て、また振り穴が復活してるわけだな。復活の旗頭は、広瀬プロだ」
へぇ、これも面白いね。
歴史は繰り返すって奴かな。
最初の振り穴は玉頭位取り対策だけど、復活版は居飛車穴熊対策なんだね。
「で、勝率はどんな感じなの?」
「プロでは厳しいな。アマ高段で、互角かちょい不利」
そっか……同じ穴熊なのに、こっちは不遇だね……。
まあ、振り飛車穴熊で勝てちゃうなら、藤井システムも角交換型振り飛車も新石田流も要らなくなっちゃうから、多様性には貢献してるのかな。居飛車穴熊vs振り飛車穴熊ばっかりだと、観る専の八千代ちゃんも飽きちゃいそう。
「とは言っても、アマチュア低段〜級位者なら、いくらでも通用するぜ。木原は始めたばかりなんだから、『プロが使ってるか』『アマチュア高段で勝てるか』なんて、気にする必要ないだろ。そりゃ、もっと先の話だ」
だね。あんまり気にしても、しょうがないかな。
まずは楽しまないとね。
この振り飛車穴熊は、王様が安全そうだし、ちょっとだけ気に入ったかも。
「他に対策はないの? 居飛穴と銀冠だけ?」
「んー、あるにはあるが……」
円ちゃんは、渋い顔をする。
このリアクションは、何となく察しがつくよ。
「あんまり勝てないってこと?」
「ああ、よく分かったな。対策としては、棒銀もあるぜ」
【3一銀型棒銀】
【5三銀型棒銀】
【山田流斜め棒銀】
ど、どれも舟囲いかその変形だね……心細いよ……。
「山田流って言うのは、山田さんが開発したの?」
「ああ、山田道美プロの考案だな。ただ、山田プロは、1970年に若くして亡くなった棋士だから、振り穴対策を念頭に置いてたわけじゃないぜ。居飛車急戦の基礎を築いた人で、その功績が、今でも残ってるんだな」
凄いね。歴史に名を残すって言うのは、まさにこのことだよ。
「どうやって攻めるの? 銀が前に出てないけど?」
「以下、7五歩、同歩、6四銀、7四歩、7五銀、6五歩が定跡だ」
ふんふん、これも完璧に急戦だね。
振り飛車側は穴熊に組めてるから、居飛車が勝ちにくそうかな。
円ちゃんがオススメしないのも、何となく理解できるね。
「斜め棒銀って言うのは、何で?」
「8四銀〜7五銀〜8六銀と、縦に進むのが普通の棒銀。6四銀〜7五銀〜8六銀と、斜めに進むのが斜め棒銀だ」
これも、見たまんまだね。銀が進出するルートをそう読んでるだけ。
「話は変わるが、最近の振り穴だと、4筋の位を取るのも多いぜ」
【広瀬流振り飛車穴熊】
「広瀬プロが改良した形で、かなり攻撃的だな。5六銀〜4五歩あたりは、藤井システムを彷彿とさせるし、まさに平成の振り飛車って感じだ」
そうだね。言われてみると、左側の形は、藤井システムに似てるかな。
「振り穴の解説は、居飛穴の本に載ってる?」
「いや、専門書の方がいいと思うぞ。佐藤和俊プロの『よくわかる振り飛車穴熊』か、広瀬章人プロの『四間飛車穴熊の急所』なんか、どうだ」
どうだと言われても、まだ読む時間がないかな。
もうね、完全に積読状態だよ。1週間に1冊も読めないくらい難しいし。
こういうのって、数学の教科書に似てるよね。1ページ理解するの、時間が掛かるよ。
「ひとまず、これで振り飛車穴熊は、紹介し終えたな。まだ何かあるか?」
今日は、これで十分かな。
「ないよ。ありがとね」
「じゃ、またな」
【今日の宿題】
ありません。
次回から居飛車編に移ります。
《将棋用語講座》
○振り飛車穴熊
振り飛車側が穴熊を採用する戦法を、振り飛車穴熊と言う。四間飛車、三間飛車、中飛車、向かい飛車のどれでも可能だが、いつでも組めるとは限らないので、注意が必要である。居飛車側の対応としては、「振り穴が完成する前に攻める」急戦策と、「居飛車穴熊あるいは銀冠にして対抗する」持久戦策に二分される。プロでもアマでも、後者の方が多い。プロの間では不人気だが、かつては小池重明など、終盤力にものを言わせてプロを撃破したアマもおり、侮れない戦法である。




