六枚落ち(寄せを考える)
「うーん……」
「うーん……」
「食べ過ぎて、お腹でも痛いの?」
私が顔を上げると、そこには歩美ちゃんの顔が。
「違うよ。この続きを考えてるんだよ」
私は盤面を指差す。今は、私のターン。
そもそも私の辞書に、「食べ過ぎ」という言葉はないよ。
「次の手、そんなに難しい?」
えっとね、次の手を考えてるわけじゃないんだよね。
次の手は分かってるんだ。
「9四歩とするつもり」
「……正解よ。それでいいわ」
やったね。
これって、1筋突破型定跡の応用なんだよね。あのときは、1筋を破ったあと、1四歩から1三歩成ってしたもん。おうちで気付いたんだけど、9筋突破定跡と1筋突破定跡って、いろんな点で左右対称になってると思う。
(※図は数江ちゃんの脳内イメージです。)
ね、左右対称になってるでしょ。
「だったら、何を悩んでるの?」
「9四歩、歩美ちゃんのターン、9三歩成のあと」
「……そう」
うわーん、また無関心な返事だよ。当事者なのに。
「そういう読み方は、いいトレーニングになるわ。『3手の読み』と言って、自分のターン→相手のターン→自分のターンと、3ターン分をあらかじめ考えておくのが、いいとされてるから」
そっか、そっか、先読みは重要なんだね。
ポケモンの通信対戦でも、そんな感じでどんどん先の展開を考えるから。
「ま、初めのうちは、3ターンで十分かな」
ってことは、歩美ちゃんレベルだと3ターンじゃないんだね。
5ターンとか7ターン考えるのかも。
でもでも、できないことは無理してしない方がいいから、私は3ターンだけ考えよ。……9四歩、5三銀、9三歩成かな?
(※図は数江ちゃんの脳内イメージです。)
これも、1筋突破型の逆バージョンな気がするね。
1筋突破型だと、6二銀〜5三銀だから、これはきっと4二銀〜5三銀だよ。
「9四歩」
「5三銀」
やっぱりね。私って天才。
「9三歩成」
3手の読みが成功したところで、歩美ちゃんが考え始めた。
「上手はこれで終わったとしたもんだけど……少し頑張りますか」
歩美ちゃんは30秒ほど考えて、6五歩と突いてきた。
うにゅ? これは何?
「ちょっと捻った手だけど、角当たりよ」
うん、それは分かるよ、さすがに。
角を逃げないといけないよね。そのための5六歩だから。
「5七角」
じゃじゃーん、これが1三に利いてるよ。
2二金、8三と、6二金、7三と、同金かな。
うわ、5手も読めちゃった。
「6四銀右」
……あれ? いきなり外れたね。
「1三角成ってしちゃうよ?」
「どうぞ」
……罠かな? 馬が捕まるとか?
……………………
……………………
…………………
………………
捕まらないっぽいね。
歩美ちゃん、諦め気味かな? でも、慎重に。
「1三角成」
「5五歩」
うぅ……全然当たらないや……。
私の読みから大幅に離れてるよ。しょぼん。
「同歩ッ!」
「同銀」
「8三とッ!」
「6二金」
「7二とッ!」
「……5二金」
あうぅん、金銀がどんどん逃げて行くよ。
おかしいな。9三歩成とすれば、銀か金は取れると思ったんだけど……。
うーん、また3手の読みに戻ろうかな。6二とは同金で、と金が消えちゃうだけ。だから8三龍と王手をかけて、5四玉、7三ととしようかな。
「8三龍」
「5四玉」
「7三と」
「7三とは、いい手ね。『と金は引く手に好手あり』よ」
やったね、褒められたよ。これも格言かな?
「4四歩」
うわ、王様の逃げ道が増えちゃった。早く捕まえないとね。
「7四龍ッ!」
「……6四銀上」
ん? 今の間は、何かな?
何かに迷ったっぽいけど……分かんないや。
「8四龍」
「4三玉」
「7四と」
「5三銀」
ど、どんどん逃げられてるよ……何で……?
「ねえ、これ捕まるの?」
私が半分諦め気味に尋ねると、歩美ちゃんは顔を上げた。
「まだまだ、下手大優勢よ」
「……そうなんだ」
「その証拠に、私の王様は、端に追い詰められてるでしょ?」
端に……あ、そっか、ちょっとずつだけど、窮屈になってるね。
1筋には馬がいるから、左右挟撃なんだ。気付かなかったよ。
「『王様は包むように寄せよ』という格言があって、寄せのときは、王様の逃げ道を狭くするように追って行くの。このとき、『駒は盤の外に出られない』から、端っこへ追いやって行くのがベスト。『玉は下段に落とせ』と言って、王様は三段目よりも二段目、二段目よりも一段目の方が、捕まり易いわ」
なるほどね、一段目の後ろは川か崖みたいなものだから、そこへ追い詰めればいいんだ。歩美ちゃんの王様が前に出ようとするのは、それを避けてるんだろうね。
「じゃあ、頑張るよ。8三龍」
「6二金を避けましたか……」
そうだね、7三龍は、6二金でまたガードされちゃうよ。
それを見越しての、8三龍。私って頭いい。
「さてと、本格的に困ってきたわね。3四玉がよくある逃亡先だけど、6三とで銀か金を取られちゃうし……7三歩」
ふえ? なに、この歩?
「歩を捨てちゃうの? 同龍で無駄合いじゃない?」
「そう思うなら、どうぞ」
……ちょっと危ない気配がするね。とりあえず、同龍、6二金かな? ……でも、これはさっき私が嫌ったのと、同じ手順だね。龍が撃退されちゃう。
「そっか、同龍だと、7三龍と同じになっちゃうんだね」
「正解よ。……どうする?」
龍で取れないなら、と金で取るしかないかな。と金を逃げるのはなさそうだし。
「同と」
「5四銀」
……………………
……………………
…………………
………………
あうーん、手が続かないね。
6二とは一瞬、王手金取りに見えるけど、5三金で受かってるよ。
「7三歩は、同龍、6二金も狙ってるんだけど、同とに5四銀の意味もあるの。と金が龍の利きを邪魔してくれないと、5四銀が反則になっちゃうから」
うぅ、1粒で2度美味しいパターンだね。
「ま、と言っても実は、同龍の方がいいんだけど」
え? そうなの?
「6二金で?」
「9三龍と逃げれば、次に6三とが受かりにくいでしょ」
「ムリヤリ受けるなら5二玉だけど、7三と、6一金、8二龍で、上手の陣形がどんどん酷くなっていくわ。だから、6二金と弾かれるのは、そんなに気にしなくていいのよね」
そっか、3手の読みだと、その先がなかなか見えないんだね。
でもでも、まだ初心者だから、3手の読みを続けよ。うーんと……。
「……7七桂と跳ねようかな」
「ま、そうなるかしら。攻めが細いのよね。一旦、感想戦としますか」
「休憩?」
「それも兼用。局面はこのままにして、別の盤を使いましょう」
そうだね。再現が面倒だもんね。
私たちは部室の隅から、新しい盤を取り出した。
「まずは、と金を作ったところから」
「本譜は6五歩、5七角。これはかなり捻った指し方で、『上手の王様は敵陣に入ったら勝ち』というルールだから、敢えて前に出てるわけね。それに、銀を逃がす場所を作りたかったから」
あ、そうなんだ。臨機応変だね。
「5七角、6四銀、1三角成、5五歩、同歩、同銀までは良くて、問題は次の8三と」
「え? と金がおかしいの?」
「1筋突破定跡のとき、いきなりと金を寄った?」
1筋突破定跡のときは……成香を引いたかな?
左右対称にすると……。
「8二成香?」
「正解。こういうのを『遊び駒の活用』と言って、役に立っていない駒を、役立つように動かしてるわけ。本譜だと、成香は何もしてないでしょ?」
そうだね。と金と龍だけで追いかけ回してたよ。
「経験則として、駒2枚だけで攻めるのは、逆転されちゃうことが多いわ。攻撃側の駒は、最低でも3枚、できれば4枚欲しいところね」
なるほどね、さっきのは、と金と龍で2枚だから、なかなか捕まらないんだね。成香を加えれば3枚だから、ぎりぎり最低ラインに届くよ。
「成香を引いたバージョンで、進めてみましょうか。8二成香、6二金、8三と、5四玉、7二成香、5二金、7三と、4四歩、6二成香」
うわ、ふたつの成駒の攻撃が止まらないよ。
同金なら、同と、同銀、同龍だね。
「これは下手敗勢ね。あとは王様が前に出て来たとき、気をつければいいだけ」
うんうん、4五玉〜5六玉にだけ気をつければいいね。
「じゃ、本譜に戻りましょう。実は本譜でも、もっと有利になる手順はあったわ」
え……どこに?
「どのあたり?」
「8三と、6二金に7二と、ってしたわよね。代わりに8二龍と寄るの」
龍が1マス寄っただけだよね……意味が分かんないや。
「で?」
「ここで5四玉は、7三とで終了」
「5二金とも6一金とも逃げられないでしょ」
あ……ほんとだ……。
「かと言って、4四歩なんてすると、7三と、同金と捨ててから、3二龍」
「これも上手の負けね」
今度は、右側の金がノーガードだね。
「だから最強の受けは、多分、4二金だけど、冷静に2三馬」
「網を絞って、王様を捕獲しに行くわ」
なるほどね、この方が、私の手よりいいっぽいね。
「ただ、成香が参加してないから、やっぱり攻めが細いわね」
うーん、そっか、成香を引かなかったのは、悪手だね。反省。
「まあ、手が思いつかなくなったら、ここから7一成香〜7二成香でもいいわ。どうせ上手には、これを止める術がないから。腰を落ち着かせて攻めればいいのよ。一例として、5四玉、7三と、5二金右、7一成香、4四歩、5六歩、6四銀、7二成香、4五歩、6二成香と寄って、4三金右、6三と」
「これで、銀を入手できるわ。ちなみに、6二銀と香車を取って来たら、すぐ同龍とはせずに、6四と、同玉、6二龍」
「これで、広義の詰みよ」
「え? 詰んでるの?」
「考えてみてちょうだい」
えーと、広義の詰みってことは、連続王手で狭義の詰みだから……。まず、王様が逃げるとしたら、5四玉しかないんだよね。7三、6三、5三には龍が利いてて、5五には歩が利いてるから。でも、5四玉は、5五銀と打って詰み。だから、6三に合駒をするんだけど、打てる駒は香車しかないね。6三歩は二歩で負けだよ。すると……。
「あ、そっか、6三香、7三銀、5四玉、5五銀だね」
3手詰みだよ。銀が2枚あるから成立する詰みだね。
「正解。だからと言って、6二成香に4四玉と逃げるのは、6四と、同銀、6三成香、5三銀に、5五銀と打って、3五玉、5三成香が詰めろ」
「次に3六銀で狭義の詰みでしょ」
うわ、すごい。あっと言う間に寄せちゃったよ。
さすがは歩美ちゃんだね。私だと、ここまでうまくできないかな。
「こういう風に、成香を加えただけで、攻め幅が広がるのよ」
ふんふん、それは分かったよ。百聞は一見に如かずだね。
今度からは、ちゃんと8二成香を入れることにしよっと。
「ちょっと質問していいかな?」
私が尋ねると、歩美ちゃんはさも当たり前のように、首を縦に振った。
「どうぞ」
「八枚落ちのときは、王様を囲ったけど、六枚落ちは囲わなくていいの?」
あ、ちょっと困ったような顔をしたね。
顎に手を当てて、考え込んでるよ。
「うーん……そこなんだけど……本当は、王様を囲った方がいいのよ。少なくとも、駒落ちじゃない平手では、ほとんどの場合に王様を囲うわ」
「ひらて? ひらてって何?」
「駒落ちの対義語で、駒を落とさない勝負よ」
ハンデなしの場合だね。理解したよ。
「じゃあ、なんで六枚落ちのときは、囲わないの?」
「単純に言うと、9筋突破定跡が優秀過ぎるからよ。これの破壊力があり過ぎて、王様を囲わなくても、下手が勝てちゃうから」
うーん、つまり、防御する必要もないくらい簡単ってことなんだね。
私には、あんまり簡単じゃないけど。
「八枚落ちのときに、王様を囲ったのは?」
「それは『王様を囲うと勝率がアップする』ことを、比較的早く知って欲しかったから。勝つか負けるかだけなら、八枚落ちで王様を囲う必要はないわ」
ふーん、そうなんだ。
でも、あのとき勝ったのは、王様を囲ってたときなんだよね。1回目は王様を囲わずに桂馬の突撃で負け、2回目は王様を囲って3筋を突破したけど、詰みが見えなくて負け。その次の対局は、王様を囲って3筋を突破して、詰めろに気をつけたら勝てたよ。
王様を囲うのは、やっぱり大事なんじゃないかな。
「細かいところは、二枚落ちのときに詳しく説明するわ。今覚えておけばいいのは、六枚落ち以下なら、囲わなくても勝てる、ってことかな。ただ、これだと防御を全く考えないことになっちゃうから、うちの部では『上手の王様が敵陣に入ったら勝ち』ルールを採用してるだけよ」
ふんふん、了解。
「それじゃ、続きを指そ」
「そうね。数江ちゃんの番だから……」
【今日の宿題】
途中、歩美ちゃんが6四銀上で悩んだのは、下図で下手に好手があるからです。
数江ちゃんは7四ととしたわけですが、正解は何でしょうか?
3手の読みを応用してみてください^^
このような「下手が気付きそうにないから、悪手でも指す」という方針を、上手はよく使ってきますので、的確に咎めましょう。ちなみに、もう1ヶ所、歩美ちゃんが数江ちゃんの見落としを期待して、悪手をわざと指している箇所があります。探してみてください。
《将棋用語講座》
○雪隠詰め
王様が1一、1九、9一、9九のいずれかで詰むことを、雪隠詰めと言う。雪隠とは、トイレのことであり、建物の最も隅っこで詰むという比喩である。盤の四隅は、王様の逃げ道が最も少なくなる場所であるから、これは寄せの理に適っている。しかし、逆に言うと、攻撃側の移動経路も限られるので、これを逆用したのが穴熊囲いとなる。




