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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
平手を指そう!(戦法総論)
37/60

居飛車と振り飛車(振り飛車編)

 結局、昨日は帰るまで本を読んでたんだけど……。

 全然分かんなかったね。こんなことで、大丈夫なのかな?

 不安になってくるよ。

 とりあえず部室に行こうね。

「来たよぉ」

 私がドアを開けると……あれ? 八千代(やちよ)ちゃんしかいないね。

 これは、いつものパターンだよ。

「みんな将棋教室?」

 私が尋ねると、八千代ちゃんは本から顔を上げた。

 もうちょっと早いタイミングで上げてくれてもいいんだけど。

「こんにちは、木原(きはら)さん……他の人は、道場へ行きました」

 そっか……予想通りだね。

「八千代ちゃんは、またお留守番?」

「いえ、木原さんが、戦法について尋ねてくると思いましたので」

 八千代ちゃんは、私のことを気遣ってくれたんだね。

 うるうる。それじゃ早速質問しようか。

「『羽生の頭脳』を、ぱらぱらめくってみたんだけど……」

「どうなりましたか?」

「全然分かんなかった」

 あ? 八千代ちゃん、呆れたかな?

 私の心配を他所に、八千代ちゃんは本をテーブルの上に置いた。

「最初は、そんなもんだと思います」

 っと、予想と違う答えだね。

「でもさ、本を読んでも全然分かんなかったら、意味なくない?」

「そんなことはありません。学校の勉強でも、最初は意味が分からないものです。何度もやるうちに感覚が掴めてきて、分かるようになるわけですね」

 うーん、そう言われると、そうかな。

 英語とかも、最初は全然分かんないもんね。

 カタカナ英語はたまに分かるけど、発音がおかしいって言われちゃうし。

「これから、どうすればいいのかな?」

「とりあえず、物真似から始めるのがいいと思います。ただそれは実戦になるので、駒込(こまごめ)さんに聞いてください。私が教えられるのは、理論的なところだけですから」

 八千代ちゃんくらい知識があれば、実戦も強そうだけどね。

 知識量と強さは、あんまり関係ないのかな?

「それでは、木原さんが『羽生の頭脳』を流し読みしたという前提で、話を進めます。まずは、戦法を大きく2つに分けます。居飛車と振り飛車です」

 いびしゃ、ふりびしゃ……本の中に、出て来たかな。

 よくは分からなかったけど……。

 八千代ちゃんはホワイトボードに、漢字を書いてくれた。

「居飛車と振り飛車は、飛車の動作によって決まります。つまり、『飛車を初期位置から動かさずに駒組みを進めるのが、居飛車。飛車を初期位置から動かして駒組みを進めるのが、振り飛車』です」

「……例えば?」

「いろいろ見てみましょう。まずは、居飛車の例です」


【居飛車A】

挿絵(By みてみん)


【居飛車B】

挿絵(By みてみん)


【居飛車C】

挿絵(By みてみん)


「Aでは先手(せんて)のみが、B、Cではお互いが、それぞれ飛車を動かさずに駒組みを進めています。ちなみに、先手というのは、1番最初に駒を動かすプレイヤーで、後から駒を動かすプレイヤーは、後手(ごて)と呼ばれます」

 これは分かるね。「先手を打つ」とか、「後手に回る」って言うから。

「この3つは、『羽生の頭脳』で何となく見たよ」

「では、次に振り飛車の例を」


【振り飛車A】

挿絵(By みてみん)


【振り飛車B】

挿絵(By みてみん)


「Aでは先手のみが、Bではお互いが、それぞれ飛車を動かしていますね」

 うんうん、これも分かるよ。

 どっちも、飛車が初期位置から大幅に動いてるもんね。

「『飛車を動かすか、動かさないか』だから、二者択一なんだね」

「原則的には、そうなります。ただ、あまりにも普通の定跡からかけ離れた場合は、居飛車とも振り飛車とも呼ばずに、力戦(りきせん)と呼びます。『力の戦い』と書き、定跡に頼らない実力勝負という意味ですね。使用法は、『その他』とほとんど同じです」

 ふぅん、その他扱いなんだ。

 実力勝負がその他扱いっていうのも、何か変だけどね。

「オッケー、ここまでは分かったよ。……それで?」

「まず木原さんは、『飛車を動かすかどうか』を決める必要があります」

 ……あ、そっか、そうだよね。

 飛車を動かして駒組みを進めるかどうかなんだから、どっちかしかないよ。

「どっちがいいの?」

「どっちでもいいです。居飛車の方がいいか振り飛車の方がいいか、は、高段者でない限り問題になりません。トッププロレベルでは、居飛車有利のような雰囲気ですが、アマチュアがそういうことを気に掛けても、仕方がないので」

 一応、居飛車の方がいいんだ……じゃあ……。

「居飛車にしようかな」

「まあ、それは今すぐ決めなくてもいいです。お試しで、いろいろ指してください」

 だね。試食はタダだし。

「さて、戦法を大まかに2分しましたので、さらに下位区分を設けます。今日は、振り飛車から始めたいと思います」

「あれ? 振り飛車からなの?」

 私は居飛車にしたいから、居飛車の下位区分を説明して欲しいよ。

「振り飛車の下位区分の方が、圧倒的に分かり易いので」

 ふぅん……それは、実際に見てみないと、分かんないかな。

「じゃ、よろ」

「振り飛車は、飛車の移動先で、名前が変わります。少々お待ちを」

 わお、八千代ちゃん、盤を4つも持ち出したよ。

 こんなにあったら、覚えきれないかも。


【中飛車】

挿絵(By みてみん)


【四間飛車】

挿絵(By みてみん)


【三間飛車】

挿絵(By みてみん)


【向かい飛車】

挿絵(By みてみん)


「この4つが、振り飛車4大戦法です」

「ちょっと時間が欲しいかな。じっくり見たいから」

「どうぞ」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「何か、全体的に似てるね」

「もちろんです。振り飛車と言うからには、お互いに親近性があります。ただ、注意して欲しいのは、四間飛車が指せるから三間飛車も指せるというような、代替性はありません。どの戦法についても、別個に勉強する必要があります」

 飛車の位置って、そんなに重要なのかな?

 私には今のところ、全部同じに見えるけど。

「読み方は?」

「順番に、中飛車(なかびしゃ)四間飛車(しけんびしゃ)三間飛車(さんけんびしゃ)向かい飛車(むかいびしゃ)です。名前の付け方は簡単で、一番上は飛車が真ん中にいるから、中飛車。2番目は左から4列目にいるから、四間飛車。3番目は左から3列目にいるから、三間飛車。4番目は、相手の飛車と向かい合ってるから、向かい飛車です」

 なるほどね、これなら簡単に覚えられるね。

 ひとつだけ気になったのは、6筋にいるのに四間飛車ってことかな。

 筋のナンバーとは、関係ないみたいだね。

「後手でも、同じ?」

「同じです。これは、先手後手関係ありません」

 そっか。じゃあ、振り飛車は、これでオッケーかな。

 どうやって攻めるかとか、そういうのは全然分かんないけど。

「どこから仕掛けるの?」

「あ、ちょっと待ってください。その前に、大切なことを指摘しておきます。振り飛車の基本形は、この4つで、『羽生の頭脳』に載っているのも、確かこの4つだけのはずです。しかし、現在では、もっと新しいタイプが登場しています」

 そう言えば、『羽生の頭脳』は、ちょっと古いって言ってたね。

 情報をアップデートしておかないと、心配だよ。

「新しいタイプって?」

「まず、四間飛車の特殊なタイプとして、藤井システムが挙げられます」

「ふじいしすてむ?」

 まさか、藤井さんが考えたシステムじゃないよね。

「どういう意味?」

藤井(ふじい)(たけし)プロが考えたシステムです」

 ……………………

 ……………………

 …………………

 ………………

「単純だね」

「名前は単純ですが、システム内容はめちゃくちゃに複雑です。これだけで本が何冊も出ていますし、定跡の変遷も日進月歩でした」

 そういう難解なのを考え出されると、困るんだけどな……ん?

「でした、って何?」

「最近は、プロでもアマでも、下火になっています。人気があるのはむしろ、これから説明する戦法ですね」

 んー、藤井さんは、開発を止めちゃったのかな?

 そのへんは、全然分かんないね。見当もつかないや。

「単純に説明すると、藤井システムって、どんな感じ?」

「それを一言で言い表すのは、難しいですね。これは対居飛車穴熊として考案されたので、先に居飛車をやってからでないと、把握し辛いと思います」

 じゃ、後回しだね。先に行こうか。

「別のやつは?」

近藤(こんどう)正和(まさかず)プロ考案の、ゴキゲン中飛車です」


【ゴキゲン中飛車】

挿絵(By みてみん)


「ごきげんって、ごきげん斜めとかのごきげんじゃないよね?」

「そうですよ」

 ……なんか、名前の付け方が変わってるね。

「普通の中飛車との違いが分かんないんだけど」

「ゴキゲン中飛車の特徴は、角道を開けたまま戦う、攻撃型の布陣です」

 あ、ほんどだ、角道を開けたままだね。

 他の振り飛車は、角道を全部封鎖してるよ。

「角道を開けたまま戦うのは、これだけ?」

「いえ、石田流(いしだりゅう)もそうです。三間飛車の応用ですね」


【石田流】

挿絵(By みてみん)


「石田さんが考えた戦法ってこと?」

 私が尋ねると、八千代ちゃんは驚いたように眼鏡を直した。

「よく分かりましたね」

 分かるよ……さすがに……。

石田(いしだ)検校(けんぎょう)という、盲目の棋士の考案です」

「盲目? ……あとで目が見えなくなったってこと?」

「いえ、将棋を指していた頃から、既に失明していました」

「将棋できないじゃん」

「目が見えなくても、将棋は指せるのです。とてつもないハンデですが」

 えぇ……どうやって? 想像もつかないよ。

 頭の中に盤を思い浮かべて、それだけでやるのかな?

 ちょっと人間離れしてるね。

「他には?」

「角交換型四間飛車もあります。これには、江戸時代に流行った旧式と、現在になって急に着目された新式があります」


【旧式・角交換四間飛車】

挿絵(By みてみん)


【新式・角交換四間飛車】

挿絵(By みてみん)


「前者は奇襲戦法で、ほぼ死滅しています」

「あんまり良くないってこと?」

「そういうことになりますね」

 そっか……だったら、使わない方がいいかな。

 旧式の方は、候補から外しておこうね。

「ちなみに、新式の考案者は、やはり藤井プロです」

 へぇ、その藤井さんって人は、凄いんだね。発明家か何か?

「まだある?」

「まだまだあります。三間飛車の応用として、中田(なかた)(いさお)XP、2手目3二飛戦法が挙げられます」


【中田功XP】

挿絵(By みてみん)


【2手目3二飛車】

挿絵(By みてみん)


 2手目3二飛車は、そのまんまだね。2手目に3二飛車だから。

「中田功XPって言うのは?」

「中田功プロ考案で、解説書が2002年、すなわちWhindows XPが発売された年と重なっていたことから名付けられました」

「なんかさ……変な名前ばっかりじゃない?」

「……人それぞれです」

 そう言われると、困るんだよね。反論できないから。

 八千代ちゃんも、これ以上は触れて欲しくなさそうだし、スルーするよ。

「最後に、ダイレクト向かい飛車をご紹介します」


【ダイレクト向かい飛車】

挿絵(By みてみん)


「どのへんがダイレクト?」

「角道を止めない場合、向かい飛車は、4二飛と一回停車して、それから2二に振ります。ダイレクト向かい飛車では、4二飛の停車を省いて、ダイレクトに2二飛と振ります」

「何で一回止まるの?」

 止まってる方が、普通じゃない気がするよ。

「3三角成、同桂、6五角があるからです」


挿絵(By みてみん)


「従来はこれを恐れて、飛車を一時停車していたのですが、別に問題ないということを発見したのが、佐藤(さとう)康光(やすみつ)プロです」

 なるほどね、こうやって、常識が覆るんだ。

「なんか、戦法を見てるだけでも、飽きないね」

「その通りです。私もコレクションしていますので」

 こ、コレクションはしないかな……さすがに……。

「いろいろ眺めて、お気に入りの戦法を探してください」

「え? お気に入りかどうかでいいの?」

「最初はそうですよ。見た目がかっこいいとか、そんな人が多いです」

 ふぅん……確かに、それ以外の判断材料がないよね。

「携帯カメラで撮って、持って帰ってもいい?」

「いいですよ。ネットで調べても、たくさん出ると思います」

 私はパシャパシャ携帯で撮影すると、それをポケットに収めた。

「では、居飛車に移りましょう」

【今日の宿題】

振り飛車の戦法は、他にもたくさんあります。

Wikipediaなどをご参照ください。



《将棋用語講座》

○振り飛車

将棋2大戦法のひとつで、飛車を初期位置から動かして駒組みをするもの。江戸時代初期には既に指されていたが、その後衰退、ほぼ死滅した時期が続いた。しかし、戦前に大野源一がこれを復活させ、以後、プロ・アマを問わないメジャー戦法へと返り咲いた。後年の大山康晴が得意とした他、升田幸三の升田式石田流など、話題にこと欠かない。居飛車穴熊が登場してからは、苦戦を強いられており、藤井システムによって一時盛り返したが、現在ではまた苦難の時代を迎えている。今回紹介した新式角交換四間飛車は、打開の試みとして開発されたものである。

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