居飛車と振り飛車(居飛車編)
「居飛車は、『相手も居飛車か? それとも振り飛車か?』で、大きく二分され、前者を相居飛車、後者を対抗型と呼びます。対抗型というのは、『居飛車と振り飛車が対峙している』という意味ですね」
なるほどね、相手が飛車を動かすかどうかで、グループ分けされるんだね。
振り飛車では、そんなことはなかったかな。
「まずは、相居飛車を見ていきましょう。代表的なものは4つです」
【矢倉】
【角換わり】
【相掛かり】
【横歩取り】
「上から順番に、矢倉、角換わり、相掛かり、横歩取りと言います。この中で、横歩取りは、単に横歩と略すことが多いですね」
振り飛車のときと比べて、名前がお堅いね。
「名前の由来は?」
「角換わりは、角を序盤で交換するからです。相掛かりは、お互いに飛車先の歩をどんどん進めて、攻め掛かっているからですね。横歩取りは、名前の通り、先手が3四の歩をスライドして取るからです。矢倉については、残念ながら不明です。『囲いが矢倉の形に似ているから』『やぐら屋さんが好んで指したから』など、諸説ありますので」
ふーん、やぐら屋さん説が正しいなら、藤井システムと一緒だね。
将棋を指す人は、名前を大切にするのかな?
「ひとつだけ注意を。相居飛車に共通する特徴として、『どちらか一方のプレイヤーだけでは成立せず、お互いにこの戦法を採用した場合にのみ、成立する』ことが挙げられます」
「ん? どういうこと?」
「つまり、振り飛車と比べてみて……」
【四間飛車】
【矢倉】
「このように、四間飛車は、一方のプレイヤーの戦法のみを意味しますが、矢倉などは、盤全体の駒組みを意味します。先手だけ、あるいは後手だけがこのように組んでも、矢倉とは呼びません」
「じゃあ、お互いに合意しないと、そうならないってこと?」
「そういうことになります」
だったら、相手が振り飛車を使ってきたときは、絶対に矢倉にはならないね。
「相手が振り飛車にしてきた場合は?」
「対抗型は、『一方が居飛車、他方が振り飛車』の状態全てを意味しますので、さすがに網羅し切れません。代表的なもののみを挙げます」
【4五歩早仕掛け】
【居飛車穴熊】
【超速】
うわ、また変わった名前だね。
ただ、人名由来では、なさそうかな。
「4五歩早仕掛けは、名前の通り、4五歩で速攻を仕掛けるからです。居飛車穴熊は、王様が9九に、熊のようにこもるからですね。超速は、ゴキゲン中飛車に対する作戦で、銀を素早く繰り出して攻撃することから名付けられました」
どれもかっこいいね。早く実戦で試してみたいよ。
八千代ちゃんも、観てるだけじゃなく、指せばいいのに。
「これで、だいたい見たかな?」
「いえ、まだ一部しか見てません」
「え? そうなの?」
「居飛車は振り飛車よりも、戦法の数が多いと思います」
そうなんだ……じゃあ、振り飛車にしようかな?
あんまり覚えることが多いと、困るんだよね。
「ねえ、振り飛車に変更してもいいかな?」
「いろいろ勉強してからでも、遅くないと思いますよ」
「……だね。じゃあ、1個ずつやっていく?」
「そうですね。初手からゆっくりやっていきましょう」
八千代ちゃんはそう言って、盤を初期状態に戻してくれた。
「木原さんが、先手だと仮定します」
先手は、最初に指す人のことだよね。
「何を指しますか?」
んー……難しい質問だけど……。
「7六歩と指すよ」
駒落ちでも、最初は必ずこの歩を突いたもんね。
「いい手ですね。他にも、2六歩と5六歩があります。それ以外は、ほとんどないと言ってもよいでしょう。例外的に、1六歩なんかもありますが」
1六歩? そこの歩を突いて、どうするんだろうね?
いきなり端攻めとか?
私が不思議に思う中、八千代ちゃんは説明を続けた。
「ここで、後手の対応が重要です。まず、『2手目が3四歩の場合、普通の矢倉と相掛かりにはならない』ことを、覚えておいてください」
「何で?」
「相掛かりの図を見てください」
「3四歩を突いてませんよね?」
……突いてないね。
ってことは、3四歩を突いたら、この形にはならないってことだね。
「了解。矢倉は?」
「矢倉は少し難しいので、あとにします」
うーん、また後回しだね。
でも、焦らない、焦らない。
これまで通り、ゆっくりやっていこうね。
「じゃあ、3四歩と突くか、8四歩と突くかが、分岐点になるんだね」
「正解です。実はこの『2手目が何か?』は、結構悩ましいのですよ。まあ、それは追々説明するとしまして……今回は、3四歩と突いてみます」
これは、結構新鮮だね。
駒落ちだと、ここの歩は、2手目に絶対に突かなかったから。
「いきなり角交換できるよ?」
「する戦法もあります。筋違い角ですね」
【筋違い角】
「初期状態で角が動ける位置と異なるので、筋違い角と言います」
ふんふん、なるほどね。初期状態の角は、例えば7七→6六→5五と進むけど、これは6七、5六、4五のマス目を移動するんだね。確かに「筋を違えてる」よ。
「ただ、序盤で先手から角交換をする人は、少ないです」
「え? 何で?」
「一手損するからです」
「損?」
……意味が分からないね。
「もうちょっと、詳しく」
「例えば、初手から順番に、7六歩、3四歩、7八金、3二金、6八銀、4二銀、7七銀、3三銀と指してみます。7七銀は、3三銀よりも先に指せます」
だね。簡単な話だよ。
「で?」
「ここで、角交換をしてみます。7六歩、3四歩、7八金、3二金、2二角成、同銀、8八銀、3三銀、7七銀です」
「……あれ? 3三銀が、7七銀より先に来てるね」
「そうです。これは、角交換をして、2二銀と先に上がらせているから起こる現象です。このような現象を『手損する』と言い、本来の順番が逆になる手順を意味します」
へぇ、面白いね。手品みたいだよ。
「了解。序盤でいきなり角交換する必要はないんだね」
「先手からは、ほとんどしません。後手は、たまにやります。最初のうちは、この程度に考えておけばOKかと」
ってことは、裏に何かあるんだろうけど、触れないでおこうか。
ごちゃごちゃしてきちゃうからね。
「で、私は何を指せばいいの?」
「居飛車にするなら、2六歩が普通ですね」
これは……六枚落ちの、1筋突破定跡で見たかな?
「この歩を突く意味は?」
「居飛車は、飛車を動かさずに戦うわけですから、ここの歩を突いておかないと、役に立たなくなります。これを『飛車先の歩を突く』と言います」
なるほどね、飛車は縦横に動くから、歩を突いておいた方がいいよね。
その方が、動きがのびのびしてくるよ。
「八千代ちゃんは?」
「そうですね……分かり易く、対抗型にしますか。4四歩です」
「この手の意味は?」
「角道を止めて、振り飛車にする構えです」
「角道を止めないと、振り飛車にならないの?」
私が尋ねると、八千代ちゃんは眼鏡を直した。
「角道を開けたままにするのは、ゴキゲン中飛車や角交換型四間飛車ですね」
……あ、そっか。忘れてたよ。
さっき習ったばかりだね。
「思い出したよ。普通の振り飛車は、角道を止めるんだね」
「そうです。初心者のうちは、角交換をしたあと、うっかりどこかに打たれてしまうことが多いので、交換しない方が安全かと思います」
うん、円ちゃんに、王手飛車を喰らったからね。
角の動きはちょっと特殊だから、気をつけないといけないよ。
「私は?」
「そうですね……ここからは、ややバリエーションに富んでいるのですが……初心者のうちは、2五歩が分かり易いかと思います」
「飛車先をさらに伸ばして、攻撃すると脅すわけですね」
ほんとだ。次に2四歩で、いきなり仕掛けられるよ。
「こちらも、2四歩は困るので、3三角と上がります」
「次は?」
「人に寄りますが、4八銀か5六歩が多いかと」
「今回は、5六歩としてみます」
5六歩……また分かんなくなったね。
中央から攻めるのかな?
でも、それは居飛車じゃないよね。中飛車だよ。
「この歩の意味は?」
「角や銀の動きと関係します。5六歩を突いておくと、6六角〜5七角、あるいは7八銀〜7九角〜2四歩など、バリエーションに富んだ動きができますので」
【変化図】
【変化図】
ふえぇ……凄い。ちゃんと考えられてるんだね。
適当に歩を突いてるわけじゃないよ。
「じゃあ、八千代ちゃんも5四歩?」
「いえ、私の角は、2四歩を防止するために、しばらく動けません。普通は、ここで飛車を移動させて、どの振り飛車の種類にするかを、明示します。但し、中飛車の場合だけ、先に5四歩と突きますが、現在はゴキゲン中飛車の方が主流なので、これは省きます。今回は、四間飛車を採用しましょう」
なるほどね。そこに飛車を移動させるのは、四間飛車だよ。
前回教えてもらった形を、先後逆にすればいいだけ。
「私は?」
「4八銀でしょうか」
「あ、これは分かるよ。銀を進出させて、攻めるんだよね?」
……あれ? 微妙な顔してるね。違ったかな。
「半分正解、半分間違いです。駒落ちでは、右の銀を攻めにしか使いませんが、平手では、攻めにも守りにも使えます」
へぇ、この銀を守りに使うんだ。
でも、兵力が足りなくならないかな?
「八千代ちゃんは、どうするの?」
「いろいろありますね。6二玉と、王様を囲いに行ってもいいですし、3二銀として、様子を見るのもありです。最近だと、3二銀の方が多いかもしれません」
だんだん、説明が抽象的になってきたね。
「その手の狙いを、直接的に説明できないかな?」
「難しい注文ですが……狙いとしては、4三銀と上がって、角の頭を防御するのがひとつ。ここから5四銀と上がって、攻撃に参加させることもできます」
【変化図】
「さらに6四歩と突いて、6三銀と下がれば、防御にも参加できます」
【変化図】
わお、これって凄いかも。
「変幻自在だね」
「そうですね。この3二銀〜4三銀は、ほんとうにうまくできています」
「それから?」
「これまた、いろいろ考えられますね。6八玉と、王様を囲いに行きますか」
王様を囲うの重要。二枚落ちで痛感したよ。
ただ、6八玉だと、カニ囲いにはできないよね。
「カニ囲いはダメ?」
「か、蟹囲いですか……ちょっと弱いと思います……」
そっか。カニさん囲い、愛着があるんだけどね。
弱いなら、しょうがないね。
「じゃあ、どうやって囲うの?」
「対抗型における居飛車の基本形は、舟囲いです」
「ふながこい。魚のフナ?」
「ち、違います……船舶のことです」
船舶……あ、舟のことだね。ちょっと訛ってるのかな?
カニさんが水の中にいるから、フナだと思ったんだけど、外れちゃったね。
「どんな囲い?」
「今回は、そこまでやって終わりにしますか。私も6二玉と上がり、7八玉、7二玉、5八金右。これで舟囲いは完成です」
「……どこが舟なの?」
「王様が舟に乗ってるように見えませんか?」
王様が舟に?
……あ、ほんとだ。5八の金が船首だね。
大河ドラマとかに出て来る、河を渡る小舟に似てるよ。
「了解。でもこれって、全然強くなさそうなんだけど」
王様の下に金銀がいたら、防御してないように見えるよね。
八千代ちゃんも、困った顔をしてるし。
「正直なところ、舟囲いは強くないです。『舟囲いは囲いではない』と言う人もいるくらいですので」
ちょ、それはないよ。
「だったら、カニ囲いの方がよくない?」
「正確に言うと、舟囲いは居飛車の基本形であって、ここから発展させるのが普通です。舟囲いの進化先は多く、様々な囲いに変形できますので」
へぇ、舟囲いは進化するんだ。ポケモンか何かかな?
「とりあえず、このようにやっていくのが、対抗型における居飛車です。ちなみに、振り飛車側の動きも、少しは参考になったかと思いますが、どうでしょうか?」
「うん、勉強になったよ」
こうやって、一手ずつ考えていくのは、タメになるね。
「では、今日はこれまでと……」
「宿題は?」
私が尋ねると、八千代ちゃんは眼鏡を何度も直した。
「そうですね……棋譜並べができると、戦法も分かり易くなるのですが……」
「きふならべ?」
「他人の将棋を並べて、勉強することです。……では、それを宿題にしましょう」
八千代ちゃんはそう言うと、棚から電話帳みたいな本を取り出してきた。
……『将棋年鑑』って書いてあるね。文字がびっしり。
「符号はもう読めますので、これを並べてみてください」
開始日時:2010/05/25
持ち時間:5時間
棋戦:竜王戦
戦型:四間飛車
場所:東京「将棋会館」
先手:三浦弘行
後手:藤井猛
*棋戦詳細:第23期竜王戦2組決勝
* 「三浦弘行八段 」vs「藤井 猛九段 」
▲7六歩 △3四歩 ▲2六歩 △4四歩 ▲4八銀 △4二飛
▲6八玉 △9四歩 ▲7八玉 △7二銀 ▲5六歩 △3三角
▲5八金右 △6四歩 ▲5七銀 △3二銀 ▲2五歩 △5二金左
▲3六歩 △6二玉 ▲3五歩 △同 歩 ▲4六銀 △3六歩
▲2六飛 △4五歩 ▲5五銀 △5四歩 ▲6四銀 △4六歩
▲同 歩 △同 飛 ▲3三角成 △同 銀 ▲4七歩 △5六飛
▲3五角 △4四角 ▲同 角 △同 銀 ▲6五角 △5八飛成
▲同 金 △6三歩 ▲5三歩 △4二金 ▲5四角 △5七歩
▲6八金 △6四歩 ▲2一角成 △7一玉 ▲1一馬 △5三銀
▲5四歩 △同 銀 ▲1二飛 △4三金 ▲5五桂 △5三金
▲3六飛 △8二玉 ▲3一飛成 △4一歩 ▲同 龍 △5二銀
▲3一龍 △4一歩 ▲4六香 △5八金 ▲4一香成 △6八金
▲同 玉 △5九角 ▲6九玉 △4八角成 ▲4二成香 △5八歩成
▲7八玉 △4一歩 ▲5二成香 △同金引 ▲4一龍 △5九馬
▲8八玉 △8四香 ▲7八金 △6八金 ▲4四馬 △7九金
▲同 玉 △6九馬 ▲8八玉 △6八と
まで94手で後手の勝ち
うぅ……長い……。
「全部?」
「いえ、仕掛けの直前までで結構です」
「……どこまで?」
「そこを自分で判断してみてください」
そっか……それも宿題の一部だね。
仕掛けは開戦のことだから、比較的簡単に分かるかな。
「オッケー、じゃ、また明日」
【今日の宿題】
前述の棋譜を、仕掛けの段階まで再現しなさい。
なお、下記のデータベースで並べてもよい。
http://wiki.optus.nu/shogi/index.php?cmd=kif&cmds=display&kid=72380
《将棋用語講座》
○居飛車
振り飛車と並ぶ、将棋2大戦法のひとつ。飛車を初期位置に置いたまま駒組みを進め、飛車先を突破する方向で仕掛けを開始するのが特徴。下位区分は非常に多く、すべてを指しこなせる人は、プロでもなかなかいないほど。定跡が細かく整備されており、詰みまで研究されている局面も存在する(特に横歩に多い)。




