二枚落ち(二歩突っ切り定跡:序盤)
「二歩突っ切り定跡の初手は、6二銀よ」
んん? この時点で、私の将棋センサーが反応してるよ。
「これって、八枚落ちとも、六枚落ちとも違うよね?」
八枚落ちと六枚落ちは、最初に金を動かしてた気がするね。
歩美ちゃんも、頷いてくれた。
「勘がいいわね。初手が3二金じゃない理由は、単純よ。八枚落ちと六枚落ちで、金を早めに動かしてたのは、何でだと思う?」
最初に金を動かしてた理由?
ちょっと待ってね。考えるよ。
……………………
……………………
…………………
………………
あ、分かったッ!
「角成りの防止」
「正解。八枚落ちでは、3二金が3三角成を防止して、7二金〜8二金が、6六角〜9三角成を防止するのよね。六枚落ちでも一緒。3二金が3三角成を防止していて、7二金+8二銀が、6六角からの端攻めに備えるわけ」
だね。金は、角の攻めを防いでるんだよね。
「話を二枚落ちに戻しましょう。3三や端の防御に、金は必要?」
……じゃないね。そこには最初から、桂馬と香車が利いてるよ。
「要らないよ」
「というわけで、初手は中央を厚くする6二銀よ。二枚落ちだと、端よりも中央が薄いの」
なるほどね。4〜6筋に利いてる駒は、初期状態だとゼロだよ。
だから、ここを守っていくんだね。
「じゃ、続きね。下手はやっぱり、7六歩よ」
うにゅ? 何で?
「上手が初手を変えたから、こっちも変えるんじゃないの?」
「この7六歩は、『初手の中で最も効率が良いと思われる手』のひとつよ。ここの歩を突くだけで、角が自由になるでしょ。だから、どんな状況でも好手」
……そっか。っていうか、最初の頃に、そんなこと考えてたね。
初心大事。
「上手は5四歩と突いて、どんどん中央へ進出してくるわ。こっちは4六歩」
うわぁ……また分かんない手が出たよ……。
六枚落ちや八枚落ちのときと、全然違うね。
「この手の意味は?」
「5三銀に4五歩よ」
「これで、上手の4四歩を牽制しているの」
「4四歩を牽制して、どうするの?」
「6二金に3六歩と突いて、3筋を狙うのよ」
……あ、これは見覚えがあるね。
八枚落ちのとき、歩美ちゃんに勝ったのが、この戦法だもん。
「3六歩〜3五歩のあと、銀をどんどん前進させるんだよね?」
「正解」
やったね。今日は勘が冴えてるかな。でも……。
「4五歩との関係は? 3筋を攻めるなら、4五歩は要らなくない?」
「じゃあ、4六歩〜4五歩としないパターンを考えるわね。4六歩に代えて3六歩なら、上手は5三銀として、3五歩、4四歩、3八飛、4二銀上、3四歩、同歩、同飛、3三歩、3八飛、4三銀」
「上手はこうやって、中央を厚くできるの」
うーん、なんとなく分かったかな。
要するに、4五歩と突いた方が、上手が窮屈ってことだよね。
でもでも、次に4八銀〜3七銀〜3六銀としていけば、いいんじゃないかな?
「銀を進出させればいいんじゃない?」
「もちろん、そうよ。二枚落ちは、上手が最初から不利なんだから、定跡を離れても悪くはならないわ。でもね、4六歩〜4五歩の形で3四歩と突いた方が、厳しいのよ」
「何で?」
「やってみましょうか。4六歩、5三銀、4五歩、6二金、3六歩、3二金、3五歩、4二銀上、3八飛、5二玉。ここで、3四歩と突いてみるわね」
「さて、上手はどうする?」
どうするって言われても、することはひとつじゃないかな?
「同歩でしょ?」
「それは、1一角成」
あッ……。
「いきなり香車を取られて終了よ」
……だね。馬もできてるし、いきなり敗勢になってるね。
ということは、同歩とできないんだ。だったら……。
「取らないで、放置するよ。……6四歩かな?」
「放置したら、3三歩成よ?」
「同銀でよくない?」
「3四歩」
「これを同銀なら、また1一角成よ」
「……2二銀」
「そこで4八銀ね」
「ほら、4六歩〜4五歩の方が、ずっといいでしょ」
うーん、ほんとだ、納得。
上手が、プレッシャーをかけられまくってるね。
「じゃあ、二枚落ちって、そこまで難しくないのかな?」
「と思うかもしれないけど、難しいのよ。さっきの駒組みは、二歩突っ切り定跡の本筋じゃなくて、4六歩〜4五歩の効果を明らかにしたかっただけ。本筋は、4五歩のあとに、6二金と様子を見て、3六歩、3二金、3五歩、5二玉」
うぅ、また難しいよ。
一手一手の意味が、見えてこないかな。
「えーと、4五歩のあとに、6二金は何で?」
「バランスの問題ね。さっきも言った通り、金銀を、なるべく中央に集めたいの。候補としては、6二金、5二金右、5二金左、4二金、4二銀が考えられるでしょ。で、上手は3六歩〜3五歩と攻められたとき、2二銀としないといけないから、4二銀はないわ。同様に、3六歩〜3五歩に対しては、3二金ともしないといけないから、4二金、5二金左も消去。残りは6二金と5二金右だけど、5二金右は駒が片方に偏り過ぎるから、却下。というわけで残ったのは、6二金ね」
うーん、難しいね。私じゃ理解不能。
分かったのは、バランス重視ってことだけかな。
「オッケー、その次の手は?」
「下手は当初の作戦通り、3六歩。上手は3二金と上がるわ」
「この狙いは単純で、3筋を攻められそうだから、金でガードしてるわけね」
「あれ? 3筋は攻められないって言わなかった?」
「違う違う。あれは、『初手3二金で角成をガードする必要がない』ってだけ。この3二金は意味が違っていて、3六歩〜3五歩〜3八飛のガードよ」
……あ、なるほどね、角成じゃなくて、飛車の攻めを防いでるんだね。
「分かったよ、先をお願い」
「下手は3五歩と突いて、3筋を圧迫。ここで上手には、2通りの手が考えられるわね。ひとつは、3四歩を防いで、2二銀。もうひとつは、先に5二玉と様子を見る手」
【A図】
【B図】
あ、これはあれだね、変化を考えるパターンだね。
「どっちがいいの?」
「個人的な見解としては、どっちもあり。5二玉と2二銀の順番の問題」
うーん、そういうのが、一番困るよね。
レストランとかでも、「何でもいい」が一番困るし。
ただ、今の状況だと、それよりももっと気になることがあるね。
「えっとさ、B図でいきなり3四歩と突かれたら、どうするの?」
同歩と取れないよね。
だから、5二玉は間違いじゃないのかな?
「いきなり3四歩の対応にも、2通り考えられるわね。ひとつは2二銀として、3三歩成、同銀、3四歩、2二銀を甘受するパターン」
【B−1図】
「これはもう、上手が悪いでしょうね」
そうだね。3筋のプレッシャーが強過ぎるかな。
4八銀〜4七銀〜4六銀〜3五銀〜4四歩くらいで勝てそう。
「でもさ、それ以外に手がなくない?」
「同歩があるでしょ?」
え? 同歩?
「1一角成だよ?」
「2二銀、2一馬、3一金、1二馬、4二玉」
【B−2図】
んん? これは、香車も桂馬も取られちゃってるよ?
上手が相当悪いんじゃないかな。最後の4二玉も、意味が分からないし。
「どういうこと?」
「このままだと、3二玉〜2一金で、馬を捕獲できるわ」
……ほんとだ。捕まっちゃったね。
「じゃあ、これは下手がダメってこと?」
「んー、そうとも言い切れないわ。駒の交換状況は?」
交換状況? ……あ、それを考えないといけないね。うっかり、うっかり。
下手がもらったのは、香車、桂馬、次に金も取れるね。
上手がもらったのは、馬だけ。取った駒は戻るから、角だね。
「角と香桂金交換だよ」
「そういうこと。となると、上手が若干損ね」
「損なの? ……3枚のバージョンは、よく分かんないよ」
「金駒と香桂の交換は、香桂が若干得だと思う。まあ、これも人によっては、香車+桂馬よりも金駒1枚の方が価値が高い、って言うかもしれないけど」
なるほどね、そのへんの交換レートは、厳密には計算できないんだね。
ただ、金+銀≒角なら、香+桂≒金or銀でも、おかしくはないかな。
「問題は、この進行だと、上手にどうやっても馬ができちゃうのよ」
「え、どうやって?」
「まず、2一金、同馬、同玉でしょ。次に3八飛なら、5五角の切り返し」
うわ、1九と9九の、両方を狙ってるね。
「角成で香車の損を回復。次に桂馬も取れば、駒得よ」
「じゃあ、4六銀と受けるよ」
「それには4七角」
うぅん、次に角を成られて、馬ができちゃうね。
「4六銀の代わりに、5六歩と突くよ」
「それは5七角」
「……歩じゃなくて、5六銀と上がろうかな」
「4六角」
「というわけで、これは下手がかなり困ってると思う。駒を交換するまでは良くても、そのあとが、実力差で埋まらないから。正確に指せば、下手勝ちだとは思うけど」
だね。いくら駒得しても、こんなに変化が多いんじゃ、対応できないよ。
ところで、何の話だっけ? ……あ、3四歩と突けるかどうかだね。
「ってことは、5二玉、3四歩には、同歩で持ち堪えてるんだね」
「そういうこと。だから定跡でも、5二玉。ひとつだけ注意して欲しいのは、この5二玉を上がっておかないと、4三の地点が薄くて、3四歩の攻めが成立するってこと。例えば、5二玉に代えて6四歩なら、すぐに3四歩、同歩、1一角成、2二銀、2一馬」
「ここで3一金としても、4三馬で脱出できるわ」
ほんとだ。5二玉は、この変化で、馬の脱出を阻止してるんだね。意外。
でもでも、あとから4二玉と上がればいいんじゃないかな?
「次に4二玉なら? 間に合ってない?」
「それは4四歩ね」
「無視して3一金なら、4三歩成か4三馬。同歩は4七香車」
??? 何これ? 空中に香車が浮いてるよ?
「打ってどうするの?」
「そこで3一金なら、4四香と走るの。同銀は5四馬で終わり」
……そっか、4四の銀と8一の桂馬は、同時に防御できないね。
「かと言って、同銀以外に手はないわ。5二玉なら4三馬だし」
「じゃあ、3一金としなければいいんじゃない? 3三銀とかさ」
「その場合は、2五桂ね」
「2二銀なら、1二馬、2四歩、1三桂成が間に合うわ。だから2四銀だけど、一旦2六歩と桂馬を助けて、1二馬〜1三桂成を狙ってオッケー」
うわぁ……難しい……。
変化を読むと、頭が爆発しちゃうね。
「こんがらがってきちゃった」
「そういうときは、定跡の本筋に戻って、自分が何をしているのか確認。今やってるのは、5二玉に代えて、6四歩のパターン。結論は、5二玉なら3四歩と急襲できないけど、6四歩なら3四歩が成立する、ね」
ふんふん、そういう風にまとめてもらえると、助かるね。
とりあえず、上手の5二玉には、意味がある、と。
「というわけで、5二玉に3四歩が成立しないから、4八銀」
「3八飛じゃないの?」
3筋を攻めようとしてるんだから、大砲を移動させないとね。
「3八飛は、2二銀ですぐに止まっちゃうわ」
「何で?」
「例えば、3八飛、2二銀に、すぐ3四歩と突いたら、同歩と取って、同飛、3三銀、3八飛、3四歩」
「攻撃が止まっちゃったでしょ?」
あらら、ほんとだね。
3三銀が見えてなかったよ。
「分かったよ。3四歩と突けないなら、3八飛はあとでもいいね。でも、飛車の代わりに銀を動かす理由を教えて欲しいかな」
「銀を動かすのは、3四歩、同歩、同飛に、3三銀を防止するためよ。例えば、4八銀、2二銀、4七銀、7四歩、3八飛、6四歩、3四歩」
「ここで同歩、同飛、3三銀は、3八飛、3四歩、4六銀として、相手が何を指しても次に3五歩、同歩、同銀と侵攻できるわ」
「ここで3四歩なら、構わず同銀と取って、同銀、1一角成。3三桂は3四飛、3三金は2一馬、3三銀は2一馬、2二金に1一馬と冷静に逃げて、次に3七香を狙えば十分よ。そこから4二玉と馬を取りに行っても、間に合わないわ」
なーるほどね。銀を前に出して、反撃できるようにしておくんだね。
これがあるなら、上手は3四歩、同歩、同飛に3三銀とできないよ。
「上手は、歩切れなんだね」
「それも正解。歩切れは痛いの典型例ね。とはいえ、4八銀に有効な対応もないから、上手は2二銀、4七銀、7四歩と、銀の進出を甘受するしかないわ。そこでいよいよ、3八飛。上手は6四歩と、王様の逃げ道を拡大ね」
「下手は準備万端。ここまでが、二歩突っ切り定跡の序盤。六枚落ちで言うと、駒組みの段階よ」
なるほどね、駒組みは、攻撃の準備段階。
ここまでは全部、3四歩と開戦する準備なんだね。
「じゃ、ここから仕掛けに入るわよ」
【今日の宿題】
次に3四歩と仕掛けたとき、敵陣をそのまま突破できるか、検討しなさい。
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