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将棋入門一歩前!  作者: 稲葉孝太郎
駒落ちで対局しよう!
27/60

六枚落ち(9筋突破定跡)

 さぁて、今日からいよいよ「じょうせき」なるものを勉強するよ。

 ちょっと暗記っぽくなってきたかな。頑張ろうね。

「こんち」

 私が部室のドアを開けると……あれ? 歩美(あゆみ)ちゃんがいない。

 ひとり本を読んでいた八千代(やちよ)ちゃんが、顔を上げる。

 このパターンは、どこかで経験したよ。

「あ、木原(きはら)さん、こんにちは」

「他のみんなは? 将棋センター?」

「はい、ちょうど入れ違いで」

 そっか……予想通りだね。

 今日はお休みかな。でも、それは八千代ちゃんに悪いし。

「八千代ちゃん、六枚落ちの定跡って知ってる?」

 私が尋ねると、八千代ちゃんは首を縦に振った。

「ええ、知ってますよ」

 あ、知ってるんだ。

 観る専だから、てっきり知らないかと思ったよ。

 でも、よく考えたら、スポーツの観る専でも、ルールや戦術にやたら詳しい人がいるし、将棋も同じなのかな。八千代ちゃんが知ってるなら、八千代ちゃんでもいいね。

「教えてくれない?」

「いいですよ。どうぞ、そちらへ」

 私が八千代ちゃんの前に座ると、盤の上では、将棋が指されていた。

 だけど、相手がいないよね。

「一人将棋?」

「違います。これは棋譜並べです」

 きふならべ? ……またよく分からない言葉だね。

「どういうこと?」

「他の人の将棋を再現するのです。……まあ、それも後々」

 他の人が指した将棋を再現して、どうするんだろ?

 私が首を捻る中、六枚落ちの初期配置が作られた。

 

挿絵(By みてみん)


「では、初手から行きましょう」

「あ、ちょっと待って。歩美ちゃんから宿題が出てて、初手から3二金、7六歩、7二金、6六角までは、一応知ってるんだよね」


挿絵(By みてみん)


 この6六角の狙いを考えるのが、宿題だったよね。

「なるほど……そこまで知っているのですか……」

 八千代ちゃんは感心したように言うと、眼鏡の位置を直した。

 フレームが合ってないから、眼鏡屋で修理した方がいいよ。

「この6六角は、どういう意図か分かりますか?」

「それは分かるよ。放置なら、次に9三角成だよね?」


挿絵(By みてみん)


「正解です。というわけで、上手(うわて)は当然、8二銀と上がります」


挿絵(By みてみん)


 ふんふん、これも予習してきたよ。

「この先は、どうしたらいいと思いますか?」

 うーん……昨日の夜、考えたんだけど……。

「よく分かんない。私だったら、3六歩と突くかな?」


挿絵(By みてみん)


 私は、いつも歩美ちゃんと指している手を指した。

 八千代ちゃんは、訝しそうにその手を見る。

「その手は……3筋を飛車で狙う作戦ですか?」

「そうそう、八千代ちゃん、いい勘してるね」

 私の説明に、八千代ちゃんは納得してくれたみたい。

「なるほど、分かりました。それも一局ですね。悪くありません。が……」

「が?」

「その展開だと、6六角の意味がありませんよね?」

 うん、そう。6六角なんてしないで、最初から3六歩でいいよ。

 だから、この角が飛び出した意味は、不明。それが私の結論。

 私が回答に窮する中、八千代ちゃんは9筋を指し示した。

「6六角は、9筋突破を狙った手です。その意図を継続します」

「9筋突破……どうやって?」

「9六歩と突くのです」


挿絵(By みてみん)


 これは……えーと……。

「どういうこと?」

「少し考えてみましょう。例えば、ここで4二玉と上がって、9五歩、5四歩などと進めると、すかさず9四歩と仕掛けます」


挿絵(By みてみん)


 いきなり開戦だね。八千代ちゃん、激しい。

「もちろん、同歩だよ」

「同香と走ります」


挿絵(By みてみん)


「これで、9筋は突破できました」

 え? 突破? まだ早くない?

「9三歩だよ?」

「そのまま同香成です」


挿絵(By みてみん)


「……あ、そっか」

「そうなのです。同銀は同角成で、馬ができます」

 だね。これは、突破してるね。3六歩の展開より、圧倒的に速いよ。

「凄い、いきなり端から突入できちゃうんだね。これが定跡?」

「定跡の一部ですが、上手の対応が正しくありません。あくまでも分岐です」

 そっか。定跡って言うのは、基本的にいい手のことだって言ってたね。

 これはいきなり端を撃破されてるから、本線じゃないんだね。

「どこが悪かったの?」

「4二玉〜5四歩が悠長なのです。正しくは、7四歩と応じます」


挿絵(By みてみん)


 ……これも分かんないや。何をやってるんだろう。

「この手の意味は?」

「この時点では、それほど意味をなしません。後で分かります」

 後で、っていうのが多いね。その時点、その時点では、ダメなのかな?

「この手だけ解説は、できないの?」

「『他と連携させずに、この手だけ解説』は、無理です。できるかもしれませんが、相当難しいと思います。それは、野球やサッカーに喩えると、『ランナーの動きと関連づけずに送りバントを説明してくれ』とか、『他の選手の位置と関連づけずに、オフサイドを説明してくれ』と言っているのに等しいので」

 うーん……確かにどっちも、できないかな。ランナーの動きが分からなきゃ、玉を手前に転がしてるだけだもんね。オフサイドも、他の選手の位置と絡めないと、説明不可能だよ。

「分かった。じゃあ、先に進めて」

下手(したて)はさらに、9五歩と伸ばしますね」

 これは理解できるよ。端を突破するために、歩を伸ばしてるんだよね。

「それから?」

「9五歩を見た上手は6四歩と突き、下手は5六歩と突きます」


挿絵(By みてみん)


 うわーん、また分かんないよ。

「ごめん、さっきから、何をしてるの?」

「この6四歩と5六歩に関しては、すぐに分かります。まず、6四歩と突かれたあと、下手が5六歩と突かずに、いきなり9四歩と開戦したパターンを見ましょう」


挿絵(By みてみん)


「これですね」

 うん、こっちの方が、首尾一貫してるよ。

 9四歩と攻撃するために、9六歩〜9五歩と伸ばしたんだもん。

「同歩、同香、9三歩だよね?」

「いえ、同歩、同香、6五歩です」


挿絵(By みてみん)


 うにゅ? 9筋をガードしなかったよ? これは……。

「あ、角当たり……」

「その通りです。6五歩は角当たりなので、9三香成なら同銀とせずに、6六歩。以下、8二成香、同金は、角香と銀の交換で、下手が大損しています」

 相手との実力差を考えると、もう勝てないっぽいね。

 でもでも。

「9三香成としないで、先に7七角と逃げるよ」

「それは9三歩で、香車が死にます」


挿絵(By みてみん)


 ……ほんとだ。香車が助からないね。

「んー、じゃあ、6六角って出たのが、良くないのかな?」

「いえ、そんなことはありません。そのための5六歩なのです」

「……どういうこと?」

「6四歩、5六歩、4二玉なら、9四歩、同歩、同香、6五歩に5七角」


挿絵(By みてみん)


「という風に、7筋ではなく5筋に逃げれば、香車は死なないわけです」

 うわ、凄いッ! よく考えられてるねッ!

 6四歩、5六歩は、そうやってお互いを牽制し合ってるんだ。

「というわけで、5六歩と突かれた場合は、6五歩と突きません」

「じゃあ、どうするの? 次こそ9四歩だよ」

「上手は5二玉と上がり、9四歩を待ち構えます」

 ん? 9筋を受けないの? ……って、受ける手もないかな。

「じゃあ、9四歩だね」

「同歩、同香、8四歩です」


挿絵(By みてみん)


 8四歩? またまた意味不明な手だよ。

「同角」

「一見そうしたくなるのですが……疑問手です」

「え? 何で? タダだよ?」

「8四歩、同角には、8三金と上がります」


挿絵(By みてみん)


「これが、8四歩タダ捨ての意味です」

 ……角と香車の、両方に当たってるね。

 同時に助けるのは、無理だから……。

「5七角かな?」

「それはいい手ですね。1三角成を狙えるので」

 ん? 1三角成? ……あ、ほんとだ。気付かなかったよ。てへ。

「じゃあ、2二銀と受けるね」

「いえ、受けずに9四金と、香車を取ってしまいます」

「え? 馬ができちゃうよ?」

「それは仕方がありません。駒落ち定跡では、もともと戦力差があるので、上手がどう上手く対応しても、ある程度は不利になってしまうのです。今回のケースでは、香得と馬を比較して、香得の方がマシという判断ですね」

 なるほどね、歩美ちゃんも言ってたけど、上手は理論上、勝てないんだよね。実践で私が悪手を指すから、逆転しちゃうだけで。

「ここまでが定跡かな?」

「定跡は、8四角とせずに、9二香成ですね」


挿絵(By みてみん)


 そっか、9三歩と守ってないから、いつでも成れるんだね。

 うっかりしてたよ。

「上手は7三銀と逃げます」


挿絵(By みてみん)


「ここで、7四歩の意味が出てきます。この歩を突いていないと、9二香成に、7一銀と逃げるしかなく、8四角と出られてしまいます。7三銀は、銀を逃げるだけでなく、8四の歩をガードして、角を成れないようにしているわけですね」

 うーん、これも凄いね。7四歩は、まさに深謀遠慮だよ。

「でもさ、そう進むんだったら、やっぱり8四歩、同角、8三金、5七角、9四金、1三角成で、馬を作った方が良くない? 今現在の進行だと、馬を作れないよ?」

「いえ、まだ先があります。7三銀に、9八飛と回るのです」


挿絵(By みてみん)


 ……あ、終わってるね。

「次に飛車成りを受けることができません。指すとすれば、4二銀、8一成香、5四歩、9二飛成、6三玉くらいですが、これは下手が優勢です」


挿絵(By みてみん)


 だね。これは大優勢だよ。

「以上が、六枚落ち9筋突破定跡の、基本形です」

「わーい、勉強になったよ。ありがとね」

「どう致しまして……。但し、次の点には注意してください。駒落ちでは、上手の棋力が下手の棋力を上回っているわけですから、序盤や中盤で優勢になっても、終盤で一気に逆転されてしまうというケースが、多発します。そんなときでも、腐らずに精進することが肝要かと。そもそも将棋では、勝つことだけに意義があるわけでなく、一局一局、トレーニングのつもりで励んだ方がいいと思います。観る専の私が言うのも、何ですが」

 うんうん、そうだね。間違っても、次に正解すれば、いいだけだもんね。

 将棋はゲームだし、レベル上げのつもりで頑張ろう。

 あと、ひとつだけ気になったのは……。

「基本形ってことは、応用形もあるの?」

 学校の勉強でも、基本問題と応用問題があるよね。

「はい、あります。六枚落ち定跡と言えば、普通、この9筋突破定跡を意味しますが、1筋を突破する1筋突破定跡もあります。さらに、9筋突破定跡の中でも、初手から3二金、7六歩、7二金、6六角、8二銀、9六歩、7四歩、9五歩、8四歩と進む、8四歩早突き型定跡もあります。前者は、下手の応用形、後者は、上手の応用形です」

 ふんふん、難しいね。分かったのは、1筋を攻めるか9筋を攻めるかは、下手の選択だから、下手の応用形で、8四歩を早く突くかどうかは、上手の選択だから、上手の応用形ってことかな。それ以外は、教えてもらわないと、見当がつかないや。

「この定跡っていうのは、どのくらいあるの? 10? 20?」

 私が好奇心から尋ねると、八千代ちゃんは目を閉じた。

「部分的なものも加えると、千は軽く超えます」

 えぇ……そんなにあるんだ……将棋止めようかな。

「ただですね。数学者が全ての公式を暗記したり、法律家が全ての法律を暗記したりしないように、プロでも全ての定跡を暗記している人は、いないはずです。それに、そういうことには、意味がありません」

 意味がない? 何でかな?

「定跡って、基本的にいい手なんじゃないの?」

「そうですが、いくら千を超えるとは言え、発想は似通ったものが多いのです。例えば、こういう局面が現れたとします」


挿絵(By みてみん)


「木原さんのターンですが、どうしますか?」

 んーと、これは……。

「6六角かな?」


挿絵(By みてみん)


 これで、7二金としても、間に合わないよ。

「正解です。このとき、『4二玉、7六歩、6二銀ならば6六角』という手順を、定跡と呼ぶことも可能でしょう。しかし、こんなのは覚えなくていいのです。『端の守りが薄くなったら、6六角で破れる』という風に、まとめておけば足りるのですから」

 ……あ、そっか、理解したよ。

 定跡って言っても、手を丸々暗記するんじゃなくて、狙いを覚えればいいんだね。そうすれば、何千、何万とあっても、似たもの同士をまとめられて、スムーズになるよ。

「こういうことは、学校の勉強でも言えると思います。2桁の掛け算をするのに、わざわざ99×99まで丸暗記する必要はないのです。九九を覚えて、それを2桁の掛け算に応用すればいいのですから。そもそも、丸暗記などしていたら、自然数だけでも無限にあって、頭がパンクします」

 うーん、了解。八千代ちゃんの言う通りだね。

「ってことは、手それ自体よりも、手の意味を覚えた方がいいのかな?」

「その通りです。手の意味の数は、手の数に比べて、それほど多くありません。もちろん、百はゆうに超えると思いますが、パーフェクトを目指さなくてもいいのですよ」

 うんうん、そうだね。

 テレビゲームでも、敵の戦闘データを全部覚えないもんね。

 ある程度まで覚えたら、あとは応用と勘で何とかなるし。

「じゃ、定跡覚えたし、六枚落ちやろうよ」

 私が誘うと、八千代ちゃんは乗り気でない顔をする。

「私は観る専ですので」

 えぇ……そこまでこだわらなくても……。

「それに、私に勝っても、卒業認定されないと思いますよ。やはり、駒込(こまごめ)さんに勝たないと。最低でも、冴島(さえじま)さんクラスに教えてもらった方がいいです。私が教えられるのは、ルールと手筋、それに定跡くらいですね。あとは、棋界情報など」

 んー、そっか。

 確かに、誰が相手でもいいってわけじゃないんだよね。

 上手は上級者のことだから、やっぱり師匠格の歩美ちゃんがいいかな。

「じゃあ、今日は定跡の続きをやろうよ。1筋突破の仕方を教えて」

「いいですよ。では、最初に戻りまして……」

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