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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(振り飛車対抗型)
40/60

対抗型(藤井システム)

 というわけで、いよいよ藤井システムなわけだけど……。

 

挿絵(By みてみん)


 どうしてこうなった?

 いわゆる、フルボッコだよね。

 途中で分かんないところも多かったから、(まどか)ちゃんに訊こっと。

「やっほー、今日も来たよ」

 私がドアを開けると……あれ? 今日は円ちゃんがいないね。

 代わりに、大川(おおかわ)先輩がいるよ。

「あ、木原(きはら)さん、こんにちは」

「こんにちは……最近、人少ないですね」

 五月病かな?

「そうですね。もうすぐ中間考査ですし」

 ……すっかり忘れてたよ。

 でも、1年生の1学期だからね。もっと遊ぶよ。

 それに、歩美(あゆみ)ちゃんがいないのは、テストと関係なさそう。

 将棋に命懸けてるくらいだから。

「もう、誰も来そうにないですか?」

「そうですね、この時間帯まで来ない人は、だいたい来ないですね」

 そっか……どうしよう?

 先輩に訊いても、大丈夫かな?

 弱いからって、この前は断られちゃったけど……ものは試しだよね。

 私はマグネット盤を取り出して、それを先輩に見せた。

 先輩は眼鏡の奥から、じっと局面を見つめる。

「これは……藤井システムの1号局でしたか?」

 あ、知ってるんだね。よかった。

 そんなに有名なのかな?

「円ちゃんから、これの棋譜並べしろって言われたんですけど、大川先輩、代わりに解説お願いできますか?」

「まあ……少しくらいなら……」

 やったね。少しでいいんだよ。

 難しいこと言われても、分かんないからね。眠くなっちゃうし。

「じゃ、お願いしまーす」

 私たちはテーブルに座り、大きめの盤を取り出した。

 やっぱり、ふたりのときは、マグネット盤は小さすぎるんだよね。

 電車の中とか喫茶店でやるなら、この方がいいかもしれないけど。

「初手から、7六歩、8四歩、6八飛、3四歩、6六歩ですね」


挿絵(By みてみん)


「6六歩よりも前に6八飛だから、角交換四間飛車じゃないんですか?」

「あ、それは違います。角交換四間飛車は、3四歩と突かれた状態で6八飛ですね」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「本譜では、3四歩に6六歩として、交換を拒否しています」

 そっか、交換拒否だから、角交換四間飛車じゃないよね。

「6二銀、3八銀、4二玉、4六歩」


挿絵(By みてみん)


「ここが最初のポイントですね」

 ん? そうなのかな?

 並べてるときは、普通だと思ったけど。

「穴熊対策の4六歩じゃないんですか?」

「あ、よくご存知ですね。そうなんです。今では常識的なんですが、当時としては奇抜な手に映ったと思います。普通は、7八銀とするか、あるいは4八玉としますので」

 そうなんだ。

 これ自体が、斬新なアイデアなんだね。

「3二玉に3六歩も、そうですね。後手は、先手の駒組みを変だとは思うわけですが、そのまま3三角として、穴熊一直線です。以下、1六歩と端歩を突き、8五歩、7七角、2二玉と、どんどん王様を深くして行きます」


挿絵(By みてみん)


 これって、タネが分かってると、凄い悪手だよね。

 1〜4筋を狙われてるのに、そっちに王様が向かってるんだもん。

「ここから、一気に速攻です。7八銀、5四歩、6七銀、5二金右。最後の金上がりは、銀が出て来たので、少しだけ上部を厚くした手だと思います。先手はさらに3七桂。もう王様を囲う気がありませんね。いわゆる、居玉です」

 王様が初期位置にいることだね。

 でもこの場合は、1〜4筋で戦闘が始まるから、かえって安全。

「後手は無視して1二香と、穴熊に不可欠な一手を指します。ここで、5六銀」


挿絵(By みてみん)


「いきなり攻撃態勢が整いました。このままでは、4五銀〜3四銀と突っ込まれてしまうので、後手は5五歩、4五銀、8四飛の受けを見せます」


挿絵(By みてみん)


「ちなみに、5五歩のところで4四歩と受けるのは、すぐに4五歩と突かれて、意味がありません。同歩に6五歩で、いきなり王手が掛かります」

 そっか、そこは気付かなかったな。

 いきなり4五歩でいいんだね。

「この時点でもう、後手が悪いと思います。普通、角頭の歩を守るために、飛車を浮いたりはしませんし、本譜の3五歩から、一気に潰れますので。以下、同歩、2五桂」


挿絵(By みてみん)


「この桂馬跳ねは、藤井システムの肝ですので、覚えておくといいですよ」

 ふんふん、とにかくがんがん攻めるんだね。

 ただ、次の手が、よく分からなかったかな。

「桂馬当たりを避けて、4四角ですね」

「それって、4二角じゃダメなんですか?」

 私は本譜の代わりに、角を4二に引いた。


【変化図A−1】

挿絵(By みてみん)


 これで次に2四歩とすれば、桂馬を取れると思うんだけど。

「それは……難しいですね……」

 あらら、大川先輩、考え込んじゃったね。

 やっぱり、(まどか)ちゃんか歩美ちゃんでないと……。

「こんにちは」

 おっと、歩美ちゃんが来たよ。

 これはラッキーかな。

「あら、駒込(こまごめ)さん、いらしたんですか」

「日直当番だっただけです」

 なるほどね、それはさすがに、サボらないんだね。

 まあ、サボったら、また職員室に呼び出されそうだけど。

 じゃ、真打ちも登場したし、早速質問しようか。

 大川先輩、お疲れさまです。

「歩美ちゃん、ここで先手は、何を指すの?」

 私が盤面を指し示すと、歩美ちゃんは一言。

「これって、藤井システム?」

 すごいね。一目で分かっちゃうんだ。

「これはもう、後手負けでしょう」

「藤井vs井上戦の変化を調べているんですが……」

 大川先輩の説明に、歩美ちゃんは「うーん」と唸った。

 顎に手を当てて、しばらく盤面を見つめる。

「この局面なら、6五歩で潰れてるんじゃない?」


【変化図A−2】

挿絵(By みてみん)


「以下、2四歩には5五角と出て、3三桂は同桂成、同角、同角成、同玉、6六角が王手飛車。3二玉と逃げるのも、3三歩と叩いて、同桂、同桂成、同角、同角成、同玉、6六角が王手飛車」


【変化図A−3】

挿絵(By みてみん)


「8四の飛車を取り切って勝ちね」

 あらら、ほんとだね。

 ところで、何を考えてたんだっけ?

 ……2五桂に4二角だと、どうなるかだね。本譜は4四角。

 

挿絵(By みてみん)


 これって、凄いよね。

 銀角交換、どんと来いって手だよ。

「この手の意味は?」

「うーん、井上プロに訊いてみないと、対局中の意図は分からないでしょうけど、同銀に同飛を用意してるんだと思う」


【変化図B−1】

挿絵(By みてみん)


 ……でっていう。

「4七銀と受けるよ」

「それは3六銀が気になるかな」


【変化図B−2】

挿絵(By みてみん)


「以下、6五歩に2五銀と、桂馬の方を取って、5五角と飛び出されても、慌てずに3二玉と逃げておくわ。ちなみに、王様を逃げるか、少なくとも3三桂としておかないと、4五歩でいきなり飛車が死ぬから注意」


【変化図B−3】

挿絵(By みてみん)


「同飛や3四飛は、王手放置の反則ね」

 うわッ……きついね……とにかく、角筋がきついよ……。

「依然として後手が悪いけど、ちょっとだけ盛り返してると思う。だから本譜では、4四角を同銀とせずに、6五歩。より厳しい順を選んでるわね」


挿絵(By みてみん)


 だね。これは、飛車先の歩を突く+角道を開けるで、めちゃくちゃお得。

「以下の手順は、面白いわよ。後手の2四歩に対して、構わず6四歩。ここで6四同歩は、4四銀、同歩、5五角、2五歩、4四角と出られて、3三銀に6六角打、8二飛、3三角成、同桂、3四歩の詰めろが決まって、後手敗勢」


【変化図C】

挿絵(By みてみん)


「後手は、8六歩と突く余裕さえないわ」

 なるほどね、8六歩なら、3三歩成、2一玉、2二銀、同銀、同とまでだよ。

 この詰みは、私にも分かるかな。

「というわけで、本譜は6四歩の方を無視して、2五歩を優先したわけだけど、結局4四銀と取られて、同歩、5五角。このとき、桂馬取りを優先した効果で、3二桂と打てるのが、後手の一応の狙い。でも、3三歩、同玉に4五角が絶妙。同歩と取れないから5四歩としたけど、6六角が今度は飛車に当たってて、8二飛と逃げると1二角成、香車を守って1二玉は8四角。本譜は後者を選んだのちに、4五歩、6三歩成で投了」


挿絵(By みてみん)


「途中の3三歩に同玉と取ったのは、何で?」

「同桂は6三歩成、同銀、3四歩」


【変化図D】

挿絵(By みてみん)


「まあ、どうやっても潰れてるわ」

 うーん、そっか……かと言って3三歩を無視もできないし……。

 でも、もうちょっと頑張れないかな?

「6三歩成で投了する必要性は?」

「私の推測だけど、同銀に6一飛が激痛だからじゃない?」


【参考図】

挿絵(By みてみん)


「ここに打って、どうするの?」

「よーく見てちょうだい。……4一の金が浮いてない?」

「浮くって何?」

 駒は空中に浮かないよね。それは手品だよ。

「他の駒に支えられていない状態のこと」

 他の駒に支えられていない状態……あ、そっか、金は他の駒に守られてないね。

 だからこれは、金桂両取りだよ。同時には防げないかな。

「舟囲いは、常にそこの金が急所なのよ。紐がついてないから」

 へぇ、舟囲いが囲いじゃないって言う理由、何となく分かったかな。

「以下、4二金直、8一飛成が、次に3四桂の痛打を狙った手で、どうやっても一手一手の寄りって感じよね」

 確かに、同じ実力の人が対戦したら、先手必勝かな。

 でもでも、私のレベルだと、ここからでも負けちゃいそう。

 相手がプロだし、藤井さんと交代したらアウトかな。

「で、藤井システムの威力は、体感できたかしら?」

「うん、めちゃくちゃ強いね。最強戦法なんじゃない?」

 私がそう言うと、歩美ちゃんは難しそうな顔をする。

「んー、そういうわけじゃないわ。この1号局は、相手の井上プロも藤井システムを初めて見たわけで、適切に対処できてないことが大きいのよね。例えば、5二金右が遅いとか、王様を一直線に囲ってるとか、そういうところ。実際、藤井システムは、藤井プロが竜王を獲得する原動力にもなって、当初は谷川プロや羽生プロですら受け切れなかったんだけど、その後の研究も進んできて、むしろ居飛車穴熊側が有利になってると思う」

 あらら、そうなんだ。

 ほんとに、日進月歩の世界なんだね。

「ただ、これがあったおかげで、1990年代後半から2000年代前半にかけて、いろんな戦法が生まれては消えて行ったと聞いています。まさにビッグバンだったようですね」

「そうですね、大川先輩。5五角戦法、ミレニアム囲い、右銀急戦……一部の人しか指さなくなってきた急戦が見直されたのは、とても意義があったと思います」

 ふむむ……また話がよく分からなくなってきたね……。

 ひとつだけ分かったのは、藤井先生は凄いってこと。

「じゃ、今日はここまでかな」

 そうだね。十分堪能したよ。

 中間考査の勉強もしないといけないしね。

 今日は宿題なしッ! また明日ッ!

【今日の宿題】

次回は、居飛車穴熊編です。

興味のある方は、下の棋譜の序盤を見比べてみてください。


・7九金型4枚穴熊

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=10470


・7九金型3枚穴熊

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=35714


・7九金型2枚穴熊

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=41389


・藤井システム全盛期の駒組み

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=2368


・松尾流穴熊

http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=799


穴熊の金の動きに注目してみてください。



《将棋用語解説》

○藤井システム

居飛車穴熊に対抗するために開発された四間飛車用の戦法。将棋史において5指に入るであろう革新性を有しており、将棋界がこれを中心に回っていた時期があるほど。本人の談によれば、谷川浩司から竜王を奪取した後に盛んになったとのことで、2000年度竜王戦でも羽生善治の挑戦を退けた。しかし、若手や奨励会で研究が進むと、やはり居飛車穴熊に組めるのではないか、との見方が強まり、現在ではかなり下火になっている。


貴重な本人の回顧録。

http://www.nicovideo.jp/watch/sm20902406

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