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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
駒の動かし方を覚えよう!
3/60

 さーて、今日も授業は終わったし、部室に直行するよ。

「こんにちはー」

 私が元気よく挨拶すると、部屋の奥で大川(おおかわ)先輩が顔を上げた。

「あ、木原(きはら)さん、こんにちは」

「宿題やってきましたよ」

 私がそう言うと、先輩は嬉しそうな顔で微笑んだ。

「では、答え合わせをしましょう」

 私と先輩は、ボードを挟んで座る。

 えーと、確か宿題は……。

 

挿絵(By みてみん)


 これだね。早速やるよ。

 私が駒を動かそうとすると、大川さんは先に口を開いた。

「とりあえず、何回動かしたか、教えてもらえませんか?」

 ん? 動かした回数? ……あ、それも宿題だったね。

 えーと、私、先輩、私、先輩、私……。

「……7回ッ!」

 私が自信満々に答えると、先輩は少しだけ首を捻った。

 ……あれ、もしかして数え間違えたかな?

 私、先輩、私、先輩、私、先輩、私……。やっぱり7回だよ、うん。

「では、実際に動かしてみましょうか」

「はーい」

 私は右の金を摘んで、それを左斜め前に動かす。


挿絵(By みてみん)


 先輩は王様を……。

 

挿絵(By みてみん)


「……あれ?」

「どうかしましたか?」

 ……これ、私が家で考えたのと違う。

「なんでここに逃げないんですか?」

 私は先輩の王様に触れて、別の場所に置いた。

 

挿絵(By みてみん)


「それは、ベストな逃げ方ではないからです」

「でも、さっきの逃げ方でも、7回で捕まるような……」

「やってみますか?」

 ちょ、ちょっと待って欲しいかな。

 このパターンは、全然考えてなかったから……。

「ゆっくり考えてくださいね」

 先輩はそう言って、隣にいる知らない女の子と話を始めた。

 私はボードに顔を近付けて考え込む。

 えーとね、昨日、家で考えてて分かったんだけど、王様は、端っこへ追い詰めた方がいいみたいなんだよね。だからこのパターンだと、左の方へ……。

「こうかな?」


挿絵(By みてみん)


 私が音を立てて駒を動かすと、先輩はこっちを振り返った。

 ニコッとして、王様を向かって左に動かす。

 よし、これなら追い詰められそうだね。右の金を上がって……。

 

挿絵(By みてみん)


 私が力強く駒を動かすと、先輩の顔から笑顔が消えた。

 あれ? これって間違い?

「それはですね……」

 先輩はそう言って、王様を向かって左斜め下に逃げた。

 さっきの金を左に寄って……。

 私が金をずらすと、先輩は王様を真っ直ぐこちらへと動かした。

 今度は下の金を寄って……あれ? また王様を真っ直ぐ?

 

挿絵(By みてみん)


「……逃げられちゃった」

「そうですね。これは捕まりません。少なくとも、攻め方が最善ではないです」

 私は、ボードを睨む。うーん、簡単だと思ったんだけど……。

「最初が間違ってるのかな……」

「いえ、途中までは合ってましたよ」

 あ、途中までは合ってたんだ。どこまでかな?

 ……先輩の顔が曇ったときかな? だったら……ここ?

 

挿絵(By みてみん)


 多分、この金の動かし方が間違ってたんだよね。

 ひとつ前に戻して……。

 

挿絵(By みてみん)


「ええ、そこまでは合ってます」

 やっぱりね。でも、ここからがさっぱりだよ。

 私がうんうん唸っていると、ボードにいきなり影が差した。

 顔を上げると、知らないおかっぱの女の子と目が合う。

 部員かな? とりあえず挨拶しとこ。

「こんにちは」

「王様の脱出経路に先回りするのよ」

 あ、無視されちゃった。

 でも、これはアドバイスかな?

 王様の脱出経路に先回り……あ、もしかして……。

「こう?」


挿絵(By みてみん)


「正解です。さすが駒込(こまごめ)さん、教えるのが上手ですね」

 見つけた私も褒めて、褒めて。……あ、まだ王様捕まえてないや。

 私が次の手を考えていると、大川先輩は、横にいるおかっぱ頭の少女を見上げた。

「すみません、ちょっと用事があるので、後はお願いできませんか? 1年生同士、話もし易いと思いますし……」

 おかっぱ頭の少女は、無表情に頷き返す。

「別にいいですけど」

 あれ? 講師交代?

 私が引き止める間もなく、大川先輩は部室を出て行った。

 後には、おかっぱの少女と、私だけが残される。

「はじめまして、私は駒込(こまごめ)歩美(あゆみ)、1年A組よ、よろしく」

「私は木原(きはら)数江(かずえ)。B組だよ。よろしく」

 私たちは自己紹介を終えて、再び宿題に取りかかった。

 この人、強いのかな? 何かオーラ出てるけど。

「私の番ね」

 そう言って歩美ちゃんは、王様を一番隅っこに逃げた。

 私は30秒ほど考えて、右の金を左斜め前に動かす。


挿絵(By みてみん)


「はい、詰みね。次、行きましょ」

 え? 今、何て言った? つみ?

「まだ王様取ってないよ?」

 私の質問に、歩美ちゃんは大きく目を見開く。

「あなた、将棋歴何ヶ月?」

「昨日始めたから、2日目」

 私が正直に答えると、歩美ちゃんは一言。

「そう……」

 うわーん、何か適当な返事されちゃったよ。

 でも、王様を取ってないのは事実だからね。パスは禁止。動かしてもらわないと。

「じゃ、こうするわ」

 歩美ちゃんは、王様を向かって右に戻した。


挿絵(By みてみん)


 うん、これで必ず取れるよね。よいしょ。

 

挿絵(By みてみん)


「やったね、私の勝ちだよ」

 つまり、お互いに最善を尽くしたときの最短経路は……。

 

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 こうだね。9回。7回じゃなかったよ。残念。

「相手のベストを考えるって、凄く難しいね。勉強になったよ」

「そうね……ところで、これって何の練習?」

 えーとね……何だろ? 初心者だから、よく分からないや。

「……駒の動かし方かな?」

「なるほどね……全部覚えた?」

「……分かんない。覚えたのは……王様と歩と金かな」

 私が答えると、歩美先輩は駒箱に手を伸ばした。

 中身を漁って、1枚取り出す。

「だったら、次は銀ね」

「ぎん? ……シルバーの銀?」

「そうよ」

 歩美ちゃんは、駒の表を私に見せる。

 

挿絵(By みてみん)


 ほんとに銀だね。金とどう違うのかな?

「銀の動き方は、こうよ」


挿絵(By みてみん)


「……金に似てるね」

「ええ、金と銀は、金駒(かなごま)と言って、同じグループに属するから。但し、性能は全然違うわ。金は守備に、銀は攻撃に専ら役立つの」

 ……何だか、急に説明が難しくなったよ。

 大川先輩の方が、初心者向きだったのかな?

「銀の動きは、初心者には一番難しいみたいだし、金と紛らわしいから覚え方を言っておくわね。『斜め後ろに動けないのが金、真っ直ぐ後ろと真横に動けないのが銀』よ。共通する部分と違う部分を色分けしたら、分かり易くなると思う」

 そう言って歩美ちゃんは、赤いおはじきと青いおはじきを取り出した。


挿絵(By みてみん)


 あ、なるほどね。前進するときは、金も銀も同じなんだ。で、左右か後ろに動くときは、金が行けるところには銀が行けなくて、銀が行けるところには金が行けない。

 何となく、理解したよ。

「金と銀って、どっちが強いの?」

 私の質問に、歩美ちゃんは難しそうな顔をした。

「……どっちが強いってことはないと思う」

「でも、金の方がたくさん動けるよね?」

 銀は5ヶ所、金は6ヶ所だもん。その分だけ、金の方が強いんじゃないかな?

「そうかもしれないけど……パターンに依るわ。いくつか、調べてみましょう」

 歩美ちゃんは、さらに歩を取り出し、それを王様の正面に置いた。

「この場合、王様は捕まる?」


挿絵(By みてみん)


 うん、これは簡単だよ。

「金を、歩の前に移動させればいいんじゃないかな?」

「正解ね。だったら、これは?」


挿絵(By みてみん)


「但し、成らない前提で。成ったら銀じゃなくなるから」

「……ならない? ならないってなに?」

「……知らないなら、話が早いわ。今のは忘れて」

 うん、何だか、私の知らないルールが、いっぱいあるみたいだね。

 ひとつずつ覚えていくよ。

 とりあえず、今はこのクイズに集中しないとね。

「……一緒じゃないかな……銀を歩の前に移動させて……あッ」

 私は、喫驚を上げた。そして、こう付け加える。

「銀の横に逃げられちゃうや」


挿絵(By みてみん)


「そう、銀はサイドがスカスカなの。正面から押さえ込むときは、金の方が強いわ」

 サイドががら空きじゃ、押さえ込めないもんね。納得した。

「じゃあ、銀の方が強い場合ってあるの?」

「そうね……例えば……」

 歩美ちゃんは金を2枚取り出して、宿題に似た形に並べた。

 

挿絵(By みてみん)


「この形で、王様をすぐに捕まえられる?」

 うーん、これは……。

「ちょっと難しいかな。上の金を左に動かして、王様を向かって下に移動して、さらに下の金を左に寄せても、捕まらないよね?」


挿絵(By みてみん)


 私の確認に、歩美ちゃんも頷き返す。

「じゃあ、これは?」


挿絵(By みてみん)


 ……同じじゃないかな?

 そもそも、銀を今日習ったばかりだから、どうすればいいのか分からないや。

「うーんとね……分かんない……」

「こうすると、どう?」

 歩美ちゃんは、私が見守る中、3回連続で駒を動かした。

 

挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 ん? ……あ、そっか。

「これって、次に王様がどこに逃げても、取られて終わりだよね?」

「その通りよ。そしてこの手順は、さっきの金2枚の形だと成立しないの」

 つまり、この場合は、銀の方が強いってことだね。

 だったら、状況に依るとしか言い様がないのかな?

「ま、今日はこれくらいかしらね。金と銀を覚えたら、第一関門クリアよ。この2枚の組み合わせだけで、かなり遊べるから。例えば、日本将棋連盟が昔作った、ごろごろ将棋っていうボードゲームには、歩と金と銀と王様しか登場しないの」

「ごろごろ将棋? ……どうぶつしょうぎのこと?」

 どうぶつしょうぎは知ってるよ。

 あれって、かわいいよね。ルールも簡単だし、凄く覚え易い。

 だけど、歩美ちゃんは首を左右に振った。

「いいえ、違うわ。どうぶつ将棋は、女流棋士の北尾まどかさんの考案。ごろごろ将棋は、それよりもっと前に、イベントの出し物で考えられたものだけど、あまり普及しなかったみたいね。私もやってみたけど、初心者にはとっかかりにくいと思う」

 ふーん……ネットで調べてみようかな……。

「じゃ、今日はここまで」

 そう言って、歩美ちゃんは席を立とうとした。

 私は慌てて袖を引っ張る。

「ん? 質問?」

「宿題出してよ、宿題」

「宿題? ……ああ、復習用のパズルね。いいわよ」

 歩美ちゃんは1分ほど考えて、ボードに駒を配置した。

 

挿絵(By みてみん)


 あれ? これって、昨日の宿題にそっくりだよ?

「さっきと答えが同じじゃないの?」

 私が尋ねると、歩美ちゃんは、あいかわらず無表情に、唇を動かす。

「違うわよ。……少しだけやってみる?」

 よーし、レッツ・チャレンジ!

 私はさっきと同じように、右の駒を左斜め前に上がった。

 歩美ちゃんも、同じように王様を向かって右に寄る。

 やっぱり、最後まで同じなんじゃないかなあ?


挿絵(By みてみん)


挿絵(By みてみん)


 ここで……えーと……。

 前回は、左の駒を、真っ直ぐ左に寄ったんだよね。だから……。

「あれ? 銀は左に……」

「動けないわね。おさらい。『銀は真っ直ぐ後ろと真っ直ぐ横には動けない』」

 そっか……じゃあ、前回の宿題とは違うね。

 金と銀を交換したから、答えも変わっちゃうんだ。

 よーし、今日も帰って解こうっと。

 歩美ちゃん、バイバーイ。

 

【今日の宿題】

課題図において、プレイヤー同士が最善の動き方をした場合、何回駒を動かせば王様を捕まえることができるか、答えなさい。なお、金銀の側が、最初に駒を動かすものとする。


※「成る」はまだ習っていないので、銀は成れない。

 


《将棋用語講座》

○どうぶつしょうぎ

北尾まどか女流二段の考案した、将棋類似のゲーム。

将棋入門用としては最適だが、勝敗基準が本将棋と若干異なっている。

78手で後手必勝であることが、東京大学情報基盤センターの解析で判明するも、

手順を覚えることが困難なため、現在でも十分に遊ぶことができる。


○ごろごろ将棋

日本将棋連盟が90年代に作った簡易将棋らしい

ネットでも無料で遊ぶことができる。


http://shogitter.com/rule/96

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