対抗型(藤井システム)
というわけで、いよいよ藤井システムなわけだけど……。
どうしてこうなった?
いわゆる、フルボッコだよね。
途中で分かんないところも多かったから、円ちゃんに訊こっと。
「やっほー、今日も来たよ」
私がドアを開けると……あれ? 今日は円ちゃんがいないね。
代わりに、大川先輩がいるよ。
「あ、木原さん、こんにちは」
「こんにちは……最近、人少ないですね」
五月病かな?
「そうですね。もうすぐ中間考査ですし」
……すっかり忘れてたよ。
でも、1年生の1学期だからね。もっと遊ぶよ。
それに、歩美ちゃんがいないのは、テストと関係なさそう。
将棋に命懸けてるくらいだから。
「もう、誰も来そうにないですか?」
「そうですね、この時間帯まで来ない人は、だいたい来ないですね」
そっか……どうしよう?
先輩に訊いても、大丈夫かな?
弱いからって、この前は断られちゃったけど……ものは試しだよね。
私はマグネット盤を取り出して、それを先輩に見せた。
先輩は眼鏡の奥から、じっと局面を見つめる。
「これは……藤井システムの1号局でしたか?」
あ、知ってるんだね。よかった。
そんなに有名なのかな?
「円ちゃんから、これの棋譜並べしろって言われたんですけど、大川先輩、代わりに解説お願いできますか?」
「まあ……少しくらいなら……」
やったね。少しでいいんだよ。
難しいこと言われても、分かんないからね。眠くなっちゃうし。
「じゃ、お願いしまーす」
私たちはテーブルに座り、大きめの盤を取り出した。
やっぱり、ふたりのときは、マグネット盤は小さすぎるんだよね。
電車の中とか喫茶店でやるなら、この方がいいかもしれないけど。
「初手から、7六歩、8四歩、6八飛、3四歩、6六歩ですね」
「6六歩よりも前に6八飛だから、角交換四間飛車じゃないんですか?」
「あ、それは違います。角交換四間飛車は、3四歩と突かれた状態で6八飛ですね」
【参考図】
「本譜では、3四歩に6六歩として、交換を拒否しています」
そっか、交換拒否だから、角交換四間飛車じゃないよね。
「6二銀、3八銀、4二玉、4六歩」
「ここが最初のポイントですね」
ん? そうなのかな?
並べてるときは、普通だと思ったけど。
「穴熊対策の4六歩じゃないんですか?」
「あ、よくご存知ですね。そうなんです。今では常識的なんですが、当時としては奇抜な手に映ったと思います。普通は、7八銀とするか、あるいは4八玉としますので」
そうなんだ。
これ自体が、斬新なアイデアなんだね。
「3二玉に3六歩も、そうですね。後手は、先手の駒組みを変だとは思うわけですが、そのまま3三角として、穴熊一直線です。以下、1六歩と端歩を突き、8五歩、7七角、2二玉と、どんどん王様を深くして行きます」
これって、タネが分かってると、凄い悪手だよね。
1〜4筋を狙われてるのに、そっちに王様が向かってるんだもん。
「ここから、一気に速攻です。7八銀、5四歩、6七銀、5二金右。最後の金上がりは、銀が出て来たので、少しだけ上部を厚くした手だと思います。先手はさらに3七桂。もう王様を囲う気がありませんね。いわゆる、居玉です」
王様が初期位置にいることだね。
でもこの場合は、1〜4筋で戦闘が始まるから、かえって安全。
「後手は無視して1二香と、穴熊に不可欠な一手を指します。ここで、5六銀」
「いきなり攻撃態勢が整いました。このままでは、4五銀〜3四銀と突っ込まれてしまうので、後手は5五歩、4五銀、8四飛の受けを見せます」
「ちなみに、5五歩のところで4四歩と受けるのは、すぐに4五歩と突かれて、意味がありません。同歩に6五歩で、いきなり王手が掛かります」
そっか、そこは気付かなかったな。
いきなり4五歩でいいんだね。
「この時点でもう、後手が悪いと思います。普通、角頭の歩を守るために、飛車を浮いたりはしませんし、本譜の3五歩から、一気に潰れますので。以下、同歩、2五桂」
「この桂馬跳ねは、藤井システムの肝ですので、覚えておくといいですよ」
ふんふん、とにかくがんがん攻めるんだね。
ただ、次の手が、よく分からなかったかな。
「桂馬当たりを避けて、4四角ですね」
「それって、4二角じゃダメなんですか?」
私は本譜の代わりに、角を4二に引いた。
【変化図A−1】
これで次に2四歩とすれば、桂馬を取れると思うんだけど。
「それは……難しいですね……」
あらら、大川先輩、考え込んじゃったね。
やっぱり、円ちゃんか歩美ちゃんでないと……。
「こんにちは」
おっと、歩美ちゃんが来たよ。
これはラッキーかな。
「あら、駒込さん、いらしたんですか」
「日直当番だっただけです」
なるほどね、それはさすがに、サボらないんだね。
まあ、サボったら、また職員室に呼び出されそうだけど。
じゃ、真打ちも登場したし、早速質問しようか。
大川先輩、お疲れさまです。
「歩美ちゃん、ここで先手は、何を指すの?」
私が盤面を指し示すと、歩美ちゃんは一言。
「これって、藤井システム?」
すごいね。一目で分かっちゃうんだ。
「これはもう、後手負けでしょう」
「藤井vs井上戦の変化を調べているんですが……」
大川先輩の説明に、歩美ちゃんは「うーん」と唸った。
顎に手を当てて、しばらく盤面を見つめる。
「この局面なら、6五歩で潰れてるんじゃない?」
【変化図A−2】
「以下、2四歩には5五角と出て、3三桂は同桂成、同角、同角成、同玉、6六角が王手飛車。3二玉と逃げるのも、3三歩と叩いて、同桂、同桂成、同角、同角成、同玉、6六角が王手飛車」
【変化図A−3】
「8四の飛車を取り切って勝ちね」
あらら、ほんとだね。
ところで、何を考えてたんだっけ?
……2五桂に4二角だと、どうなるかだね。本譜は4四角。
これって、凄いよね。
銀角交換、どんと来いって手だよ。
「この手の意味は?」
「うーん、井上プロに訊いてみないと、対局中の意図は分からないでしょうけど、同銀に同飛を用意してるんだと思う」
【変化図B−1】
……でっていう。
「4七銀と受けるよ」
「それは3六銀が気になるかな」
【変化図B−2】
「以下、6五歩に2五銀と、桂馬の方を取って、5五角と飛び出されても、慌てずに3二玉と逃げておくわ。ちなみに、王様を逃げるか、少なくとも3三桂としておかないと、4五歩でいきなり飛車が死ぬから注意」
【変化図B−3】
「同飛や3四飛は、王手放置の反則ね」
うわッ……きついね……とにかく、角筋がきついよ……。
「依然として後手が悪いけど、ちょっとだけ盛り返してると思う。だから本譜では、4四角を同銀とせずに、6五歩。より厳しい順を選んでるわね」
だね。これは、飛車先の歩を突く+角道を開けるで、めちゃくちゃお得。
「以下の手順は、面白いわよ。後手の2四歩に対して、構わず6四歩。ここで6四同歩は、4四銀、同歩、5五角、2五歩、4四角と出られて、3三銀に6六角打、8二飛、3三角成、同桂、3四歩の詰めろが決まって、後手敗勢」
【変化図C】
「後手は、8六歩と突く余裕さえないわ」
なるほどね、8六歩なら、3三歩成、2一玉、2二銀、同銀、同とまでだよ。
この詰みは、私にも分かるかな。
「というわけで、本譜は6四歩の方を無視して、2五歩を優先したわけだけど、結局4四銀と取られて、同歩、5五角。このとき、桂馬取りを優先した効果で、3二桂と打てるのが、後手の一応の狙い。でも、3三歩、同玉に4五角が絶妙。同歩と取れないから5四歩としたけど、6六角が今度は飛車に当たってて、8二飛と逃げると1二角成、香車を守って1二玉は8四角。本譜は後者を選んだのちに、4五歩、6三歩成で投了」
「途中の3三歩に同玉と取ったのは、何で?」
「同桂は6三歩成、同銀、3四歩」
【変化図D】
「まあ、どうやっても潰れてるわ」
うーん、そっか……かと言って3三歩を無視もできないし……。
でも、もうちょっと頑張れないかな?
「6三歩成で投了する必要性は?」
「私の推測だけど、同銀に6一飛が激痛だからじゃない?」
【参考図】
「ここに打って、どうするの?」
「よーく見てちょうだい。……4一の金が浮いてない?」
「浮くって何?」
駒は空中に浮かないよね。それは手品だよ。
「他の駒に支えられていない状態のこと」
他の駒に支えられていない状態……あ、そっか、金は他の駒に守られてないね。
だからこれは、金桂両取りだよ。同時には防げないかな。
「舟囲いは、常にそこの金が急所なのよ。紐がついてないから」
へぇ、舟囲いが囲いじゃないって言う理由、何となく分かったかな。
「以下、4二金直、8一飛成が、次に3四桂の痛打を狙った手で、どうやっても一手一手の寄りって感じよね」
確かに、同じ実力の人が対戦したら、先手必勝かな。
でもでも、私のレベルだと、ここからでも負けちゃいそう。
相手がプロだし、藤井さんと交代したらアウトかな。
「で、藤井システムの威力は、体感できたかしら?」
「うん、めちゃくちゃ強いね。最強戦法なんじゃない?」
私がそう言うと、歩美ちゃんは難しそうな顔をする。
「んー、そういうわけじゃないわ。この1号局は、相手の井上プロも藤井システムを初めて見たわけで、適切に対処できてないことが大きいのよね。例えば、5二金右が遅いとか、王様を一直線に囲ってるとか、そういうところ。実際、藤井システムは、藤井プロが竜王を獲得する原動力にもなって、当初は谷川プロや羽生プロですら受け切れなかったんだけど、その後の研究も進んできて、むしろ居飛車穴熊側が有利になってると思う」
あらら、そうなんだ。
ほんとに、日進月歩の世界なんだね。
「ただ、これがあったおかげで、1990年代後半から2000年代前半にかけて、いろんな戦法が生まれては消えて行ったと聞いています。まさにビッグバンだったようですね」
「そうですね、大川先輩。5五角戦法、ミレニアム囲い、右銀急戦……一部の人しか指さなくなってきた急戦が見直されたのは、とても意義があったと思います」
ふむむ……また話がよく分からなくなってきたね……。
ひとつだけ分かったのは、藤井先生は凄いってこと。
「じゃ、今日はここまでかな」
そうだね。十分堪能したよ。
中間考査の勉強もしないといけないしね。
今日は宿題なしッ! また明日ッ!
【今日の宿題】
次回は、居飛車穴熊編です。
興味のある方は、下の棋譜の序盤を見比べてみてください。
・7九金型4枚穴熊
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=10470
・7九金型3枚穴熊
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=35714
・7九金型2枚穴熊
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=41389
・藤井システム全盛期の駒組み
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=2368
・松尾流穴熊
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=799
穴熊の金の動きに注目してみてください。
《将棋用語解説》
○藤井システム
居飛車穴熊に対抗するために開発された四間飛車用の戦法。将棋史において5指に入るであろう革新性を有しており、将棋界がこれを中心に回っていた時期があるほど。本人の談によれば、谷川浩司から竜王を奪取した後に盛んになったとのことで、2000年度竜王戦でも羽生善治の挑戦を退けた。しかし、若手や奨励会で研究が進むと、やはり居飛車穴熊に組めるのではないか、との見方が強まり、現在ではかなり下火になっている。
貴重な本人の回顧録。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm20902406




